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第31話 『突然の別れ』

「母上……」


 ベッドに横たわったまま、すでに冷たくなっている母の姿を見て、ブリジットは呆然ぼうぜんと立ち尽くしていた。


 先代ブリジットが死んだ。

 それは突然の別れだった。


 昨晩、別邸べっていでブリジットとボルドのとぎのぞいていたところを保護された彼女は、この別邸べっていの部屋の中で落ち着いて眠りについていたはずだった。

 明け方、シルビアが確認した時には静かな寝息を立てていたという。

 その後、夜が明けても部屋から出て来ない先代を心配したシルビアが部屋に向かうと、すでに先代は息を引き取っていた。


「も、申し訳ございません。私がついていながら……うぅぅぅ」


 それ以上は言葉にならぬ嗚咽おえつらしてシルビアはその場にひざからくずれ落ちた。

 ブリジットはそんな彼女にかける言葉もなく、せめてその泣き震える肩をさすってやると、すでに息のない母が眠るベッドのすぐそばまで歩み寄った。


「母上。なぜこんなにも突然、ってしまわれたのですか……」


 先代は安らかに眠っているようにしか見えない。

 その表情には苦悶くもんのひとかけらもなく、静かな最後だったことがうかがえる。

 呆然ぼうぜんと母を見つめるブリジットのそばにはボルドがひかえている。

 もちろんブリジットに声をかけることも出来ず、ボルドはただじっと彼女の背中を見つめていた。

 母を亡くしたばかりの彼女だが、グッとくちびるみしめるとすぐに近くの小姓こしょうに声をかける。


「医師は何と言っている?」


 ダニアの男たちは皆、若いうちは小姓こしょうの仕事をしているが、年をてそれぞれの得意分野を見つけ、農夫や料理人、薬師や大工などの専門職に就く。

 奥の里には小姓こしょう以外にそうした様々な仕事を任されている男たちがいるが、医師も小姓こしょう上がりの初老の男性だった。

 先代が息をしていないことを知ったシルビアはすぐに医師を呼び寄せ救命を試みたが、時すでに遅かった。


「初見では心臓の発作による急死との見立てでした。外傷を受けたり毒を飲まされたりした兆候ちょうこうはなく、他の病気による症状も見られませんでしたので」


 小姓こしょうの報告にブリジットはうなづいた。

 うなづくほかなかった。

 歴代のブリジットが辿たどった死に方通りの死を母は迎えたのだ。

 過去をさかのぼりブリジットの系譜けいふつらなる代々の女たちは皆、心臓が急激に弱ってしまい、眠っている時にそのまま急死したことをブリジットも母から聞かされて知っている。

 いつかはこの日が来ることをブリジットも覚悟していたが、それはあまりにも早く唐突だった。


「後ほど医師と検疫官けんえきかんが正式に検死いたします。御許可を」


 小姓こしょうがそう言うと、ブリジットはベッド脇の小机に置かれた書面に署名する。

 ボルドはじっとその後ろ姿を見つめていた。

 彼女は冷静に淡々(たんたん)と受け答え、動いている。

 だが、その立ち振る舞いを見るボルドは、彼女のたましいが凍りついてしまっているように見えて仕方がなかった。

 署名した書面を小姓こしょうに渡すと、ブリジットは振り返ってボルドに視線を送る。


「これから検死に立ち会わねばならん。ボルド。おまえは部屋に戻っていろ」

「ですが……」


 ブリジットの命令に意を唱えることなど自分には出来ないと知りながら、彼女の様子が心配でボルドは思わずそう口ごもる。

 今、彼女が自分にそばにいることを望んでいるような気がした。

 だがブリジットは静かにもう一度言った。


「戻っていろ」

「……はい」


 後ろ髪引かれる思いだったが、ボルドは1人部屋を後にした。

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