日常(2)と、少女視点
放課後、俺と桃花は藤沢駅の近くにある大型スーパーに来ていた。
「キャベツとトマトは入れたから・・・・あとはアボカドかな」
桃花が積まれたアボカドの品定めをして、その中から二つ選び、俺が引いているカートの中に入れた。
おっと、もう二つ目のカゴも一杯になってきたな。
近くにカゴが置いてあるし取りに行った方が・・・・・・いや、あと少しだからいいか。
「あと、牛肉と調味料だっけ」
「うん。まずお肉から見に行こう」
「りょーかい」
カートの向きを変え、お菓子売り場とお酒コーナーが向かい合う様になっている道をまっすぐ進むと、やがて精肉コーナーに着いた。
他のお客さんも結構居たので、邪魔になるカートを引いている俺は離れた場所で待機だ。
「うぅ、今日のお肉高い・・・・!」
向こうで手前にあった牛肉を手に取った桃花が唸る。
そんなに?と思い覗いたところ確かに高かく、いつもの値段と十数円ほど違った。
少しの違いと思うかもしれないが、実はこれが結構大事なのだ。
塵も積もれば山となる、って言うことわざの通り、この小さな差も重なっていくと大きなものになる。
ま、そう言われてもあんまりピンとこないだろうけどね。
俺も最初言われた時は全然分かんなくて、母さんケチだなぁって思ってたもん。
たぶん主婦になったらわかるよ。
「どうする?」
「うーん、たぶんこの牛肉って今日の夜ご飯に使うやつだと思うから、少し高いけど買っていこうかな」
牛もものパックを二つ取り、カゴの中に入れる。
さてさて、後は調味料だけですな。
確かこの通路をまっすぐ行って、突き当たりを曲がった辺りに売ってた気がする。
カートを押して突き当たりを曲がると、思った通り数多くの調味料が所狭しと並んでいた。
「いつも使ってるのはー、っと」
少し待っていると、いくつかの調味料がカゴに追加された。
だいたい俺の家でいつも使ってるやつと同じだね。
・・・・・・・・・まぁ一つだけ"バナナ味噌"って気になるやつがあるけども。
「これで全部かな?」
「うん、あとはお会計だけだよ」
カートを押してレジに向いってお会計を済ませ、買ったものを袋に詰める。
カゴ二つともなるとやはり量が多く、三つに分けた袋の内二つを俺が持ち、残りの一つを桃花が持つ。
これを桃花の家まで運べば終了だ。
「ごめんね、重いでしょ?」
「大丈夫、大丈夫。家までって言っても、そんなに距離ないしさ」
こういう時こそ男子の出番でしょ。
桃花の家は駅から徒歩十五分ほどのところにあるので、両手に重いものを持っていてもそこまで苦ではない・・・・・・・んだけど、途中に長い上り坂があるのでそれが心配だ。
ま、ペース配分をちゃんとすれば大丈夫だろう。
と思って外に出た途端、おおよそ春とは思えないほどの熱気が肌を撫でる。
・・・・・・あっっっつ・・・・。
駅前ということもあり、昼夜問わず人が集まるこの商店街、周囲より二、三℃気温が高いのではないだろうか。
これ、大丈夫かなぁ・・・・・。
一気に不安になった。
あまりの暑さに顔を顰めつつ、桃花と並んで人混みでごった返している商店街を進む。
大きな荷物を持っているため、周りの人にぶつけない様にするのが大変だ。
隣を歩いている桃花もそれは同じ様で、左右で持つ手を変えながらうまく歩いている。
「わっ!?」
とんっ!
左肩に小さな衝撃が。
どうやらよそ見している間に誰かとぶつかってしまったらしい。
「あっ、すみません!」
「・・・・・・いえ、こちらこそ、すいません」
ぶつかったのは俺と同い年くらいの少女だった。
少女は顔を伏せたまま軽く頭を下げると、足早に俺の横を通り過ぎていく。
その、すれ違う瞬間。
『 ───────── 』
「っ!?」
ほぼ反射的に振り返る。
彼女が何を言ったかはわからないが、何か大切なことを言われた気がしたのだ。
そしてさらに、今さら気がついたが少女は前髪に、俺が夢で見たのと同じ真っ白な羽の形をした髪留めをしていた。
心臓が止まってしまったかのような衝撃を受け、思わず息を飲む。
あれは・・・・・・見間違うはずがない、何度も何度も間近で見たんだ!
まさかあの子が──────────!?
「ちょ、待っ・・・・・!」
必死に声を上げたが、少女が止まることはなく、その姿はすぐに人混みに紛れ見失ってしまう。
俺はただ呆然と、彼女が歩いて行った方向を見つめていた。
◇◆◇◆◇◆
「ここに、いるんだよね・・・・・・」
賑わう商店街を前に、私は気持ちを落ち着かせるように息を吐く。
協力者からの情報により、"彼"が藤沢駅周辺に住んでいることが判明したのは昨日のこと。
それから大急ぎで拠点を移して、荷物の整理をすっぽかして朝早くから捜索を始めたのだが・・・・・・。
結論から言うと、午前中では見つからなかった。
それも当然。
何故なら"彼"は学校に行っていたから!
そりゃ見つかるわけないよねー・・・・・・。
かと言って何の収穫もなかったわけじゃないよ?
聞き込み調査という名のズルで、"彼"のこの世界での名前や住んでいる家の場所がわかった。
まぁ、私の力を持ってすればこんな小さな範囲を探索する事なんて楽勝よ!
本来はその家の近くで待ち伏せしようかと思っていたんだけど、はやる気持ちを抑えきれず今に至るわけです。
ちなみに二度目の聞き込みのおかげで"彼"が今ここの近くにいることは確認済みなので、あとは見つけるだけ。
まーそれが一番難しいんだけどねぇ。
でも、確実にもうすぐ会える。
そう思うと心臓の鼓動がドキドキと止まらない。
なにせ十年ぶりの再会だ。
私達にとって十年とは、本来瞬きをする間に過ぎていく程度の時間だが、"彼"のいない十年間は果てしなく長く感じた。
幸せな時間はあっという間に過ぎる、ってのは本当だったって身をもって知ったよ・・・・・・・・。
もう二度とこんなのはゴメンだね。
"あの人"が懸念していたことは少し心配だが、それは会ってみないとわからない。
「・・・・・早く、会いたいなぁ」
込み上げてくる気持ちをぐっと抑え、賑わう商店街に足を踏み入れる。
そして、数分後。
「人が多いし、あつい・・・・・・」
人波に揉まれながら愚痴をこぼす。
とにかく人が多く、外とはいえ密集しているので、熱がこもってただひたすらに暑い。
急にここら辺の人たち瞬間移動して居なくならないかな・・・・・・・・。
若干目的から外れたことを考えてしまう。
あまりの暑さにげんなりとしながらも、視線を周囲に巡らせ"彼"を探す。
・・・・・・・・・・・あー、どこを見ても人、人、人。
これじゃあ、特定の人を探すのはだいぶ大変そうだね。
アレを使えばそこまで大変じゃないんだけど、あいつらにも気づかれそうだしなぁ。
あーもうっ、"彼"から私の方に来てくれないかなぁ〜!
「わっ!?」
しまった、考え事&キョロキョロしてたら誰かにぶつかってしまったみたい。
はぁ・・・・・バカなこと考えてるからこうなるんじゃん・・・・・・・って!
謝ろうとして顔を上げた私は、思わず固まってしまう。
なぜなら、「あっ、すみません!」
そう言って軽く頭を下げた少年が、私の探していた"彼"だったから。
早速出会えた。と言うか早すぎない?
私の今までの苦労は何だったんだろうか。
まあ、早いに越したことはないけどさぁ・・・・。
「・・・・・いえ、こちらこそ、すいません」
不意の出会いに、流すまいと思っていた涙と抑えていた気持ちが溢れ出しそうになる。
俯いてそれを堪え、震えそうになる声で頭を下げて急いでその場を離れた。
すれ違いざまに、私達の故郷の言葉で一言言い残して、すぐに人混みの中に隠れる。
まだ"あの人"が懸念していたことが残っていたからだ。
まあ、私に気づかない時点で確認するまでもないんだけどね。
結果は、やはり思った通り・・・・・・・。
滲む視界を拭いながら近くにあった脇道に入り、少し進んだところにあった手頃な段差に腰掛ける。
もう我慢することができなかった。
堪えていた涙が瞳から溢れ出し、ほおを伝って太ももに落ちる。
私は膝を抱え込み、嗚咽を漏らしてひたすら泣いた。
彼は現状、懸念していた事の内最悪の状態に近かったのだ。
彼、神月咲夜は幼少期の、つまり攫われる前の記憶を無くしている。




