VS大嶽丸
「【テレポート】」
花恋が魔法を唱えると突然目の前が真っ白に染まり、光が収まるとそこは草木が生い茂る鬱蒼とした山の中だった。
鈴鹿山脈の一つ、御在所岳の中腹あたりらしい。
本当は大嶽丸の封印されていた祠までテレポートしたかったらしいが、大嶽丸の動きを止めるためにその祠周辺に反魔法がかけられていて、転移魔法が上手く発動しなかったようだ。
四季折々に景色の変化するこの山では今の時期、ツツジや桜が見られ、遠くにはその景色を見下ろしながら山頂まで行けるロープウェイが通っている。
また、藤内壁などの岩肌を有し、ロッククライミングの名所にもなっているそうだ。
「なんか、妙に静かだね・・・・・・」
ここは人が来ないからという訳ではなく、生き物の気配が全く感じられないのだ。
辺りはシンとしていて動物の気配が無いどころか、植物さえも心做し萎んでいるように見える。
風が吹き、ザワザワと葉がこすれる音だけが虚しく響く。
「きっと怯えてるんだと思うよー。ほら、空気に混じってどす黒い魔力が流れてきてるでしょ?」
言われて気がついたが、確かに闇色の魔力が森林の奥から流れ込んできている。
なるほど、そりゃこんだけの魔力を直に浴びたら、怖がるのも無理はないよね。
たとえ魔力っていう概念がわからなくても、本能で逃げなきゃと即決するレベルでやばい。
おそらくこれの発生元が大嶽丸なのだろう。
結構離れているはずなのに、ものすごい大きさの魔力をビンビン感じる。
彼らのためにも早く封印し直さなければ。
「それじゃあ急ごー。もうそろそろ篠原さんもきつくなってる頃だろうし、早めに行って・・・・・・・」
ドゴオォォォォンッッ!!!
花恋の言葉を遮って、轟音とともに土煙がもうもうと立ち上がる。
それが起きたのはあの巨大な魔力付近。
おそらく大嶽丸の仕業だろうけど、何か緊急事態でもあったのだろうか。
「皐月、咲夜!」
「はい!」
「りょーかいっ!」
即座に強化魔法を発動し、オリンピック選手も真っ青な速度で土煙の元に向かう。
ズドドドドドドドドドドッッッ!!
同じ場所から連続していくつもの衝撃が走り、森林を薙ぎ倒しながら大地を大きく揺らす。
すると今度は巨大な魔法陣が空に展開され、御在所岳を丸ごと赤黒い夜の帳に引きずり込んだ。
・・・・・・・この魔法、悪魔が使っていた魔力結界と酷似しているが、それとは比べ物にならないくらい格が違すぎる。
「くっ!?」
抑え込まれていたどす黒い魔力が解き放たれ、その余波だけで嵐のような爆風が吹き荒れる。
木々が吹き飛ばされ地形すら変化して、俺はその場で踏ん張るのが精一杯だった。
しかし花恋と皐月はそれをそよ風のごとく受け流して、どんどんと先に進んでいく。
この中で歩けるだけで凄いのに、さっきと変わらないスピードで走れるとかどんだけだよ・・・・・・・・・。
全身を魔力でおおって押し寄せる風を防ぎながら、俺も前を進む二人の後に続く。
走っていると突然木々が途切れ、大きなクレーターになっている場所にたどり着いた。
クレーターの中央には漆黒のオーラを放つ般若の面をつけた鬼と篠原さんが対峙していて、その周りには転々と人が倒れているのが見える。
「【テレポート】!」
花恋によってその人たちの元に魔法陣が現れ、次々と俺たちのそばに転移されてくる。
幸いなことに大怪我はしているものの死者は誰もいなく、大半が意識を失っていた。
その人たちと入れ替わりに俺と皐月がクレーターに飛び込み、篠原さんに加勢する。
拳に強化を集中させて大嶽丸の頭を思いっきり殴り飛ばし、さらに落下している間に鳩尾に回し蹴りを喰らわせた。
それと同時に皐月が無属性魔法【ストレージ】から蒼剣を取り出して片足を斬り、バランスを崩した大嶽丸が激しく転倒する。
「大丈夫ですか、篠原さん!」
「はぁ・・・・はぁ・・・・すみません、咲夜様、皐月様。もう私どもでは足止めにもならないので、後はお願いしてもよろしいでしょうか・・・・・・」
篠原さんが片足をついて荒い息を吐きながら、申し訳なさそうにそう言う。
「はい、皐月たちにお任せを。篠原さんは危ないので、今すぐ花恋さんのところへ」
「さきほど何者かの介入により、大嶽丸が我々では手が付けられないほど凶暴化してしまいました!お気をつけて!」
一つ忠告を残して、結界を作っている花恋の元に向かっていった。
また誰かが何らかの細工をしたのか。
結局、今回の黒幕は誰なんだろうね・・・・・・・・っと。
振り回された大木のように大きい腕を避ける。
「ガアアアァァァァラアァァァァァッッ!!!」
雄叫びをあげると額の角に暗雲が発生し、そこから幾多もの雷撃と竜巻が放たれた。
通常ならば視認さえ難しい神速の雷撃を辛うじて魔眼で捉えると、ギリギリで避けながら接近を試みるが、竜巻が邪魔して上手く近づけない。
吸引力が強すぎて、気を抜くとすぐに持っていかれそうになる。
突破法が皆無な訳ではないのだが、正直あんまり試したくはない。
「"蒼天・天之川"!」
流れながら形を変える水のごとくスイスイと落雷を躱して、懐まで潜り込んだ皐月が剣に魔力を纏わせて斬りつけると、ギィィィィィィィンッ!と、火花が散って空気を断ち斬るような大きな金属音が辺りに響き渡る。
普通、腕と剣がぶつかり合ってこんな音するかな!?
どんだけ硬いんだろうね、あの身体は。
激しい鍔迫り合いの末、皐月が押し負けてしまい、勢いよく後ろに吹き飛ばされた。
皐月は空中で体制を建て直して危なげなく着地すると、もう一度大嶽丸に攻撃を仕掛ける。
「っと!」
よそ見は良くないね、うん。
危うく当たるとこだった。
目の前に落ちた雷撃を避けた先に、また雷撃が降ってきた。
俺めがけて立て続けに何度も落雷があり、一撃ごとに地面が砕かれて破片が散乱していく。
って、こっちを集中狙いしすぎだろ!
あれか、俺の方が弱く見えるから、こっち先に仕留めとこってことかな!?
大地に十個目の雷撃が落ちる。
俺はこれも避けたが、更なる追撃はなかった。
完全に避けきったのかな?
『"立体術式遠隔魔法・・・・・・・・・』
お腹の底に響くような重たい声でそう唱えられるとともに、落雷があった場所から闇色の魔力が現れて俺を中心に正十芒星を描く。
んんっ、なんかこれはやばそう!
急いでその場から離れようとしたが、どうやら遅かったらしい。
『【超魔十芒暴風星】』
俺を囲むように闇色の十本の柱が立ち、中心から全てを破壊し尽くす魔の暴風が発生した。
逃げようにも柱のせいでここから出られないし、踏ん張りの効かないこの状況では物理的な攻撃は威力を削がれてしまうため、俺には"超魔十芒暴風星"とやらに対抗できるほどの技がない。
まさに絶体絶命の状況だ。
「ぬーーーーーーーーーっっ!!?」
体が浮かび上がらないようにするだけで大変なのに、散乱していた瓦礫などが巻き上げられて俺にベチベチと当たり地味に痛い。
地面に手を突っ込んで飛ばないように支えているが、ここにも亀裂が入ってきていているので、あまり長くはもたないだろう。
「咲夜さんっ!」
皐月がなんとか俺を助けようとするが、全て大嶽丸か竜巻に邪魔されてこちらまで攻撃が届いていない。
次第に皐月の焦燥が大きくなっていき、一瞬だけ隙ができた。
その一瞬を逃さなかった大嶽丸が、何処からともなく闇を凝縮させたような禍々しい金棒を取り出し、その莫大な魔力を込めてフルスイングする。
「きゃっ・・・・・・!?」
ぶつかり合った蒼剣と金棒は一瞬の均衡もなく蒼剣が押し負け、皐月は弾丸のように吹き飛ばされてしまった。
どうやら直前で自分から後ろに飛ぶことで少し威力を軽減したようだが、勢いは微塵も収まることなく轟音をたててクレーターの端の壁に激突する。
それでもなお止まることなく突き進み、三十メートルほど森を破壊してやっと停止した。
「皐月・・・・・・!おい、無事か!?」
今のは死んでもおかしくないくらいの一撃だったぞ!?
すると、一番向こうからドゴンッ!と音がして、飛び出してきた皐月が俺たちの前に着地する。
その身体にはちょっとした擦り傷や切り傷があるものの、それほど大したダメージは受けていないように感じる。
「んもぅ、危ないですねまったく!おかげで背中がジンジンします!」
・・・・・・・・よくその程度で済んだね。
たぶんだけど、当たる直前に防御魔法を重ねがけして、さらに強化魔法の精度を一気に引き上げたんだろうけども、あの一瞬でそれだけのことが出来るなんてとんでもないどころの話じゃないぞ。
少なくとも俺は絶対に出来ない。
あれを受けて無傷に近いとか、皐月のチートさが改めて分かった気がする。
「咲夜さん、今助けますからねっ!」
皐月が剣を引いて構えをとった。
・・・・・・ってそうだ、感心してる場合じゃないよ!
俺も危ないんだった。
黒い竜巻がすぐそこまで迫ってきている。
構えた蒼剣が青く輝き、皐月の周りに魔力の粒子が立ち上る。
「"蒼天・霖雨りゅ・・・・・・・」
「ストーーーーップ!そこから抜け出すのは、そのまま咲夜が自分で頑張って!皐月は大嶽丸の足止め!」
技のモーションに入っていた皐月が寸前でピタリと動きを止める。
「で、でも・・・・・・!」
「咲夜、何か方法があるんでしょ?もしそれが成功したら絶対に今より上のステージに行けるから、やるだけやってみて!」
食い下がる皐月を制した花恋は、気絶した人たちに回復魔法をかけながらそう叫ぶ。
まあ確かに、俺がやった方がいい・・・・・・・のだが。
何故俺に考えがあることを、当たり前のように知っているのだろう。
人の心でも読めるのかな?
「皐月、これは俺が突破するから、それまでそいつが邪魔しないように足止め頼む!」
「・・・・・・・わかりました!」
少し迷ってから頷くと、皐月は剣の鋒をもう一度引いて今度は大嶽丸に向け技を繰り出す。
「"蒼天・霖雨流聖"!」
魔力を纏い巨大化した剣は押し返されることなく金棒とぶつかり合い、その度に幾つもの閃光が走って周囲が瓦礫の山と化していく。
それを横目で見ながら、俺は地面に突っ込んでいた腕を引き抜いて立ち上がり、手に白金色の魔力を纏わせる。
・・・・・・・・・おし、やるぞぉ!
頬を伝う冷や汗を拭う。
踏ん張っていた足の力を抜くと、すぐにグンッと引っ張られる力が増して、どんどん引きずられるように竜巻に近づいていく。
その勢いに逆らわず、むしろ渾身の力を込めて地を蹴り、風に身を任せて空に舞い上がった。
渦巻く暴風に体を拘束されて引きちぎられそうになりながらも、何とか耐え上空から魔眼で目的のものを探す。
まずこれを見つけないと、話にもならないんだけど・・・・・・・・・・・・あ、あった!
「ふっ・・・・・・!」
魔力放射で全身から魔力を放ち一瞬だけ竜巻の束縛から逃れると、土属性魔法で小さな足場を作って目的の場所に跳躍する。
俺の魔眼に映っているのは、魔法の核。
普通視認は出来ないがどんな魔法にも核は存在して、それを破壊されれば魔法は術式を保てず霧散するらしい。
つまり・・・・・・・・・!
指を鉤爪のようにして竜巻に突っ込み、そこにあった核を鷲掴みにする。
至近距離の暴風が頬を浅く斬り裂くが、気にすることなく掴んだ核を握りつぶす。
すると、パキィンッ!と何が割れるような音がして、十本の闇の柱と暴風がきれいさっぱり霧散した。
「【アブソーブ】!」
すかさず無属性魔法【アブソーブ】で行き場を失った魔力を吸収して、それを全て拳に纏わせる。
最初から【アブソーブ】で吸収出来ればよかったんだけど、規模がデカくて今の俺には無理でした。
超魔十芒暴風星に内包されていた漆黒の魔力と俺の白金の魔力が混じり合い、奇妙な輝きを見せた。
突き出した左手をそのまま構えにして右腕を引き絞る。
『ヌゥ・・・・・・・・!』
皐月に落雷や竜巻を集中させて自分から遠ざけ、大嶽丸は面の奥の瞳を爛々と光らせながら上空にいる俺を睨む。
居合のような構えをすると漆黒の魔力が吹き出し、俺に向けられた殺気が増大する。
んわーーーーっ、もうやだ帰りたい!
でももう後戻り出来ないし!
若干涙目になりながら、俺は全属性の強化魔法をこれでもかと重ねがけして威力を底上げする。
「おお・・・・・・りゃあぁぁぁっ!!」
『ヌゥアァァァァァァッッ!!』
漆黒の尾を引く拳と金棒は大気を揺るがすほどの衝撃を撒き散らし、双方一歩も譲ることなくせめぎ合う。
くぅ、全然押し切れない!
あとちょっとな気がするんだけど・・・・・・・!
「【エンチャント・"ブースト"】!」
おおっ!?
俺を包むように白い魔力が発生し、急に全身の力がみなぎってきた。
今のは声からして花恋かな?
後でお礼を言っておかなきゃ。
「んんっ・・・・・・しょぉっ!」
少しずつ俺が押していき、ついに金棒にビシリとヒビが入り漆黒が砕け去った。
さらに拳は勢いを止めずその先にあった般若の面にも突き刺さり、全体に細かい亀裂を刻む。
『グオォォォォオォォォォッッ・・・・・・・!?』
面の奥の瞳が驚愕で見開かれる。
これで、トドメっ・・・・・・・!
漆黒と白金、白色の魔力が入り交じった拳が、般若の面を粉砕した。
咲夜くんの戦闘スタイルって今のところ拳なんですよね・・・・・・。
可愛い咲夜くんにこういう事はあんまりさせたくなかったんですが、彼の武器が出るまでは拳で頑張ってもらいます!




