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【第六回】地の文コンテスト 〜敗北〜

【敗北】脳内ポ*ズンベリー※違う

作者: しもひら

「こんなのってないよ……」


<直前まで笑顔だった>自意識がとうとうくじけた。

両手と両膝をぴたりと地べたについて、俯いておそらく涙を流している。

隠しようもないし隠すアテもないので白状するが、フラれたのである。

理由はかくかくしかじか、さして主張すべき理由もないので汲み取ってもらいたい。

いつもいつまでも爽やかな自意識だってこうなる時もあるのだなあ、と僕は思った。


「仕方がない。今回は非を認めろ」

「俺は自分の誠実っぷりを主張する」

「そうだ、我々は正しい。正義に対してなんて仕打ちだ。あいつよりカラスの方が賢い」

「じゃあお前はニワトリ以下だな」


順番に、<腕を組んでいる>厳格・<拳で机をドンと叩く>意地・<両手指を絡めた>全肯定・<手の爪をチェックする>おすましが言う。

君たち全員語尾が堅苦しくて随分似てるから、立て続けに喋らないでほしい。


「八つ当たりは見苦しいぞ。お前がいちばんへこんでいるのは分かっている」


意地がおすましに向かって人さし指をさした。

ああ言えばこう言う、とおすましもまた立てた小指にフッと息を吹きかけながら答えた。


「負けを認めない方が愚かだ」


『な〜〜にぃ〜〜〜?!』と言い出しそうな意地を<腕力だけで押さえつけた>平常心がみんなを見渡す。


「おいおい、ここで貶し合ってどうする。無益な争いこそが愚の骨頂だ」


全肯定が顎を上に突き出したかと思えばそれを鎖骨に当たりそうなほど振り降ろす。

何かと思えば大袈裟に頷いただけだった。


「ああ、」


他の全員が口を揃えて大人しくなるもんだから、何事も慌てないことって大切なのだと思う。

<大人しくしていた>陰気がぼそりとこぼす。


「玉子丼だけは俺を裏切らない」

「信じられるのは神の使いである君だけだ」


そういう流れを予測したように厳格が請け合う。

ここで僕にきた。信じる信じないは相手の女性の話であろうに僕と比べるとは大袈裟な。


「大袈裟な。」


そのまま口に出た。


「では玉子丼が不味かったことがあるか」


いや、ない。とわざわざ言わなくていいのに<拳を握りしめた>ガッツが宣言した。


「たった今がそうだ。こんな気持ちで食べて美味しいものか」

「お前は浅薄なんだ」


あ、ひどい。僕が一番気にしていることを。

おすましと<目元が赤い>天邪鬼にちょっとムッとすると、<昨日からまだ泣いている>ストレスが言い返した。


「仲間になんて物言いだ。俺が泣いちゃうぞ」


なんでやねん。


「お前の涙に何の価値がある」


とおすまし。


「そういうお前が泣いているではないか」


これは厳格。


「泣いてなどいない」


なぜかストレス。


「玉子丼が塩辛くなるぞ」


さらに陰気。


「それくらいがちょうど良いんだ」


なんと天邪鬼。


「存分に泣くがいい」


意地が拗ねている。


「お前の涙は美しい」


やっぱり全肯定。


「お前こそ目を擦るな。明日まぶたが腫れるぞ」


平常心が笑う。


「玉子丼が美味い」


自意識が復活している。


「玉子丼が美味い」


最後にガッツ。

食うな。

ちゅど——————ん。






と、いう夢を見たんだ。

爆発オチなんてサイテー、タグがついてしまう。

背中を丸めて微妙な角度でむくりと起き上がったぼくはそんなことを思いながら後頭部を掻く。


我ながらとんでもない脚本だ。

いくらなんでも偏りすぎである。

ぼくの脳内にもう少しギャップ萌えしがいのある感情は存在しないのか。

あ、玉子丼がそうか。


五年間片想いして一ヶ月付き合った彼女に昨日フラれた。

夢の中で事実はそれだけしかない。


確かに泣きながら玉子丼は食ったが、美味くもない塩辛くもないただ卵と白米と玉ねぎの味しかしなかった。


スウェットの裾をまくり上げて腹も掻き、涙でバリバリの頬をあくびでごまかした。

洗い桶に突っ込んだだけの丼と割り箸を眺め、ため息の代わりに深呼吸。


……よし。爆発オチでぼくの恋は儚く散ったのだ。(儚く?)

サヨナラ。新しい毎日、はじめよ。

ぐんと腕を伸ばして目を閉じてみる。


清涼飲料水か何かのCMで似たような字面を見たが、おかしい。すっきりするどころかぼくのまぶたの隙間から余すことなく水が出てくる。

やめろやめろ止まれ止まれ。

これはあれだ、あくびするときに涙腺くんがちょっと不整脈起こしちゃったんだ。

小学生のように目尻を擦りまくるぼくの耳につんざくような機械音が響く。


ピン ポ——————ン


誰だよ。

朝七時ぞ。

鍵を開ける前にカメラを確認する。


途端、自分が今どんな髪型をしているかも忘れてバタバタと玄関にもつれ込んだ。

雑にドアノブをこじ開け、すぐそばに立っていた彼女とバッチリ目が合う。


驚いた表情をした後、ブハッといつもの笑顔で吹き出した。

そう言えばぼくは今の今まで泣いていたし、寝起きでスウェットだし、寝癖も直してない。

何を言うべきか迷っていると、彼女の方から切り出した。


__あのね。ごめんね。


もしかしてタイミングを測っていたのだろうか。

冬時によく見るマフラーに埋めた鼻はぼんやり赤く、細い手先はよく見るとかすかに震えていた。


夢にぼくが出てきたそうだ。

君が好きだよと言って笑っていたそうだ。


ぼくの夢にはぼくばっかり出てきたよ、と言いそうになったが、抱き締めるだけでやめておいた。


はっきり言ってちょ〜〜〜〜〜可愛かったので、ぼくの負け。

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