間話 とあるカップル
間に合わなかったのでこれで許してください……
『以上をもちまして、ダンス部による"海辺祭り特別ライブ"を終了致します!ご来場頂きありがとうございましたー!』
司会の女の子の閉幕挨拶と共に盛大な歓声が上がり、本日一の盛り上がりのままダンス部の特別ライブは幕を閉じた。
「ふぃ〜、これでおしまいか〜」
数少ない男子ということで裏方の力仕事を任されていた俺は、ぞろぞろと観客が出ていく姿をステージ上の脇から覗きながら、溜め込んでいた息をそっと吐き出す。
特に人前に立って目立つような事はしてなかったが、それでもやはり緊張はするものだ。
それにこのため息は緊張の糸が緩んで出ただけでなく、もう終わってしまうのかという何とも言えない喪失感も幾分か含まれている。
ま、これに関してはどっちも、表舞台に立って頑張ってた音夢の方が大きいだろうけど。
全ての観客が出終わって戻ってきたアイドル衣装の少女達のうち、淡い紫色の衣装を着た音夢がこちらにやってくる。
「ふ〜、つっかれた〜・・・・・。汗だくで死にそう」
「お疲れ様。はい、タオルと水ね。ちゃんと汗拭かないと体調崩しちゃうよ」
「・・・・・・めんどくさい。彗やってよ」
「ったくしょうがないな、今日だけだぞ?」
椅子に座って背もたれにぐでーっと体を預ける音夢は、すでに疲労困憊なようで自分の汗を拭くのにさえも気力が湧かないらしい。
ま、今日くらいはワガママの一つや二つ許してあげようじゃないの。
本当に全力で頑張った訳だしね。
音夢の隣に置いたタオルを再び手に取ってそこに座り、彼女の体を伝う汗を丁寧に拭き取っていく。
最初は濡れタオルで肌を冷やしながら拭いて・・・・・お次に乾いたタオルっと。
さすがに衣装の下は無理なので、腕とお腹周り、脚を拭いたタオルを折りたたんで、ていっと上を向く音夢の顔に被せた。
突然顔に覆いかぶさった白い物体に音夢が微妙な声を漏らすが、動かす度に艶がかった気持ち良さそうな声を出されていると俺が困るので勘弁して欲しい。
だって拭くのに集中出来ないどころか、あれを聞いてたら煩悩しか膨らまない気がする。
今の姿勢もどうだろう。
全体重を背もたれにかけ、はみ出した頭部は後ろの机を枕替わりにしているのだが、背筋を思いっきり反らしているせいで音夢の豊かな胸がこれでもかと強調されている。
いくら幼馴染で一緒にお風呂にも入った事があるとは言え、それはあくまでも小学校低学年の頃までの話で。
思春期真っ盛りの男子高校生からすれば、もはや幼馴染は一人の異性。
意識するなという方が無理な話だ。
アイドル衣装ってのも殺傷能力が高いよね・・・・・・。
いつもより露出が多いせいでドキドキが加速するのは言うまでもない。
完全に仕留めに来てるでしょ、これ。
本人は無意識だろうけど、こんなの見たらどんな男でも三度見くらいはすると思う。
今は逆に周りに女子しかいなくて助かった。
こんな姿の音夢を他の男子に見せる訳には行かないもんね。
うん、もし見たやつがいたら目潰ししてやろう。
そんな物騒な事を心で誓いながら、続いてもう一枚乾いたタオルを取り出し、今度は濡れタオルで適度に濡れた肌の上を優しく撫でるように滑らせる。
今度は音夢も大人しく拭かれてくれているので、俺の荒ぶっていた煩悩くんもひっそりと姿を消し始めた。
ふぅ、セーフセーフ・・・・・危うく皆の前でオオカミさんになっちゃうところだったぜぃ。
額の汗を拭うふりをして息を着く。
気を取り直して止まっていた手をもう一度動かし、肌の水気を完全に拭き取る作業に入る。
・・・・・・・むぅ、やっぱり音夢の体ってすごい柔らかいな・・・・。
本当は手際よくぱぱっと済ませるつもりだったのだが、二の腕を持ち上げた時のふにっとした感触に思わず動きを止めてしまった。
すかさずひょっこり顔を覗かせる煩悩くん。
「すばる〜、背中も〜・・・・」
音夢がさりげなく上に羽織っていた衣装を脱いで、露になった無防備な背中をこちらに向ける。
残る彼女の胸部を隠しているものは、心もとない黒いスポブラとそれを覆う小さな布のみ。
ついに完全に影から出てきて跳ねながら自己主張を始める煩悩くん。
いくら周りに男子が居ないとは言え、これはやりすぎなんじゃないだろうか。
ほら、ダンス部の人達がチラチラこっち見てるよ!
なんかこの状態で背中を拭くのめちゃくちゃ恥ずかしいんですが!?
「ほらほら、音夢ちゃんみんな見てるから服着ようね〜」
「・・・・・あ、桃花。おつ〜」
暴れ出す煩悩と格闘している隙に、同じくアイドル衣装に身を包んだ桃花が音夢に衣装を着直させてくれた。
かけられた濡れタオルをどけた音夢は、にっと笑いながら体を起こす。
「とーか、今日はありがとね。わざわざ助っ人入ってくれて」
「どういたしまして。私も貴重な体験ができて楽しかったよ!」
「あ、桃花もタオルと水いるよね。はいこれ」
二人が話している間に何とか煩悩を地面に埋め、何事も無かったかのように二人の会話に参加する。
助かった、桃花が来てくれてなかったらどうなってたことか・・・・・。
内心タイミング良く来た桃花に感謝しつつ、音夢と同じタオルと水を手渡す。
ついでに皆で買った感謝の印のクッキーも。
桃花は本当はダンス部じゃないから出ない予定だったんだけど、メンバーの中に休んだ子が居ちゃって急遽出てもらったんだよね。
いやー、俺だってさすがに当日にダンスを見て覚えるのは無理だと思ってたよ?
でもそれが出来たんだから本当にすごい。
やはり白峰高校三大女神の名は伊達じゃないようだ。
ならお礼にこれくらいはしないとね。
最初桃花は何もいらないって言ってたんだけど、咲夜と一緒に食べてと言ったら途端に素直に受け取ってくれた。
ちょろい。
うちの音夢もこのくらい健気で分かりやすいと、俺としては攻めやすいんだけどなぁ。
「彗、なんか今失礼なこと思ったっしょ」
「いや別に?音夢が可愛いな〜って」
「んなっ!?」
「あはは、相変わらずラブラブで羨ましいなぁ」
「とーか!からかわないでよ!」
俺の不意打ちに顔を赤く染めた音夢が、微笑ましそうなものを見る目でつついてくる桃花にそう吠える。
え〜、そう思ってたのは本当なんだけどな。
桃花は桃花ですごいけど、音夢には音夢のいい所が沢山ある。
それを俺は知ってるからね。
「桃花は、この後咲夜と回る感じ?」
「うん!まぁ二人きりじゃないんだけどね・・・・・・・」
「あー、あの親戚って言ってた子達も一緒か。・・・・・音夢さん、あれどう思います?」
「確実に親戚じゃないね。咲夜も何か隠してるっぽい」
「うっ、やっぱり・・・・?」
予想通りだったようで桃花が不安そうな顔をする。
そりゃそうか。
咲夜が好きな桃花からすれば、あんなに全開で咲夜に好意を向けてる子達がそばに居たら不安だよなぁ。
本人が気づいてるかは置いておいて。
そうなると、なるべくここら辺で一発かましておいた方が良いはず。
このままだと桃花は仲の良い幼馴染枠に収まっちゃうもんね。
それじゃあ勝ち目はなくなってしまう。
その前に手を打たねば!
「となると、やっぱり今日の後夜祭ですかね音夢さんや」
「そだね、恋愛成就と言えば後夜祭のペアダンっしょ」
俺と音夢は二人して顔を見合せ悪い笑みを浮かべる。
うちの文化祭の三日目の夜には後夜祭、つまりキャンプファイヤーとそれを囲んでのペアダンスがある。
そこには一つありふれた伝説があり、その内容は"ダンスの音楽が終わった時に好きな人と手を繋いでいると、その人と一生幸せになれる"、というもの。
白峰高校の学生なら誰しもが知っている有名な伝説だ。
つまり咲夜も当然知っているはずだから、そこで告白すれば嫌でも意識せずにはいられない。
恋愛祈願と宣言を同時に出来て一石二鳥だ。
「え・・・・ええぇぇぇぇぇぇ!?む、無理だよ、恥ずかしいっ!」
途端にアワアワ顔を真っ赤にしてズザッと後ずさる桃花。
逃げられる前にすかさず音夢が追い討ちをかける。
「とーか、他の人に咲夜取られてもいいの?」
「そ、それは嫌だけど・・・・・」
「じゃあやらないと!ほら、彗も何か言ってあげて」
「後夜祭で告白しないと俺が直電して桃花の想いを伝えます」
「う、うぅ・・・・それはやだ!告白するなら自分でやるもん!」
キリッとしながら何気に酷いことを言ったことにより、やっと桃花からこの言葉を引き出せた。
よしよし、あと一押し。
「その調子、はいもう一度!」
「咲夜くんに告白するのは私だもん!」
おおぅ、思ってた以上にストレートに断言したな。
これ言えるならペアダン誘うくらいわけないだろうに・・・・・・。
周りの人達にバッチリ聞かれちゃってるよ?
「よく言った。後は咲夜を誘うだけだ!」
「とーか、がんば」
「うん!私頑張る!」
俺達の扇動によってやる気をみなぎらせた桃花がふんすっ、と鼻息を漏らしながら胸の前で両手を握る。
さぁ、これでもうこの恋する乙女は誰にも止められない。
ただ想い人に猪突猛進でアタックし続けるだけだ。
・・・・・・・・・やっぱりちょろいと思ったのは俺だけではないはず。
話の中で書かなかったこと
彗は少し前のお話で朱華を応援するようなことを言ってますが、もちろん彼女も応援しています。
桃花や朱華だけでなく、花恋や皐月、美雨達も。
彗くんは皆の味方なのです\( •̀ω•́ )/
…………複数の女の子に詰め寄られてる咲夜が面白いとか、そんな理由はありません!
えぇありませんとも!




