美人先生の本性
「社会科係の神月君、プリントを運ぶから手伝って貰っても良いかしら?」
「・・・・・・はい」
豊海先生ことイシスが襲来した朝のHRが終わり、早速一時間目は彼女の担当する日本史の授業。
早々に豊海先生の授業を受けられると、今日だけは地獄の月曜日の時間割に感謝した人が続出したと言う。
しかし肝心の豊海先生はうっかり今日使うプリントを社会科準備室に置いてきてしまったらしく、量もそれなりにあるので社会科係である俺が呼ばれたという訳だ。
休み時間の間に豊海先生に着いて準備室に向かう。
クラスメイトからは先生がおっちょこちょいで可愛いだの、俺が役得だの羨ましそうな視線が向けられていたが、俺からすればもう嫌な予感しかしない。
俺の名前を呼んだ時のイシスの笑顔が逆に怖かった。
北棟から上下に別れた南棟に移動し、その三階にある社会科準備室と書かれた教室に入る。
うわっ、すごいごちゃごちゃ!
中に入るとまず乱雑に並べられた書類の山がお出迎え。
その奥にはこれまた書類の積まれた三つの教員用机があり、左右に置かれた本棚にはぎっしりと参考書などが敷き詰められている。
とにかく足の踏み場が怪しいほどだ。
これ、いつかどのプリントがどこにあるか分からなくなりそうだな・・・・・・・・。
俺が準備室の有様に呆れていると、後ろでピシャンッ!と鉄製のドア特有の閉まる音がした。
あっ!?
振り向いた時にはもう遅い。
何やら含みのある笑みを浮かべた豊海先生が持っていた南京錠の鍵を机の上に放り投げ、後ずさる俺の方ジリジリとにじりよってくる。
はっ!逃げ場がない!?
ついに窓際まで追い詰められてしまい慌てる俺のほおに、スッと豊海先生の細い指が触れた。
「ふふふっ。ようこそ我が城へ、神月君・・・・・・・いえ、ご主人様♡」
「ぐえっ!?」
一気にキリッとした雰囲気をぶち壊し、デレデレと顔を緩めたイシスが突撃気味に思いっきり抱きついてくる。
その勢いはまるでご主人様を見つけた犬のよう・・・・・・・・と言うか、そのまんまご主人様を見つけたメス犬(自称)なんだけどね!
そう、なんとこの超絶美人のイシスさん、実は加減を知らない究極のドMさんなのです。
花恋と仲の良い神様である彼女は生まれ持ってのドMだそうで。
ずっと自分のご主人様となるべき人を探していたらしい。
しかもそれに拍車をかけたのが、天地創造時代から続くブラックな業務。
その影響でドMを完全に覚醒させたイシスは、ついに見つけた幼い頃の俺とご主人様になる約束をしたとかで、夏休みに海の神殿で会ってからずっと俺の事をご主人様と呼び、従順なメス犬として今も神月家で皆と一緒に暮らしているのだ。
これだけは言っておくけど、決して俺は乗り気とかじゃないからね!?
「ちょ、学校で何してんのさ!人来たらどうすんの!?」
「大丈夫、ここは私以外の先生は使わないからその心配は必要ないわ!私達がどれだけイチャイチャしてたってバレやしないの。まさに私とご主人様の愛の巣と言うにふさわしい場所でしょう?」
「学校にそんなもの作らないでよ・・・・・・・・」
いつから学校はそんな個人的な空間が自由に作れるようになったのだろうか。
「そんな事より、寂しかったのよ?最近は全然相手をしてくれなかったんだもの」
抱き枕を愛おしく抱くようにギューッとほお擦りしながら俺を抱き寄せ、自慢の豊かな胸をこれでもかと押し付けまくる。
ふよんって!ふよよんって!
ものすごく柔らかいものが変形して当たってる!
くっ、いくら本性を知っているとは言え、こうも懐かれてると無下に扱えない。
だってほら、無いはずのブンブン振られた犬のしっぽが幻視出来るくらいだよ?
こんなの離せるかいぃ!
これでドMじゃなければかなりグラッと来たはずなのに・・・・・・・・だが俺は知っている。
イシスは良い意味でも悪い意味でも期待を裏切らないのだと。
「はぁ・・・・はぁ・・・・ご主人様の汗の混じった匂い・・・・!エッチすぎてアソコがキュンキュンしちゃう♡」
「予想通りすぎる!学校で発情しちゃダメでしょ!?」
「あふんっ♡」
ズビシッ!と割と強めのチョップを喰らわせる。
ったく、男の汗の匂いなんて嗅いで何が楽しいんだか・・・・・・・・って、やべ。
はぁはぁ言いながら迫ってくるイシスに身の危険を感じて思わずチョップしちゃった。
本当は正気に戻すためにやったのだが、むしろドMには逆効果だったようで、幸せそうな表情を浮かべたイシスがビクンビクンと悶えながら数歩下がってしゃがみ込んでいる。
・・・・・・・・・何と言うか、自分でやっておいてアレだけど色々とアウト過ぎる。
まず表情が完全にダメなのよ。
パンツ見えてるし。
ヨダレを垂らして顔を上気させたイシスが着ているのは、よくマンガとかで教師がはいているピチッとしたスーツスカート。
体育座りのような状態で悶えている彼女の腕の隙間から、大人の黒いパンツがバッチリ見えてしまっている。
少なくとも今この瞬間を誰かに見られたら、俺の学生生活が終わる事だけは確かだ。
「で、今更だけど何でイシスが学校に居るのさ。まさか俺に会いに来ただけとかないよね?」
「え、そうに決まってるじゃない。ご主人様は従順で一途なメス犬は嫌い?」
「・・・・・・普通の一途な女の子だったらもっと素直に喜べたんだけどなぁ」
何の理由もなく突然イシスが教師になるなんてありえないと思って聞いてみたが、まさかの俺の予想の斜め上を行く答えだった。
てっきり何か良からぬ事が起こったのかと身構えていた俺の緊張を返して欲しい。
それに犬は好きだけど、人間のメス犬はなぁ・・・・・・・・。
俺は至ってノーマルなのだ。
イシス好みのアブノーマルに染まる気はさらさら無い。
「じょ、冗談よ、今回はちゃんとアリス様からご命令があったの!」
俺の冷ややかな視線にゾクゾク背を震わせたイシスが、内股になりながら教師として白峰高校に来た訳を説明してくれた。
曰く、俺達が月面戦争真っ最中の時。
家で俺のタンスを漁って下着を探していたイシスの元に、俺の本当のお母さんである"創造神アリス"からメッセージがあったらしい。
その内容は、異世界にて復活した魔王軍の動きが活発になっているので注意すること。
また魔王軍の中には世界を渡る力を持つ者が居る可能性があるので、俺の近くでなるべく護衛代わりに常駐すること。
そういう訳で、一番そばにいて怪しくない教師に変装することにしたそうだ。
まぁ確かに学校の外で、ずっと学校内を見てる人が居たら不審者扱いされちゃうもんね・・・・・・・・・。
あ、ちなみに朝田先生の育休は本当らしい。
別にイシスが細工して学校に来れないようにしたとかではなく、たまたまタイミングが絶妙に合ったので、イシスがそこに滑り込んだ形だ。
「なるほどね・・・・・。人が月で頑張ってる時に下着を盗もうとしてたお仕置は後で考えるとして、イシスがここに居る理由はだいたい分かったよ」
「お、お仕置・・・・・!はぁはぁ、一体どんな酷いお仕置が待っているのかしら・・・・♡」
「う〜ん、一生俺に触れるの禁止とか?」
「勝手に漁ってすみませんでしたぁ!」
イシスが喜んでしまっては本末転倒なので、もういっそ彼女が発情する原因である俺に触れることを禁止すればなんとかなると思ったのだが、予想に反してイシスが結構ガチめの土下座をしてきた。
それはもうピシッとした綺麗な土下座。
全国土下座選手権で優勝できるレベルじゃないだろうか。
まぁそんな大会があるかは知らないけど。
でも本当にどうしたの?
いつもなら息を荒くするところ・・・・・・・・・・・はっ!いかん、それが当たり前みたいに思ったら終わりだぞ!
「だって、ご主人様に触れられないのよ!?その華奢な体を抱きしめられないし、定期的に触れないと夜の妄想が捗らない!ご主人様を撫でながら、いつ豹変して襲ってくれるんだろうって考えるのが日課だったのに!それが出来ないなんて生きている意味がないわ!」
「とりあえずそんな日課なんて今すぐ辞めてしまえ」
「ゴミを見るような目!ありがとうございますっ!」
モザイクが入るレベルではぁはぁヨダレを垂らしたイシスが、ビクビクと太ももを擦り合わせながら肩を震わせる。
・・・・・・・・はぁ、これ以上はイシスが喜んじゃうだけだから止めとこう。
と言うか、そろそろ教室に帰んないとチャイムがなっちゃいそうだ。
こんな事してて授業に遅刻するとか絶対に嫌だ。
「そ、そうね。じゃあそこのプリントを持ってくれるかしら?」
速やかに高嶺の花モードに戻ったイシスは、一番手前にあった教師用の机に積み重ねられた書類の山の内の一つを手に取る。
が、まだその吐息は荒く、足は小刻みに震えていた。
・・・・・・・・このままクラスに戻っても大丈夫なんだろうか。
と言っても戻らない訳にも行かない。
イシスと入れ違いで机の前に行き、プリントの山を一つ持ち上げる。
うわっ、結構重いな・・・・・・。
これを教室まで運ぶのは一苦労だ。
「ふ、ふふふ・・・・"もう少し喜べた"ってことは、今もよろこんでくれてるってことよね・・・・・。この調子なら花恋からご主人様を寝とる日は近いわ・・・・!」
・・・・・・・・・・何か今、物騒なことが聞こえたような。
「イシス、何か言った?」
「いいえ?ほら、そろそろチャイムがなっちゃうわ。早く戻りましょう」
むぅ、あからさまに誤魔化された。
背筋をねっとり舐めるようなエロい視線を感じたんですけど・・・・・・・。
あれ、何だか学校生活が不安になってきたぞ?
よく考えたらこのドMと一緒に学校に居るとか不安しかないんだが。




