VSリリス 咲夜編 (4)
混じり合ったエネルギーが暴発し、互いに吹き飛ばされる。
何度かのバウンドで勢いを殺して上空に飛んで、背後まで迫っていた岩壁を足場に巻き起こる戦塵を抜ける。
地面に降り立つと共に向こう側の砂煙が晴れ、奥ではリリスが漆黒の翼を大きく広げていた。
無言のまま首筋を拭うと、ドロっとした生暖かい液体がゆっくり手の甲を伝う。
リリスの攻撃を完全に打ち負かすことが出来ず、首を浅く斬られてしまったのだ。
全力の一撃だったのに、まさか押し負けちゃうとはね・・・・・・。
まずいよ、ひじょーにまずい。
さっきの"色欲之大悪魔"は、最初のやつの比じゃないほど威力があった。
つまり、リリスはまだ本気を出していなかったということ。
たぶん今もまだ本気ではないのだろう。
それでも俺と同等、もしくはそれ以上の力があるなんて目眩がするよ・・・・・・。
本気を出したらどんなことになるのやら。
それにしても、なんでリリスは力をセーブしているのだろうか。
俺の覚醒が目的ならば、それまで力を抑えて覚醒を促すのは分かるのだが、既にそれを終えた今もなお手加減する理由はないはずだ。
まだ何かを隠しているのかな?
「そう、ついに覚悟が決まったのね」
不意にリリスが口を開き、それと同時に彼女の腹部の傷が露になって血が滴り落ちる。
さっきの攻撃を受けて、彼女も気づいたらしい。
「うん。俺は大切なものを守るために、敵を・・・・・人を殺す。極力そんなことしたくないし、話し合いで解決するならその方が良いに決まってる」
でも、現実はそう甘くない。
戦っていれば、いつか必ずそういう時が来るだろう。
いかなる理由があろうと、人を殺すことを正当化なんて出来ないし、その罪を一生背負っていかなければならない。
手には肉を斬る嫌な感触が残り、毎日罪悪感で悪夢にうなされるかもしれない。
それでも、俺は大切なものを守りたいんだ!
「言っておくが、俺が穏健派なことに変わりはないぞ?"殺す"って言うのはあくまで最終手段、そうなる前に俺が全力で解決する。よっぽど悪いヤツだったとしても、すぐに"殺す"なんてしない。これは絶対だ」
「・・・・・・・相変わらず、甘いわね〜」
「なんとでも言えぃ、俺は地球育ちの心優しい少年なんだ。いくら大切なものを守るためにとは言っても、"殺すこと"なんざやりたくないに決まってるだろ」
目を背けて、先延ばしにしているだけかもしれないが、必ず線引きはする。
誰でも彼でも助ける訳には行かず、絶対に殺し合わなければいけない相手もいるのだ。
大切なものを守るためには。
だがその時が来るまで、俺は殺すなんてしない。
特に深い理由なんてなく、ただ自分が嫌だから。
それだけで十分だ。
まぁだからと言って、俺はもう覚悟を決めたのだから加減するつもりは毛頭無い。
言うならば、殺す気で行くということ。
そういう気で行くだけで、本当に殺しはしないけど。
「いくぞ、リリスっ!」
話は終わりだ、とためを作って思いっきり踏み込み、超スピードの突きを繰り出す。
一筋の閃光と化した剣がリリスを捉え、一瞬の内に上空へと打ち上げた。
むぅ、レイピアで防がれたか。
降ってくる魔法の雨をかいくぐって突撃し、黒い剣とレイピアがぶつかり合う。
「【ダークレイ】!」
最初よりも細くなった漆黒のレーザーを、ほおがかするギリギリで避け、逸らした体勢のまま一回転して裏拳のように横切りする。
これもまたもや防がれてしまったが、この距離なら────────。
「【フラッシュ】」
「っ、"暴食之大罪"!」
瞬時に使おうとしていた魔法を変え、視界を染めあげる閃光を闇で喰らい尽くす。
しかし、予想外の魔法にほんの一瞬だけ反応が遅れてしまい、漏れ出た光に思わず目を瞑ってしまった。
・・・・・・・・・?
なにか攻撃が来るかと身構えていたのだが、特に何も来なかった。
警戒しつつも見ると、リリスはただ俺から距離を取っていただけだ。
その為だけにあの魔法を使ったの・・・・・?
いやそんな訳ない、必ず何かを仕掛けているはず。
警戒は緩めない方が良さそうだ。
「やあっ!」
「うぁっ・・・・!?」
数回剣を打ち合っていると、ついに脇腹を浅く斬られてしまう。
かろうじで逸らすことは出来て、そこまで深手ではないが、やはり痛いものは痛い。
けど弱音を吐いてる場合じゃない、反撃しろ!
歯を食いしばって痛みをこらえ、右手を振り下ろす。
「──────えっ・・・・・?」
けれど、途中で何かが二の腕に刺さり、右手が動かなくなってしまった。
まあ刺さっている、と言う表現が正しいのか分からないが。
何も無い場所に固定されてしまったかのように、右腕だけ動かなくなってしまったのだ。
突然の出来事に保けている隙に、リリスに目の前まで迫られてしまい、腹部に手が当てられる。
「【世界の終焉】」
「しまっ──────!?」
掌ほどの大きさに凝縮された破壊のエネルギーがほぼ触れているようなゼロ距離で放たれ、バキッ、ボキッ、と嫌な音とともに大量の吐血をしてしまう。
握る力を失った手からするりと剣が抜け、重い瞼が閉じていく。
「────────っぁ・・・・ああぁぁぁっ!!」
薄れ行く意識を叩き起し目を見開く。
ピンと張った翼が光の波動を放ってリリスを遠のかせ、腕に刺さっていた見えない釘を消し飛ばした。
自由になった手で落ちる剣を逆手持ちで掴み、翼をはためかせてリリスに迫る。
「"クロスウィング"!」
腹部を斬りつけたことで、さっきの傷と合わさりXの形が刻まれた。
持ち方を元に戻して畳み掛けるかのように攻め続ける。
もっと・・・・・もっとだ・・・・・!
全てがゆっくりと動く白黒の世界で、俺はひたすらにそう反芻する。
リリスを追い返すためには、こんなのじゃ足りないはずだ。
もっと強く、速い一撃を!
『まって、もうダメだよ!』
頭の中に、どこか懐かしさのある声が響いた。
女の子の声だ。
夢に見た少女とはまた違った懐かしい声。
身体はそれに従うように重くなっていく。
───────うん、君の言う通りだよ───────だけど、ごめんね?
『お願い、これ以上力を使ったら───────!』
「せいっ・・・・やあぁぁぁっ!!」
少女の声をかき消すように叫び声を張り上げると、同時に世界の色が戻り再び高速で動き始める。
打ち付け合うごとにスピードが上がり、ついにリリスの隙を作ることに成功した。
これなら、いける・・・・・!
黒剣に光を込めて引き絞り、全力の一撃を───────────。
「うっ、ぁあ・・・・・・!?」
ドクンと力が波打ったかと思うと、今まで身体を覆っていた光のオーラが不安定になってしまう。
全身を巡る痛みに顔を顰めながら、なんとかリリスから距離を取ってよろよろと地面に降りる。
うぅ・・・・・もう、なのか・・・・・?
地面に伏せると共に輝きが完全に失われ、俺の意識は暗転した。
◇◆◇◆◇◆
「お兄ちゃんっ!」
私は我慢できず、出るなという忠告を無視してお兄ちゃんの元へ駆け寄る。
うつ伏せから抱き起こすと、気は失ったお兄ちゃんの腹部からそれなりに出血していて、さっきの音的にも骨も数本折れているのだろう。
ど、どうしよう!
肋が折れてる時は内蔵に刺さっちゃうかもしれないから、不用意に動かしたり触ったりしちゃダメなんだっけ・・・・・。
だけど早く止血しないと・・・・・でも止血した後どうするの?
折れた骨は?
うぅ、誰か助けて・・・・・!
「ふぅ、予想外に強かったわねぇ〜」
バサリという翼が羽ばたく音がして現れた声に、私はビクリと身体を震わせる。
お兄ちゃんを庇うようにして見上げると、レイピアをどこかにしまったリリスさんが疲れたように呟いていた。
「ん?・・・・・ああ、安心なさい。咲夜クンを連れてく気なんてないわ〜」
「え?な、なんで急に・・・・・・」
無理やりお兄ちゃんが連れていかれてしまう、と思って身構えていたのだけれど、実際はそんなことなかった。
翼を閉じてオーラを消したリリスさんが地面に降り立つ。
「私の目的はもう果たせたの〜。だから、今日のところは退散するわ〜。でもその前に」
お兄ちゃん向けてかざした手に優しい光が集まり、それがお兄ちゃんの身体に浸透していく。
すると、かろうじではあるものの傷が塞がり、辛そうだった表情もいくらか和らいだように見えた。
「ごめんなさいね〜、これ以上魔力を使うと私が帰れなくなっちゃうの〜。応急処置はしといたから、後は花恋ちゃんか皐月ちゃんに見てもらうと良いわ〜」
「病院に行くんじゃなくてですか?」
「ええ。彼女たちも私や咲夜クンと同じだから、すぐに治してくれるはずよ〜」
衝撃の一言を残し、私が絶句している間に紫色の穴を作り出すと、そこに片足を突っ込みながら振り返ってくる。
「朱華ちゃん、とばっちりで怖い思いをさせて悪かったわね〜。咲夜クンにも・・・・・・っと、お迎えがもうそこまで来てるみたいねぇ〜。じゃあまたね〜、朱華ちゃん」
ヒラヒラ手を振ると、足早に紫色の穴へと入って────────。
「あ、朱華ちゃん今度はひよらず頑張りなよ〜」
「ちょっ!?」
ひょっこり顔をのぞかせたリリスさんが、ニヤニヤしながら手をグッと握る。
何か言う前に穴が閉じ、私の情けない悲鳴だけが響いた。




