妹の気持ち
「あれ、朱華。もう支度出来たの?」
急いで着替えて部屋から出ると、ちょうど階段を登ってきたお兄ちゃんと鉢合わせた。
むぅ、ステイって行ったのに・・・・・・・・まぁでもしょうがないっか。
お兄ちゃんも準備しなきゃだし、お兄ちゃんが花恋さんのそばにいたら話ずらかったし。
「あ、お兄ちゃん。花恋さんって下にいる?」
「リビングにいるよ」
「そっか。ありだと!」
キョトンとするお兄ちゃんの横を通って階段を降り、緊張しながらリビングのドアノブに手をかける。
・・・・・・お兄ちゃんがいない間に、確かめなきゃ・・・・・・。
深呼吸、深呼吸しよう・・・・・スー、ハー・・・・・・・・・・・・・もし、花恋さんも私と同じでそうだったら、どうしよう。
ふとそんな事が頭をよぎった。
ドアノブを握っていた手がピクンッと震え、思わず力を緩めてしまう。
仮に本当にそうだとしたら、正直、勝てる気が微塵もしない。
上でこっそり二人の会話を聞いていて、なんていうか上手く言えないけど、お兄ちゃんと花恋さんの間には、何か特別な雰囲気が流れていたのが分かった。
二人はいつ出会ったんだろう。
お兄ちゃんが新しいバイトを始めると言っていたのがちょうど一週間前だったから、そこら辺から?
それとももっと前に出会っていて、花恋さんが居るから新しいバイトを始めたの?
お兄ちゃんは全く気づいてなさそうだったけど、花恋さんの言葉の端々からは、とても隠しきれないような喜びの感情が溢れていた。
もちろん、単純に話せて嬉しいと言うのもあるのだろうけど、きっとそれだけじゃなくて・・・・・・・・。
"ずっと会いたかった人にやっと会えた。"
有名人に対するそれじゃなくて、もっとこう、なんて言うか・・・・・・長い間、離れ離れになっていた大切な人に、やっと会えた・・・・・・・・的な。
そんな感じ。
少なくとも、会って一週間でこんな関係は築けないと思えるくらいには親しげだった。
まあこれに関しては、自分で言ってて変だなぁって思う。
やけに具体的だし。
私は昔から人の気持ちを読み取るのが得意だったけど、最近は人の表情を見ただけで、その人がどんな気持ちを抱えているのか、常人には見破れないようなところまで分かるようになってきた。
時々、花恋さんのように具体的なものが感じられる場合もある。
・・・・・・もはやこれって、得意どころの話でじゃないのでは?
っと、こんなこと考えてる場合じゃない!
お兄ちゃんが戻って来ちゃう。
私は意を決してドアを開ける。
「やー、朱華ちゃん。待ってたよー」
礼儀正しくソファーに座っていた花恋さんが、こちらに振り返って手を振る。
待ってた、かぁ・・・・・・。
何かを聞こうとしてること、バレてたのかな。
私は花恋さんの向かい側のソファーに腰を下ろす。
「・・・・・少し、お話ししませんか?」
「うん、いいよー。朱華ちゃんとも仲良くなりたいからね!なんでも聞いて!」
ウィンクして両手を広げ、ウェルカムと言っている花恋さん。
その姿に苦笑しながら。
「とりあえず、さっきは急にあんな態度とってごめんなさい」
そう言って軽く頭を下げる。
急に可愛い人がお兄ちゃんを訪ねに来たから、気が動転しちゃったんですよ・・・・・・・。
でもいくら警戒していたからだとしても、初対面であの態度はさすがにまずかったかな。
「ううん、気にしなくていいよー。あの時は朱華ちゃんも複雑な気持ちだったろうしねー」
穏やかに笑う花恋さんを見て、私は少し罪悪感が湧いた。
私はあんなに敵意をむき出しにしていたのに・・・・・・たぶん私の想いにも気づいているのに、こんなに優しく接してくれている。
これが大人の余裕ってやつか・・・・・!
「一つ質問いいですか?」
「うん、いいよ」
本当は答えなんて聞きたくなんかないし、聞かなくても予想はついてること。
でもこれは、花恋さんの口から直接聞かなくてはいけない。
私の表情から何を聞かれるかある程度察しているらしい花恋さんは、薄く微笑みながら私の目を見ている。
「花恋さん、お兄ちゃんのこと好きですよね」
「うん、もちろんだよー!むしろ愛してると言ってもいい」
花恋さんはそう答えながら腰に手を当てて得意げに胸をそらせる。
むぅ、よくそんな事堂々と言えますね・・・・・・・・・・・と言うか、何なんですかその胸は!
私より大きいじゃないですか、さっき胸張った時に揺れてましたよ?
けしからん、実にけしからんですよ!
お兄ちゃんめ・・・・・まさかこれに誘惑された訳じゃあるまいな。
もしそうだったら一回正座させるか・・・・・・・。
まぁお兄ちゃんの疑惑は一旦置いておくとして。
「花恋さん顔赤いですよ」
「うっ、そこにはツッコまないで欲しかったかな・・・・・。言った後に恥ずかしくなったよー。そう言う風に思ってるってことは、本当なんだけどね」
花恋さんは薄く赤く染まったほおを片手で隠しながら視線を逸らす。
やっぱりそっかぁー・・・・・・・。
自分で聞いておいてあれだけど、本人に言われると余計に心がざわついた。
こんなにも魅力的な人がお兄ちゃんを好きで、お兄ちゃんもなんだか満更ではない様子。
二人がいつ、どんな風な出会い方をしたのか私は知らないけど、これだけの好意を向けられるだなんて、よほど劇的な何かがあったんだろう。
そう思うとどうしようもなく嫉妬心が湧き出てきて、私は顔を伏せて拳をギュッと握りしめる。
私だって、お兄ちゃんと────────────!
「朱華ちゃんも咲夜のこと、好きだよね?」
「・・・・・・ふぇっ!?」
思わぬ不意打ちに太ももの上で握っていた拳がずるっと滑って、危うく転倒しそうになった。
私は顔が赤くなるのを感じながら、上目遣いに花恋さんを見上げる。
「・・・・・・・やっぱり、分かりますか?」
「うん。私が来た時とか必死だったもんねー」
「あうっ・・・・・・・」
私はさらに顔の火照りが増すのを感じ、花恋さんと同じように思わず視線を逸らしてしまう。
たしかに今日は動揺してたせいで、普段はしないようなあからさまな言動をしてしまっていた。
今更だけど、よく考えると玄関でお兄ちゃん押し倒すって、私何してんだろ・・・・・・・・・・・。
「妹である私がお兄ちゃんのことを好きなのって、やっぱり変ですか?」
これは、誰かに一度聞いてみたかったこと。
世間一般的にはダメな事ってされてるけど、私はもうお兄ちゃんを好きになっちゃったから。
今更この気持ちを変えるなんて事、ましては忘れる事なんて出来っこない。
「うーん、ちょっと複雑だけど、私は別に変じゃないと思うなー。誰を好きになるかは人それぞれだし、朱華ちゃんの場合はそれがお兄ちゃんの咲夜だったってだけで、そこまで気にする必要はないと思うよー」
私が思っていたより肯定的な返事が返って来て、思わずキョトンとしてしまう。
てっきり真っ向から否定されるものだと思っていたが、蓋を開けてみたらまさかの真反対だった。
「あ、もしかして否定されると思ってた?」
「えーっと・・・・・まぁ・・・・・・」
「あはは、まあそうだよねぇ。たしかにそう考える人は多い・・・・・・と言うかそれが常識なんだろうけど、私の場合はさっき言ったみたいに色々な意味で複雑だし、たとえそうじゃ無いとしても、朱華ちゃんの気持ちを否定する気はないよー」
「そうですか・・・・・・・・」
まさか、こんな風に言ってくれるなんて。
花恋さんの目を見れば、お世辞じゃなくて本気でそう思ってくれているのがよく分かる。
恋敵である私を蹴落とさず、励ますだなんて。
まったく、なんでこんなにいい人がお兄ちゃんに惚れちゃったんだろーなー。
まあたしかにうちのお兄ちゃんは、超かっこいいし超可愛いけどさ!
コンコンッ。
リビングの扉がノックされる音がした。
「おーい、用意できたぞ。なんか話してるみたいだけど、入って大丈夫?」
お兄ちゃんの声が聞こえて来て、私と花恋さんは思わず顔を見合わせる。
話が一段落着くのを待っていたような、ちょうど見計らったようなタイミング。
「じゃあ、今日はここまでにしよっか」
「そうですね」
そろってソファーから立ち上がり、私はリビングのドアを開ける。
部屋に入ってきたお兄ちゃんは私たちの顔を見るなりクスリと笑った。
ん?どうしたの?
・・・・・・・・・もしかして何か顔についてる?
「いや。何話してたか知らないけど、仲良くなれたみたいでよかったよ」
「「・・・・・・・・・」」
私と花恋さんは顔を見合わせて笑い合うと、左右に分かれてそれぞれお兄ちゃんの腕を抱きしめる。
「ん!?ちょ、二人とも何して・・・・・・・!?」
状況がうまく飲み込めず慌てふためくお兄ちゃんを他所に、私たちは視線を交差させて火花を散らす。
スッキリさせてもらった所で申し訳ないんですけど、元から私も負けるつもりはありませんからね!
コテンパンに負かしてやりますよ、覚悟しておいて下さい。
「お互い、振り向いてもらえるようにがんばろーね!」
「はい!負けませんよ!」
「待ってそれ何の話!?」
頭の上に"!?"マークを大量に出しているお兄ちゃんを二人で引っ張りながら、私たちはデートに出かけるのであった。




