VSイクシード(2)
「─────────っ!」
途切れていた意識が繋がり、はっと我に返る。
それと共に痺れも戻ってきて思わず悶絶してしまう。
・・・・・・・よ、よし、何はともあれ元の場所に戻ってこられたね!
見下ろした身体は幼児の小さなそれではなく、いつも通りの大きさのもの。
まあそれも高校生とは思えないくらいちっちゃいのだが・・・・・・とりあえずそれは置いておいて。
未だに痺れが残る身体を叱咤して歯を食いしばりながら立ち上がる。
あの技は危険だ。
対象の記憶を読み取って、その人が一番精神的なダメージを受ける形に改変し、幻として体験させる。
おそらくこんな感じのやつだろうな。
まさか失った記憶の一部(改変前)が、こんな所で思い出させられるとはね。
「まだ、花恋は戻ってきてないか・・・・・・・」
離れたところにいる花恋は俯いていて表情が見えない。
そんな彼女と俺の間で、あんな幻を見せた張本人であるイクシードが唸り声を上げながらこちらを睨んでいた。
無防備な今攻撃されれば、いくら花恋と言えども無事じゃ済まないはずだ。
花恋が戻ってくるまで俺が時間を稼がなきゃな。
麻痺が残っていようが関係ない、目の前でみすみす彼女が傷つけられるのを、黙って見てられるか!
『キシャアァァァァァァァッ!!』
「う・・・おおぉぉぉっ!!」
カマの攻撃を受け流しながら後退し花恋から引き離す。
一撃受ける度に腕にビリビリ衝撃が響いて動きが鈍くなり、だんだんとイクシードの方に余裕が生まれていった。
くっ、ただでさえ普段より動けないってのに・・・・・・・!
じわじわと獲物を追い詰めるように、少しずつ痛めつけられる。
自分で言うのもあれだが、それはもう戦いと呼べる代物じゃあない。
「がっ!?」
カマのみねの部分での突きを喰らい、まるでダンプカーに引かれたように吹っ飛んで地面に叩きつけられた。
・・・・・・・・はぁ・・・はぁ・・・くそっ、やっぱり無理か・・・・・・。
身体を回して仰向けに寝っ転がり、霞む視界で天井を見つめる。
もはや敵ではないと判断したのだろう。
イクシードが背を向けて花恋の方へ歩き出した。
「・・・・ま・・・・て・・・・・っ!」
『ギィッ!?』
イクシードが驚いたように振り返った。
ははっ、ガイコツでも意外と感情って分かるもんなんだね・・・・・・・。
うっすらと笑みを浮かべながらフラフラ立ち上がる。
「まだ・・・・戦える、よ・・・・?」
右目に神気が集まり、二対の翼のような幾何学模様を描いて輝きだす。
「【賜与の神眼】!」
神眼がイクシードを捉えた瞬間、ガイコツはズガンッと激しい音を立てながら膝を地につけた。
その表情は心做しか苦しそうにも見える。
それもそのはず、今あいつの全身は麻痺やら猛毒やらに蝕まれているのだから。
俺が神眼によって五種類の状態異常を賜与、つまり付与したのだ。
だがこれだけでは、イクシードを止めるにはまだ足りない。
「・・・・・・ふぅ、これはあんまり使いたくないんだよなぁ。すっごい痛いし」
でも今はそんなこと言ってられないよね。
花恋を守らなきゃいけないし、何より一矢報いないと俺の気が収まらない。
幻とは言え、よくも人の記憶を弄びやがったなこんにゃろう!
「禁呪・【操り人形】」
そう唱えると背後の空間に斜めに亀裂が入り、中から禍々しい大きな手が二つ現れた。
十本の指からそれぞれ糸が伸びて俺の関節や手などに絡みつくと、大きな手は空気に溶けるように消えていった。
「ギャオオォォオォオオォォオッッ!!!」
"速度減少"がかかっているのに、それを感じさせない動きで接近してきたイクシードがカマを振り下ろす。
しかし、俺もそれに負けないような剣さばきで受け流し、蠢く肋骨にXの字の斬撃を喰らわせる。
「"クロスウィング"!」
ギャギャギャッ、と四本足を引きずって後退したイクシードの肋骨が一本折れた。
うっ・・・・・ぐっ、こりゃ割に合わないな・・・・。
身体中に引き裂かれるような痛みが走る。
正直、今すぐ魔法を解いて倒れたい気分だ。
禁呪・【操り人形】とは、本人の意思や限界に関係なく肉体を操ることができる魔法。
どんな無理な動きだって際限なく出来るから、操られている本人以上の実力が発揮出来る。
たとえ肉体が死んでも、魔法が解けない限り壊れた人形のように踊り続ける。
糸と繋がった状態では闇属性の魔法しか使えないとか、色々制約や発動条件はあるが、発動してしまえばその凶悪性はとんでもないものだ。
生に執着し、結果として感情を奪われた操り人形と、記憶を失い大切な人との約束も果たせなかった操り人形。
「人形同士は、人形らしく、壊れるまで仲良く踊ろうじゃないか!」
『キシャアァァァァアァアアァァァッッ!!!!』
咆哮と共に、さらに凶悪に変化したカマの連続攻撃が繰り出される。
「"冥桜閃々"!」
剣を下に向けて構え、漆黒を纏わせながら真正面に突っ込む。
小細工無しの真剣勝負だ。
二つの漆黒がぶつかり合う。
勝負は一瞬で決した。
俺の剣がカマを弾き飛ばす。
目の前にそびえ立つは巨大な桜の木。
その枝を一本ずつ剪定するように、幾千もの閃光が走る。
『ギャオオォォ・・・・・・!?』
肋骨どころか脚やカマまで欠けたイクシードが崩れ落ち、大きな砂煙を巻き上げた。
もう脚だけで立つことが出来ず、残った片方のカマで支えるのがやっとのようだ。
「〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
ビキビキッ、ブチブチッ、と嫌な音を立てて湧き上がる痛みを必死に耐える。
操り人形・・・・・解除・・・・・。
わざわざ剣で糸を斬って魔法を解く。
「どうよ、イクシード。俺はもう人形じゃない・・・・・。お前は、いつまでその呪縛に囚われてるつもり?」
憎々しそうに俺を睨んでいた人魂のような目が、ビクッと揺れる。
その揺れはやがて全身に広がっていき、完全に恐怖に支配されてしまったイクシードは後ずさりしながら振り返った。
「やっとお戻りかい、花恋」
「うん。ごめんね、遅くなっちゃって」
レイピアを引き抜いた花恋が申し訳なさそうに微笑む。
・・・・・・自分もかなり辛い幻を見てきただろうに、俺の心配ばっかり。
すっごく嬉しいんだけど、もっと自分の事も大事にして欲しいな。
え?俺に言われても説得力の欠けらも無い?
うん、ごもっとも・・・・・・。
「さて、私たちの咲夜をこんなに傷つけた報いを受けさせてあげる」
花恋の冷ややかな視線がイクシードに向けられる。
おおぅ、花恋がガチギレしてるとこ初めて見た。
女性は怒らせると怖いって言うけど、まさにその通りだわ。
俺も気をつけよ。
「【神威解放】」
花恋から黄金の神気が溢れ出し、髪と瞳が同色に染まる。
俺を遥かに上回る神気の量に、思わず俺さえも気圧されてしまった。
『ギ、ギイィィィィイイィイィッッ!!!』
一瞬怯んだイクシードだったが、気丈にも花恋に向かって突っ込みカマを振り下ろす。
一筋の閃光。
イクシードの肘から下が斬り落とされて、ドスンッと地面に落下した。
一瞬で懐に潜り込み、金色の剣閃が刻み込ませる。
「"神煌之慈悲"」
イクシードの身体を、穿たれた呪いの楔ごと断ち斬る。
生への執着心も、あらゆるものに対しての怨嗟も、何もかもがガイコツと共に光の粒子となって天に登っていく。
・・・・・・・・イクシードは、気づいてたのかな。
感情を無くしたって書いてあったけど、戦ってる最中何度も怒ったり、驚いたり、恐怖したり。
無くしたと思っていたのは、本人がそう思い込んでいただけなんじゃないのかい・・・・・・・?
幾千の時を生きていく中で自我を失い、肉体を失い、胸を抉る何かを思い出したくなくて、気づかない振りをした。
詳しいこと分からないけど、そんな感じなんだろ?
イクシードさんよ。
全てが天に還るのを見届けると、身体の力が抜けてぐらりと体勢を崩してしまう。
「よっと。・・・・・咲夜、無茶したねー」
「そっちこそ、震えてるよ。相当嫌なもの見たんでしょ?」
「っ・・・・・もう、咲夜はいつも鈍感なクセに、こういう所だけすぐ気がつくんだから・・・・・・」
ゆっくりと横に寝かしてもらい、花恋の話を聞く。
花恋が見た幻は、俺と同じくあの丘の上での事だったらしい。
幼馴染の男の子と楽しく話していると、突然悪魔が襲ってきた。
ここまでは俺とあまり変わらない。
だが、ここからが酷かった。
街の人達は皆殺し、目の前で幼馴染の男の子は見せつけるように無惨に殺され、最後には自分も殺される。
最初に戻ったと思ったら、男の子から"お前のせいで死んだ"やら、"お前さえいなきゃ・・・・"だとか。
色々な罵詈雑言を浴びせられたらしい。
敵からも、街の人達からも。
周りには誰も味方が居なかった。
それでも戻ってこられたのは、今も髪につけている純白の羽の形をした髪留めのおかげらしい。
これを手に取ってギュッと握りしめた瞬間、全部思い出したそうだ。
「そっか・・・・・・。ごめんな、嫌なこと思い出させて」
「うん・・・・・。ねぇ咲夜・・・・私、頑張ったよ?」
「そうだね。すっごい頑張った」
「だから、ごほうび欲しいな」
「・・・・・・うん、ちょっと待ってて」
花恋に支えられながら起き上がる。
ごほうびなんて回復してからやれば良いと言われるかもしれないが、今はそれよりもこっちの方が最優先だ。
花恋は精神的にかなり弱っている。
回復なんてしてる暇は無い。
今すぐポッカリ空いた穴を埋めなくては、今後の関係にも影響しかねないからね。
申し訳なさと期待が入り混じった表情の花恋を抱き寄せ、一度ギュッと強く抱いてから、その柔らかい唇に俺の唇を合わせる。
最初は驚いていたが、すぐに嬉しそうに顔をほころばせると、俺の首に手を回してそれはもうディープなキスを交わした。
抱きしめ合ったまま唇を離し、至近距離で見つめ合う。
「今度こそ約束を守るよ。たとえ何があっても、俺は花恋の前から消えない。君にもう、悲しい思いはさせないよ」
「私もだよー。今度こそ咲夜を離さない。もう二度と、離れ離れは御免だからね」




