下校
「うぅ~〜〜、私も咲夜くんと帰りたいぃ〜〜・・・・・・・!」
「天月は部活でしょうが。ほら、いくよ!」
未練タラタラな様子でじたばたしていた桃花だったが、テニス部の顧問の先生にお叱りを受け連れて行かれた。
最後の最後まで抵抗していたけれど。
桃花があそこまで部活を嫌がってるなんて珍しいな。
ハードな練習でもあるんだろうか。
「んじゃ俺も部活行くかー。三人ともまた明日な」
「ん、ばいばい」
「またねー」
「部活頑張ってくださいね!」
颯爽と教室を去っていった颯馬から少し遅れて、荷物をまとめた俺たちも教室を出て駅に向かう。
おおぅ、今日もぎゅうぎゅう詰めになってるなぁ。
この駅はホームが狭い上に単線だから、運が悪いと外にも長い列ができるくらい混む時があるんだけど、今日は比較的マシな方だった。
曜日や時間帯によっては空いてる場合もあって、この二つの差が凄いんだよね。
混んでる時は押し合い圧し合いで一歩も動けなくて、駅員さんが"少しでも空いているホームの中ほどに詰めてください!"って言うくらい密集してるけど、空いている時は本当にスッカスカ。
特に登校時間と下校時間はエグいよ、混みすぎて。
「でもさすがにこれはおかしい・・・・・よねぇ・・・・・・・・?」
「どうしたの?」
「どうしたんですか?」
「い、いやぁ、なんでも・・・・・・・・」
また段々と人が増えてきてホームが埋め尽くされ始めたので、近寄って少しでも隙間を作るのは別におかしいことじゃない。
じゃないんだけど、二人とも近すぎじゃない!?
両脇にいる花恋と皐月がほとんど抱きつくような体勢で距離を詰めてきている。
これ絶対ワザとだよね!
周りの目も気になるし、早く行って離れてもらおう・・・・・・・・・いやでも、もし二人がワザとやってるんじゃなかったら、それを注意した俺は下心丸見えってことでドン引きされてしまうのでは・・・・・・・?
てかそもそもよく考えてみれば、花恋と皐月がそんなことをする理由がないじゃん。
よかったぁ、言わないでおいて。
「ふっ」
「ふぉぅっ・・・・・・!?」
突然耳に生暖かい息が吹きかけられ、ゾクゾクっと背筋が震える。
・・・・・・・・近くにいた人たちの"なんだコイツ"みたいな目が痛い。
「ちょ、何すんのさ」
「咲夜が的外れなこと考えてたから、お仕置したんだよー」
的外れなことって・・・・・・・・・・え、もしかしてそういうこと?
いやいやいや、花恋だって心が読めるわけじゃないだろうし、きっと勘違いしちゃったに違いない。
・・・・・・・もし本当にそうだったとしたらどうしよう、ってのはあるけど、恥ずかしくて確かめられん。
「鎌倉行きの電車が参ります、線の後ろにお下がりくださーい!」
駅員さんの声と同時にホームアナウンスが入り、藤沢側から四両編成の江ノ電がゆっくりとホームに入ってくる。
溜まっていた鎌方(鎌倉方面)の学生たちが我先にと大勢乗り、すぐさま満車になった車体は笛の音とともにドアを閉めて、またゆっくりと鎌倉の方へ走り出した。
「そう言えば、皐月は大丈夫なの?せっかくオリガさん来たのにやること増やしちゃって」
あのまま話していたらある種の沼にはまりそうだったので、露骨ではあるが話題を変えるついでに、ふと思い出したことを聞いてみる。
こんなことしたら美海さんみたいに不機嫌になるかと思いきや、花恋は何故かふふっと笑って今度はしっかりと腕に抱きついてきた。
それに驚いたのも束の間、逆側にいた皐月も対抗するように腕に抱きつき距離を詰めてくる。
・・・・・・・今、目の前を通った人がわかりやすいくらいにぎょっとして、俺たちの方を二度見した。
まあそりゃそうよね。
今の俺は制服を着てて一発で男子だってわかるから、そんなやつが駅で両手に花状態だったら誰でもその反応だわ。
「心配はいらないですよ、咲夜さん!じぃには・・・・・・・・・・・」
「あ、このまま話すの・・・・・・・・・・?」
抱きかかえられた場所から伝わる二人の体温と感触、間近にある顔と甘い匂いにドキドキしすぎて、まともに話を聞ける気がしないんですが。
できれば少し離れてもらえると助かります。
「やっぱり、皐月は嫌ですか・・・・・・・・?」
不安に揺れる瞳で俺を見つめ、離したくないと主張するかのように腕に力が込められる。
あれ、なんか予想外の反応!?
「そ、そんなことないよ!皐月にはいっつも元気をもらってて、俺にできないこといっぱい出来て凄いなって思うし、その・・・・・か、可愛いし・・・・・・・と、とりあえず、皐月が嫌なんてこと絶対にないから!」
しまった、勢いで言ったけど我ながら恥ずかしいセリフだこと。
でも効果はあったらしく、最初はキョトンとしていた皐月が満開の笑顔を咲かせ、さらに強くギュッと抱きついてきた。
ふぅ、よかったぁ・・・・・・・・・。
密かに安堵のため息を漏らす。
そう言えば、じいちゃんに"女を悲しませるやつは漢じゃねぇ"って何回も言われたなぁ。
「ねぇねぇ咲夜、私は?私の好きなところは?」
ニコニコした花恋が頬をつつきながらそう聞いてきた。
「んー、なんか懐かしい雰囲気があったり、優しくて頼りになるだけじゃなくて・・・・・・・ちょっと待たれい、今好きなところって言った?」
「そういうふうに思ってくれてるんだ。嬉しいなー」
これまた力を込めてギュッと抱きつく花恋。
この後どうしようかと考えていると、周りがザワついているのに気がついた。
・・・・・・・・・・そう言えば、ここって駅だったよなぁ・・・・・・・・・。
「すげぇ、あいつ勇者だぞ」
「公衆の面前であんなに堂々と好きなところを言えるなんて尊敬するわ」
「リア充は爆散すればいいと思う」
・・・・・・・・・おい、一人過激派が混ざってるぞ!
てかそれどころじゃない、ここにいるのは白峰校生だけだから、明日は学校中が凄いことになってそうだ。
んあぁ、どうしよう・・・・・・・・・・。
・鎌方 ..... リアルであそこら辺に通ってる学生に聞くと通じるんですが、鎌倉方面の略です。




