第9話 『初めての同伴』
二度目の夜を終えたボルドは翌日、起床後の昼食を終えたところで呼び出された。
迎えに来たのはまたもや女戦士ベラだ。
「よう。ブリジットがお呼びだぞ」
そう言ってボルドを連れたベラは、先日の儀式があった大本営とは別の方角に向かっていく。
「今日は御前試合の日なんだよ」
「御前試合……ですか?」
御前試合とは腕自慢のダニアの女戦士たちが、長たるブリジットの前で武術の腕前を競い合うことだった。
「おまえ、案外気に入られたな」
「えっ?」
「迎えて三日目の情夫が昼の行事に駆り出されるのは異例だ。ブリジットがおまえを気に入り始めた証拠さ」
夜伽の相手である情夫はブリジットの政務に関わることはない。
だが御前試合や狩りなど、半分は遊興目的の行事に同伴することはある。
「おまえにダニアでの暮らしを慣らそうとしてるんだろう。いや、単に自分の男を見せびらかしたいだけだったりしてな。ま、何にせよ良い傾向だよ。まずは女王様のお眼鏡にかなったってことさ」
そう言うとベラは快活に笑う。
自分に女から気に入られる要素があるなどとは思えないボルドは、これからどう振る舞えばいいのか分からずに困惑した。
相変わらずボルドが歩いていると道行く女たちからのジロジロとした視線を受ける。
ボルドとしては居心地が悪く萎縮してしまうのだが、そんな様子がおかしいらしく、ベラは喉を鳴らして笑う。
「おまえ人気あるな。ま、あたしらダニアの女は皆、自分がゴツいせいかおまえみたいな優男が好みの奴は結構多いんだよ。今おまえを見てる女たち皆、頭の中でおまえを抱くところを妄想して涎を垂らしてるのかもななぁ。ククク」
ベラの笑い声に思わずボルドは悪寒を感じて背すじを震わせた。
「心配すんな。あたしはナニの立派な男にしか興味はねえから。おまえを妙な目で見たりしねえよ」
そこから歩き続けると、ほどなくして女たちの威勢のいい声が聞こえてきて、天幕が一つしかない広い場所に出た。
そこではダニアの女戦士が二人、木剣を手に向かい合っている。
周囲をぐるりと取り囲む女たちが歓声を上げる中、二人の女戦士は木剣で激しく打ち合っていた。
体格の良い女たちが打ち合う様は威圧感に満ち溢れ、木剣がぶつかり合う激しい音にボルトは思わず身をすくめる。
そんな戦いの様子をブリジットが天幕の下に置かれた椅子に腰かけて見守っていた。
「来たかボルド。座れ」
ブリジットは凛とした表情を崩さずにそう言って、ボルドを自分の斜め後ろの席に座らせる。
寝室で見せる顔とは違い、女王の振る舞いだった。
ベラはボルドの横に立って控える。
「我が一族の慣わしだ。こうして七日に一度、我が前で皆が腕前を披露する」
そう言うブリジットの視線の先では背の高い方の女戦士が相手を打ち負かしたところだった。
勝った女はいきり立って雄叫びを上げ、負けた女は額から血を流しながら悔しげに地面を拳で打っている。
「そのくらいにしておけ。おまえたちの勇猛ぶりは明日の戦までとっておくことだ」
そう言うとブリジットは椅子から立ち上がり、傍に控えている小姓から木剣を受け取ると自ら戦いの場へ歩み出ていく。
そして勝った方の女に声をかけた。
「ソニア。体格を活かした戦いぶりはそのまま貫くがいい。おまえの初撃を受け止められる男はそうそういないだろう。だが、その体格に自惚れるな。振りの大きさに驕りが見える」
そう言うとブリジットは木剣を構え、ソニアの前に立つ。
2メートル近いソニアの前に立つとブリジットはいかにも小さく見える。
その身長差は20センチ近くはあるだろう。
だが、ブリジットを前にしたソニアは緊張に表情を硬くしていた。
相手が女王だからというだけではない。
木剣を手にしたブリジットは緩やかな構えで立っているだけにもかかわらず、ソニアを恐れさせていた。
「打ってこい。アタシの頭を勝ち割るつもりでな」
ブリジットの言葉にソニアは弾かれたように動き出し、吠えながら上段から鋭い一撃を振り下ろす。
だが、ソニアの木剣がブリジットの頭に振り下ろされたかと思われた瞬間、ブリジットはすでにソニアの真後ろに回り込んでいた。
そのあまりの動きの速さにボルドは目をしばたかせる。
彼の視線の先でブリジットは手にした木剣をソニアの右肩にそっと当てた。
「打ち出しの瞬間に右肩がわずかに右に流れる癖がある。それを見抜く相手なら、おまえはもう死んでいる」
ブリジットの言葉に振り返ったソニアは息を飲んで頭を下げ、ざわめいていた観衆は圧倒的なブリジットの動きの速さに驚嘆して沈黙した。
ベラの言う通り、ダニアの長・ブリジットは別次元の強さをその身に秘めている。
自分の主となった女の強さを初めて目の当たりにしたボルドは、ただただ驚きの眼差しを彼女に向けていた。




