ヤンデレのかくれんぼ
もういいかーい ……
まぁーだだよー ……
チナコは隠れるのが上手な子で、かくれんぼをするといつも、一番最後まで見つからない。
みんなで方々さがして、やっと見つけるのだけれど、ある時は公園のはずれの木の上、ある時は誰も近寄らない、昔のスイミングクラブの廃墟…… というふうに、ちょっと怖い場所にも平気で入っていくから、探すのはいつも大変だった。
そして、見つかっても、大抵は機嫌が悪い。
そういう時は帰る道々、わたしは怒られることになる。
「ミオったら、どうして、見つけてくれないの!?」
「ユカちゃんが見つけてくれたんだから、いいじゃん」
「あたしはミオに見つけてほしいの!」
「わたしだって、がんばってさがしたんだよ」
わたしは弱々しくチナコに抗議する。
「チナコちゃんが、かくれるの、うますぎるんだよ。
それに、あぶないから近寄っちゃいけません、って言われてるところばかり」
「そんなの、あたしのことちゃんと見てたらわかるでしょ?
だいたい、ミオちゃんが一番好きなのって、あたしじゃん。だったら、少しくらいあぶなくても、ちゃんとさがしてくれるはずでしょ!?」
「…… ごめん」
夕日の照らす道を連れだって歩き、何かモヤッとした気分をかかえながらもチナコに謝るのが、いつものことだった。
チナコは家が隣どうしの幼馴染みで、赤ちゃんのときから一緒に遊んでいた仲だ。
いつも一緒にいるのが当たり前で、それはもう、好きとか嫌いとかじゃないような気が、するんだけど。
チナコの主張ではいつも、わたしが一番好きな子はチナコでなければならないらしい。
―――― たしかに、字が書けるようになったばかりの頃には、よく 『だいすき』 『ずっといっしょ』 とか書いたお手紙をあげていた。
チナコはそれを、今でも宝物の箱の中に入れて、大事に持ってくれている。
―――― だけど。
いつの間にか、そういうチナコに、どこかモヤモヤしたものを感じるようになってしまった。
『ミオが一番好きなのは、あたしでしょ』
この論理で、わたしのお気に入りを何もかも、とっていくんだよね。
新しい、いい匂いのする消しゴムも、キラキラしたペンも、おばあちゃんからもらったキレイな千代紙も。
―――― なんでだろう、ちょっと嫌だな、と思っても、チナコに言われると、断れない。
悪気はないんだろう、って思うんだ。
きっと、チナコもわたしのことが大好きで、だから、わたしのものがほしいんだろう。
その気持ちを傷つけるのも嫌で、結局、わたしは何をとられても文句がいえない ――――
わたしたちはそのうち、かくれんぼをしなくなった。
中学生になったからだ。
学校の宿題に、部活。グループでちょっと背伸びしたやりとりをして、遊びに行って、好きな男の子の噂をしあって……
いろんなことが忙しくなって、わたしたちは子どもの遊びを忘れた。
わたしは、軽いイジメを受けるようになっていた。
暴力をふるわれたりはしないけど、みんなからなんとなくハブられてるような状態。
友だちが、盛り上がって話しているようなときに、わたしが参加すると急に白ける、みたいな。
地味につらい。
―――― 原因は、チナコだった。
わたしと仲良くなった子に、片っ端から 「ミオがあなたの悪口言ってたよ」 と吹き込んでいたのだ。
部活でよく喋るようになっていた別のクラスの男の子から、直に確認されて、それがわかった。
「どうして? どうしてそんなこと、するの?」
「ミオが一番好きなのは、あたしでしょ。だいたい、あたしがちょっと嘘言ったらすぐ、信じるなんてさぁ、本当の友だちじゃないんだから。
ミオは、あたしだけ見てればいいんだよ」
けろりとして自分のやらかしたことを認めた翌日、チナコは、嘘をついてわたしと引き離そうとしていた男の子と、付き合いはじめた。
「ケイくんがミオとばかり仲が良くて、悲しかったの…… って泣いてみせたら、一発OKだったよ」
得意げに自慢するチナコを、もう好きとは思えていないことに、わたしはやっと、気づいた。
だからといって、何かするわけでもなく ―― あまりに長い間、一緒にいすぎて、チナコからの離れ方が、わたしにはわからなくなっていたのだ ―― 時が過ぎ、わたしたちは大人になった。
その間に何度も、チナコはわたしから、好きになった人を盗っていった。
用心してチナコとは恋バナなんかしないようにしても、敏感に察知する。
そして、先に付き合い出しては自慢する。
「ミオのこと、いいな、って思ってたくせに、あたしからちょっと誘われたくらいでグラついちゃうなんてさ。本当には、ミオのこと好きじゃないんだよ。
ミオが一番好きなのはあたしだから、あたしが、ミオのこと一番好きな人をさがしてあげるね」
チナコの論理は、昔、一緒にかくれんぼしてた頃と変わらないのだ。
そんな中、わたしはこっそり、ケイ ―― 中学の頃に部活が一緒だった彼 ―― と、付き合い始めた。
家まで送ってもらったりしないのはもちろん、近場でのデートは避け、連絡先も別名で登録した。
細心の注意を払う理由を 「チナコが」 のひとことでケイも納得したあたり、きっと、彼女と付き合っていた中学生時代に、何らかの目に遭わされたんだろう。
付き合って半年、わたしはケイにプロポーズされた。返事はもちろん、OKだ。
そして、はじめて、チナコに打ち明けた。
「ふぅん。良かったね! おめでとう!」
チナコは普通にわたしたちを祝福してくれて、わたしたちはやっと、ホッとしたのだった。
―――― その晩、チナコは失踪した。
書き置きに 「ミオ、大好き」 とあったせいで、わたしは警察から事情聴取を受けるハメになったけど…… 当然ながら、無罪放免。
チナコの行方は、わからないままだ。
「結局、チナコのおかげで、わたしたち結婚したようなものかなぁ……」
「うーん。確かに、中学生のときに異様なほどにミオのことばかり聞かされてたけどね」
結婚してからも、わたしたちは時々、チナコの話をする。
離れたくても離れられなくて、最後にはいなくなった幼馴染み。
わたしはチナコのことをどう思ってたんだろう…… 好きと言うにはあまりにも複雑で、嫌いと言うにはあまりにも近すぎて。
チナコが居ない生活は穏やかでホッとするけど、ごくたまに、何かがかけているような気分になる。
「今頃、どうしてるのかな、彼女」
「うーん。きっと元気で、いつか何事もなかったみたいに、ひょっこり帰ってくるんじゃないかな?
で、『どうして見つけてくれなかったの!?』 って、文句言ってきそう」
わたしとケイは、顔を見合せて笑う。
それに応えるように、お腹をぽんぽん、と蹴ってくるのは、わたしたちの赤ちゃん。
きっと、生まれたら、チナコのことなんて思い出す暇も、なくなっちゃうんだろうな……
元気に、生まれてきてほしい。
※※※※
薄闇の中に響くのは、ミオの声。
「チナコは、かくれんぼが得意だったんだよ。きっと今も、どこかに隠れてるんだよね……」
わかるわかる、と、あたしは薄く笑った。
誰だって、自分が結婚したせいで幼馴染みが死んだ、とは思いたくないもんね。
あたしはミオのことが大好きだから、ミオがつらくならないように、失踪、ってことにしてあげたのだ。
本当は、もうとっくに死んじゃってるんだけどね 『チナコ』 は。
だって、どんなにしても、ミオがあたしを見てくれないから。
ひどいよね。大好き、って言ってくれたのに。
ひどいよね。ずっと一緒、って約束したのに。
あたしは、こんなにミオのことが、好きなのに。
―――― けど、もう大丈夫。
ミオが、あたし以外のことが見えなくなる日も、もうすぐだよ。
「元気に生まれてきて、くださいねえ……」
覚えてないくらい昔から好きだった、優しい声に応えて、あたしは薄闇を思いっきり、蹴りあげた。
―――― さて、あたしは、今、どこに、隠れているでしょう?
表紙は秋の桜子様にいただきました!
桜子さま、どうもありがとうございます!
◆秋の桜子さまのマイページはこちら。
https://mypage.syosetu.com/1329229/
名作多数! 彩り豊かな割烹も楽しいです。
ぜひご覧くださいませ!