夏休み間近のクラスにて
「マジか、その子本当に"深淵の宝玉"持ってんの?」
「イエス。【物理攻撃無効】も付けてたからめっちゃ厄介だった」
「中学生とは思えないわ、それ・・・・・」
昼休みの賑わう教室の一角にて、俺はクラスのオタク友達とこの前の対決について話していた。
ゲーム廃人予備軍の西山からしても、舞衣ちゃんの装備はやばいらしい。
「まだあのステージ出て全然経ってないし、ドロップ率が過去最悪。そんなの持ってるのは、ほんの限られた上位プレイヤーだけだよ」
「西山も同じようなもんでしょ」
「まあね。咲夜も頑張れば取れる範囲内だと思うけど?」
「夏休みの課題を全部放り投げて、ゲームに時間を捧げればな。当たり前だけどやらんよ?」
そりゃそうだ、と西山は頷く。
毎日ちょこっとずつ周回して、落ちるまで気長に待つのが一番良いかなぁ。
何かの手違いですぐに落ちてくれると助かるんだけどね。
「ところで咲夜、今日提出の物理の課題やった?」
「・・・・・・・まさか、やってないの?」
「・・・・・うん」
嘘でしょ?
先週から出されていた課題な上にそこまで量もなかったので、普通なら余裕で終わると思うんだけど。
まさか、ゲーム三昧しててやるの忘れてたとか、そんなことないよね。
・・・・・・・どうやら図星だったようで、目を逸らして苦笑いしている。
「もう物理の授業終わっちゃってるよ?」
「"今日中に提出"だからまだ大丈夫なはず。だから見せてくれ、頼む」
「見せたいのは山々なんだけど、ごめん無理だわ」
「俺たちの友情はどうしたよ!?」
「こんなところで友情に頼んなや。もう提出しちゃったんだよ、授業中に」
「何でだよ、なんで提出しちゃったんだ・・・・・・・・!」
「真面目にやってきたからに決まってんだろ。ま、他にも西山のお仲間さんはいるだろうから、その人たちと頑張んな」
ゲームをするのも良いけど、やることもちゃんとやりなさい!
ガックリと肩を落とした西山は、すごすごと自分の机に帰って行き、ヤケクソのように課題のプリントを猛烈な勢いで進め始めた。
さて、俺はお昼ご飯食べよ〜っと。
「よっ、咲夜。一緒に食べよーぜ」
席に戻ると、既にいつも一緒にご飯を食べている人たちが集まって机を囲んでいた。
花恋と皐月、桃花に颯馬、そしてもう一人、窓を背に座るのは颯馬の彼女である八雲 楓の計五人。
楓はかなりの美少女なため、颯馬とは美男美女カップルになるわけで。
羨ましいったらありゃしない!
しかも俺と颯馬とは幼なじみ、楓も小学校からの仲なので二人ともと仲が良く、そのためかなりの頻度で二人から惚気を聞かされる。
俺じゃなきゃ、軽く発狂してしまうくらいラブラブなんですよこの人たち。
俺もその輪の中に加わり、みんなでご飯を食べ始める。
「あ、颯馬、唐揚げあげる」
「サンキュー。じゃ、俺はたこさんウィンナーをあげよう」
はい今サラッとやりましたけどこのおかず交換。
相手の好みを知っているのはもちろん、これを自然にできるくらい長い間連れ添ってきたかのようなこの雰囲気、さすがっす。
「なあ咲夜、今度みんなで海行かないか?」
「海?」
色々話しながらお弁当を食べ進めていると、颯馬がこう話を切り出した。
詳しく聞くと、もうすぐ夏休みに入るので、どこかでクラスのみんなで集まって江ノ島の海で遊ばないか、とのこと。
「もう何人かには声かけてあるんだ。桃花とか西山とかな。もちろん朱華ちゃんも一緒に来てくれれば嬉しいし、他にも連れてきたい人がいればその人もオーケー。花恋さんと皐月さんもどうかな」
「咲夜はどうする?」
花恋の質問に、桃花が期待するような目で俺を見る。
・・・・・・来て欲しいオーラが滲み出ているように見えるのは俺の気のせいだろうか。
まあ何で桃花がそんなに来て欲しいのか分かんないけど、夏のいい思い出になりそうなイベントだし、面白そうだ。
「んー、俺はせっかくだし行こっかな」
「じゃあ皐月たちも行きます!」
「私も。あとで美海と朱華ちゃんにも伝えとくよ」
「てことで颯馬、俺を含めて五人参加だ」
「りょーかい。たぶん七月の最初か八月の始めらへんになるから、予定空けといてな」
「分かった」
カレンダーアプリを開いて予定を見ると、幸いなことにそこら辺はちょうど予定が入っていなかった。
そう言えば最近はあんまり海に行けていなかったので、久々に泳ぐのが今から楽しみだ。
・・・・・・・・・・お嫁さんたちの水着姿がちょっと楽しみなのは内緒。
◇◆◇◆◇◆
「じゃ、これでHRは終わりよー。文化祭実行委員は忘れずに指定の教室まで行ってね。日直号令」
号令が終わり、部活に行く人や帰る人達がどんどんと教室から出ていく。
俺はと言うと、文化祭実行委員なので相方の桃花が来るまでロッカーの前で待っているところ。
「あちゃー、傘忘れちゃったなぁ。皐月は持ってる?」
「皐月も忘れちゃったんですよー。どうしましょうかね」
窓からポツポツと雨の降る外を眺めていた花恋と皐月が困ったように眉をひそめる。
二人とも傘を忘れてしまったらしい。
まあ朝は雨降らなそうな天気だったし、持ってこなくてもしょうがないよね。
「ほれ、俺の使っていいよ」
教室の端っこにある傘立てから俺の黒い傘を持ってきて花恋に渡す。
一つしかないけど、大きめだし女の子二人ならなんとか入ると思う。
「や、悪いよー。借りちゃったら咲夜が濡れちゃう」
「俺は委員会あるし、終わったら止んでるかもしれないから二人が使ってよ」
「止まなかったらどうするんですか?」
「・・・・・・・走って帰る・・・・・・?」
「やっぱりダメですよ、借りられません!」
「まーまー、ここは俺に格好つけさせてくれ」
「・・・・・・・これで明日、風邪引いて学校来れないとかやめてよね?」
「うん、あんまり激しかったら学校で待つから、そこは安心して」
それを聞くと、二人は渋々ではあるが傘を借りてくれた。
二人を見送った後に桃花が荷物を持って来たので、揃って指定された教室に向かう。
「咲夜くんは文化祭で何やりたいとか決まってるの?」
「俺は特に。でも男子の間では、メイド喫茶やるとか盛り上がってたよ」
「そうなんだぁ。女子ではね、執事喫茶にしようって意見が一番多かったかなー」
メイド喫茶と執事喫茶、どちらをやるにしても内容は喫茶店で決まりそうだ。
「メイド喫茶になったら一緒に頑張ろうねぇー」
「だな。まあ俺は裏方に回ると思うけど・・・・・・」
「一緒にメイド服着てウエイトレスしようね!」
「え、そっち!?」
「え、違うの?」
驚きすぎて廊下なのに大きな声出ちゃったじゃん。
周りからの視線が痛いです、はい。
それにしても、おかしな冗談を言うじゃないですか桃花さんや。
「えー、メイド姿の咲夜くん見てみたかったのに・・・・・・・」
ちょ、そんなガチめに悲しそうな顔しないで!
て言うか俺より桃花が着た方が可愛いと思うんだけど。
「え!?そ、そうかな・・・・・・・・」
「そうだって。桃花にメイド服で"ご主人様♡"なんて言われたら、男なんてイチコロでしょ」
ただでさえ美少女の桃花がメイドになったら、男どもが殺到すること間違いなしだろう。
まことしやかに噂されている、桃花のファンクラブの人数が急激に増える予感。
「じゃ、じゃあ咲夜くんは?咲夜くんは私がメイド服着たら、どう思う・・・・・・?」
恐る恐ると言った感じで、桃花がそう聞いてきた。
ふむ・・・・・・。
桃花が"ご主人様♡"と言ってくれるのをイメージしてみる・・・・・・・・・・。
「・・・・・・・・・い、良いんじゃない、かな・・・・・・」
「ふふっ、咲夜くん、顔逸らしてるけど耳まで真っ赤・・・・・・・。そっか、咲夜くんでもそんなふうになってくれるんだぁ」
「一体なんの事やら・・・・・・。ほら、遅れちゃうから早く行こう」
「あっ、待ってよー。ねえねえ、どんな想像したのか教えてよぉ〜。やってあげるからさぁ」
ニマニマした桃花の追及を避けながら、俺たちは廊下を歩いていく。
この後、終始ご機嫌な桃花に振り回されることになるのだが、それもまたご愛嬌。
花恋と咲夜は、婚約者(仮)となった美海さんの事を"美海"と呼ぶようになりました。
これは美海さんからそう呼んで欲しいと言われたからです。




