待ち合わせ場所へ
「そういえば、どこ行くの?」
藤沢駅に向かって街道を歩きながら、俺は右腕に抱きつく花恋にそう聞く。
腕を抱かれたまま有無を言わさず連れ出された俺はもちろん、花恋と何かを話していた朱華さえどこに行くか何も知らされていないのだ。
家出る前にちゃんと行先だけでも聞いとけば良かったなぁ。
このままどっかに連れ去られたりしないだろうね・・・・・・・・・・。
「今日は辻堂の駅前にある、ショッピングモールに行こうと思ってるよー。もう一人もそこで合流する予定なんだー」
未だに姿の見えない同期さんは、ちょっとした用事があって、先に辻堂に行って俺たちを待っているらしい。
それにしても、あそこ行くのか。
辻堂の駅の近くにある大型ショッピングモール。
とても広いモール内にはオシャレお店や飲食店も充実し、映画館やスーパー、雑貨店等だけでなく、冬には綺麗なライトアップもあるらしい。
あそこって俺の場合映画観る時くらいしか行ったことないから、詳しく何があるとかは分かんないんだよね。
「お兄ちゃんの同期さんって、どう言う人なんですか?」
今度は俺の左手に抱きつく朱華が首を傾げながら口を開く。
たしかにそうだね、同期がいるってことは何回も聞いてたけど、そう言えばどんな子かは知らないな。
気になる・・・・・・・・・・んだけど、それよりも今はこっちにツッコんで良い?
何で朱華まで俺の腕に抱きついてんのかな?
・・・・・・・・あれ、スルーですか二人共。
「んと、一言で言うとすごく元気な子かな。どんなことにも全力投球みたいな。そのせいでちょっとバカっぽく見られちゃうんだけど、実際はそんなことなくて、かなり優秀な子なんだー」
ふむ、元気っ子か・・・・・・。
陰キャかつオタクな俺からするとちょっと近寄り難い存在なのだが、同じ職場で働く以上頑張って仲良くならなければ。
「へー。やる時はやる、はしゃぐ時ははしゃぐ。そんな感じで、メリハリのつけられる人なんですね」
「・・・・・・うんまあ、そうなんだけどねー・・・・・・」
感心したように頷く朱華を見て、なぜか花恋はまさに"ザ・苦笑い"みたいな顔をする。
?これだけ聞くとめっちゃ良い人っぽいけど、もしかして他にも何かあんの?
花恋はどこか言い淀む様子を見せた後。
「・・・・・・・さっき、元気な子って言ったよね。なんて言うか、その・・・・・元気すぎるんだー」
「元気すぎる?どう言うことですか?」
「まあ、会えば分かると思うよー」
むぅ、そこで話を切られるとその先が凄く気になるんだが。
朱華も同じだったようで何回か質問していたが、着いてからのお楽しみ、と含み笑いと共にそう言われ、結果的に余計に気になるハメになってしまった。
やっぱ着くまでおあずけですか・・・・・・・まぁここで深く追及する意味もないから、素直に諦めるけどさ。
どうせ着いたら分かることだしね。
元気っ子についての追及を辞めて雑談をしながら歩くこと数十分。
駅の近くにある芝生の広場に着いた。
「よし、さっきは普通にスルーしてたけど、そろそろ腕離してもらっても?さすがに人がいっぱいいる駅でこれは恥ずかしいんだけど・・・・・・」
「「え?」」
「え?」
ちょっとちょっと、二人そろってなんですかその"こいつ何言ってんの?"みたいな顔は。
俺、変なこと言ってないよね!?
ここまで文句は言ってなかったけど、結構恥ずかしかったんだからね?
まだ微妙な時間帯だからいつもより人は少ないものの、それでも駅に近いためそこそこ人はいる。
すれ違うたびに、生温かい視線を送られる俺の気持ちを考えてみ?
「えー・・・・・・・。朱華ちゃん、どうする?」
「順番ことかはどうですか?」
「時間は少なくなっちゃうけど、そうしよっか。じゃないと咲夜、恥ずかしくてデートを楽しめないもんねー」
「あ、俺と腕を組むこと自体はやめないのね?」
「まったく、お兄ちゃんはわがままですね!」
「ねー」
え、これって俺が悪いの?
て言うか君たちは恥ずかしくないんか・・・・・・。
釈然としない俺の前でジャンケンが始まり、数回のあいこの後朱華が勝った。
「やったー!」
「あらら、負けちゃったー・・・・・・・」
嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる朱華と、ガックリ肩を落とす花恋。
対照的な二人のテンションの差がすごい。
「じゃあ、二十分で交代だよー」
「はい!」
そう言うや否や、朱華はジャンケンのために離していた腕をぎゅっと俺の腕に絡めつける。
なんかさっきより近くね!?
なにやら甘い匂いがするし、腕に柔らかいものが当たってる・・・・・・・・・・・・・って、なに考えてんだ俺!
い、妹だぞ!?
あっ、血が繋がってないから義妹か・・・・・・・っていや、そうじゃなくて。
動揺して思考が変な方に行ってる。
「あ、朱華、もうちょっと離れて・・・・・・・」
「えー、いいじゃん、せっかくのデートなんだよ?」
「いやでも・・・・・・・・」
「あ。もしかしてお兄ちゃん、今すっごくドキドキしてる?」
「・・・・・・・・・っ・・・・・・!ちょ、ちょっと・・・なに言ってるか・・・・・・・・。ほ、ほら、同期さんが待ってるから早く行こうよ・・・・・・・・!」
俺の気持ちを見透かしたような朱華の言葉に、別の意味でドキッとしてしまう。
ええそうですよ、相手は妹なのにちょっとドキってしちゃいましたよ!
さらに言うと、さっきのはにかんでたのがグッと来たかな〜・・・・・・・・・はぁ、これじゃお兄ちゃん失格だぁ!
そんな中またもや突然、抱かれていた腕がさらにぎゅっとされて、当たる感触やら匂いがやばいくらいに増した。
砕け散りそうになる理性をなんとか抑えて声を絞り出した俺は、クスクス笑う二人を引き連れて駅に入り、JR線の改札を抜けて階段を降りる。
時刻表を見ると、辻堂駅に止まる下り線は数分前に一本出ていて、次は五分後にくる熱海行きだった。
「・・・・・・花恋、ごめん」
「ごめんなさい!」
「べつに大丈夫だよー。あの子には大まかな時間しか伝えてないし、そんなに大きく遅れるわけじゃないしねー」
なんやかんやで十分くらい広場で騒いでいたので、一本乗り過ごしてしまった。
謝りながら待っていると、ホームに下りの電車が入ってきた。
それに乗り、揺られること約五分。
辻堂駅に着いたので電車を降り、ごった返すエスカレーターを登って改札を出る。
「あっちの階段を降りた先辺りで待ち合わせしてるよー」
花恋が指差したのは、ショッピングモールに繋がる道の途中にある階段。
そこを下りるとちょっとした広場になっていて、水の吹き出す場所だったり、謎の冬にライトアップされる四角いエリアがあったりする。
あれって休憩用の場所なのかな・・・・・・・・。
「じゃあ行こうか」
「ちょっと待って咲夜。朱華ちゃん、交代の時間だよー」
「うぅ、名残惜しいですけど、約束ですから・・・・・」
よっしゃあ耐えきってやったぜ!
電車の密着状態でどれだけ苦労したことか・・・・・・・時々揺れてもっとすごいことになってたし。
少し残念だとかは思ってない。
思ってないったら思ってない。
そう考えていたのもつかの間、心底残念そうに離れていく朱華と入れ替わりに、嬉々として俺の腕に抱きついた花恋は、ぎゅっと自分の腕に力を込めた。
すると、朱華とはまた違った甘い匂いや柔らかい感触が、俺の理性をガリガリと容赦なく削る。
花恋の方が、大きいんだな・・・・・・・。
何とは言わないけど。
「お兄ちゃん、今失礼なこと考えてたでしょ!」
「いえ、べつに?」
ふいっと視線を逸らしながら答える。
やべぇなぜバレた。
なんか不思議と女子ってこういうの敏感に察知するよね。
「行こっかー」
「あ、はい!」
「あいよー」
努めて平静を装いながら返事をして歩き出す。
ちなみに内心は超ドキドキしております。
花恋は朱華と違って妹じゃなく単に女の子としてなので、何の邪魔も無く直球で響いてくる。
ぁ゛ー、落ち着け俺、落ち着け。
・・・・・・・・・いや、これは落ち着けって言う方が無理だろ。
うん、無理です!
内心荒れまくってるまま駅から出て左に曲がり、階段に差し掛かる。
そして、少し降りたところで。
「あっ!花恋さーーん!」
どこからともなく、そんな大きな声が聞こえてきた。




