何でも屋"夜桜"と最初の依頼人
あれから数分して、多くの警察や消防がやって来た。
いくら魔力結界で空間を閉じていたおかげで戦いでの被害がほぼ無かったとは言っても、それ以外での被害はそれなりにあったようだ。
ヴラフォスドラゴンの出現場所が陥没していたり、揺れによる備品の破壊や小規模の火事とかね。
ちなみにあの揺れはショッピングモール内だけで起こったらしく、警察や救急、消防の人たちは現場を見るまで、本当に大規模な揺れが起こったのか半信半疑だったらしい。
そう思うのも無理はない。
モールの外は何も異常がないのに、中だけ局地的に地震が起きたなんて、普通じゃありえない事だからなぁ。
まあ実際は地震じゃないんだが。
そういう訳で、一番最初に来た警察の人たちは中の惨状を見て凄くびっくりしていたが、すぐに消火活動や救助が始まって怪我人はタンカーに乗せられ運ばれていき、無事な人達は誘導に従って各々外に出ていった。
俺たちはちっとも怪我などしていなかったし、事情聴取されても話せることが何も無いため、特に救急車にお世話になることなく普通に藤沢駅まで帰ってきた。
「じゃあ朱華、俺たちは予定通りバイト先に寄らなきゃいけないから、悪いけど先に帰っててくれ。夜ご飯までには帰るから、それまで父さんをよろしく」
「うん、気をつけてね」
サンパール広場の前で朱華と別れると、俺たちはパチンコ店の横にある階段を下りて柳通り沿いに商店街の方に向かって少し歩き、やがて一つの建物の前に着いた。
茶色をベースとした大人しめな三階建ての建物で、一階にはテナント募集の張り紙が貼られており、おそらく二階と三階が何でも屋"夜桜"なのだろう。
花恋達が一階入口近くにある階段を上がっていくので、俺もついて行く。
「たーだいまー」
「ただいまです!」
「お邪魔しまーす」
鍵を開けた花恋を先頭に中に入ると、俺はぐるりと部屋を見渡した。
中心には向かい合ったソファーと間に机があり、その奥には大きな横長デスク、後ろにある窓の反対側にはテレビが置いてあった。
花瓶などの調度品は派手すぎず大人しすぎずな物がそろえられていて、オシャレな雰囲気を醸し出している。
いかにもアニメやマンガで見る事務所のような場所だ。
「ここが"夜桜"の仕事スペース的な所だよー。依頼を受けたり仕事したり遊んだり、仕事スペースって言ってるけど、結局色んなことで使ってるんだー」
「時々急に依頼が来たりしますからね。五時くらいまではいつでも対応できるように、必ず皐月と花恋さんのどちらかがここに常駐するようにしてます」
特に仕事もなくて暇な時は、ここで趣味や勉強とかをしながら依頼が来るのを待つらしい。
隣室もいくつかあって、ミニキッチンや仕事の時に使う魔法資料がしまわれた書斎などがあるそうだ。
・・・・・・・・ほほぅ、ちょっとその魔法資料とやらが気になるじゃないか。
色んな魔法や魔物についての記述を始め、専門家の研究レポートやら童話まで、幅広い知識が大量に詰め込まれている、まさに宝の山だ。
正直勉強は嫌いだけど、こういう自分が好きな分野のことに関しては不思議と読む手が進むんだよねぇ。
特に童話とか神話は読んでてすごく面白い。
今度、時間があるときにでも見せてもらおっと。
「それでこの上が生活スペース。私たちの私室とかリビング、その他にもちゃんとしたキッチンとかがあるよー」
「今日はちょっと物が散乱してて見せられないんですが、いずれ咲夜さんにも使ってもらうつもりなので、期待しててくださいね!」
「うん、楽しみにしてるよ。て言うか、なぜに物が散乱して・・・・・?大掃除でもしてたの?」
「えーっとまあ、そんな感じです・・・・・・」
そう曖昧に答えて苦笑いしていた皐月は、ふと思い出したようにポケットからキーホルダーの付いた二つの鍵を取り出す。
「ここと上の階の鍵です。これから働いてるうちに使う機会もあると思うので、失くさないでくださいね?」
「りょーかい。大事にしまっておくよ」
受け取った鍵をカバンに入れる。
それから、花恋と皐月に各部屋を案内してもらい、一通り物の使い方やルールなどを確認した。
ついでに書斎にあった魔法書も少し見せてもらったんだけど、文字が読めなくて何が書いてあるかよく分かんなかった・・・・・・・。
まあそれはともかく、ここでの過ごし方は結構覚えられたぞ。
細かいところはまだあんまりだけど、それはやってるうちに覚えよう。
一段落して外を見ると、オレンジ色の夕日が空一面を染めていた。
「もうこんな時間だねー。咲夜はもう帰る?」
「そうだね。夜ご飯も作らなきゃいけないし、そろそろ帰ろうかな」
「へぇ、咲夜さんがご飯を作ってるんですか!家庭的ですね!」
「あはは、家は両親が共働きだから、必然的にこういう・・・・・・・・・・・」
コンコンッ。
階段に繋がっているドアがノックされた。
お、早速何か依頼だろうか。
「はーい・・・・・・」
一番近かった花恋がドアを開ける。
入って来たのは、スーツを着て黒髪をオールバックにした四十代後半くらいのダンディな男性。
「ご無沙汰しております、花恋様、皐月様。・・・・・・・そちらの方は?」
「新しくここで働くことになった、神月咲夜さんです。咲夜さん、こちらは篠原秀政さん。日本に居る数少ない魔法使い一族の当主の一人です」
「これはこれは。私も良いタイミングに来ましたな。これからよろしくお願いしますぞ」
「あ、どうも・・・・・・・・」
俺はにこやかに差し出された手を握ってぎこちなく握手する。
篠原さん一族には代々、一族の中で一番魔力量が多くその扱いに長けた者が当主となると言う掟があるらしい。
魔力量が多いだけで精密な操作が出来なかったり、魔力の扱いは上手いがそもそも魔力量が多くなければ、当主にはなれないという。
つまり今目の前にいる篠原さんが、今代で一番総合的に強いということになる。
ふむ、そんな人が依頼に来るなんて、何か余程の事でもあったのだろうか。
「それで、篠原さん。今日は何故ここに?」
「おお、そうでしたな。すみませんが少々急いでおるので、手短に話させてもらいます」
ソファーに座り、俺たちは真剣な表情になった篠原さんの話に耳を傾けた。




