提案と妥協
なぜか玄関で呆然と見つめ合う乙女が二名。
片や、真っ白のTシャツとデニムパンツの上に薄桃色のシャツワンピース羽織り、肩からは小さなポーチを提げている、どこかにデートでも行くのかとツッコミたくなるような服装の花恋さん。
片や、ロゴの入った大きめの黒いスウェットと、めっちゃ短いデニムのショートパンツを履いた、それは本当に部屋着かとツッコミたくなる服装のマイリトルシスター朱華。
どちらもそれはそれは眼福であるのだが、漂う異様な雰囲気(主に朱華から)がすごくてそっちが気になってしまう。
「・・・・・・・あ、咲夜!おはよー」
先に驚きから復帰した花恋が、すぐに俺を見つけるとパッと笑顔を咲かせて軽く手を振っている。
あかん可愛い。
昨日とは全く違う花恋の姿にドキッとした上に、ちょこっと・・・・・・ほんのちょこっとだけデートの待ち合わせみたいだなぁ、って思ったのは絶対に内緒だ。
「お、おはよ、花恋。どうしたの?こんなじかへぶぅ!?」
「お兄ちゃん、この人誰!!」
外に出ようと一歩踏み出した瞬間、ドアを開けた状態で固まっていた朱華が我に帰った。
そしてそのまま俺の脇腹に勢いよくタックルをかまして押し倒し、馬乗りで胸ぐらを掴かまれる。
勢いがついてる分、寝起きのより痛い!?
「もしかしてお兄ちゃん、私の知らないところで彼女作ってたの!?そうなの!?」
「ち、ちがっ・・・・・!ちょ、揺さぶんないで・・・・くるし・・・・・・!」
服の襟を握られたままガクガクと前後に揺さぶられ、だんだん息がしにくくなってきた。
ちょ、これマジでやばい!揺さぶられ続けて目も回ってきたし・・・・・・・。
「君が咲夜の妹ちゃん・・・・・・朱華ちゃん、だよね?」
「・・・・・・そうですけど」
「あふぅ・・・・・・」
ゆっくりと揺さぶるのを止めて握っていた俺の服を離し、朱華は敵意に満ちた瞳で花恋を見上げる。
やっと朱華から解放された俺は、目を回しながらふらふらと床に倒れた。
「なんで私の名前知ってるんですか。もしかして、お兄ちゃんが話したんですか?」
「ううん、そういうわけじゃないんだー。"神月咲夜"には妹がいるって言うのを耳にしたことがあったから、そうなのかなって。私、輝夜花恋。咲夜の新しいバイト先の・・・・・そうだね、同僚かな」
「・・・・・・・・お兄ちゃんの同僚さんが、何の用ですか?」
「んーと、お誘いに来たんだー。新しい職場には早く慣れてもらいたいからね。私と咲夜と、もう一人同期の子と一緒にお出かけして仲良くなろうって言う、まあいわゆる、デートのお誘いってやつだよー」
「んなっ・・・・・!?」
ストレートにデートと言われ口をパクパクさせる朱華。
まぁ俺もこれに関しては初耳だったので驚きなのだが、それよりも朱華さんや、そんなにお兄ちゃんがデート誘われるの意外なんですかね。
お兄ちゃんこれでも中学生の時は割とモテてたんだよ!?嘘じゃないもん!
・・・・・・・・・はい今絶対嘘だろこの陰キャ野郎とか思ったそこの君、残念でした本当なんですぅ。
特に部活の後輩からは好かれてたんですぅ。
それにたとえ中学生の時にモテていようがいまいが、今の状況見てみ?
可愛い妹と楽しくゲームしたり料理できて、休日には美少女がデート誘ってくれてるんだよ?
控えめに言って最高じゃない?
内心でそう熱く語っていると、おかげで正気に戻れたのかすぐに慌てたように朱華が立ち上がり、花恋に必死に食ってかかる。
「そ、そんなの絶対ダメ!お兄ちゃんは渡さないもん!」
「えー、そう言われても・・・・・・。咲夜どうする?」
「あ、そこで俺に振るのね?すごく反応に困るんだけど」
起き上がりながら困った様な顔をする。
花恋がわざわざ誘いに来てくれたのだし、"もう一人の同期"とも仲良くなれる良い機会なので、どちらかと言うと俺は行きたい。
昨日聞いた話では今のところ、何でも屋で仕事をしているのは花恋と同期さんだけらしいから、その二人と仲良くなれれば仕事がスムーズに行くかもしれないしね。
・・・・・・・なんだけど、なぜ朱華はここまで必死に止めるんだろう。
詳しい話を知らないから、色々勘繰ってしまったのだろうか。
「咲夜は乗り気みたいだけど・・・・・・・」
「っーーーーーーー!」
ん!?
花恋の発言に朱華バッと俺の方へ振り返り、思わず目を逸らしてしまった。
論より証拠と言わんばかりに俺に跨る妹が涙目でほおをフグのようにぷく〜っと膨らましている。
その顔もとても可愛いんだけど、たぶん今それ言ったら殴られるよね・・・・・・。
「・・・・・・・・分かりました、なら私もついて行きます!お兄ちゃんが変な事されないように、私がそばで見てるから!」
「いや、普通逆じゃない・・・・・?」
男が女性に手を出さないように見張るなら結構聞いたことあるけど、まさかのその逆。
俺が手を出さないって信頼されてるのか、それとも・・・・・・・・・・・いや、考えるのやめとこ。
「うん、全然いいよー」
「あれ、いいの!?」
思わずツッコんでしまったが華麗にスルーされ、どんどん話が進んでいく。
あの、俺の意見は・・・・・・?
「じゃあ私着替えてきますから、待っててくださいね!お兄ちゃんもそこにステイ!」
「お兄ちゃんは犬じゃないよ!?」
真っ先にそう訴えたものの。
もう言い残すものは無いと、朱華はドタバタと音を立てながら急いで階段を登って、二階の自室に向かっていった。
「元気な子だねー」
「いつもはもうちょっと落ち着いてるんだけどね・・・・・・・どうしたんだろ」
「・・・・・それが分からないようじゃ、まだまだだよー」
花恋がやれやれ、と呆れたように肩をすくめる。
えぇー、そんなバナナ・・・・・・もとい、そんなバカな。
この様子だと花恋は分かってるみたいだけど、俺はまったく分からん。
もうこれは鈍感と言われても、言い逃れできそうに無いみたいだ。
「それにしてもよかったね、咲夜」
「え、何が?」
「今日は両手に花どころか、それでも余る数の女の子とデートできて」
え・・・・・・・・・・・?
その時、世界が止まった・・・・・・・ような気がした。
ちょっと待って、今日来る女の子って花恋と朱華と・・・・・・・・・。
「・・・・・・・・・うーーーんと、もしかして"もう一人の同期"って女の子?」
「うん、そうだよ?」
なんてこったい・・・・・・・・。
もうそれ、めちゃくちゃ肩身が狭いじゃないっすか。
女子三人の中に男子一人とか、気まずさすごいって・・・・・・・・その状況で楽しめるほど俺はコミュ力高くありません!
いや、よく考えろ俺。
朱華は妹だからノーカン・・・・・・・・・・・・・・・うん?
「なあ花恋。ほんとに・・・・・・ほんっっっとーーーーーーに今更なんだけどさ」
「うん」
「俺が異世界人ってことは、朱華と俺って血、繋がってない・・・・・・・・・?」
「・・・・・・本当に今更だね」
さらになんてこったい・・・・・・・。
そう言えばよく考えてみると朱華とは義兄妹なんだよなぁ。
それに両親とも血縁じゃ無いじゃん。
これからどんな顔して話せば良いのやら。
今まで通りやれば良いと言うのは分かっているのだが、どうしても意識してしまう。
他人の俺が居て良いのか、と。
「変に気にする必要はないんじゃないかな。たしかに血は繋がってないけど、朱華ちゃんと咲夜の親御さんは間違いなく、こっちの世界での咲夜の家族なんだからさー」
「・・・・・・・そうだね。ここまで大切に育ててもらったんだ。俺がこんなこと思っちゃダメだよな!」
自分の両ほほをパチンと叩き、嫌な思考を断ち切る。
さて、俺も着替えて出かける準備しなきゃ。
「じゃあ俺も準備してくるよ。花恋は・・・・・どうする?上がってく?」
さすがにお客さんを一人だけ玄関に置いていく訳にも行かないだろう。
リビングを指差しながらそう聞くと、花恋は少し悩んだ後に首を縦に振る。
「ん、おじゃましまーす」
「そんじゃ、ここで・・・・・・・あ、ゲーム片付けなきゃ」
ささっとゲーム機器やら何やらをどかして、ソファーに座ってもらう。
「すぐ終わらせるから、ちょっと待っててね」
「あー・・・・・それなんだけど、少しゆっくりめに準備してもらっていい?」
「え?まぁいいけど・・・・・・・」
「ありがとー」
なぜにゆっくりめに?
何かやりたいことでもあったのかな。
首を傾げながらリビングを出て階段を登る。
「あれ、朱華。もう支度終わったのか?」
階段を登り終えて角を曲がると、服を着替えて支度を整えた朱華がちょうど部屋から出てきた。
「あ、お兄ちゃん。花恋さんって下にいる?」
「リビングにいるよ」
「そっか。ありがと!」
そう言うや否や、駆け足で階段を降りていく。
何だったんだろ・・・・・・・。
ここでもまた首を傾げながら自分の部屋に入る。
さて、理由はよくわかんないけど、とりあえず花恋に言われた通りゆっくり準備しますかー。




