第24話 『情夫の護衛』
「リネット。よく来てくれた」
ブリジットの寝室を何者かが覗いていた事件から3日目の午前中。
ダニアの本隊が奥の里に到着してほどなく、女戦士リネットはブリジットの待つ本邸へと参じた。
ブリジットがリネットを迎えた応接間には他にシルビア、ベラ、ソニア、そしてボルドが同席している。
女戦士リネット。
赤い髪に褐色の肌というダニアの特徴はそのままだが、ベラやソニアほど大柄ではなく、ブリジットよりもわずかに背丈が低い。
もちろんボルドよりはずっと背が高いが、ダニアの女としては小柄と言える。
リネットは今年29歳。
女戦士としてはすでに峠を越え、ベテランの域に入る。
だがそれでも第一線で戦うれっきとした現役戦士であり、彼女の腕の確かさはブリジットが良く知っていた。
彼女はブリジットの前に恭しく跪くと頭を垂れた。
「ブリジット。本隊全員、滞りなく帰還しております」
「ご苦労だった。疲れているところを呼び立てて悪いな。端的に言うとリネット、おまえにはここにいる我が情夫ボルドの警護を任せたい」
リネット以外のここにいる全員がすでに前もってその話を聞いていた。
2日前にその話を聞かされた際、ボルドは少し不安げに表情を曇らせ、ベラとソニアも顔をしかめこそしたが、ブリジットの決定に従うのは当然のことだった。
一方、突然の話にリネットはわずかに驚きの色をその顔に滲ませた。
そんな彼女とボルドの視線が交じり合う。
ボルドはリネットの顔には見覚えはないが、彼女は宣言の儀の時にも同席していたらしくボルドの顔を見知っているようだった。
「承知しました。委細をお話しいただけますか?」
リネットはそこから眉ひとつ動かさずにブリジットの話に耳を傾けた。
先日の分家の者による襲撃、そして寝室を覗いていた不審な人影。
この奥の里に侵入した者がいる。
それは外部の者である可能性が高く、さらに言うと分家の人間であることが疑われる。
里の者への聞き取り調査の結果、あの日の夜明け前に出入りをした者は1人もいなかったという結果を得たため、ブリジットはそう結論付けたのだ。
もちろん里の者が嘘を言っている可能性もあるが、それを疑っても真実は出てこないだろう。
そして侵入者がブリジットの寝室を覗いていたということは、ボルドの顔や姿を見られたということだ。
かつてのバイロンのようにボルドが誘拐され敵の手に落ちることをブリジットは危惧したのだった。
その説明に納得したようでリネットはすぐにその任務を引き受けた。
ブリジットは満足げに頷く。
「助かる。アタシも常にボルドに付いていてやれるわけではないのでな。昼間だけでいい。当面の間、頼んだぞ」
「よ、よろしくお願いします」
ブリジットに続いてボルドが恐縮しつつそう言うと、リネットは快活な笑みを浮かべた。
「おまかせ下さい。ボルド殿はこのリネットの命に代えてもお守り申し上げます」
リネットはブリジットに一礼してボルドの傍に控えた。
今この瞬間より護衛の任に就いたのだ。
そんなリネットをじっと見つめているのは壁際に立って居心地悪そうにしているベラとソニアだ。
そんな2人を見るとリネットは目を細めて笑う。
「よう小娘ども。何をそんなにガチガチに緊張してるんだ? もう一端の戦士になったんだから堂々としてなよ」
リネットがそう言うとソニアは少し居心地が悪そうに軽く頭を下げ、ベラは顔をわずかに引きつらせてこれに答える。
「おかげさまで一端の戦士になれたよ。教官殿はまだ引退してなかったのか? そろそろここでの老後を考える時期だろ」
「ハッハッハ! 言うようになったじゃないか。だが生憎だったね。まだまだあと10年は居座ってやるさ。もしおまえらの腕が鈍るようなことがあったら、またアタシが教鞭を振るわないとな」
そう言うリネットに心底嫌そうな顔を見せるベラをよそに、ブリジットは立ち上がりボルドに目を向ける。
「本隊が帰還したのでアタシたちはこれから軍議だ。ボルド。おまえはリネットと共に別邸に戻っていろ。軍議が長引くかもしれんが、日暮れまでには戻る」
そう言って本部から出発するブリジットを見送るとリネットはボルドに一礼する。
「あらためまして。ボルド殿。リネットと申します。しっかりお守りいたしますので、ご安心を……って畏まるのはこのくらいにしようか。ボルドって呼んでもいいだろ?」
一転して気さくな調子でリネットはニッと口の端を吊り上げて笑った。




