ついに限界がくる
「ねえ、皐月。もしかしてあんまり寝てないの?」
何気なくそう聞くと魔法具を覗き込んでいた皐月の肩がビクリと震えた。
おっと、図星ですか。
「そ、そんなことないですよ?皐月はいつもちゃんと寝てますもん・・・・・・・」
「いや、そう言ってるわりには目が泳ぎまくってるけど?」
冷や汗だらだらで視線があっちへフラフラ、こっちへフラフラしてるぞ。
反応が分かりやすすぎる・・・・・・・・。
嘘つけないタイプかな?
でもよく考えてみると、皐月は"夜桜"のメンバーとして働いているだけでなくて、"ユグドラシル"の幹部でもある。
下っぱならまだしも、幹部なら皐月にしかできない仕事がどうしても発生するだろうけど、この二つを両立するのは決して簡単ではないはずだ。
睡眠時間を削らなきゃいけないのが、当たり前になるくらいには忙しいんじゃないかな。
それにここ数日は大嶽丸の再封印っていう大仕事があって、身体的にも精神的にも余計に疲れてるだろうしね。
「た、たしかにここ数日はちょっと睡眠時間が少なかったですけど、皐月にとってそんなの慣れっこなので大丈夫です!ほら、こんなに元気なんですから!」
腕をぶんぶん振り回して自分の元気っぽさを必死にアピールする皐月。
この様子を見てると大丈夫なのかな?って思っちゃいそうなくらい元気だけど、明らかに空元気だよね、これ。
却って無理してる感が滲み出てる気がする。
「とりあえず、俺にやれることは全部任せてくれていいから、少しでも寝た方が良いよ。無理して体を壊したら元も子もないしさ」
「本当に大丈夫ですって!仕事は周りの人達が手伝ったりしてくれてますし、皐月は無理なんてしてませ・・・・・・・・って、あれ。部下から電話ですね。ちょっとごめんなさい・・・・・・わっ・・・・・」
慌ててスマホを取り出し立ち上がった皐月が、不意にふらりとよろけて机に手をつく。
今は前髪に隠れて見えないが、一瞬だけちらりと覗いた顔は辛そうに顰められていた。
「やっぱり具合悪いんでしょ」
「だ、大丈夫です・・・・から。今のだって、ちょっとバランスを崩しただけですよー!」
笑顔でそう言うと、皐月はスマホ片手に逃げるように部屋の隅に行き、努めて明るい声で電話にでた。
はいもーすでに嫌な予感しかしません!
「はいもしもし!・・・・・はい・・・・・・はい・・・・・そうですか。分かりました、すぐ行きます!」
ピッと電話を切った皐月は俺の方を振り向き、申し訳なさそうな顔をして自分の後頭部をかく。
・・・・・・・・テンプレすぎだろ・・・・・・・。
「あはは・・・・・・。聞いててわかったと思うんですけど、新しく仕事ができちゃったので行ってきますね!」
「あっ、こら・・・・・・!」
俺が止めるだろうと思ったのか、言うや否や脱兎のごとく駆け出して三階にある皐月の部屋にこもってしまった。
んあー、鍵かかってるし!
魔法を使えば開けられるだろうけど、開けた瞬間不名誉なレッテルを貼られそうなのであまりしたくない。
「ちょっと咲夜さーん、女の子の部屋のドアをガチャガチャしないでくださいよぉー!セクハラですかー!?」
「うぐぅ・・・・・・!違うんだよ・・・・・・違うんだけど、そう言われても仕方ないかなぁ今の状況は・・・・・・・・」
かなりわざとらしい声だったが、それでも"セクハラ"という言葉に胸を突き抜かれた俺は、その場に崩れ落ち自分の行動を省みて若干の自己嫌悪に陥った。
皐月がドアを開いてひょっこり顔を覗かせ、部屋の前で四つん這いになっている俺を見て苦笑いする。
「おぉう、意外とダメージが入ってるみたいですね・・・・・・・。ごめんなさい、咲夜さん。皐月は自分を頼ってくれる人を、困っている人を放っておけないんです。・・・・・・・・では、皐月は着替えるので部屋から離れててくださいねー!」
「あ、うん・・・・・・・・・うん?」
大人しく離れようとしてふと立ち止まる。
いや、何ナチュラルに離れようとしてんだ俺は!
せっかく出てきたんだから、引き止めないといけないだろ。
慌てて振り返るが時すでに遅し、閉じられたドアはきちんとカギがしめられていた。
「・・・・・・・・出てくるまで待つか」
皐月の部屋の斜め前にあるソファーに腰掛け、彼女が出てくるまでとりあえずぼーっとして待つ。
十五分経った。
おかしい、全く出てくる気配がない。
"すぐ行きます!"って言ってたし、準備にそんな時間はかけないと思うんだけど・・・・・・・。
まさか、もう部屋の中には居ないなんてことないよね?
確かめてみるか。
コンコンっとドアをノックして声をかけてみる。
「おーい、皐月さんや。大丈夫かーい?」
「・・・・・・・・・・・・」
返答はなく、しんとした雰囲気が辺りを漂う。
やっべ、ほんとに居ないかもじゃん!?
でもどうやって部屋を出たんだ?
魔法を使った気配はなかったし・・・・・・・窓から外に出たとか?
近くにあった窓から外を確認するが、当然本人は見当たらないし、皐月の部屋の窓に開けた形跡はなかった。
むー、こういう時は大抵決まってるんだよなぁ。
皐月が元気に出かけて行った、っていう一縷の望みにかけたかったんだけど、やっぱりそれは無いみたいだね。
急いで部屋の前まで引き返して、魔法具の魔力を感じ取った時の容量で感覚を研ぎ澄まし中を探ってみると大正解。
・・・・・・・ん、やっぱり居た・・・・・けど、あの時見たのより気配が不自然に小さくなってる。
次の瞬間、迷うことなく魔法で鍵を外して部屋の中へ入る。
淡い水色を基調とした可愛らしい部屋には五段のタンスや机など、白で統一された家具があり、所々に動物の人形が飾られていた。
中央には水玉のカーペットが敷かれていて、その上にぐったりと倒れている皐月を見つけた。
顔が火照って呼吸は浅く、全身汗びっしょりだ。
「ほーら、言わんこっちゃない!」
とりあえず皐月をベッドに移して、下の階にいるはずの花恋に電話をかけた。




