第16話 『湯煙でふたり』
温かな空気とほのかな色のついた湯の不思議な香り。
ボルドは今、湯煙の中、素肌を晒して呆然と佇んでいた。
先代の館には専用の浴場があり、旅程の汗を流すべくブリジットは責任者のシルビアに入浴を申し出たのだった。
ボルドも共に湯に入れると宣って。
「どうしたボルド。遠慮せずにこちらに来い」
湯煙の向こうでは白肌を惜しげもなく晒すブリジットが彼を呼んでいる。
「あの……よろしいのですか?」
寝室で幾度も肌を重ねてきた2人だが、一時居住地にいた時に共に入浴したことは一度としてなかった。
夜伽のためにボルドの体は小姓たちが丁寧に洗うからだ。
だが、手桶ですくった湯を体にかけながらブリジットは平然と言う。
「混浴など暴挙だと思うか? 案ずるな。一時居住地ならともかく、ここにはアタシとおまえしかいないし、小姓どもは何とも思わんだろう。シルビアはダニアの女だ。咎めるようなことはしない」
そう言うとブリジットはボルドに手招きをする。
「いいから来い。アタシの体を洗え」
ブリジットはそう言うと浴室の腰掛けに尻を下ろす。
その言葉にボルドは仰天して動揺に声を震わせた。
「えっ? で、ですが許可なくブリジットの体に触れるなど……」
「だから今、許可をしている。私の体をその手で洗え。全身を、今すぐにだ」
有無を言わせぬ口調でそう告げるブリジットを前にボルドは観念して石鹸を手に取った。
高級なそれは泡立ちも良く、お湯につけて擦るとたちまちに泡がこんもりと手のひらに盛り上がる。
「垢擦りは使うなよ。肌が傷むからな。よく手入れされたおまえの手肌で洗うんだ」
「は、はい……」
緊張で声を上擦らせながら、ボルドは泡立った手でブリジットの背中に触れた。
滑らかな彼女の肌の上を泡まみれのボルドの手が滑る。
彼はとにかく無心になるよう心に念じながら必死に彼女の背面を洗った。
念入りに耳の後ろまでを洗うと、そこでブリジットは腰掛けから立ち上がる。
「尻と足もだ」
全身と言われたからには当然のことだったが、ボルドは緊張で胃が縮み上がるような思いをしながら彼女の弾力のある尻としなやかな足を洗う。
そこでブリジットはこちらを振り向く。
形の良い乳房が湯の雫で輝いて見えた。
ボルドは再び石鹸を手に取り泡立たせながら、浴場の石床を見つめて必死に気持ちを落ち着かせる。
「し、失礼します」
「うむ」
ボルドはなみなみと泡立たせた両手を彼女の首から少しずつ下に這わせていく。
美しい鎖骨が泡にまみれ、すぐにボルドの両手は滑らかな曲線を描く双丘を上った。
やわらかなそれを洗う間だけ、ブリジットはわずかに吐息を漏らす。
その声が、必死に抑えつけていたボルドの劣情を激しく煽った。
ボルドは自らの欲望がムクムクと鎌首をもたげるのを感じながら、必死にブリジットの命令を守って彼女の下腹部から爪先までを洗い切った。
全てが終わった時、ボルドはその場にへたり込んで動けなくなってしまう。
そんなボルドの姿を見下ろすとブリジットは満足げな笑みを浮かべた。
その頬がわずかに赤く上気しているのは湯気に当てられたから、というわけではなかった。
「ふふ。仕方のない奴だな。このアタシを泡まみれのまま放置するとは」
そう言うとブリジットは手桶ですくった湯を自分の体にかけて泡を洗い落とす。
「も、申し訳ございません」
「駄目だ。おまえには罰を与えねばならんな」
そう言うとブリジットはへたり込んでいるボルドの背後に回り、彼を背中から抱きすくめた。
やわらかな二つの膨らみがボルドの背中に容赦なく押し当てられる。
そして彼女はその手をボルドの前に回した。
思わずボルドは身を強張らせる。
「あっ……い、今は……」
「何だ? 粗相をしてしまいそうなのか? 本当に仕方のない奴だな。ふふふ」
そう言いながらもブリジットは手を止めなかった。
湯煙の中、全身を湯の露に濡らしたボルドはどうしようもなく切なげな声を漏らして雫を垂らすのだった。




