説明とお誘い
「じゃ、ちょーっと動かないでねー」
少女のかざした手から淡い光が漏れ、映像を逆再生するようにみるみる俺の傷が癒されていく。
おおっ、もう治っちゃった。
すごいなこれ・・・・・・痛みも全くないし、完全に元通りじゃん。
「傷は治ったけど、流した血は戻んないからあんまり無理しないでね?」
「あ、はい。えっと、助けてくれてありがとうございます」
「うん、どういたしまして。私は輝夜花恋って言うんだ。敬語とかいいから、適当に呼んでねー。さく・・・・あーえっと、君の名前は?」
「それならお言葉に甘えて・・・・。俺は神月咲夜。よろしくね、花恋」
「うんうん、よろしく!」
花恋はほんの一瞬、嬉しさと悲しさがごっちゃ混ぜになったような複雑な表情をしたが、すぐに悲しさの部分を引っ込めて笑う。
少しそれが気になったが、何も事情の知らない俺が踏み込むことではないと直感的に思ったので、とりあえず今は聞かないことにした。
「それでね、さっきの悪魔についての話なんだけど・・・・・・とりあえず移動しよっか」
「あはは、そうだね」
いつまでも道路のど真ん中にいては邪魔になってしまうだろう。
・・・・・・・・・あれ、そういえば悪魔と戦ってる時誰も来なかったな。
夜遅くだから外に人がいないのは分かるが、あれだけ騒いでたら家にいる人も何事かと思って、出てきてもおかしくない気がする。
それに落ち着いた今だからこそ気がついたけど、あまりにも周りに人の気配が無さすぎないか?
「あー、それ?それはね、大きな魔力結界を張って周りから見えないようにしてたんだー」
花恋曰く、ここら一帯を巨大な魔力結界で包み空間を閉じた、と言うことらしい。
見た目は同じだが全く違う空間(コピーみたいな感じ)なので生物は存在せず、花恋の許可したものとコピー元の空間(生物のみ無し)だけ存在する。
よほど大きな衝撃が与えられない限り花恋が解除するまで解けず、そもそも違う空間なのでどれだけ暴れても周囲への被害はないそうだ。
「大きな魔力結界って、どんくらいの大きさなの?」
「えーっと・・・・・半径十キロくらい?」
いや、でっか!
半径ってことは直径で二十キロでしょ?
どんだけ広いんだか。
ふむ・・・・・・・・それならマンガとかだと一国を丸々覆う結界を作ってる魔術師もいたけど、花恋もそう言うのできたりする?
「そのレベルの結界だと宮廷魔術師が本気出してやっとか、高レベルの魔術師十二人集めてやっとかな。ま、私は楽々一人で出来るけど」
「え、なに、花恋ってチート能力持ちだったの?異世界物の主人公かな?」
「ふっふっふっ、もっと褒めてくれていいんだよ?」
ドヤ顔でムフーッ、と鼻息を漏らす。
そんな花恋の小動物のような仕草に癒されながら近くにあった公園に移動し、自動販売機でスポーツドリンクを二つ買ってからベンチに座る。
「じゃあまず、なんであの悪魔が君を襲ったか。これを順を追って話していこうか」
スポドリでノドを潤し、真剣な表情で花恋が話を始める。
「あの悪魔は異世界"ルクス・テネディス"からやってきたんだ。ルクス・テネディスでは、魔族と人族、亜人族が手を取り合って生きていて、まさに平穏そのものだった。でも十五年前、魔神王と名乗る神が現れて、そいつが降り立った地を治めていた魔族が二つに割れた。片方は他の種族とともに生きるべきと唱える者たち。もう片方は魔神王の力で、魔族が頂点に立つべきと唱える者たち。そしていざこざが始まり、十年前の大きな戦で魔神王は倒された」
花恋はここで一度切り、空を見上げる。
倒された、と言う割には花恋の表情は中々優れていない。
「でもそこで、めでたしめでたし、とは行かないんだよねー。最近、今まで大人しかった魔神王派がまた動き出したみたいなんだ。風の噂によると、魔神王が復活し再び戦を起こそうとしているとか。だけど、魔神王は一度倒されたことによって、かなりの力を失ってしまった。それを取り戻すために・・・・・」
視線を俺に向け、指をさす。
「咲夜、君が必要って訳なんだー」
なるほど、わからん。
なぜそこで俺が必要になるんだ・・・・・・・・。
俺は別に超常的な力を持ってる訳じゃないし、そんな回復アイテムみたいな力もない、地球に暮らすふっっつーーーーーーの一般人だぞ。
異世界の壮大な話に巻き込まれる意味がわからん。
あれかな、千年に一度の素質を持った存在とかそんなラノベにありそうなやつですかね。
「どんな些細なことだっていい。何か思い当たることはないかな」
いやー、そう言われてもねー。
自分が異世界に関係あるかもっていうのは嬉しいけど、そういう心当たりなんて・・・・・・・・・・・・・・・・・あ。
「そのヘアピン・・・・・」
「え、これ?」
花恋が目を丸くして、自分の髪についている真っ白な羽の形のヘアピンを指差した。
それを横目に見ながら、頭の片隅にあの夢を思い出す。
「夢で見たんだ・・・・・・・。どっかの丘の上で、そのヘアピンと同じものをした女の子と会う夢」
「っ!!」
「最後は誰かに連れ去られて終わりなんだけど、これって何か・・・・・・わっ、ちょ、大丈夫!?」
横を向くと、花恋が泣いていた。
瞳から溢れた涙が一滴、ほおを伝って落ちる。
はっとした花恋はすぐに涙を拭い、少し赤くなった瞳で俺を見る。
「・・・・・・それはね、記憶なんだー。何年も前に失った、君の記憶」
・・・・・・・・・・はい?
「えっ、いや・・・・・羽生えてる人(?)とかいたんだけど・・・・・」
「それは君の故郷の人だね。他に神殿とかなかった?」
「・・・・あー、あったねー・・・・・・・・」
え、なに、俺って地球人じゃないの?
と言うか人間ですらない・・・・・?
いやいや、どこをどう見ても人間でしょ、夢の人みたいに羽も生えてないし。
「うんまーそうだね、人類ではないかな」
なんてこった。
即行断言されてしまった。
あんだけ普通普通言っておきながら・・・・・・・。
てことはあの夢の男の子って俺か?
たしかにあれくらいの年齢以前の記憶は曖昧って言うか、微塵も無いけども。
でもだいたい幼少期の記憶ってそんなものじゃない?
・・・・・・ん〜、だけどなぁ・・・・・・・・・・。
あれが俺の記憶だとすると、思い当たるところがあるんだよなぁ。
あり得ないくらい鮮明なところとかね。
うーん・・・・・・・・・・。
どんな反応をしていいか分からず、思わずほうけていると。
「そこで、相談なんだけどさ」
「ん、なに?」
うっすらと微笑んだ花恋が立ち上がって手を差し出す。
「咲夜、私と来ない?」
「・・・・・・・・・・・・・・へ?」
思いもよらない言葉に思わず間抜けな声が漏れた。
"私と来ない?"って、えっとー・・・・・。
「私のやってる魔術関連専門の何でも屋で働かないかってことだよー。ほら、次に襲われた時近くにいれば守りやすいし、そういう所で"力"に触れてれば何か思い出すかもしれないしさー」
「・・・・・・あー、なるほど。そう言うことね。理由は分かったんだけど、そもそも魔法関連専門の何でも屋って?」
え、地球ってこう言うのの需要があるような世界だったっけ。
俺が今まで生きてきた限りでは、魔法とかそういう系の力に会ったこと無いんだけど。
いや、でも妖怪とか神話とかあるし、俺が知らないだけで意外とあるものなのかな?
「うんとね、地球では魔法ってだいたい空想上のものって思われがちなんだけど、実際は本当にすごく少数ではあるけれど存在するんだー。ほとんどは代々受け継がれて来たとか、ある特定の役職の者に伝承されて来たとかで、そう言う人たちが一本の"樹"の元に集まって"ユグドラシル"って言う組織を立ち上げたの。
ユグドラシルの目的は、世界に散らばる魔法使いを保護し、"樹"のそばでこの世界を見守ること。私のやってる何でも屋"夜桜"の仕事は、そんなユグドラシルやその他個人からの依頼を受けて、悪い妖怪とか魔法使いを退治することなんだー」
うむむ、何やらいきなりスケールがでかい話に。
世界を見守る組織"ユグドラシル"か・・・・・・・・うん?ユグドラシル?
あー、もしかしてその一本の樹って・・・・・・。
「そう、世界樹だよー。場所は秘匿されてるけど、この世界のどこかに巨大な樹が生えてて、そこで世界中を見守ってる」
たしか北欧神話だっけ。
そこに出てくる一本の架空の樹であり、九つの世界を内包する存在とされている。
うわぁ、もうスケールがでかい所の話じゃないじゃん。
・・・・・・・・もうなんて反応すればいいやら。
「あ、ちゃんと給料も出るからねー。依頼にもよるけど、ごにょごにょ円くらい出るよ?」
「は!?」
急にお金の話を振られたのにも驚いたが、耳打ちされた金額にもっと驚愕する。
ちょっと待って、何その馬鹿みたいに高額な給料は!?
どんだけだよ!
危ない仕事ほど給料が高いって聞いたことあるあるんだけど、それにしても桁違いすぎるよね。
「どう?咲夜の記憶を戻すためにも、うちで働かない?」
「働きます!あ、でも一応、内容はぼかして両親に確認はするぞ。なんの許可もなしにやるわけにはいかないし」
変なところを気にするようだが、これをしないと後で大変だ。
急に大金が入って来たら誰でも驚くもんな。
と言っても説明はめんどいし、たぶん何言ってるか理解して貰えないので新しいバイトとでも言っておこう。
決してお金のためじゃ無い、自分の記憶を取り戻すためです。
・・・・・・でも給料がもらえれば、今まで高くて買えなかったグッズとかも・・・・・・・。
うん、一石二鳥だね!
「じゃあ、まだ確定じゃ無いけど、これからよろしくねー」
「うん、よろしく」
俺は差し出されていた花恋の手を取り立ち上がった。
みなさんも幼稚園くらいの時の記憶って、曖昧じゃないですか?
ちなみに私は、ほとんど覚えてないです!




