惚気とデジャブ
「えっとねぇ・・・・・・・・これ、なんだぁー」
ニヤリと笑った花恋が、腰から取り出したダガーを思いっきり俺の胸に突き立て───────────。
「なっ!?」
ダガーが刺さる寸前、自分の身体がピクリとも動かなくなり彼女は驚愕の声を漏らす。
何も無い空間に固定されたように、いくら抵抗しても身動きひとつ取れないようだ。
ふぅ、やっと引っかかってくれたね。
実はあの地面に描いた魔法陣、回復魔法のものではなく、神聖魔法【聖なる鎖】のものだったのだ。
詠唱が必要な神聖魔法だが、このように魔法陣を描けば省略出来ることを利用し罠を張っていたというわけだ。
「まさか、気付かれてないって思ってた?バレバレだっての」
「ち、違う、これは身体が勝手に・・・・・・!」
こんな事しておいてまだ言い訳する気か。
今更そんな下手な演技じゃ騙せるはずもないのにね。
当に化けの皮が剥がれたというのに、自分は本物だのなんだのと花恋の姿をした何者かはしつこく弁解する。
が、当然そんなもの無視。
見るに堪えないその姿にため息を着くと、ついに説得するのを諦めたのか、歯をギリッと食いしばり本性を現した。
「何故だ!お前はずっと本気で怒っていたはず、何時私が偽物だと気がついた!?」
「何時って、最初からに決まってんじゃん」
「さっ、最初からって、なんで・・・・・・・」
「そんなことより良いのか?もしこのまま無抵抗で縛られ続けるなら、今すぐ祓っちゃうよ?」
神気をチラつけながら軽く脅しをかける。
ところが空に縛られたままの状態で少しも動かない。
あれ、ほんとに祓っても・・・・・・・っとぉ!
これ以上待つのも面倒なのでそろそろ倒そうと近寄った瞬間、【聖なる鎖】がちぎれて花恋の姿が変化していく。
『ふはは!この程度の魔法、私が本来の姿を解放しただけで消し飛ばせるのだよ!』
邪悪なオーラを放つローブ姿の男からは、たしかにそう言うだけの力が感じられた。
おそらくデュラハンに負けずとも劣らないほどだ。
だが、それが一体なんだというのだろうか。
「動くな」
『ぐっ!?くそっ、何故この程度の魔法ごときに・・・・・っ、貴様・・・・その右目は!!』
掌を男に向け、再度【聖なる鎖を発動させる。
先程とは違い【神威解放】した状態での鎖はより強度を増して、完全に男の動きを封じ込めていた。
男が何やら俺の右目を見て騒いでいるが、自分の目なんて見れるわけないので、変化しているのかすらよく分からない。
こいつが言うには幾何学模様が浮かんで、宝石のように輝いているらしい。
たしかに右目だけ熱を感じると思ってたけど、もしかしてそういうことだったのかな。
「・・・・・・そう言えば、まだお前の疑問に答えてなかったな。冥土の土産に教えてやろう」
『私が貴様ごときに負けるはずはない!私は全てをねじ伏せ世界を震撼させさせた大魔術士なり!』
威勢は良いものの、微塵も【聖なる鎖】を突破できず喚いているだけの男。
こんなやつさっさと倒して次の階層へ行こう。
"何故最初から偽物だと分かっていたか"、だったよね。
まったく、そんなの決まってんじゃん。
「花恋がお前みたいなやつに、負けるわけないだろ!」
純白の神気を纏った拳が【聖なる鎖】ごと男の身体を砕き、何枚もの壁を突き抜けるほどぶっ飛ばす。
「ぐはっ・・・・!?ばか、な・・・・その程度の感情論で、偽物だと・・・判断、していたと言うのか・・・・・・!?」
「まあ、俺は花恋を信じてるからね」
愛する嫁のことを信じないでどうするのさ。
花恋の強さはピカイチだし、何よりあいつが俺を置いてどっかに行っちゃうわけがないのに。
小さい頃、約束したもんな。
俺たちはずっと、ずぅ〜〜と一緒だって。
たとえ何があっても、絶対に離れないって──────────ん?
待って、今何気なくおかしな事言わなかった?
"小さい頃の約束"って、俺が初めて花恋に会ったのは今年の五月頃だ。
こんな約束をするほど昔からの付き合いじゃないし、当然ながら他の誰かと約束した記憶もない。
可能性があるとしたら、失った俺の幼少期の記憶か。
薄々思っていた夢の少女=花恋が合っているならば、戻らない記憶の中に答えがあるのだろう。
それにたとえ記憶として覚えていなくたって──────────心が、魂が、ちゃんと覚えてる。
俺は絶対にこの約束をした。
ずっとそばに居るって誓った。
だけど、それを守れなかった。
「だから今度こそ守るんだ、約束を。このくらいで俺たちを引き剥せると思わないことだな」
まあとりあえずお前は、そんな手を使わず正面から向かってこれる、勇気を身につけてから出直してこい!
【エリアボス"ディザスター"を倒しました】
遥か遠くで男が消滅すると同時にテロップが表示された。
あらら、さっきのって次の階層へ行くために倒す必要のある、階層ボスではなかったらしい。
そりゃあ俺に一撃で倒されるぐらいだしね。
部屋の扉を見る限り絶対にボス部屋だと思ったんだけどなぁ。
たしかにボスってことに変わりはないんだけど・・・・・・・。
さて、近道ができた事だし気持ち切りかえて進みますか。
男が突き破って行った壁を進むと、特に何の試練もなく男が消滅した場所までたどり着けた。
・・・・・・・・・うん、これ絶対ボス部屋だよね。
穴の空いた壁から中へ入り見つけたのは、広い通路の左右に真っ直ぐ青い火の玉が並び、その奥で禍々しい雰囲気を醸し出す巨大な扉だった。
これでまた違いますって言われたら、さすがに怒るよ?
『ぐほぁ!?』
「はぅあ!?ちょ、なになに誰!?」
突然反対側の壁を突破ってローブの女がぶっ飛んできた。
急に来んなや、すっごいビックリしたんだけど!
てかこいつ、俺が倒した男と同じでエリアボスっぽくないか?
服装とかあの男とほぼ変わらんし。
性別が男か女かぐらいしか違いないよね。
『そんなバカな・・・・・・・その程度の感情論で・・・・・・!』
ピクピクッと痙攣しながら女は恨みの言葉を残し消滅した。
う〜んなんかデジャブ。
ついさっき同じような光景を見た気が・・・・・・。
「まったく、そんなので騙されるわけないでしょ!私たちの咲夜が、君みたいなやつに負けるはずないよー」
やれやれ、と肩をすくめながらパーカーを羽織った花恋が穴を通ってやってきた。
あ、やっぱり。
あっちでも俺と同じような事が起こったのかな。
「あっ、咲夜!よかったぁやっと会えた!」
いち早く俺を見つけた花恋が満面の笑顔で抱きついてきた。
危うく転びそうになりながらもしっかりと受け止め、俺からもギュッと抱きしめる。
あー、癒されるぅ・・・・・・・。
苦手なアンデット系のせいでダメージを受けまくってた心がみるみる内に回復していく。
やっぱり最高の回復魔法は、好きな子と何かすることだよねぇー。
「へぇ、咲夜の方でも同じような事あったんだ」
抱擁を解いた俺たちはこの神殿で別れてからのことを話し合った。
花恋は俺とはまた違った試練を各階層でクリアしここまで上ってきたらしい。
それでも一階飛び越えてきた俺と同じ早さでここまで来たのか・・・・・・。
「ふっふ〜ん、すごいでしょ!」
ドヤ顔の花恋の頭を撫でまくる。
くっ、可愛すぎる・・・・・・・!
「でも最後に咲夜に化けた女のアンデットが居てさ!馴れ馴れしく肩組んできたから、とりあえずぶっ飛ばした」
うむ、花恋の方は少し違ったみたいだけど、だいたい俺と同じように化けたアンデットが相手だったようだ。
「さてさてさーて。無事合流できた事だし、最後のボス部屋クリアして最奥へ行きますか」
「速攻クリアしてみんなの所に戻ろうねー」
青い火の玉の間を通って扉の前に立ち、禍々しいそれをゆっくりと開く。
ゴゴゴゴゴッと厳かに開いた扉の中に警戒しながら入ると、中心に着いた途端扉が閉まり青い炎が俺たちを囲むように円形に広がった。
『ギャオォォォォオォオォォォッッ!!』
特大の雄叫びと共に上から降ってきた怪物が砂煙を巻き起こして着地する。
キチキチキチッ、と左右に別れた下顎を振るわせて俺たちの前に立ち塞がったのは、人間の頭蓋骨にカマキリの骨格という歪な姿をしたアンデット。
両手に携えたカマを打ち合わせて再び雄叫びを上げ、俺たちに襲いかかってきた。
目の前に表示されたボスの名は───────────────"死の超越者"。




