日常(4)
「じゃ、また明日学校でな」
「うん、またねー」
桃花に手を振ってから足早に街道を歩いていく。
すっかり長居してしまったため、バイトまでの時間があまりないからだ。
ちなみに俺のバイト先は、藤沢駅近くにあるハンバーガーで有名な某ファーストフード店である。
そこには前から何度も行ったことがあって、それにプラスして知り合いも何人かいたから、バイトの募集があった時に即行申し込みました。
面接行ってみたら店長もめっちゃ良い人だったし、さっき言った理由抜きにしてもものすごく良い職場だったんじゃないかな。
登るのが大変だった坂を下って来た道を戻り、駅前のサンパール広場を横切る。
そこのエスカレーターを降ると、ファーストフード店の目印である赤を基調としたロゴの看板が目に入った。
挨拶しながら中に入って奥の更衣室で制服(このお店の)に着替え、その他もろもろを素早く済ませて早速仕事を始める。
俺が担当するのは、オーダーテイカーキャッシャーと呼ばれるポジションで、主に接客を中心としている。
ほら、あのレジにいる人ね。
「よっ、咲夜君」
元気に仕事に勤しんでいると、真横から声をかけられた。
「あ、お疲れ様です、美雨さん」
声の正体は、先輩クールーの結城美雨さん。
美雨さんは横浜の学校に通っている現役大学生で、俺がバイトだけではなく、勉強やら他のことでも大変お世話になっている人である。
仕事中は肩先まで伸びたダークブラウンの髪をポニーテールに纏めており、頭の上のアホ毛と口から覗く八重歯がアイデンティティ。
明るい性格で人当たりが良く、容姿も整っているため、彼女目当てのお客さんは少なくないらしい。
実は桃花と同じように密かにファンクラブがあるという事を、俺はつい最近常連のお客さんに聞いて初めて知った。
・・・・・・・・・・・そう言えばその時、俺のファンクラブもあるとか何とか言ってたような気がする・・・・・・・・・・。
いや、気のせいだな。
と言うか気のせいであって欲しい。
「なんか機嫌悪そうですけど、どうかしたんですか?」
閑話休題。
そしてそんな美雨さんだが、今日は不機嫌そうにムスッとしている。
迷惑なお客さんでも来たんだろうか。
あ、迷惑なお客さんといえばこの前、そこまでうるさくしてなかった学生にめっちゃキレてるおっさん居たなぁ。
いや、その学生さんがうるさかったら言ってた事もド正論なんだけど、周りもほとんど気にしてないくらいの声量だった。
そのくせおっさんは言いたいことだけ言った後、めちゃくちゃ大きなイビキかいて寝てるし。
あんたの方が迷惑だよ!、って危うくキレかけたよ・・・・・・・・・。
そんなことを考えていたら、俺を見つめる瞳がジト目になった。
「むぅ〜〜〜〜・・・・・・・・」
「えっと・・・・・?」
「むぅぅ〜〜〜〜〜・・・・・・・」
「・・・・あれ、もしかしてもしかしなくても俺のせいですか?」
全く心当たりがないんだが。
思い当たる節がなく、頭の上に"?"を浮かべながら首を傾げていると、ジト目だった美雨さんが今度はだんだん涙目になっていく。
えっ、ちょ、なぜに!?
そんなに不味い事をしただろうか。
急な不安に駆られてしまう。
「えっと、俺、何かしました・・・・?」
いくら考えてもまったく分からないので、とりあえず聞いてみることにした。
いや、ほんとに分かんないんだって!
すると、予想だにしなかった答えが返ってきた。
「咲夜君が・・・・ぐすっ、私の知らない女の子と一緒にぃ・・・・デートしてたぁ・・・・!」
・・・・・・・・ぇ・・・・?
「私だってまだなのに!私だってまだなのに!」
「なんで二回も言ったんですか・・・・・・」
え?そこじゃないって?
うん、まぁ細かいことは気にすんな。
「まったく君ってやつは!私という存在がありながら・・・・・!」
「えぇ〜・・・・・?」
思わず気の抜けたような声が出てしまった。
いつものテンションと違くて慌てたが、その理由がまさかこんな事だったとは。
それに私と言う存在がありながらって言ってるけど、べつに俺と美雨さんは付き合ってるわけじゃないでしょ・・・・・・。
ていうかアレ見られてたのか、桃花と一緒に帰ってるシーン。
一体どこを見られてたのかは分からないが、その上デートだと思われていたと。
うーん、ちょっとはずい。
まぁはずいなら、そもそもそんな事すんなって話なんだけどね・・・・・・・・それにしてもどこからどこまで見てたんだろう。
話題に出てないから、桃花の家に行くとこは見られてないと思うけど・・・・・。
美雨さんの場合、これ知ってたら絶対最初に言うもん。
"咲夜君、女の子の家に行ってたよね!?あれどういう事!?"って。
どうよ、今の声マネ似てなかった?
・・・・・・・・・・え?それだけ聞くと彼女っぽい?
・・・・・・・・・・・・たしかに。
「あの女の子、咲夜君の彼女さんなの・・・・・?」
・・・・・・そんな顔で見ないでくださいよ。
瞳をうるうるさせた美雨さんが、上目遣いでこっちを見ている。
なにもしてないのに少し罪悪感が。
いや、本当に何もしてないんですけどね?
「俺とあいつはそんな関係じゃないですよ。ただの幼馴染です」
「ほんと・・・・・?」
「はい、本当です」
「じゃあなんであの時・・・・・・」
「あ、お客様がいらっしゃいました。美雨さん、仕事に戻りましょ」
話の雲行きが再び怪しくなりそうだったので、食い気味にこう答えて話を切り上げ、カウンターに向き直る。
ふっ、こういう時は逃げるが勝ちだ!
今さえ逃げ切ってしまえば、美海さんのことだからすぐに興味を失うと思う。
横目に美雨さんがほおを膨らませているのが見えたが、気にしたら負けだ。
「いらっしゃいませ〜!」
スマイル全開、満開の花の如し笑顔で挨拶する。
来店したのは、最近常連になり始めた男性だった。
「やあ、咲夜ちゃん。君の笑顔見たくて、また来ちゃったよ。あ、注文はいつものね」
「はい、テリヤキバーガーセットで、ドリンクはコーラ、サイズはM、ですね?六五〇円になります。・・・・・千円お預かりします。三四〇円のお返しです。こちらの番号が表示されるまでお待ちください。ありがとうございました!」
男性(たしか、佐藤という苗字だった)はお釣りと三桁の数字が書かれたレシートを受け取ると、そのまま横に避けてモニターが見える位置に移動した。
モニターの左側には、佐藤さんのレシートに書かれた番号と同じ数字が灰色で表示されている。
この三桁の数字のことを注文番号と言って、モニターに表示された自分の番号が緑色になると、準備が完了したということで商品を受け取ることができる、というシステムになっている。
・・・・・・・・・・"君の笑顔見たくて"って、そういうのはパン屋の看板娘とかに言いなさいよ!
間違えてもファーストフード店でバイトする男子高校生に使う言葉じゃないと思う。
「お客様、こちらのレジにどうぞ!」
「はい、チーズバーガーセットをおひとつ、ですね?四五〇円になります」
「フライドポテトのLと、アップルパイがおひとつ・・・・・」
あれ、なんか凄い混んできたぞ?
この時間帯にしては珍しい。
・・・・・・・て、呑気にそんなこと考えてる場合じゃなかった。
俺も頑張らなければ。
「コーヒのSサイズを三つですね?三百円になります」
「エビフィレオのセットがおひとつ、単品でフィレオフィッシュをおひとつですね?千三十円に・・・・・・・」
「はい、クーポン番号七〇一番と・・・・・」
次から次へとくる注文を捌き続けるが、一向に列が短くなる気配が見られない。
むしろ少しずつ長くなっている気がするよ?
ちょ、どんだけ!?
さっと、一瞬だけ視線を列の一番後ろに移す。
・・・・・・・未だに増え続ける列を前に長期戦になる事を覚悟し、精一杯接客に努めるのであった。
途中、
「咲夜ちゃん、スマイルちょうだい!」
というオーダーが入った。
しかも、1回ではなく複数回。
隣で接客していた美雨さんの元にも同じようなお客さんが来ていたが、その度に俺と美雨さんは、
「「・・・・・い、いらっしゃいませぇ〜・・・・」」
と、顔を引き攣らせそうになりながら、満開の笑顔でオーダーをとるのであった。
くそぅ、スマイル0円なんてブラックだ!




