月面戦争(2)
『ピピッ、"第四番隊隊長リナ"を発見。ただちに─────────』
「邪魔ぁ〜」
あっという間に周りに群がってきたロボット達をすり潰し、リナは眠たそうに足を進める。
本当ならこの時間はいつも昼寝しているため、どうしても眠気が収まらないのだ。
正直、こんな面倒な事は他の人達に任せて自分は寝たいとまで考えていたりする。
されげ無くさっきやりかけたりもしていた。
が、それを許してくれないのが、今目の前で暴れている実の妹ルナ。
この隙にそろ〜っと逃げようものなら、たぶん後でものすごく酷いお仕置が待っているのだろう。
え?なんで彼女がそんな事を知っているのかって?
そりゃあもちろん過去に経験が有るからに決まっている。
もう二度とあんな事はされたくない、と結構本気で思ってしまうほどにはルナのお仕置は凄い。
あの時のことを思い出して、リナは人知れず身震いしてしまう。
(さっさと終わらして早く寝よ〜)
一番効率が良いのはさっさとこいつらを蹴散らして誰にも邪魔されず昼寝をする、という結論に至った。
と言うかそもそもこいつらのせいで昼寝の時間が無くなったので、どちらにしろ粉々にぶっ壊すと心に決めていた。
「ルナ、ちょっとどいて〜」
「え?うん、分かった!」
返事とともにルナが素早く隣に戻ってきたことを確認し、リナはゆっくり両手を前に掲げる。
すると彼女の水色の目が真っ赤に染まり、次の瞬間には目の前の敵の中心に巨大な竜巻が作り出されていた。
あまりの強さの暴風に、鋼鉄のロボットが紙のように引き裂かれたりちぎれたりしてあちこちに吹っ飛んでいく。
そこら辺の雑魚では彼女を仕留めるどころか、止めることさえも出来ないらしい。
「おー、すげぇ風を操る能力か!?姉貴、ここに強そうな奴いんじゃん!」
「ええ、少なくともこいつらなら私達を楽しませてくれそうね」
竜巻が霧散すると、破壊されたロボットの残骸の上に一組の男女が立っているのが見えた。
先程までの無人ロボットとは違い生身だし、滲み出る風格も武器を持ってないこの二人の方が格段に上だ。
おそらく族長の言っていた"手強い敵"とやらはこいつらに間違いないだろう。
たしかにこいつらの相手は隊長クラスでないと難しい。
そんな相手と出会ってしまったリナは─────────────あからさまに面倒臭そうな顔をしていた。
(今までみたいに手を抜いて勝てるような相手じゃなさそうだし〜・・・・・・・・もういっそこいつらの相手はルナに任せて、私は雑魚処理に専念しようかなぁ〜)
「ダメだよ、おねぇ。さすがに私一人でこの二人を倒すのは難しい」
「だよね〜。しょうがない、たまにはお姉ちゃんも一肌脱ぎますか〜」
さらっと逃げようとしたら予想通りルナに捕まった。
やはり自分もこいつらの相手をしなきゃ行けないと思うと憂鬱でしかないが、リナに大怪我をされても困るので二人でやるしかない、というのは最初から分かっていた。
ならば先決なのはこいつらをさっさと倒して、"私もう手柄を取りましたよ〜"、と手柄を盾にのんびり雑魚狩りに移動することだ。
「アドレータ様が配下、"不思議の塔"第五席エンコーダ」
「同じく第四席クローラ」
「「お前達は私(俺)を楽しませてくれるよね(な)?」」
◇◆◇◆◇◆
「"マッスル☆パーーンチッ"!!」
『ぐあぁぁぁぁ!?』
バルクの強烈な拳を受けた二メートルはある巨大なロボが、装甲を破壊され切り揉みしながらぶっ飛んでいく。
『な、なんだアイツ!なんで生身のくせにアーマードスーツを着た俺達より強いんだよ!」
『と言うかなんであんなピチピチな服を着てるんだ!?』
今彼が相手をしているのは、アーマードスーツと呼ばれる強力な有人ロボットに乗った数十の敵。
黒光りするボディと盾はとてつもなく硬度が高く、全員が装備している剣も盾と対を成すほど強力な素材から作られた一級品だ。
それなのに、何をしてもこの生身の筋肉男を微塵も傷付けられないことに、アーマードスーツを着た男達は困惑していた。
もしやこれがこの男の能力なのか、はたまた着ているピチピチな服は伝説級の代物なのか。
いずれにしても厄介なことこの上ない。
男達の間に緊張が走り、生唾を飲み込む音がやけに鮮明に聞こえた。
自分達はとんでもない奴を相手にしているのではないのかと。
だが、実際はそんな大それた理由ではなく。
「ふん、やはりお前らのような偽りの肉体では、この俺の美しい筋肉を傷付けることは出来なかったな!」
腰に手を当てて己の筋肉を自慢するように見せつけるバルク。
アーマードスーツの男達の頭に浮かぶ?の数が大いに増した。
"あれ、筋肉って鍛えれば鋼鉄に勝てるんだっけ"
"いや無理だろ・・・・・・"
"でもあれ見てみろよ"と話しているが、この男の前では常識だの理論だのはサイドチェストで粉々に粉砕されてしまうので、あまり深く考えない事をおすすめする。
物理法則なんて筋肉があればどうとでもなる、とか言ってる男に常識なんて通用するわけが無い。
「何を話し合っているかは知らないが、そちらが何もしないなら次は俺から行かせてもらうぞ!とうっ!"マッスルゥゥゥーーー☆クラァァァァッシュ"!!」
宙高くジャンプしたバルクが空中でダブルバイセップスポーズと呼ばれる、両腕を肩の高さで折り曲げて筋肉を強調するポーズを取り、落下する勢いを乗せた拳をアーマードスーツが密集する地面に喰らわせる。
圧倒的な破壊力を誇る一撃が命中した大地は簡単に砕け、放射状に発生した余波で付近の全てがなぎ倒された。
重厚なアーマードスーツが中を舞い、ボロボロになって瓦礫の中に落ちていく。
敵の誰もが想像しなかったアーマードスーツの雨が降った瞬間だ。
「ほう、貴様の肉体は素晴らしいな」
「む、何奴!」
突如背後から聞こえた声に驚愕し、バルクは思わず振り返って拳を放つ。
たしかな手応え。
しかし驚いたことに、殴ったはずの相手は少し後退りしただけで、見事にバルクの拳を受け止めていた。
バルクと同じくらい筋肉の主張が激しいスキンヘッドの厳つい大男だ。
彼は素早く距離を取る。
「貴様のその肉体・・・・・・敵ながら尊敬に値するぞ」
「それは俺も同じだ」
バルクは敵の肉体を見た瞬間、ビビッ!と電撃を喰らったような感覚がした。
それは目の前の男も同じだろう。
まさか敵にもこのような男が居たとは。
鍛え抜かれた肉体、彼の筋肉がここまでの険しい道のりを物語っている(バルク曰く)。
「相手にとって不足はない」
「そのようだな」
お互い多くは語らない。
何故なら、戦っていれば筋肉が全て教えてくれるから(バルク曰く)。
ならば己の全力をぶつけるのみ!
久しぶりに全力を出せる相手を見つけ、バルクと彼の相棒は喜びに満ちていた(バル以下略)!
"不思議の塔"第二席チェストVS第三番隊隊長バルク
今ここに、究極の筋肉同士の勝負の火蓋が切って落とされた!!
◇◆◇◆◇◆
『に、逃げろ!あんな奴にかなうはずが無い!』
『おい、盾部隊が先に逃げたら───────────!?』
「おいおい、どこへ行く。私の実験に付き合ってくれるんだろう?」
『『ひっ!?』』
背を向けて逃げ惑うアーマードスーツの兵士たちに向け、白衣の少女アニーは自身の周りに浮かぶ三角錐のドローンを飛ばす。
あっという間に兵士達の上空に追いついた三つのドローンは、丸い穴から発した光で頂点を結んで三角形を形取る。
「"重力"」
『ぐあぁぁぁぁぁ!?』
アニーの呟いた声と共に三角形の内部だけ地球の何十倍もの重力がかかり、一瞬で地面がひび割れて瓦礫と化す。
鋼鉄のアーマードスーツもメキメキと嫌な音を立てて押し潰され、一ミリも抵抗できぬまま全て地に伏せてしまった。
(なんだ、思っていたよりも弱いな)
彼女の最初の感想はそれだ。
戦う前にあれだけ"アルサーボ様の科学力は宇宙一ィィィィ!!"と豪語していたくせに、実際に試してみたら全然そんな事無いではないか。
たしかに地球よりはかなり進んでるかもしれないが、パッと見ただけでもまだ無駄な部分が多すぎるのが分かる。
改良の余地がまだまだ有りそうだ。
不本意にもできてしまった新しいクレーターの中心でそんな事を考えていると、何とか残骸から這い出した中身の兵士たちが必死の形相で宇宙船の方向に逃げていくのが見えた。
まぁ彼女にとっては別の目的があるので知ったことではないのだが。
人の居なくなった荒野でいそいそとアーマードスーツの装甲をひっぺがし、中の構造を色々な角度で眺めるアニー。
「ふむふむ、ここがこうなっていて・・・・・・・なるほど、たしかにこうすれば効率が・・・・・・しかしそうなると問題はこれだが・・・・・・・」
仮にも戦争をしている現場とは思えない状況だ。
だが彼女に言わせれば、これでも欲求を抑えてる方なんだとか。
"ここが戦場でなければちゃんと解体して隅々まで調べたいところ"、だそうだ。
「いくつか資料用に持って帰るか。え〜っと、たしかここに便利な袋が───────────っ!」
懐をガサゴソ漁っていると、不意に宙からレーザーの雨が降ってくるではないか。
すかさずバックステップで回避する。
彼女の居なくなった大地にレーザーが降り注ぎ、ただでさえ瓦礫と化していたものをさらに粉々にして吹き飛ばした。
おそらく新手の敵だろうが・・・・・・・まだ相手の攻撃は終わっていなかった。
土煙を突っ切って、頭に触角の生えた緑髪女性が接近してくる。
手には鈍く輝く片手剣。
それが素早く横薙ぎにされる。
が、三角形を形取るドローンがシールドを発動し、無傷に済んだアニーはさらに後ろに下がって距離を取った。
「ちっ、完全に不意打ちだったのに、随分と簡単に防ぐじゃない」
「今ので傷の一つでも付けられれば良かったんですけどねぇ」
先程の女性の他にもう一人土煙の向こうから姿を現したのは、いわゆる火星人のイメージと合致するタコのようなエイリアン。
最初のレーザーはこいつの仕業らしい。
(中々骨のありそうな輩ではないか)
強敵の登場に彼女は自然とほおを緩ませる。
ちょうど先程の奴らでは物足りなかったし、新兵器や新技の試し打ちには持ってこいの相手だ。
「さて、実験を始めるとするか」
懐からもう二台ドローンを取り出し、計五台を自身の周囲に浮かべてニヤリと笑みを浮かべる。
どうやら相手の女性はその笑みを"余裕の笑み"と勘違いしたらしく、ピキッ!とほおを引き攣らせて剣を構えた。
隣のタコ型エイリアンもそんな女性にやれやれと肩(?)をすくめながら.八本ある触手をうねうねと不規則に動かし始める。
「我が主アドレータ様の側近、システよ」
「"不思議の塔"第三席、アルサーボです・・・・・・・・・と言うかシステさん、貴方ここにいて大丈夫なんですか?」
「私は別に側近なだけで宰相ではないし、アドレータ様は護衛のいるような方ではないでしょう?そんなこと気にせず戦ってこい、ですって」
「ふ〜む、アドレータ様は貴方の性格をよく分かっていらっしゃる」
「そうね」
場の一瞬の静寂を機に、三つの強力なエネルギーがぶつかり合いを始めた。
◇◆◇◆◇◆
「ンだよ、強い奴がいると思って来てみたら、灰髪じゃねぇか!」
ものすごいスピードで巨大な気配が近づいてきたと思ったら、正面に積み上がっていたアーマードスーツの山の上に、ガッカリした表情の男を見つけた。
おそらく見た目からして豹のエイリアン・・・・・・分かりやすく言うと豹の獣人のような見た目だろうか。
ベースは人間のような肉体だが、耳やシッポなどが豹のそれだった。
男はどうやら、片手剣でアーマードスーツをスパスパ斬っていたルカの気配に目をつけてやって来たらしいのだが、彼が灰髪であると知った瞬間に興味を失ってしまった。
何故かと言うと────────────。
「アドレータ様に聞いたぞ、月の民は髪色で自身の適性が決まるんだってな。黒と茶が肉弾戦、または剣技など自身の肉体を生かした戦闘法に特化し、水色や紫がそっちで言う魔力に適性がある」
「・・・・・・・よくそんなの知ってたね」
たしかに彼の言うとおり、月の民は生まれつきの髪色で自身が特化した分野を知ることが出来る。
大まかに分けると彼が言っていたもので合っている。
ちなみにその分野以外はさっぱり出来ないのだとか。
しかし待って欲しい。
ならばルカの灰髪はどうなるのか。
「だが灰髪は中途半端、出来損ないだ。肉体も魔力も優れておらず、どちらも秀でることのない哀れな存在」
「・・・・・・・・・・・」
そう、灰髪はどちらに属することも出来ず、中途半端な才能を受けた哀れな子が授かる髪色なのだ。
黒と茶ほど肉体が強いわけでもなく、水色や紫のように魔法が上手いわけでもない。
かと言って全く出来ない事もなく。
いつも中間、良くて少し上位。
それ以上にはなれず、どれだけ努力してもどの髪色よりも早く限界が来る。
実際にルカは肉体ではバルクに負け、魔法ではリナとアニーに負けていた。
当然昔は差別もあった。
劣等種だのなんだの言われることもしばしば。
たがそれだと一つ疑問が生じる。
何故灰髪のルカが第一番隊隊長などという、大役を任されているのか。
劣等種・・・・・何に関しても一番になれない男が何故、一番上の隊の隊長をしているのか、と。
理由は簡単だ。
「・・・・・・まず、君の勘違いを正すとしよう」
「勘違いだぁ?俺は何一つ──────────!?」
男が言い終わる前に、アーマードスーツの山を駆け上がって剣を斜めに斬り上げる。
直前で屈まれたせいで直撃はしなかったが、ほおを浅く斬ることに成功した。
そのまま構わず連続で剣技を繰り出す。
「クソッ、劣等種じゃないのかよ!」
悪態をつきながら何とか捌き続ける男だったが、ついに腕が間に合わずモロに一撃受けてしまう。
胸に真一文字の傷を負った男がその勢いで吹っ飛び、瓦礫の山に突っ込んだ。
ルカはさらに畳み掛けるように魔力を練り、男が埋まる瓦礫向けて魔法を発動させた。
「【サンダーランス】!」
雷でできた五本の槍が瓦礫に潜む男目掛けて放たれ、その内二本が男に命中して赤い鮮血を散らす。
「ぐっ、いってぇなぁ・・・・!容赦なく撃ちやがって」
ガラガラと瓦礫を退けた男が血の混じった唾を横に吐き捨てながら立ち上がる。
そこそこ攻撃は当たったはずなのに、そこまで深手を負っていないのはこの男の強さ故なのか。
「てめぇ、なんで灰髪なのにこんだけ強ぇんだ?もしかして相手を騙すためにズラ付けてる訳じゃねぇよな」
宇宙の彼方にもカツラの文化がある事にも驚きだが、今はそれよりも彼の言う通り灰髪のルカが何故ここまで強いのかが疑問だ。
劣等種ではなかったのか。
「・・・・・・たしかに君の言う通り、僕は中途半端な男だ。子供の頃は劣等種なんて風に差別もされてた」
昔はもっと酷かったらしいが、今の族長がやらかした・・・・・・・ではなくてやった改革によって相当緩和され、灰髪でもルカのように重要な役職に着けるようになった。
まぁまだ差別が残っているのは否めないが、それでも今は差別はなんてほんのひと握りしか居ない。
族長には感謝してもしきれないほどの恩がある。
それに報いるためにルカは修行を積み、今の立ち位置まで出世した。
・・・・・・・・・・・だがいくら努力しようとも灰髪には限界があるはず。
「僕はどれだけ努力しようと一番にはなれない。でも、それで良いんだ。二番でも三番でも」
「あ?何言って・・・・・・・・あぁ、なるほど。そういう理由か」
男は何故ルカがここまで強いのか納得したらしい。
そう、ルカは決して一番にはなれない。
だがその才能はピカイチで、ぐんぐんと成長して行った彼の成績はかなり上位に位置していた。
それでも当然特化した者達に勝ち目はない。
だが、それで良いのだ。
どちらにも特化していない中途半端とは言うが、裏を返せばどちらもバランスよく出来るということ。
ルカの場合は才能もあってそれが顕著に現れた。
才能がない灰髪の中の才能持ちとは皮肉なことだが。
たとえそれに特化した者達よりは下と言っても、彼は一桁の順位を取り続けている。
普通こうはならないのだ。
肉体が優れていれば魔法が苦手になり、魔法に優れていれば肉弾戦が不得意になる。
しかしルカは違う。
中途半端とは言えどちらも出来るからこそ、時には魔法で補ってバルクの上を行き、時には持ち前の運動能力の高さで魔法戦を勝ち抜いた。
単体の力は弱くとも、掛け合わせればどんな者よりも上に行ける。
それがルカだ。
「なるほど、そりゃあ強ぇわけだ。前言は撤回するぜ!」
拳を自分の前で打ち合わせた男はやる気満々、と言った風にゆらりと構える。
「"不思議の塔"第一席、アクチュエータだ!さっきの詫びに、最初から全力で相手してやるぜ!」
「第一番隊隊長ルカ。君が望む通り、僕も最初から全力を出させてもらうよ!」
天才と凡人なりの天才の戦いが始まった。




