夏休み最初のイベントは・・・・・
夏休み。
それは青春真っ只中な学生たちの一大イベントにして、一ヶ月半に渡る長期休暇。
宿題はあるものの量は大したものなく、暑ささえ除けば約一ヶ月間が遊び放題ゲームし放題な楽園となる。
例年は家族や颯馬たちと海に行ったりしているのだが、今年も例に漏れることはなく夏休み最初のイベントとして、近場の江ノ島の海に遊びに来ていた。
それも、クラスメイトほぼ全員を巻き込んでだ。
颯馬が事前にみんなと話をつけて、一番大人数で来れる今日を選んだらしい。
やー、みんなで海来るとかテンション上がるね〜。
こんだけいっぱい居たら、いつもは出来ないようなこともやれるかな?
さあさあと言うわけで、楽しい楽しい夏の幕開けだぁ!
「────────はあ、しんどい」
ため息混じりの呟き声は、波の音の前には虚しく響くだけであった。
なんとか自分を元気づけようとテンション高めにしてみたが、素と違いすぎて逆に疲れてしまう。
やはり陰キャにはリア充イベントは荷が重かったか・・・・・・・!
まあもちろんそれだけじゃなくて、シンプル熱いってのが一番の原因だね。
バンパイアじゃなくても、焼け死ぬんじゃないかってレベルで日差しがキツい。
海でキャッキャウフフって戯れてるヤツら、よくそんな元気でいられんな・・・・・・。
尊敬しちゃうわ。
俺なんか日焼けが怖くてストレッチ素材のラッシュガード着てるくらいなのに、女子の方々は臆することなく肌を露出させている。
「テントの中入りたいけど・・・・・まだ着替えてるんだよね」
この時期は砂浜がテントで埋まるほど混むので、俺たちだけで広い範囲を占領するのは如何なものか、となりテントは一つしか持ってきていない。
今は絶賛女子が着替え中でございます。
着替え終わった人達はさっき見たように海で遊んだり、バーベキューの用意をしたりしていて、当の俺はテントの見張りをさせられているのだった。
ちなみにバーベキューの準備をしてくれているのは桃花とその友達たちだ。
「やあ咲夜、おつかれ〜」
「ぴゃっ!?」
突然ほおに冷たいものが押し付けられ、心臓がとび出そうになる。
な、なんだ颯馬か、びっくりしたぞこんにゃろう。
「あはは、ごめんごめん。はいこれ差し入れね」
「お、ありがとー」
手渡されたお茶をグイッと一口飲み、蓋を閉めてからおでこに当ててみる。
おおぅ、なかなか良い感じに冷たいじゃないですか。
少し楽になった気がするね。
「颯馬はあっち行かなくていいの?」
「ん?あぁ、うん、まだ楓が着替え終わってないからさ。みんなの所に行く前に感想が欲しいんだって。可愛いこと言ってくれるよね〜」
「さらっと惚気んなし。この熱さの上に糖分過剰摂取とか、新手の拷問かな?」
「そんなこと言って、咲夜も花恋さんたちの水着楽しみなんでしょ?」
「当たり前じゃん、その心の支えがなきゃとっくの昔に力尽きて灰になってるよ」
「わお、ここまで素直に言っちゃうなんてこれは相当参ってるね・・・・・・」
そうだよ、かなり参ってるんだよ。
なのにこんな時に颯馬みたいなキラキライケメン見てると、より心が荒むんですけど。
遠くで女の子たちがキャーキャー言っているのが聞こえてくる。
それもそのはず、隣の颯馬をちらっと見れば分かるよ・・・・・・。
決してゴリマッチョではないが、引き締まった筋肉質な細身の身体は、まさにスポーツマンの理想系と言っても過言ではない。
高一でシックスパックとかすごいよね。
さらにこの爽やか笑顔のイケメンともなれば、そりゃあモテるわな。
「そう言う割には咲夜も注目されてるみたいだよ?」
「何言ってんの、こちとら颯馬みたいにイケメンじゃないよ〜。注目される理由がない」
「いや、十分咲夜は・・・・・・・」
「おまたせー!ねぇねぇ颯馬、どうかな?」
颯馬が何か言いかけた瞬間、それを遮るようにテントの入口がバサッと開き水着姿の楓がやってきた。
腕を後ろに回し、期待するような上目遣いの眼差しを颯馬に送っている。
「うん、とっても可愛いよ。他の人に見せるのが惜しいくらいだ」
「えへへ〜、ありがと!颯馬も似合っててかっこいいよー!」
ふむ、楓の頭を撫でる颯馬とは、中々絵になるね。
周囲では二人が撒き散らす甘々な雰囲気を浴びた男どもが怨嗟の声を漏らし、ちょうど通り掛かった近所の奥様たちは、あらあらと微笑ましそうにこちらを見ている。
男たちよ、君たちの気持ちよく分かるよ・・・・・。
なんかこう・・・・・荒むよね、心が。
「こらこらバカップルども、こんなところでイチャついてないであっちで遊んできなさい!」
「え〜、もうちょっと待たせてよ。朱華ちゃんと一緒に行く約束してるからさぁ」
「じゃあとりあえず、その高糖度なストロベリー空間閉じようね?周りの被害エグいから」
「え、俺たち別に、そんなの開いてる自覚ないんだけど・・・・・・」
「被害者の前で無意識だったなんて言うんじゃないの。余計ダメージくるわ」
これ以上の被害拡大を防ぐためになんとか二人を普通の距離に戻し、残りの花恋たちが着替え終わるのを待つことにする。
楓が出てきたし、もうそろそろみんなも出てくるんじゃないかな。
「ちょっと良いかな、そこの君たち」
げっ、面倒くさそうなやつ来たなぁ・・・・・。
呼ばれて振り返ると、五人の少しチャラめな大学生たちが寄ってきていた。
「えっと、何の用ですか?」
「いやー今そこ通りかかった時にね、可愛い子達がいるなーって思ってさ。良かったら俺たちのとこ来ない?そんな男といるより楽しいと思うぜ?」
うーわ、ナンパだこれ。
面倒くさ。
こいつらの狙いは楓のようで、さっきから不躾な視線が向けられている。
おいおい、そんなことしてると・・・・・ほら、颯馬キレかけてるよ。
楓を背に隠した颯馬が、厳しい目で大学生たちのことを睨んでいる。
簡単には怒ることの無い颯馬だが、彼女である楓のこととなると、いつもこうなんだよなぁ。
それだけ楓が大事ってことなんだろうね、きっと。
だけど今回はちょっと相手が悪いな。
相手が大学生だとしても颯馬が負けることは滅多にないだろうけど、さすがに人数差がキツイ。
・・・・・・一旦脇に避けて警察でも呼ぶか。
楓もこんなヤツらに着いては行かないだろうし、この後喧嘩沙汰になるのは目に見えてるもんな。
明らかにこいつらガラ悪いし。
そーっと気づかれないように端に避けようとしていると、その前に二人の大学生が俺の前に回りこみ、それを阻止してきた。
おっと、ナンパ野郎のクセに良い目してるじゃないの。
「ほら、怖がらなくても大丈夫だよ。君もこんなに可愛いんだし、あっちの子とまとめて一緒に可愛がってあげるからさ。俺たちとイイコトしよーぜ!」
思わずほおが引き攣る。
"イイコト"って、こいつら下心満載じゃないですか。
まあナンパしてる時点で下心はあるんだろうけどさ。
「なあ颯馬。これってもしかして・・・・・・」
「うん、咲夜も誘われてるみたいだね。女の子として」
俺は膝から崩れ落ちた。
やっぱりね、そうだよね!
薄々気がついてたけど、さっきの一言で明白になったよ!
そりゃね、ラッシュガード来てるし見た目はボーイッシュな感じだもんね!
髪もそれなりに長いし、見間違えても仕方ないよもう・・・・・・はぁ。
「颯馬、こいつら殺ってもいいよね?と言うか殺らせて。颯馬に怪我させたくないし」
今度大事な試合があるんでしょ?
「しょうがない、そこまで言うなら咲夜に任せるよ。そのかわり俺の分も憂さ晴らし頼むよ?」
「任せとけ。ド派手に決めてやるよ」
さてさてさーて、どいつから相手してやろうかねぇ。
俺が一歩前に出ると、何を勘違いしたのやら大学生たちが嬉しそうに騒ぎ始めた。
「お、君は俺たちの方来てくれるの?」
「やった、俺この子最初にヤッてもいい?ちょっとロリっぽくてタイプなんだけど」
おいこら二人目、後ろでコソコソ話してるつもりかもしんないけどバッチリ聞こえてるぞ。
誰がロリっぽいなのかな?
よし、最初はあいつにしよう。
「とりあえず、名前を教えてくれないかい?お互いまだ名乗ってなかっ───────」
「せいやっ」
フレンドリーに微笑みながら肩に手を置こうとしてきた男の腕を掴み、一般人では視認できない速度で投げ飛ばす。
綺麗な放物線を描き、男は頭から海に落下した。
「・・・・・・・・っ、このガキ!」
一瞬の出来事に唖然とする大学生たちだったが、すぐにはっと我に返り、キレた様子で殴りかかってきた。
「残念、時すでにおすしだよー」
目に止まらぬ早業で全員を投げ飛ばし、最初の男と同じように海に落とす。
これで少しは頭冷えたでしょ。
ずぶ濡れになった男たちは何かわめきながら逃げていった。
「咲夜ナイス」
「スカッとしたよ、咲夜。ありがとね!」
なぁに、どうってことないもんよ。
少なくともこれを見てたヤツらは、もう俺たちのことをナンパしようだなんて思わないんじゃないかな。
「そうだね、あんな風には投げれたくないだろうし」
「それにしてもさ、咲夜さっきロリっ子扱いされてたよね!ねぇねぇ、今どんな気持ち?」
「傷ついてるのにわざわざ掘り返すんじゃないの!なあ俺って、そんなに女の子に見える?」
「「うん、完璧に女の子」」
撃・沈。
膝を抱えて蹲る。
そうですか、そんなに女の子ですか。
もういっそ女の子として生きていこうかな。
「あ、あの、咲夜さん大丈夫ですか?」




