月面戦争(7)
時は少し遡って、まだ月面戦争が始まって間もない頃。
神月家の自室で月に向かう準備をしていた俺の元に、顔を青くした二人の後輩が息を切らせてやって来た。
もちろん因幡と杏奈である。
「あれ、二人ともどうしたの?なんか顔色悪いけど・・・・・・・・」
と言うかどうやって家に入った?
たしか玄関の鍵を閉めてたはずだし、家に居た誰かが開けたとしても今インターホン鳴ってなかったよね・・・・・・・・・・まぁ別に良いけどさ。
そんな事とやかく言うほど親しくない訳じゃないし。
だとしてもちょうど今日母さん達が仕事で家に居なくて良かった。
流石の母さんと父さんでも、知らない内に息子の後輩が家に入り込んでたらびっくりしたじゃ済まないだろうからなぁ。
あと一応言っておくけど、俺にもプライバシーとかあるんだからね!?
年頃の男の子が自分の部屋に異性を入れるのって、結構覚悟が要ると思うんだけど。
「咲夜くん先輩、今はそんな事よりも大変なことが起きちゃったんですよ!今すぐ皆を集めてください!」
「う、うん」
ハテナ顔の俺の胸ぐらを掴んで勢いよく揺さぶる因幡。
その表情はいつもの緩い感じからは想像できないほど険しく顰められていた。
彼女のものすごい剣幕に押し負けてしまった俺は、手元のスマホを操作して"夜桜"居たらしい花恋と皐月に連絡して急いで家に来てもらう。
要件?ごめん俺も分かんない!
「で、一体何があったの?因幡ちゃんはともかく、ツクヨミが焦る出来事なんてそうそう無いでしょ」
「わっ、いつの間に!?」
驚いて声のした方を見ると、いつの間に居たのか俺のベットの端に、さっきまで電話していたはずの花恋と皐月が腰掛けていた。
ちょ、まさか転移してきたの!?
そうだよね、よく考えてみれば座標さえ分かれば結界とかが張ってない限り転移できるんだもんね。
あぁ、俺の・・・・俺のプライバシーが・・・・・!
いや、さっき言った通り入るの自体は別にいいよ?
でもさ、俺にも異性に見られたくないものの一つや二つくらいある訳じゃん。
何とは言わないけど、ほら・・・・ねえ?
「お兄ちゃんの薄い本の隠し場所なら知ってるよ、机の隠し引き出しの中でしょ?」
「え、そうなの〜?じゃあ後で確かめてみよぉ〜」
「ちょっと待ってなんでそれ知ってんの・・・・・・ってか二人は本当にどっから湧いて出た!?」
これまたいつの間にか俺の横で当たり前のように人の隠し物の場所を言い当てている朱華と、それを聞いてふんふん頷いている美雨さん。
まぁひとまず薄い本の話は置いておくとして、転移魔法を使えない二人が気づいたら隣にいるとか軽くホラーなんですが。
なに、二人とも気配を消す達人だったりするの?
「湧いて出たとは失礼な。普通に転移してきただけだよぉ」
「ほら、この前言ったでしょ〜?私達も魔法の修行したってぇ〜」
「・・・・・マジか」
「マジです」
普通に魔法を使いこなしてるやん・・・・・・。
びっくりしすぎて思わず関西弁が出ちゃったよ。
たしかに修行したって言ってたけど、まさかこんなにレベルが高いところまで行ってると思ってなかった。
てっきりまだ中級魔法レベルかと。
・・・・・・・・・あれ、いつの間にか周りの人達が超人化してる・・・・?
「じゃあ全員揃ったので手早く話を進めます。早速本題ですが、月面戦争が始まっちゃいました」
「予想外・・・・まさか幹部が単独で攻めてくるなんて・・・・・」
「なっ、こんなに早く!?でもたしか敵が月付近にたどり着くまであと数日かかるんじゃ・・・・・・・」
「それはあくまでも帝王が乗る巨大な宇宙船が一緒だった場合。今回現れたのは幹部だけだから、宇宙船が小さい分移動が早かったみたい」
「そんな・・・・!」
二人の話によると今月に攻め込んでいるのは、帝王軍の三人いる幹部の内の一人らしい。
何故帝王本人が居ないのかは謎だそうで。
時間差で現れるのか、それともそもそも今回の敵はその幹部だけなのか。
そう言うのは今の所一切分からないが、既に月の民にも被害が出てるそうなので、二人からすれば今すぐ助けに行きたいのだろう。
「でも、月の里に転移できないからこうして待ってるんだよね?」
「うん。でもそれは結界内への転移だから。外に転移するだけなら今からでも出来るよ」
杏奈が張った結界はあらゆる侵入するものを拒み、出ていくものに対しては何もしない。
そこを通るために複雑な魔法陣が必要やだけであって、宇宙空間に転移するだけならいつでもできたらしい。
・・・・・・・って、だとしても無理じゃない?
人間宇宙空間で普通に生きられるほどタフじゃないよ?
「あ、それに関しては大丈夫、それ専用の魔法私使えるから」
「花恋って本当になんでも出来るね・・・・・・」
オールマイティ過ぎんか?
逆に出来ない事があるなら聞いてみたいわ。
「私にだって出来ない事はいっぱいあるんだよー。だからいつも皆に助けてもらってる」
「まぁそうだよね。完璧な人間なんて存在しない、か」
「そういう事」
微笑みながら立ち上がった花恋はそう言うと、自身の【ストレージ】を開き魔力の宿った数着の服を取りだした。
もれなく全員がそれを受け取る。
ちなみに俺が貰ったのは白色のロングコート。
あー、これがさっき言ってた宇宙空間でも活動できる魔法の付与された服か。
・・・・・・・なんか肌触りがものすごくスベスベなんだけど。
奥さん、これお高かったんでしょう?
「ん〜、実質タダみたいなものだよー。"天使の羽衣"って素材から作ったんだけど、それの生産元が神界だから。こっちに来る時に適当に取ってきたんだー」
「それ、人間界では神器級の代物じゃないですか・・・・・・・。やっぱりそんなのを適当に持ってこれるとか、神様って凄いですねぇ・・・・・」
受け取った紺色のパーカーをまじまじと見つめながら皐月が感嘆のため息を漏らす。
ほら、やっぱり凄いものじゃん・・・・・。
そんなのポイッて渡されたって知ったら、これ持ってる手がガクガク震えてきたんですけど!
「よしっ、時間が無いからちゃっちゃと着替えて月に向かうよー!」
「何故ここで脱いだ!?」
何を思ったのか、服に手をかけた花恋がスポーンッと勢いよく着ていたそれを脱ぎ捨てた。
露になった大人の黒いブラジャーに包まれた二つの膨らみや、キュッと引き締まったくびれに細長い足。
少なくとも男子の部屋でなってはいけない格好ナンバーワンに輝くであろう格好だ。
あの、すごく目のやり場に困るんだけど・・・・・。
「はっ、花恋がこんな事して黙ってる皆じゃ・・・・・・あれ、おかしいって思ってるの俺だけなの?」
嫌な予感がして振り返ってみると、案の定皐月達も既に脱衣済だった。
彩り豊かな下着が俺の目に焼き付けられる・・・・・ってそうじゃなくて!
「男!男の子がここに居ますよー!」
「咲夜くん先輩、男の娘の間違いです」
「どちらにしろアウトでは?」
たとえ男の娘だとしても女の子じゃないからね?
あの、君達には恥じらいというものは無いのでしょうか・・・・・・・・。
「いや〜、別に咲夜ならいいかなって」
花恋の言葉に全員が力強く頷く。
まさかの全会一致でオーケー・・・・・。
なんてこったい、本人達からお許しが出たぞ。
ならばさっき見た至福の光景は消去せず記憶の中に永久保存しとこう。
あんなの二度と拝める機会無いと思うし!
とは言ってもいつまでも肌色の多いこの部屋に残る度胸は無いので、貰った純白のロングコートを羽織ってそそくさと廊下に出ましたけどね?
ドア越しに聞こえてくる衣擦れの音がめっちゃ気になったけど、鋼の精神で我慢して待ってましたよ、えぇ。
そんでもって着替えが終わったらしいので部屋に戻り、杏奈が描いた魔法陣の上に乗る。
「・・・・・・結構ぎゅうぎゅう詰めだね」
「これはしょうがないよ、この部屋だとこの大きさが限界」
たしかにこれ以上大きくしたら円形を保てなくて歪な形になりそうだけど・・・・・。
なんかね、色んな所に柔らかいものが当たってるのよ。
胸だけじゃなくて細い指先とか、サラサラの髪の毛だとか。
ちょっと違った良い匂いが全ての方向からして頭がクラクラする。
もしかしてここって天国ですか?
「魔法を発動させるよ。全員衝撃に備えてね」
「りょーかい!」
おっと、顔が緩みそうになったけど、ここからはちゃんと引き締めないと。
何せ向こうは既に戦場だからね。
生半可な気持ちで命の奪い合う場所に行く訳にはいかない。
床に描かれた魔法陣が中央から青白い輝きを発し、それが少しずつ周りに広がっていく。
溢れ出るエネルギーの波動が部屋のカーテンや本をめくり、ガタガタと窓を揺らす。
「【テレポート】!」
ヴッ!と視界がぶれたかと思うと、次の瞬間には見慣れた部屋の光景が一変して星々の輝く宇宙に変化した。
凄い、綺麗だな。
最近の都市部となると光が多すぎて星が見えないけど、一切遮るものがない宇宙から直接星を見るとこんなに綺麗なんだね・・・・・。
戦いにやってきたのに、思わずそれを忘れて見入ってしまうほどの美しさだ。
それは皆も同じなようで、全員から感嘆のため息が出る。
・・・・・あ、てか本当に息できてる。
寒さで凍ることもないし、圧でぺちゃんこになることも無い。
月付近では六分の一になるはずの重力も地球と同じほどに感じるため、動きにも支障が無い。
この魔法万能だな・・・・・・。
振り向くと後ろには青く輝く我らが地球があり、正面には美しい月が太陽に照らされ輝いていた。
だが、その月の近くに異形の存在が一つ。
月と同じくらいの大きさはある漆黒の怪物だ。
「あれ、なんかやばくない?」
「そうだね。じゃあ、あれの相手は咲夜がするってことで。私達は三箇所に散らばる大きな力を持つ敵の所に、ツクヨミは里に言って現状の説明をお願い!」
「ん、任せて」
「俺があれと戦うのか・・・・・まぁやるけどさ」
「お兄ちゃん、頑張ってね」
「朱華もな。美雨に迷惑かけないように」
「大丈夫よ、朱華ちゃん強いから」
たしかに昔から運動神経良いからすぐ魔法に慣れて良い動きしそうだけどさ。
なんか心配なんだよなぁ。
これも兄の性ってもんか。
「終わったら里集合ですからね!道には迷わないと思いますけど、万が一の時は迎えに行きますから」
「おう。・・・・じゃあ行くか!」
俺が怪物の元に降り立つと同時に、それぞれ魔力を発した皆が四つの流星となって各地に落ちていった。
閑話休題。
そして今に至る。
「・・・・・・・あぁ。もしかして、ツクヨミの言ってた援軍っていうのは君のことか」
「そ。だから、後は任せて里で治療を受けてくると良いよ」
「いや、いくらなんでもこいつを君一人に任せるのは・・・・・・」
「君じゃなくて、俺の名前は咲夜ね。それと大丈夫、こいつなら俺一人で何とかするよ」
感情の無い目で俺を見下ろす触手の化け物を見上げながら俺はそう断言した。
ふっ、何せ俺はこいつ以上に化け物な海の神と戦ったり、その後に花恋の元で血反吐を吐くような修行をしたりしたからね!
あの辛さと言ったらそれはもう・・・・・・・・大抵のものはあれに比べれば怖くないと本気で思えてしまうほど。
少なくともアレを好きでやる人は極端な修行好きか極度のドMしか居ないはず!
そしてそんな修行に耐えた俺をもっと褒めて欲しい。
苦しかった修行を思い出して若干遠い目をしていると、ついに痺れを切らした怪物が再び触手を持ち上げて振り下ろしてきた。
「っ、不味い!」
「おお、やる気満々だな。ちょうど良い、こいつの試し斬りに付き合ってもらうか」
ロングコートの裾を払って腰につけた鞘から純白の剣を引き抜き、正面に掲げる。
精霊界でフィアと共に作った精霊剣だ。
あれからずっと使う機会が無かったので、どの程度の性能があるかイマイチ分かっていない。
今がこいつの強さを知る絶好のチャンスだろう。
俺の意思に従い、柄にはめ込まれた真っ白な宝石が淡い紅に染まる。
「はあっ!」
気合と共に走った紅の閃光が迫る漆黒の触手を駆け抜け、次の瞬間ゴパッ!と鮮やかな炎を上げながら触手を真っ二つに斬り裂いた。
荒野の乾いた空気さえも晴らすエネルギーの奔流が荒れ狂い、少なくとも目の届く範囲の負の力を瞬時に消し去った。
焼き斬れた触手の断面には炎が燻っていて、容易に再生できなくなっている。
落ちた触手も炎に包まれていた焼却済。
ドンッ!と地を砕く踏み込みで怪物の頭付近まで飛び上がった俺は、気のせいか憎々しげに歪められている怪物の顔面向けて斜めに剣を振り下ろす。
途端に巻き起こる肌を焦がすような強烈な熱風と剣閃。
ヴッ!と空気を揺るがす振動を迸らせた一撃が怪物の頭を抉り、巨大な大砲でも受けたかのような半円状に風穴を開けた。
・・・・・・核は破壊しきれてないか。
直前にどっか別の場所に移動させたな。
怪物の周辺で漆黒の閃光が煌めく。
バシッ、バシッ!と鮮やかな紅色の花火が、目の前で弾けた。
放たれた漆黒の弾丸を俺の精霊剣が弾いた際に生じた光だ。
それを視界の端に捉えた瞬間には俺の腕は光のように閃き、三弾め、四弾めと剣と弾丸の軌道を結ぶ線上を寸分の狂い無く刀身が遮る。
凝縮された高密度の力を弾く衝撃が腕に伝わってくる。
「やっぱ炎に包まれると再生出来ないみたいだな。頭は戻ったけど、大きさが縮んでる」
あの感情のない顔が復活した。
しかし一見再生してしまったように見えるかもしれないが、大きさが結構小さくなっているので、足りなくなった部分を他から持ってきて再生したように見せかけているのだろう。
この要領でどんどん削ってけばいずれ核を捉えることができるはず。
自由落下に身を任せて地上に降りると、背後で呆然としている女性の方を振り返って笑いかける。
「ね、言ったでしょ?あいつは俺一人で何とかするって」
「た、たしかにこれならあいつにも勝てるかもしれないが・・・・・・・」
むぅ、まだ彼女は引き下がるのに納得してくれていないらしい。
正直、傷が酷いから早く手当して欲しいんだけど・・・・・・。
ほら、女性の体に傷が残ったら最悪じゃん。
全身血だらけな状況で言っても今更感があるけど、それでも少しでも可能性のある内に直して欲しい。
一体彼女の中の何が、俺をここに一人で残したくないと思わせているのだろう。
『ちょっとサクヤ!せっかく私が力を貸してあげたのに、自分の手柄にするってどういう事!?』
「うっ、ごめんって!一回俺TUEEEEやってみたかったんだって!」
『もう、意味分かんない!』
ポンッ!と音を立てて現れた火の大精霊様は、彼女を具現化させず自分の力のように炎を扱った俺にだいぶ怒らしい。
でも・・・・でもさ!
俺TUEEEEって男のロマンと夢の塊なんだよ!?
人生で一回くらい女の子の前でカッコつけさせてよ!
『そんな事しなくてもサクヤをかっこいい・・・・・じゃなくて!カッコつけるなら私の前で・・・・・でもない!とにかく!そんな事に私の力を使うなら許さないからね!!』
「はい、すみませんでした・・・・・・」
フレアのガチ説教によって正座させられた俺は、力なく項垂れながらそう謝った。
ド正論過ぎて何も言い返せない。
「・・・・・・・ま、こんな感じで一人じゃないからさ。いてて・・・・心配しなくても大丈夫だよ」
「・・・・・・・そうだな、じゃあお言葉に甘えて退避するとしよう」
ポコポコフレアに叩かれながら女性に向かって声をかけると、やっと彼女も納得してくれたようで、踵を返して里の方向に向かって走って行った。
・・・・・・何故か振り向きざまの顔が少しむくれていたように感じたのは俺の気のせいかな・・・・。
『サクヤ、今アイツのどこ見てた?』
「え?いやなんか表情が少し・・・・・・・」
『ふ〜ん・・・・・サクヤは大きい方が好きなんだ』
「誤解です!そっちは見てません!」
まぁたしかにあの人の胸はものすごいでかかったけども!
たぶん美雨より大きかったけども!
俺は初対面の女性の胸をジロジロ見るほど不躾な輩じゃないよ!?
『どーだか。スゥも言ってたけど、男は皆狼だからね』
「ちょっと待って、うちの娘そんなこと言ってたの?誰だ教えたやつ」
『あんた、ほんとスゥの事となると親バカになるわね・・・・・・』
「そりゃそうでしょ。誰でも娘の居るパパは皆こうなるって」
『・・・・・じゃ、じゃあさ。もし仮に私が娘だったとしても───────────』
フレアが何か言いかけた途端、俺達の居る周辺を真っ黒な影が覆う。
次の瞬間、月の大地を容易く砕く触手の一撃がお見舞いされた。
星中に響き渡る轟音と巻き起こる砂煙。
『本当に空気を読めないわねこいつ。サクヤ、さっさと片付けちゃうわよ!』
「おう!」
寸前で避けていた俺達を振り下ろされた触手の上を走り、怪物の上空へとその身を踊らせる。
さて、次に試す技は合技だ。
複数の精霊の力を合わせて使って繰り出す大技のため威力は高いが、全員の魔力の波数をミリ単位で合わせなければいけないので、調整がかなり難しい。
が、それも目に見えない何かで繋がった俺達なら比較的簡単に可能なはずだ。
「いくぞ、アイラ!」
呼び寄せたのは、風を操る大精霊のアイラ。
宝石にエメラルドグリーンが混じると共に雲に乗った幼女が姿を現す。
ほら、炎と風の合わせ技ってよくあるじゃん?
だから相性いいかなぁって。
『んぅ・・・・・?むにゃむにゃ・・・・さくにぃぃ、もう食べられないよぉ・・・・・』
「って、おいぃぃぃぃぃぃっ!アイラ寝とる!!」
『アイラ!?なんでこんな時に寝てんのよ!早く起きて!』
「ちょ、アイラさん!?マジでシャレにならないので起きてくれませんかね!?」
なんか下の怪物が思いっきり二本の触手で攻撃しようとしてるんですけど!
慌てた俺とフレアは眠るアイラの肩を揺さぶって何とか起きないかと画作する。
『ん・・・・あれ、さくにぃ・・・?もしかして夜這いに来た・・・・?』
「ちがわい!さすがにアイラに夜這いするほど女に飢えてないわ!」
『むぅ、それはそれで失礼では?』
あ、起きた。
俺の物言いにぷくりとほおを膨らませるアイラだったが、下にある異質なエネルギーを感じ取ったのか微妙な表情で下を見下ろす。
『・・・・・・・あれ、何?』
「分からん」
『寝起きであんなの見せられるとかキツい・・・・・さっさと殺ろう』
『あっ!?』
どうやら不本意ながらやる気になってくれたようだ。
雲から俺の背中に乗り換えたアイラが首に手を回してぎゅっと抱きしめると、手に持った精霊剣が宝石と同色の疾風を纏う。
遅れて何故か悔しそうなアイラも俺の肩に捕まり、紅と翠の莫大なエネルギーが混じった剣が神秘的な輝きを漏らす。
「【烈火の暴風】!!」
紅翠の雷閃が漆黒の闇を斬り裂き、夜空に落ちる流星の如き輝きをその巨体に刻み込む。
暴れ狂う魔力が天を穿つように立ち上ると共に周囲に弾け、まるで星座を描くように漆黒に亀裂を与えていく。
『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオォォォォォォォォォォォォッッ・・・・・・・・・・!!?』
ついにパキンッ!と儚い音を立てて亀裂が崩壊し、バラバラに崩れた怪物の欠片達は風に吹かれた灰のように呆気なく彼方に消えてしまった。
虚空に響くは無機質な怪物の残存エネルギー。
それすらも数秒で黄昏時の空に消えると、そこにはもう何も残っていない。
ただ何事も無かったかのように無限の宇宙が存在するだけだ。
左右に振った精霊剣の宝石は既に純白に戻っており、それをゆっくりと鞘に収めると、ようやく溜め込んでいた息を吐き出して地面にへたり込んだ。
「はぁ〜、疲れたぁ・・・・・・」
いくら見えないもので繋がっているとはいえ、ミリ単位の調節は楽なもんじゃなかった。
酷使した神経がぷすぷすと煙を上げている。
まさかこんなにしんどいとは・・・・・もっと練習が必要だね。
いっぱい練習して、即座に使える程度にはしておきたい。
『さくにぃ、お疲れ様』
『まぁ、アンタにしては頑張った方じゃない?』
「うん。二人ともありだとな」
左右から顔を覗かせた二人の頭を優しく撫でると、顔を真っ赤に上気させて煙を上げるフレアに対して、気持ちよさそうに自分から頭を擦りつけてくるアイラ。
二人の対照的な反応に思わず笑みがこぼれてしまう。
いてっ・・・・・フレア、恥ずかしいからって叩かないでよ・・・・いて、いててっ!
最初はからかって撫でるのを辞めなかったが、徐々にパンチが痛くなってきたので撫でるのを辞め、前後に勢いをつけて立ち上がる。
見上げると、オレンジ色に染まった空が戦いの終わった月を優しく照らしていた。
「んじゃ、俺達も月の里とやらに戻るか!」
『ん、宴会で美味しいものいっぱい食べる』
『別に宴会をやる事なんて決まってないわよ・・・・・?』
フレアの的確なツッコミをよそに、鼻歌交じりのアイラは雲に乗りながら俺達を先行し、悠々と月の里の方向に進んで行った。
本編で書けなかった設定。
・月の里出身の者は全員、先天的に花恋が使った宇宙でも生きられる魔法と同じ効果の特性を持っているため、地球と条件の違う月でも地球と同じように戦える。
・月の里にかけられた結界には隠蔽効果があり、外部から来た普通の生物の目にはただの月の表面にしか見えなくなっている。
・結界の強度について。
本編でリューネが怪物化したアドレータの攻撃でいつか壊れると言っているが、実際はそんなことはない。あくまで彼女が測れる魔力の大きさでの話。神レベルの者の攻撃なら話は別。




