イシス
カツッ、カツッ、と一歩進むごとに階段全体に二人分の音が反響する。
イクシードを倒した後に現れた螺旋状の階段を登り始めて十数分経ったが、未だに上の階層に着けていなかった。
どんだけ続くんだこれ・・・・・・。
もしかして、無限回廊みたいなやつとか言わんだろうね。
「・・・・・・咲夜」
「ん、分かった」
繋いだ手に軽く力が込められた。
どうやらもうそろそろ最上階に到着のようだ。
何度目か分からない曲がり角を曲がると、とても重厚そうな巨大な扉が姿を現した。
近づいて押してみたが、見た目通りめちゃくちゃ重い。
「ふぬぬっ・・・・・!どうなってんだこれ・・・・・」
一応頑張ってはいるんだけどね。
俺だけじゃビクともしない。
花恋と息を合わせて左右の扉を押すことでやっと動き出し、ゆっくりと厳かに開いていく。
向こう側は階段とは対照的に光に満ちていて、扉から差し込む光がとても眩しく感じられる。
さてさてさーて、一体どんなものが待ち受けているのやら。
イクシードより強い相手がいるって考えると、もう今すぐ帰りたい。
けどそいつを倒さないとここから出られないわけだし、やる以外の選択肢は残されていないだろう。
ズズゥンッ、と完全に扉が開き終わった音が響き渡る。
思わず瞑ってしまっていた目を開けると──────────目の前には草原と大海原が広がっていた。
「うわー、すっごい良い景色!」
「だね。辺り一面が草原だから見晴らし良いし・・・・・海もやばいなこりゃあ」
少し小さめの崖の上に広がった草原から見える海は青く透き通っていて、江ノ島の海とは比べ物にならないくらい綺麗だ。
沖縄とかカリブ海並なんだが。
イクシードのせいで何となく暗くなっていた雰囲気も、この景色のおかげでだいぶ和らいだ気がする。
それ程までにこの階層の景色は凄かったのだ。
まさか神殿の中にこんな空間があるとは思いもしなかった。
というかこの海、果てしなく広がってるけど明らかに神殿より大きくない?
「どう?私の【神域】、気に入ってくれた?」
「うん。すごいね、これ。みんなにも見せてあげたいよ」
「二人で独占するのは勿体ないもんね。でも・・・・・・・今は独り占めしたいな〜」
景色に圧倒されて語彙力が低下する俺。
そんな俺の腕を抱きしめ、コテン、と肩に頭をもたれかけさせて花恋が呟く。
「咲夜も、この景色も・・・・・せっかく二人っきりなんだしさ」
「・・・・・・そうだね。今は二人っきりなんだから─────────」
「ちょ、ちょっとぉ!なに私を無視してイチャついてるのかしら!?」
ちっ、せっかく良い雰囲気だったのに邪魔が入ったか。
ジト目になりながら、慌てた声がする方を見ると、空中に水球を伴った女性が浮いていた。
見た者を皆失神させてしまうような、神々しさまである美人さん。
胸元と太ももが大胆に露出した水色のドレスにオーロラのようなベールを羽織り、金色の装飾がされた三又の槍を携えている。
膝辺りまで伸びた艶やかなブルーの髪をなびかせながら、俺たちの近くまで降りてきた。
「まったく、人が頑張って用意した【神域】なのに───────────」
「咲夜、こんなの無視していーよ。それよりもさっきの続きしよう?」
「扱いが酷くない!?久しぶりに再会した親友に対してあんまりよ!」
「冗談よ冗談。久しぶりだねー、イシス」
無視されて涙目になってしまい、ため息をつかれながら花恋に頭を撫でられている。
最初に感じた威厳とかもろもろは何だったんだと言いたくなるレベルの変貌っぷりだ。
少しの間撫でられていると元気を取り戻したようで、今さらながら居住まいを正してコホンと咳払いする。
「お恥ずかしい所を見せてしまったわね。私はイシス。貴方の事はアリス様から良く聞いてるわ」
「名前で分かったかもしれないけど、この人一応神様なの。"豊穣と海を司る神"イシス」
「あ、やっぱり?名前聞いた時まさかって思ったけど、ほんとにそうだったんだ」
そりゃこんなバカでかい神気量とか威厳があるわけだ。
まあさっきので残念さが目立っちゃってるけど・・・・・・・。
と言うか、そんなイシスと親友って花恋は一体何者なんだろうか。
「まあ天地創造した三神の内の一柱だから。無駄に神気と胸はデカいけど、歳はうん千歳越してるよ?」
「ねぇカレン、やっぱりイクシードのこと根に持ってるわよね。随分キレッキレじゃない?」
「そりゃあそうでしょ!あんなの見せてショック死したらどうするつもりかな!?」
「だ、だって、アリス様が生半可なのじゃ試練の意味がないからって・・・・・・・・!」
「限度ってものがあるでしょぉ〜!」
「ひぅぅぅ、ごめんなさいぃぃ〜〜〜!」
激おこな花恋に頬を引っ張られまくっているイシス。
伸びて縮まなくなってしまうのではないか、と思ってしまうぐらい遠慮なくやっている姿を見ていると、逆にイシスが可哀想になってくるな。
「で、でもぉ!カレンだって見せつけてくれちゃって!未だに未婚な私への当て付けかな!?」
「未婚なのはイシスが"アレ"なせいでしょ・・・・・・・」
ぷくぅ、とフグのように頬を膨らませるのに対して、花恋は呆れたように苦笑いする。
仲睦まじい二人を見てるとなんだかほっこりした気持ちになるね、うん。
ほっぺがすごく痛そうだけど。
「うぅ、まだヒリヒリするぅ・・・・・・・」
やっとの思いで手を離してもらったイシスが、体育座りしながら自分の頬を擦る。
・・・・・・・・この人、ほんとにそんなに威厳のある神様なんだろうか。
今までのを見る限りただの残念な美人さんなのだが。
そんな風に思いながらイシスを見ていると、彼女の肩がピクンッと震える。
「・・・・・・・カレン、サクヤ君なら行けそうじゃない?」
「まって、それは本当にダメ。私たちの夫を犯罪者にする気?」
「だって・・・・どうせ私たちの長になる予定なんでしょ?だったら何も問題ないんじゃ・・・・・」
「ちょいまち、犯罪者になるってなに?それに長になるってのも」
犯罪者の方は一旦置いておいて、イシスって神様なんだよね。
それの長になるって・・・・・どゆこと?
「・・・・・・まだ説明してなかったの?」
「・・・・・・・・・・うん」
花恋が目を逸らしながら力なく頷く。
無言のままイシスに頬を引っ張られていた。
おーい、二人だけじゃなくて俺にも説明求む。
「ん〜とね。簡単に言うと、カレンもサクヤ君も神なのよ」
「かなり簡単に言ったね。しかもそれって、さらっと言っていいやつなの?」
「一応アリス様から命令されたから問題ないわ。状況説明はカレンの方が出来るだろうから、そっちは任せるわよ?」
「任されたよー。咲夜からすれば突拍子のない話だろうけど、とりあえず聞いてね」
花恋曰く、俺のお母さんは全ての神を束ねる最高神である創造神なんだとか。
うん、ここで既に気絶しそうなんだけど。
お母さんがそんな凄い人(?)なんて聞いてないよ?
記憶を失う前の俺は花恋やイシス達神々と共に神界で暮らしていて、次期最高神となるため頑張っていたらしい。
ところがある日敵にさらわれてしまい、記憶を封印されて地球に流れ着いた。
当時俺の誘拐はかなりの騒ぎになり、ちょうど仕事で外に出ていたお母さんはその場で卒倒したそうで。
十数年の捜索の結果、やっと地球で生きていることが分かり花恋が迎えに来た、とのことだ。
「限界が見えないくらい強いって思ってたけど、花恋が神様だっていうなら納得出来るよ」
「ふふんっ、これでも原初の神の子孫だからね!そこのへんた──────駄女神よりは神格が高いよー!」
魔法の属性にもなっている、七種類の属性。
あれは元々、最初の最高神と共に生まれた原初の神々の属性で、花恋はその内の一柱の末裔らしい。
駄女神と言われて泣きそうになっているイシスは放置して、誇らしげな顔の花恋の頭を撫でる。
それにしても、よく俺が見つかったよね。
いくつも世界があるはずなのに。
そう聞くと、花恋は苦笑いして理由を教えてくれた。
「・・・・・・・・・・スケールがおかしいんだよなぁ」
「昔から咲夜は可愛くて人気だったからねー。みんな血眼になって探してたよ」
いくら可愛くても、数千万以上の世界を片っ端から探し回るって、神様暇すぎないか?
「私だって今、話を進めるために撫で回したいのを必死に我慢してるのよ?」
「いや、子供のときならともかく今は十五歳の男だから」
「可愛いことには変わりないじゃない」
「男として素直に喜べない自分がいる・・・・・・・」
可愛いよりかっこいいの方が嬉しいんだけどなぁ。
まあそれはともかく、大雑把だけど今に至るまでは分かった。
自分が神様で、しかも全ての神様を率いなきゃいけないとか胃に穴が空きそう。
「サクヤ君が神気に覚醒したって聞いたから、アリス様に言われて試練を与えに来たの。心身とか神気の強化のためにね」
「だからってこの神殿は張り切りすぎでしょ・・・・・・」
イクシード戦とかマジで死ぬかと思ったんですけど。
まあ最高神になるにはもっと辛いことに耐えて成長しなきゃいけないだろうし、記憶も取り戻さなきゃいけない。
この程度で根を上げてちゃ駄目なんだろうけども!
しかもまだラスボスが残ってるんだよね。
嫌な予感しかしないわ。
「ふふっ、そのとーり!サクヤ君にはこれから私と戦ってもらうわ!」
「なんでそう嬉々としてるのかだけ聞いても良い?」
「だって、サクヤ君と戯れられるのなんて十年ぶりよ!?そりゃあ気分も舞い上がるものよ!」
・・・・・・・イシスからすれば戯れかもしれないけど、俺からすればイクシードを遥かに超える強敵との戦いなんだけどなぁ。
子供の頃の俺は毎日こんな人の相手をしてたのか。
よく生きてたね・・・・・。
あ、ちなみに花恋は見学らしい。
花恋まで参加したら試練の意味がないからと。
広さなどの制限はなく、【神域】にあるもの全てを使っていい。
イシスが合格と感じたら終わりとなる。
「サクヤくーん、準備は良いかしらー?」
十分に離れた場所に陣取ったイシスから声が飛んでくる。
既に【神威解放】していた俺はそれに答えると黒剣を構えて神気を込める。
【神域】には神気が満ちているため、未熟な俺でも常時【神威解放】をすることが出来るそうだ。
てか突っ込むの忘れてたけど、こんなのを平気な顔して作れるのヤバすぎない?
「サクヤ君の好きなタイミングで初めていーわよー!」
「んじゃ、お言葉に甘えて────────」
まずは手始めに、瞬時に距離を詰めて背後に回り込み黒剣を振り下ろす。
勝負の膜は斬って落とされたのだった。
そして俺は後で後悔することになる。
花恋が言った"犯罪者にする気?"について深く追及しなかったことを。
まさかあんな事になるなんて・・・・・・・この時の俺は微塵も思っていなかった。




