プロローグ
今回はプロローグだけです
時は九月下旬の朝早く。
月面戦争終結から約半月が経ち、滞っていた月の復興もだいたい終わった今日この頃。
快晴の空から降り注ぐ太陽の光を反射して、キラキラ光る海が一望できる白崎高校の教室の一つで、俺は皆と共にいつもの何気ない会話を繰り広げていた。
「そうなんだよ〜。まさかの引退試合前にスタメンの先輩が怪我しちゃってさぁ・・・・・。治るまで一ヶ月くらいかかるみたいだって」
「うわぁ、それは気の毒に・・・・。せっかく予選勝ち抜いて本戦出れたのに、怪我しちゃって引退とか嫌すぎるな」
「なんとか勝ち抜けば引退までが長引くから先輩の復帰にも間に合うかもしれないけど、皆も知っての通り今の代は部員が少なくて。一年も試合で通用する実力の人はあんま居ないし」
「えっ、それどうすんの?やばくない?」
普段は元気な颯馬がどんよりした顔で教室に入ってきた時は何事かと思ったけど、まさかサッカー部でそんな事が起きていたとは・・・・・・。
そりゃあ、あんな顔もしたくなるよ。
大会までは後二週間くらいしかないんだし、それまでに怪我して抜けた先輩のポジションに新しい人を入れなければならない。
けれど、当然ながら一年の中にはそれ程の実力者は多く居ないし、そもそも二、三年生は数が足りなくて論外。
顧問の先生や監督からすれば胃に穴が開きそうな事件だっただろう。
「あはは・・・・・朝のミーティングで監督がこの話する時、目が死んでたからね。あれは相当悩んでた証拠だよ」
「一体どうするんでしょう・・・・・・このままだと、新たに助っ人を呼ぶ可能性もあるんですか?」
「どうだろ。監督はなんとしてでも先輩に試合に出て欲しかったみたいだから、もしかしたらそういう事も有り得るかも」
「そっか、サッカー部も色々大変だねー」
椅子の後ろに体重をかけて寄りかかっていた颯馬が肩をすくめて苦笑いする。
やはり先代の先輩の時に人数が多かっただけに、少なくなった時の反動がかなりデカかったらしい。
今まで大人数でやってきた事を小人数でやらなきゃいけないんだから、二、三年の先輩も大変なことばかりなはず。
・・・・・・・・・・・確かに苦労してんだなとは思うんだけど、隣に座ってる楓にぐで〜っと身を預けて頭を撫でられてるのを見せつけられると、不思議と周りから殺意しか向けられないんだが。
主に男の嫉妬の視線がものすごく突き刺さってる。
まぁ本人達は気にしてない・・・・・と言うか気付いてないみたいだけど。
しかもなんかとばっちりで俺にまでその視線が向いてくるし。
諸君、ここで何もしてない俺にその目を向けるのは見当違いじゃないかい!?
『キーンコーンカーンコーン』
「は〜い、皆さん席に着いてくださ〜い!」
タイミング良く鳴ったチャイムに感謝しつつ自分の席に戻って椅子に座ると、同時にガラッ!と勢いよく教室のドアが空いて幼く高い声が響いた。
副担の姫野結先生だ。
あれ、今日は姫野先生が朝のHRやるんだ・・・・・・朝田先生どうしたんだろ。
ちなみに朝田先生とはこのクラスの担任で、語尾に"よん"がつく面白おかしい日本史の先生。
しかし今日来たのは、副担任で普段は英語の教師である姫野先生だった。
なんと姫野先生は、ギリギリ教卓より大きいくらいの背丈と肩ほどまでの長さの髪も相まって、スーツを着ていても最初はだいたい小学生に間違われる合法ロリ先生なのだ!
本人はそれが相当なコンプレックスらしくて気にしてるんだけど、生徒からは絶大な人気を誇ってるんだよね・・・・・・・。
それに関しては俺も激しく同意する。
だって頑張ってちょこちょこ動いてたり、背伸びして黒板に文字を書いている所が可愛いのなんの。
愛くるしい小動物として日々皆に愛でられている。
「ひめの〜ん、今日あさティーどしたの?まさか遅刻?」
「ひめのんは辞めてください!恥ずかしいじゃないですかぁ!」
中列の茶髪ギャルの新島が姫野先生の愛称を呼んだのに対して、顔を真っ赤にして腕を振り上げるひめのん先生。
そういう姿が"ひめのん"という可愛らしい愛称を生んだのだが、本人は気づいていないらしい。
姫野先生曰くもうそんなあだ名で呼ばれるような歳じゃないらしいんだけど、見た目が完全に子供だからセーフじゃないでしょうか。
・・・・・・・とまぁ、こういう接しやすさも先生が人気な理由だろう。
「こほん!では本題なのですが、1ー5担任の朝田先生はお子様を授かったとの事で、本日から育休に入られました。そのため────────────」
「えっ、マジで!?あさティー子供できたん!?」
「やばっ!おめでたじゃん!」
「てかあさティーって結婚してたの!?」
まさかの朝田先生のお子さん誕生に、クラス中がプチパニックを巻き起こした。
へぇ、普段は指輪つけてなかったから知らなかったけど、朝田先生って結婚してたんだ・・・・・・・。
でも確かに朝田先生はモテそうだったもんなぁ。
逆に結婚してないのが不思議なくらいだったし、生徒の中にも朝田先生に憧れてる人は沢山いたからね。
男子高校生からしたら美人教師が居るだけで勉強捗るもんな。
「皆さ〜ん!落ち着いてください、まだ話には続きがあるんですよぉ!」
「姫ちゃん。いくら背伸びしても、それ以上背は伸びないんだよ?」
「そんなつもりでしてたんじゃないですよ!?」
真顔の新島に肩に手を置かれて諭されるように言われた姫野先生が、怒ったようにぷんすかしながら涙目になる。
「にししっ、冗談冗談!まだ姫ちゃんにも伸びしろあるって!たぶん!」
「まったく・・・・・教師をからかうのもたいがいに─────────あれ、今たぶんって言いました!?」
「それはそうと、さっき姫ちゃん何言いかけてたの?」
「無視!?ま、まぁ言いです、今にグ〜〜ンと伸びて追い抜かしてあげます!」
ふんすっ!と握った手を胸の前で揃えて息巻いた姫野先生は、突然何を思い出したのか"はっ!"として慌てたように皆を席に戻らせ、再び教壇に立った。
教卓からぴょこんと飛び出したアホ毛と腕は左右に揺れながらチョークを走らせ、黒板に何かを書いていく。
あ、これ人の名前だ。
台を使って上から順に書かれた名前は全く見覚えがない。
おそらくこの学校の教師や生徒の名前じゃないはず・・・・・・・。
もしかして、姫野先生の結婚発表とかじゃないよね?
「はいはい、皆さんちゅ〜〜もく!朝田先生のご結婚と共に、もう一つ良いニュースがあります!豊海先生〜、入ってくださ〜い!」
「はい」
テンション高めな姫野先生の呼び声に答えたのは、どこか聞き覚えのある若干残念そうな大人の女性の声。
しかし残念に感じたのは俺だけらしく、その他のクラスメイトは全員がその声の美しさに呆然とし、入ってきたスーツ姿の女性を見つめていた。
鮮やかな黒髪ロングの女性は誰に聞いても美人と答える女優のようや端麗な容姿に、スーツの上からでも主張の激しい双球を持つ魅惑のボディ。
男子生徒の視線は釘付けだ。
どことは言わないけど。
先程の盛り上がりが嘘のように静まった教室の中には女性の歩く音だけが響き、姫野先生の横で立ち止まるとこちらを向いて会釈を一つ。
「はい!こちら豊海美琴先生です!育休で朝田先生が休んでいる間、このクラスの担任をしてくれる事となりました!」
「豊海美琴です、よろしくお願いします」
もう一度会釈をしてフワッと笑う美人先生に、即行ハートを撃ち抜かれて悶える男子が約十数名。
女子からの人気も凄まじく、あの騒がしい新島さえも黙らせてしまう威力があった。
高嶺の花。
もしそんな言葉を使うとしたら、この先生以上に似合う人は居ないだろう。
駄菓子菓子、自己紹介を終えて姫野先生と何かを話している豊海先生をジト目で見つめる瞳がここに六つ。
まぁ聞き覚えのある声が聞こえた時からだいたい察してたけどね!
いつものブルーの髪とエロい衣装から、パリッとした黒髪スーツの教師に早変わりした彼女。
ペット願望があり、俺をご主人様と崇め奉って我が家に居候しているドM駄女神。
そう、なんと今教壇に立っているのはあのイシスだった。




