VSリリス 咲夜編(序)
「魔神王に仕える"七つの大罪"が一人、【色欲】のリリスよ〜。以後よろしくねぇ」
顔を上げたリリスが俺を見つめながら怪しく微笑む。
"七つの大罪"、だって・・・・・・・・!?
くそぅ、いかにも強そうな肩書き持ってんな〜。
と言うかまあ、実際にかなりの使い手なのだろう。
今は魔力をほとんど隠しているけれど、本能的に俺がかなう相手ではないことが容易に想像出来る。
花恋や皐月と同等、もしくはそれ以上の実力の持ち主だ。
「で、そんなリリスさんが俺になんの用ですかね。こちとらただの一般人なんですが」
「一般人なら魔力を使って小悪魔を撃ち抜くことなんて出来ないと思うわよ〜、ここはルクス・テネディスじゃあるまいし」
うむ、的確なツッコミすぎてぐぅの音も出ない。
「それであなたの質問に対する答えだけれど、私はあなたを迎えに来たのよ〜。あの方が早くあなたに会いたいってうるさくてねぇ、ちまちま魔物を送ってるだけじゃ、いつまでかかるか分からないでしょう?だからこうして、私が来させられたのよぉ〜」
魔神王さん、俺のこと好きすぎかよ。
あれ、でも魔神王が俺を求めるのって、俺を器にして復活するためじゃなかったの?
なんかよく分かんなくなってきたな。
「・・・・・・・二つ質問いい?」
「ええ、遠慮なく」
どうせこの後戦いになることは明らかだ。
そうなってしまえば、本来聞けるはずのものも聞けなくなってしまいそうなので、今のうちに質問しておくとしようかな。
俺のモチベーションも上がるかもしれないしねぇ・・・・・・・。
俺は朱華を抱きしめる腕に少し力を込めながらリリスを見上げる。
「リリスは俺に近づくために、朱華に小悪魔とやらを付けたんだよね」
「そうよ〜。花恋たちに悟られないようにここに引きずり込むには、これが確実だったからねぇ」
「・・・・・・そのためだけに、朱華にそういう気分にさせる魔法をかけて、俺を好きだなんて言わせたの?」
「・・・・・・・・・・え?」
もし本当にそうなら怒るじゃ済まなかったんだけど、何故かリリスはポカンとした顔で口を半開きにしていた。
あれ、なんか予想外の反応。
「えっと・・・・・まさか朱華ちゃん、まだ告白してなかったの?」
「・・・・・・・・・うぅ、そうですよぉ。ヘタレでごめんなさい・・・・・・・・」
さっきまで明らかに人外なリリスに戸惑っていた朱華が、途端に両手で顔を覆い泣きべそをかく。
それを見て、リリスは苦笑いしながら自身のほおに手を添えた。
・・・・・二人の間では何か通じるものがあったらしい。
俺はなんの事やら全く分かりません。
告白ってなによ、何かやらかしちゃった事を正直に話すってことかな?
「その、ごめんなさいね?魔法が発動するまで数日間のタイムラグを作っておいたから、その間にくっつくと思っていたのだけれど・・・・・・・。まさか、まだだとは思わなくて」
「えっと、なんの話・・・・・?」
何故かリリスに結構なマジトーンで謝られ困惑してしまう。
すると、腕の中の朱華が不貞腐れたような声で。
「ほら、見てくださいよリリスさん。こんだけやっても全く分かってないんですよ?鈍感なんてもんじゃないでしょ」
「・・・・・・・朱華ちゃん、苦労してるのねぇ」
二人は揃ってしみじみとした表情で頷いている。
ちょ、俺だけ置いてきぼりっすか?
話についていけずにいると、それを見かねたリリスがやれやれと肩をすくめながら。
「コアが使ったのは、催淫魔法だけよ〜。つまり」
「私がお兄ちゃんを、す、好きなのは、魔法とか関係なくて本当のことなんだよ?」
──────────────。
「oh・・・・・・・・」
圧倒的静寂のあとに出たのは、そんな欧米かとツッコミたくなるような言葉だった。
だってしょうがないじゃん、あまりにも衝撃的すぎて上手く言葉が出てこないんだもん!
・・・・・・・あれ、なんかデジャブ?
「でも、その話は後回しにしてもらうわよ〜?今は君を魔神王の元に連れていくことが先決だからねぇ」
「連れてくって、どこに・・・・・。私も着いて行っちゃいけないんですか?」
「ダメに決まってるわ〜。朱華ちゃんも私を見て分かるでしょう?」
そう言うとリリスは見せびらかすように自身の翼をバサッと広げる。
「これにあなたは関わるべきではないの。じゃないと朱華ちゃん、死ぬわよ〜?あんな話したあとで朱華ちゃんには申し訳ないけど、彼のことは諦めた方が良いわ〜」
「そ、そんなっ!リリスさん、何で・・・・・・」
「あくまで私が最優先にするのはあの方のご命令よ〜。君も早く日常に戻りたいのなら、大人しくついてきて欲しいわ〜」
「よく言うよ、どうせ器になってしまったら、もう二度と帰ってこられないんでしょ?」
「さぁ、どうかしらねぇ〜」
魔神王が今まで現れなかった器を簡単に手放すわけないだろうし、そもそも器として魔神王に身体を乗っ取られたら、俺の意識は消滅してしまうかもしれない。
そんなの絶対にごめんだね。
「丁重にお断りしたいんだけど」
「あら、しょうがないわねぇ。そうなると私も実力行使せざるを得ないわ〜」
ですよね〜・・・・・・・。
はぁ、こんなことならもっと花恋たちとイチャコラしておけば良かったかなぁ。
せっかく婚約者(仮)になったってのに、色んなイベントすっ飛ばしてもう会えませんだなんて・・・・・・・・何がなんでも抵抗しなくちゃ。
とりあえず、やれるだけやってみますか。
「二つ目の質問。リリスは朱華に危害を加える気はある?」
「今のところはないわ〜。私だって進んで知り合いを傷つけたりはしたくないもの」
「そうですかい」
"今のところは"、か。
下された命令しだいでは、そうなることも有り得るという事だろうな。
そんなことさせる訳にはいかない。
一番理想的なのは、俺が勝ってリリスをルクス・テネディスに追い返すこと。
まあそれが出来れば苦労しないんだけどね。
最悪の場合は完全に自己犠牲だが、俺を身代わりに朱華だけでも逃がすとしよう。
そうだ、自己犠牲と言えば。
ゲーマーの兄妹が主人公のラノベで、"自己犠牲なんざクソ喰らえ"、って書いてあったっけ。
たしかに自己犠牲はかっこいいかもしれないけど、それは逃げだと。
取り残される辛さを他人に押し付けて、自分はその辛さから逃げただけ。
俺はこれを見た時、たしかにそうだと思った。
よくかっこいいイメージで描かれがちな自己犠牲を、別の視点で考えるとこうなる。
残される方はすっごい辛いんだろうな。
でも俺はそれでも、朱華のために自己犠牲になるつもりだ。
まあそうならないのが一番良いんだけどね。
「朱華、これから起こることは全部現実。それを忘れるなよ?」
「お、お兄ちゃん、待って─────」
「これを着て岩陰に隠れるんだ。一応結界を張るけど、ここから出ちゃダメだからね」
ちょうど近くにあった小さな岩陰に移動し、【ストレージ】から取り出したパーカーを朱華に羽織らせる。
引き留めようとする彼女から逃れて岩の周りを結界で覆い、同時に出していた黒剣を携えてリリスと対峙する。
「そう、やはり抵抗するのね〜・・・・・・。じゃあしょうがないわ、強制的に連れて帰るとしましょうか〜」
「そう簡単に行くと思わないことだな、リリスさんよ」
臨戦態勢となったリリスの左右と頭上に魔法陣が三つ展開され、圧倒的な魔力がオーラのように吹き出す。
ビリビリと肌に伝わる圧に冷や汗が流れてくるが、それを拭って俺も魔力を解放し剣を構えた。
油断したら一瞬でやられてしまうだろう。
手加減なんてなし、最初から全力で畳み掛ける・・・・・・!
静寂が場を支配する中、崩れた岩の破片が地面に当たって砕けた。
その瞬間に俺は地にヒビが入るほど強く踏み込み、リリスは腕を上に掲げて魔法を発動させる。
ちょうど両者の中央で炎を纏った剣と魔法が激突し、遂にこの戦いの幕が切って落とされたのだった。
・自己犠牲の話
榎宮祐さん作 "ノーゲーム・ノーライフ" より。




