淀み
処女作です。
魚の生態には詳しくないです。
全部妄想程度です。
朝からどんよりとした雰囲気が
漂っているのは天気の所為だろうか。
それとも僕自身の気の持ちようだろうか。
川に雨が落ちると底が濁る。
この不快感は雨の仕業か。
それとも僕の仕業か。
昨日の事故で左の胸鰭を失った。
ボーッと泳いでいて針に気付かなかったんだ。
刺さった針に慌てて身体をくねらせた。
鰭の裂ける音が水中に響いて3つ4つ泡を吹いた。
それ以来、僕は真っ直ぐ泳げなくなった。
前に進もうとすると身体が斜めに倒れていく。
それを見たヒルたちがクスクスと笑った。
僕は嫌になって巣から出なくなった。
友達のイワナが心配して
僕の巣まで来てくれた。
「大丈夫かい」
そう言うイワナに旋回して身体を向ける。
泡を1つ2つ吐いた。
僕の目にはイワナの顔じゃなく
イワナの綺麗に揃った胸鰭しか写らなかった。
その瞬間、僕はイワナが嫌いになった。
尾鰭で“帰れ”のアピールをすると
「また来るね」
と寂しげに言葉を残して帰っていった。
後ろ姿を巣の影からじっと見る。
イワナは真っ直ぐ泳いでいる。
翌日、イワナはまた来た。
「ご飯でも探しに行こう」
「行かない」
「他の友達も連れてきたから大丈夫
みんなで一緒に行こうよ」
「僕は行かない」
「お腹も空いているだろう?」
確かに、ここ数日碌なものを食べていない。
お腹が空き過ぎて逆に気持ちが悪いくらいだ。
…少しだけ行く気になった自分に腹が立つ。
イワナが言う。
「美味しい虫がいっぱいいるんだ」
「そんなにいっぱい?」
「わんさか食べられるらしい」
「ふーん…」
体を大きく旋回をして伝えた。
「行く」
嫌いな奴と動く嫌悪感よりも
腹が減っている辛さの方が勝った。
イワナは嬉しいそうに口をパクパクさせてやがる。
よろめきながら久しぶりに巣を出ると
水中の濁りはすっかり治まっていた。
巣から出た僕の周りを
イワナとその友達がゆっくり泳ぐ。
楽しそうに喋るイワナたちの会話が
聞こえないくらい、泳ぐので精一杯だった。
数分後、橋の下でイワナたちは止まった。
「ここにいっぱい虫が居るんだよ」
そう言われて見てみると
川虫たちが賑やかに集まっていた。
美味そうだ。
「1番のり〜」
イワナが川虫にかぶりついた。
僕もそれに続いて川虫にかぶりつこうとした。
その時。
イワナの口から川虫の右足が
ころりと落ちるのが目に入った。
口を開けたまま転がる川虫の右足を目で追う。
川虫のいい匂いがする!
動かなくなった右足を凝視する。
右足を凝視する…
無いはずの左の胸鰭が痛んだ気がする。
そんな気がする。
泡を5つ6つ吐く。
僕は誰にも気付かれないように
ゆっくり巣に戻っていった。
数日間巣に篭った。
イワナがまた来たが
顔を合わせる気になれず無視した。
さらに数日経つとお腹が空き過ぎて
目の前がぼやけてきた。
「お腹が空いた…」
泡を4つ5つ吐く。
突然、巣の外からいい匂いが漂ってきた。
ゆっくり旋回をすると
カゲロウが体の半分を食いちぎられた状態で
よたよた歩いているではないか。
思わず尾鰭をバタつかせると
カゲロウがこちらに気付いた。
カゲロウは言う。
「私はもう長く無い。真っ直ぐ歩くことが出来ない。
私はもう辛い。こんな体なら君に食べられる方がいいだろう。」
カゲロウが立ち止まり、
「さあどうぞ」と手を広げる。
いい匂いがする!
カゲロウはそっと目を閉じている。
そっと目を閉じている。
目を閉じている。
いい匂いが…
「別に腹は減っていない」
「そうですか」
「ああ」
「…」
カゲロウはそのまま動かなくなった。
いい匂いのまま動かなくなった。
「僕の巣の前で死ぬなよ」
居た堪れず僕は巣を出て行くことにした。
僕はただの餌になんで泣いているんだろうか。
カゲロウの横を通る。
体は水流に揺られて斜めになって
今にも倒れそうになっている。
カゲロウの横を泳ぐのに
時間がかかったのは胸鰭の所為だ。
しばらく泳ぐと
上からいい匂いのする塊が落ちてきた。
虫ではなさそうだが
ずいぶんといい匂いがする。
少しつついてみる。
なんて美味しいんだろう!
僕は久しぶりのご飯に夢中で齧り付いた!
「ザクッ」
見覚えのないツノが自分から生えている。
口に違和感を感じる。
口に違和感を…
「ギギギ…」
体は上向きにスゴイスピードで
生ぬるい世界に飛び出した!
息ができない!エラが痛い!
動く大きな虫のような生き物が
僕の体を5本の足で覆った!
体が物凄く熱い!
「おー釣れた」
「でも微妙なサイズw」
「なんか小さいし美味しくなさそうだし
リリースでいいんじゃね?」
「そうだな」
「可哀想だし」
何を言っている?
「ザクッ」
また耳障りな音が鳴った。
しかしいつもより音が響いていない。
口から何かを引きずり出される…
朦朧とする中、目を開けると
あの日に見た針のようなものが口から出てきた…
赤黒い針が目の前で光る。
「投げるか」
「せーの」
体がまた上向きに飛んだ。
急に熱さから解放され ー。
「バチャン」
水面の大きな音に
死んだカゲロウを食べていたイワナが上を見上げる。
「濁ってきやがった。雨で氾濫する前に戻るか」
イワナは泳いで帰った。
真っ直ぐ泳いで帰った。
読んで頂きありがとうございました。
また書きます。