周りからの視線が痛い・・・・・。
文化祭実行委員の先生からルールやマナーの確認、どんな店を出せるのかなどの話を聞き、三十分程で解散となった。
やー、担当の先生が面白い人で助かった。
部活とか委員会って、誰が顧問になるかによって少し変わってくるもんね。
筆箱やらメモ帳やらをカバンにしまいながら外を見ると、雨は弱くなるどころか勢いを増していた。
おぉう、これはすぐには帰れそうにないな・・・・・・・。
数学の課題でもやりながら、教室でのんびり待とう。
「咲夜くん、一緒に帰ろっ!」
隣に座っていた桃花が嬉々としてこう誘ってくれたが、申し訳ないことに今は帰れない。
ずぶ濡れになってしまうし、そうなれば花恋と皐月との約束を破ることになってしまう。
「あー、ごめん。実は傘を貸しちゃってさ、今持ってないんだ。俺はもう少し小降りになるまで待つから、桃花は先に帰ると良いよ」
「そっかぁ・・・・・・・・じゃ、じゃあさ、私の傘に入る・・・・・?」
「それじゃ今度は桃花が帰れなくなっちゃうよ。俺のことは気にしなくて良いから・・・・・・・・・」
「そうじゃなくて、ふ、二人で傘に入るの。こうすれば咲夜くんも一緒に帰れる、よね・・・・・・?」
ほおをうっすらと朱に染めた桃花が上目遣いで尋ねてくる。
た、たしかにそうだけど、それって相合い傘になるんじゃあ・・・・・・・・。
いや、桃花は恥ずかしいのを我慢して、わざわざ言ってくれたんだ。
そこに恋愛的な意味合いはないはず。
"もしかしたら"なんて言う邪な勘違いはせず、素直に善意に甘えるとしよう。
「・・・・・・なら、そうしよっかな」
「ほ、ほんと!?」
「桃花が嫌じゃなければね」
「嫌なわけないよ、むしろ嬉しいっ!」
心底嬉しそうに微笑む桃花と共に教室を出て階段を下り、昇降口で靴を履き替える。
何故かは分からないけど、喜んでくれて何よりだ。
「傘は俺が差すよ」
他の生徒の邪魔にならないように、出入口から離れた場所で桃花に手渡されたベージュの傘を開く。
むう、ちょっと大きさが不安。
これだとかなり近寄らないと二人は入れないぞ・・・・・・・。
傘の裏を見上げながらそんなことを考えていると、靴を履くのに手間取って少し遅れて来た桃花が、傘に入るなりなんの躊躇もなく肩をピッタリ寄せてきた。
はにゃぁっ!?
たしかに濡れないようにするためには、こうした方が良いんだろうけども・・・・・・!
「こういう風に二人で同じ傘に入るの、小学生以来だね」
「そ、そうだね」
小学生までは平気でこういうことやっていたが、中学入ってもろ思春期に突入してからは、ほとんどすることが無くなった。
思春期真っ盛りの健康な男の子には、刺激が強すぎたのです。
まあ今もなんですけどね!
それにしても、さっきまで恥ずかしがってたのに、よくこんなに大胆なことできるな・・・・・・・・。
チラリと桃花を見ると、ふにゃっとだらしなく緩み、傍からでも分かるぐらいの幸せそうな表情をしていた。
くそぅ、かわいい!
けど周りからの生暖かい視線や、一部の憎しみや憎悪の視線に晒されて俺のライフはガリガリと削れていく。
それもそのはず、向こうから見れば白崎高校の女神が男と相合い傘してるんだもんな。
桃花に憧れている人が誰しも嫉妬してしまうのも頷ける。
・・・・・・・ほんの少しの女子たちが俺と桃花を見て"尊い・・・・・"と呟いていたが、できれば見なかったことにしたい。
しかもこれに拍車をかけているのは、この桃花の幸せそうな表情。
隠しきれない男たちの呪詛が聞こえてくるようだ。
それを聞こえないフリしながらなんとか駅まで辿り着き、傘を畳んで空いているホームに入る。
どうやらさっき電車が出たばかりらしく、次が来るまで十分ちょいかかるみたいだ。
「スッカスカだねー。どうする?前行く?」
「んー、前は混みそうだから、真ん中辺り行こうよ」
桃花が首を縦に振ったのを確認してから、俺たちはホームを進んでベンチが置いてある真ん中らへんに移動する。
それほどしないうちに人が増えてきて予想通り前は混雑し、俺たちのいる真ん中辺りもそれなりに人が集まってきた。
たぶん俺たちと同じく委員会があった人達かな。
今日は複数の委員会があったらしいし、誤差はあってもそろそろ終わる頃合いだろうしね。
「というわけで桃花、そろそろ離れてもらっても?」
未だにくっついていた桃花がキョトンとした顔をする。
実はこの人、傘を畳んでからもずっと肩が触れるか触れないかの距離を保ち続けていたのだ。
さすがに人も増えてきたし、恥ずかしいんですが。
「咲夜くんは、こうしているのが嫌なの?」
桃花がコテンと可愛らしく首を傾げる。
「嫌ってわけじゃないよ、もちろん。だけどこうも大勢の前だと恥ずかしいって言うか」
「私も恥ずかしいんだよ?でもそれ以上に、嬉しいの」
「嬉しい・・・・・・?」
「うん。最近は花恋さんや皐月さんも一緒にいたでしょ?でも今は私だけだから、なんだか咲夜くんを独り占めしてるみたいだなー、って」
・・・・・・・なーんで桃花は、そんなこと平然と言えるのかなぁ!?
もう恥ずかしすぎて、桃花の顔が直視できないじゃないっすか!
幸いなことに騒がしいホームでは、聞こえた人はそれほどいなかったようだ。
しかし後ろに並んでる人にはさすがに聞こえたらしく、血涙を流しそうな形相で睨んでいるのがヒシヒシと感じられる。
その視線に耐えること数分、やっと電車が到着した。
意外なことに車内はそれなりに混んでいて、座席は全て埋まっていた。
反対側のドアの前に行くと、後から来た人ですぐさまこの車両はいっぱいになってしまう。
緩やかに走り出した電車はいくつかの駅に止まりながら、終点の藤沢に向かっていく。
「朝と同じくらい混んでるね〜」
「雨でこれはちょっと嫌だね」
しょうがないというのは分かっているのだが、こうも満員だとどうしても他の人の傘が当たったり、滴り落ちた水滴で靴が濡れてしまったりするのだ。
「まあ端っこだからあんまりそんなこと起こらないとぬわっ!?」
「はわっ・・・・・・!?」
くねっと曲がった線路だったようで、突然きた揺れに反応しきれずバランスを崩してしまった。
ちょうどつり革も手すりも咄嗟には届かない位置だったので、そのまま前のめりに倒れかける。
普通ならそれほど慌てないのだが、その先には同じくバランスを崩した桃花が。
しかもこのまま行くと、身長的に色々危ないんだが!?
俺と桃花は同じくらいの身長なので、このまま行くとたぶん唇が触れ合ってしまう。
それだけは避けなくては。
俺が慌ててるのに対し、桃花は目をつぶって準備万端みたいな感じだが気のせいに違いない。
嫁さんいるだろ、踏ん張れ俺ぇ!
そして唇が重なるかと思われた瞬間、俺が出した右腕が突っ張り棒となり、壁ドンの体勢でギリギリ踏みとどまった。
セーフ・・・・・・・。
「ぶー、あとちょっとだったのに〜。まあ壁ドンは壁ドンで良いんだけどさ・・・・・・」
最初はほおを膨らませて不服そうに呟いていたが、壁ドンは壁ドンで嬉しかったのか、だらしなく顔を緩ませている。
うん、次からはつり革を掴んでおこう。
そんな決意をしている間に電車は藤沢に着き、降りた俺たちは再び傘を差して住宅街に向かっていく。
例の坂からはまるで水路のように水が流れてきていて、靴をびっしょり濡らすこと不可避な場所になっていた。
なんとかそこを乗り越えて街道を歩き、家までたどり着く。
「桃花、ありがとな。助かったよ」
「どういたしまして。じゃあまた明日ねっ!」
「うん、ばいばい」
元気に手を振る桃花を見送り(と言っても隣なのですぐそこなのだが)、俺は電気の消えた家に入っていった。




