月面戦争(3)
最近、咲夜くん達の出番ないなぁ………
あちらこちらで怒号や魔法が飛び交い白煙が上がる荒野の一角で、突如として閃光と共に巨大な爆発が巻き起こる。
「むぅ、今のは当たったと思ったのになぁ〜」
「ふふっ、やっぱりあなたは強いわね!」
立ち上る煙からボッ!と飛び出してきたのはクローラだ。
手には先程まで鞘に納めていた、サメの鱗のようなギザギザが連結した刀を持っている。
どうやってかは知らないが、あれで爆発の衝撃を防いだらしい。
対する水色の瞳に戻ったリナは、滞空中で身動きが取れないクローラ向けてさらに魔法を放つ。
「【フレアスピア】!」
「無駄よ!」
自らに迫る炎の矢に恐れることなく、むしろ笑みを浮かべながらギザギザの刀を横に振るう。
ぶつかり合ったことで暴発したエネルギーを利用して距離を取ったクローラは、素早い動きで補足されないようにしながら着実にリナとの距離を詰めていく。
一見彼女の武器である刀は接近戦向きで、魔法を使うリナとは相性が悪いように見える。
実際にもそうなのだが、リナは攻めあぐねていた。
如何せんクローラの遠隔相手への立ち回りが上手すぎたのだ。
おそらく相当の数・・・・・・しかも実戦での経験があるのだろう。
(当然と言えば当然だよね〜、何せ帝王軍の実力者なわけだし〜)
実戦経験の数は圧倒的にあちらの方が多いだろう。
その違いは戦いにおいて大きな差を生み出すことになる。
「もういっそこの辺り一帯、消し炭にしちゃおうかなぁ〜・・・・・」
「それは困るわ、ねっ!」
「っ!」
「へぇ、今のを躱せるのね。魔法だけってわけじゃないみたい」
背後からの斬撃を仰け反ってかろうじで躱すと、お返しに近距離からの火炎弾を大量にお見舞いしてやる。
爆発の衝撃でリナまで吹き飛んでしまうが、こうでもしないと当てられないので至し方ないと本人は割り切っていた。
今はなるべく早く終わらせることを目標にしているので、多少の傷は黙認している。
とは言っても、この程度ではリナの白い肌には傷一つ付かないが。
彼女の防御魔法の頑丈さを舐めては行けない。
何時いかなる時も寝れるように隔離された空間を作るのもお手の物、揺さぶられても起きないように防音効果などの対策もされている。
ちなみに耐久性もバッチリだ。
たとえルナが起こしに来ても三十分はもつ。
しかし刀を武器とするクローラには、先程の火炎弾をあれだけ近距離で防ぐ方法はなかったはずなのだが・・・・・・・・・。
「なるほど〜、最初の爆発を防いだのもそれだったんだ〜」
「大当たり。これが私の武器、"無道"の特性よ」
爆炎の中、ギュルギュルと音を立てて円形に回転する細かいサメの鱗のような物達。
クローラを守るようにして展開されたそれは、辺りの炎をものともせず弾き返して、持ち主を無事に外に運び出す。
散らばっていく鱗の隙間から見えたクローラも無傷だった。
鱗自体も割れていたり傷付いているものは一つも無い・・・・・・相当の防御力を誇るのは相手も同じらしい。
役目を終えた鱗が五個の鱗に集束し、さらにそれが連結して元の刀の姿に戻る。
連結刀 "無道"。
サメの鱗のようなギザギザが特徴的な刀で、それは自由自在に取り外し可能。
最小一センチまで分離が出来るだけでなく硬度はアーマードスーツを軽く凌ぎ、有効射程も百メートル弱と遠隔戦にも対応した性能をしている。
遠隔戦が出来るという意味では、これでリナのアドバンテージが消え去ったと言っても良いだろう。
「廻れ、"無道"!」
クローラがそう叫んで刀を真上に上げた瞬間、またもや"無道"が分裂し細かい鱗の大軍となってリナに襲いかかる。
すぐさま後退しながら火炎弾をぶつけて一部を相殺するが、それすらもすぐに群れに戻って欠けることなく追い回してくる。
やがて鱗がリナを捉えると、体に張られた魔法障壁と衝突して苛烈な火花を起こした。
「っ─────────!?」
重い一撃を支えきれず、巨大な岩石に叩きつけられ肺の中の空気が強制的に吐き出される。
(う〜、これは肋数本持ってかれちゃったかなぁ〜・・・・・・・)
【テレポート】で逃れたリナは自身の胸の下をさすって、ズキッとした痛みに少し顔を顰める。
魔法障壁すらも貫通する威力・・・・・・あれはかなり危険だ。
あと一、二回でも受ければ普段の動きが出来なくなってもおかしくない。
「逃がすと思う?」
「もう、しつこいな〜。【サンダーボルト】!」
「そんなもの、効かないって何度も言ってるでしょ!」
もう一度先程の技を使おうとしていたクローラの全方向に魔法陣が展開され、鋭い雷撃が放たれる。
雷の隙間から見えたのは、彼女の獰猛な笑み。
鱗が十六分解してムチのようにしなり、まるで新体操でもするかの如く振り回して全ての魔法を撃ち落とした。
さらにそれだけでは止まらず、うねって伸びたムチは空中のリナを何重にも縛ってその万力で締め上げる。
「っ!」
ズシュッ!と肉を裂く嫌な音がしてムチの隙間から血が滴り落ちる。
鱗の鋭い部分がリナのシミ一つない綺麗な肌を引き裂く。
言葉にならない悲鳴が彼女の口から漏れた。
「そ〜、れっ!」
「〜〜〜〜〜〜〜っ!」
柄を振り上げたクローラが思いっきりムチごと地面に叩きつける。
リナの華奢な体を痺れるような衝撃が突き抜ける。
「うふふ、急に黙り込んでどうしたのかしら。あなたにはもっと楽しませてもらいたいんだけど?」
リナを引き上げると、無言のまま吊るされる彼女を見てニヤニヤと語りかける。
返事がないのを分かってのことだ。
今クローラは優越に浸っているのだろう。
久々の戦いで、頼りにされていた敵の主力を圧倒的な力で踏み潰す。
これに勝る快感は無い、と。
・・・・・・・・・・・・・・・しかし。
「そっか〜。じゃあそろそろ〜、本気出すね〜」
「なっ!?」
内側からの衝撃波で、リナを縛っていたムチがあっさりと四方八方に飛び散った。
ご丁寧に近くにあった鱗を半壊させてだ。
これでは元の形に戻るまで時間がかかってしまう。
これだけでもクローラは驚きを隠せないようだが、さらに彼女を驚愕させる出来事が起こる。
「はあぁぁぁっ!!」
「ぐあっ!?」
先程リナが叩きつけられた巨大な岩石が崩壊し、向こう側からルナの強烈な蹴りを喰らったエンコーダが吹っ飛んできたのだ。
弟は姉を巻き込んで地面に長い溝を作る。
「わっ、おねぇ大丈夫?」
「ん〜、全然大丈夫だよ〜」
のほほんとそう言い切るリナ。
いや全然大丈夫じゃないだろ、とツッコむ者は二つの意味でここには居ない。
「くそっ、舐めやがって!」
「一体どこに私の"無道"を押し返す力が・・・・・・・・・なっ、あなた、なんで無傷なの!?」
クローラが困惑した顔で指さしたのは、弟と戦っていたルナではなく、ついさっきまで傷だらけだったリナだ。
そう、ついさっきまで傷だらけだったリナ。
今は見ての通り、一切傷の無い真っ白な肌に戻っていた。
「治した〜」
「な、治したって・・・・・・・・・」
何が起こっているか知らないエンコーダはよく分かっていないようだが、リナの相手をしていたクローラは唖然として言葉を失ってしまった。
それも束の間。
すぐに殺気を帯びた視線を彼女に向ける。
「エン、こっちも本気で行くわよ」
「おう!」
二人は隣の片割れと繋いだ手を正面に掲げる。
すると、徐々に二人の間に光が生まれ、次第に二人を飲み込んでいく。
そしてその光が収まり姿を現したのは。
『これが私(俺)達の真の姿、"エンローラ"!』
エンコーダとクローラが混ざり合った姿の"エンローラ"だった。
二人で一人とはまさにこの事。
アドレータに造られた人造生命体である"エンローラ"は元々、性別の無い一個体だったのだが、度重なる戦争の果てに男性体である"エンコーダ"と、女性体である"クローラ"に別れたのだ。
詳しく何があったのかは誰も知らない。
そして、"エンローラ"は恐ろしく強い。
個々で末席とは言え"不思議の塔"を担っていたことから分かるように、"エンコーダ"と"クローラ"の状態でも十分強い。
それが元の姿に戻ることによって掛け合わされ、おおよそ五倍ほどの強さになるのだ。
"エンローラ"ならば第二席の座も狙えていただろう。
「なんかあっちも本気みたいだよ、おねぇ」
「大丈夫でしょ〜。だってあいつ、弱いもん〜」
『・・・・・・・弱いかどうかは自分の身で確かめろ!』
某先生のセリフを何故リナが知っているかはさておき、予想通り先程の比じゃない速度で辺りを駆け回るエンローラは、視認するのさえ難しい。
まぁそれも"今のままでは"、というだけだが。
『あっははっ!あんな事言っておいて、目ですら追えていないじゃない!』
「それはどうだろうね〜」
ゆらりとリナから真っ赤なオーラが立ち上る。
瞳は赤を超えて真紅に染まり、動くとその場に怪しい軌跡を残す。
逆にルナの力は極限まで抑えられ、二人の不気味なまでの差に謎の悪寒を感じた。
『くっ、今更何をしようと、無駄なんだよぉぉぉ!!』
駆け回るエンローラの速度がさらに上昇し、背後から攻撃を仕掛ける。
「見えてるよ〜」
『なっ!?』
軌跡を残しながら振り返ったリナがゆるりと手をかざすと、その瞬間にエンローラの体は自由が利かなくなり、空中で完全に固定された。
指をピクリとも動かせない。
エンローラの場所だけ時が止まってしまったかのようだ。
リナが手首を下に下ろすと、エンローラがグンッ!と引っ張られて地面に叩きつけられる。
『かはっ─────────!?こ、これは・・・・・アドレータ様と同じ超能力・・・・・!?』
「ピンポ〜ン、大正解〜」
指を曲げて持ち上げると、緩い声とは対照的に物理法則を無視した勢いで、体をくの字に曲げながら吹っ飛ぶ。
『ぐ、くっ・・・・!』
「抵抗しない方が良いよ。ああなったおねぇは手加減出来ないから」
『いつ・・・の・・・・ま・・に・・・・!』
いつの間にか真横に移動していたルナがエンローラを蹴り上げる。
・・・・・・・・ものすごい音がした。
今ので肋が全て粉砕してしまったのではないだろうか。
『ふざけ・・・やがってえぇぇぇぇ!!』
さっきの蹴りで金縛りが解けたのか、憤怒の表情を浮かべたエンローラが力を噴き出させルナに向かって拳を繰り出す。
空を切る感覚。
手応えは無い。
再び拳と蹴りを繰り返す。
しかし何度やろうと結果は同じだった。
『何なんだお前は!?』
殺気も気配も感じられない。
故に行動が全くと言って良いほど読めない。
エンローラの攻撃だけ外れ、ルナの攻撃は着実にダメージを与えていく。
『"瑀兎匆匆"!』
上下に向かい合わせて並んだ拳がモロに当たり、体を突き抜ける衝撃にエンローラが激しく吐血する。
吹き飛ばされた彼女らは激しく地面に衝突し、またもな大きなクレーターを作った。
人造生命体エンローラ("不思議の塔"エンコーダ、クローラ)VS第四、五番隊隊長リナ&ルナ。
勝者 リナ&ルナ
次回は二人分書きます(`・ω・´)ムンッ!




