月面戦争(1)
「・・・・・・・族長、それは本当なのですか?」
「ああ、残念ながらな」
アタシが酒を飲んでいた丘の真反対にある、月の中で一番大きな里。
あらゆる政などの中心地となっているこの里には当然会議に使う小屋が建てられているが、普段は全くと言って良いほど使う機会がない(その方が良いの言うまでもないが)。
そんなホコリのまみれた物静かなはずの小屋に、今は計十二の大きな気配が集まっていた。
アタシとラビを始め、ラビの伝達を受けて星中から集まった各隊の隊長とその副官たち。
現状の詳細に言葉を失う皆だったが、小屋の中にある縦長の机の内、アタシの最も近くに立っていた灰色の髪の美青年が口を開いた。
第一番隊隊長ルカ。
若くしてアタシに次ぐ実力を持つ天才青年だ。
そんな彼を持ってしても、帝王の襲来は驚きを隠せないらしい。
「現状の戦力だけでは、勝利できる見込みはゼロに等しいはずです」
「そりゃあそうだろう。我々だけで勝てるならここまで焦ってはいない」
敵の幹部一人くらいなら何とかなるかもしれんが、あくまでも我々が知っているのは過去の情報だと言う事を忘れてはならない。
ヤツらは常に強くなっている。
そんなヤツらの過去の情報なんて当てにならんさ。
ヒラヒラ手を振りながら肩をすくめる。
まぁ願望を言えば、何かの間違いで幹部一人しか居ないとかなれば楽で良いんだがなぁ・・・・・・。
現実はそう甘くはないだろう。
「ふっ、相手がどれだけ強くなろうと問題なし!俺の筋肉が全てを粉砕する!」
ルカの隣の・・・・・なんと言うか、ものすごく濃ゆいマッチョの茶髪男が腕を組んで謎の自信を漲らせている。
毎回思うのだが、何故いつもそんなにピチピチの服を来ているのかがものすごく疑問だ。
筋肉が無駄に強調されて直視できない。
声も大きくて耳に響くし・・・・・うむ、相変わらず慣れる事が出来んな!
第三番隊隊長バルク。
見た目の通り月の民随一のパワーを誇るこの男、とりあえず筋肉の主張が激しい。
何かある度に筋肉を主張するようなポーズと掛け声をするため、目にも耳にも煩いのだ。
こんな男を見たら地球人はトラウマになってしまうのではないだろうか。
「族長、さすがに失礼じゃないっすか・・・・・?」
「だって見てみろ、あんなにキューティクルなうさ耳の下は、あの謎のポーズをしてるマッチョな男なんだぞ?初めてあんなのを見たらトラウマ確定だろう」
「・・・・・・否定できないとこが痛いっすね」
正直あれを最初に見て、月の民のイメージが定着してしまうのが一番恐ろしい。
アタシがそんな事を思っているとは露知らず、キランッ!と輝くような笑顔で色々なポーズを取っているバルク。
ほら、向かい側にいる女性陣がドン引きしとるぞ・・・・・・・まぁ約一名は寝ているが。
「すみません、すぐに起こしますので」
「ああいや、リナは寝ているように見えてちゃんと聞いているから─────────」
バチコーーーーンッッ!!!
「いったぁ!?」
「ちょ、音が尋常じゃないんだが!?」
ルナが折り曲げた中指をリナの額の前に動かしたと思ったら、容赦のないものすごい強烈なデコピンを眠る実の姉に喰らわせた。
あまりの威力にリナが大きく仰け反って額を抑えながら悶え苦しんでる。
どうやら本人は何が起こったのか分かっていないようで、頭の上に大量の"?"を浮かべている。
おおぅ・・・・・相変わらず姉には厳しいな・・・・・。
第四番隊隊長リナ(姉)と、第五番隊隊長ルナ(妹)。
二人は一卵性双生児の双子で、髪が黒のショートヘアか水色のロングかでしか見分けがつかないほど外見が似ている。
身長も顔立ちも、それはもうそっくり。
性格はマイペースとしっかり者とで真反対なんだがな。
「おねぇ、ちゃんと話聞いてた?」
「えぇ〜。ちゃんと聞いてたよぉ〜、酷いなぁ〜・・・・・。攻めてくる敵を〜、ぺぺ〜ってやってぇ、パパ〜っと追っ払うんでしょ〜?」
「あながち間違ってはないけどさ・・・・・・」
とにかく擬音が多い。
しかもそれだけじゃなくて、リナと二人っきりで話してると、いつの間にか変な方向に話が進んでるんだよなぁ。
この前も大事な話をしていたはずなのに、いつの間にか二人で昼寝する事になってたし。
だが今回はルナのおかげもあって持ちこたえたぞ!
さて、だいぶ話がズレてしまったが、元の話に戻そうか。
「戦力不足についてだが、一応何とかなりそうだ。ツクヨミが地球で協力者を見つけたらしい」
「ツクヨミ様が・・・・・・その者達は一体何者なのですか?」
「うむ、ツクヨミ様を疑う訳では無いが、共に戦うならば相手の実力くらい知っておきたい!」
ふむ、二人の言うことは最もだな。
アタシだって素性も実力も分からないやつに背中を預けたくはない。
いざと言う時に裏切られたり、ヘマをかまされるのもごめんだしな。
ツクヨミの推薦だから万が一にもそんな事にはならないはずだが、そいつのためにも出来るなら適切な位置に配置してやりたい。
「────────とアタシも最初は思っていたんだが、結構面白そうな事になりそうだぞ?」
「と言うと?」
「聞いて驚け、協力者の内三人はアタシと同等、もしくはそれ以上の実力を持っているらしい。ま、一人は"ユグドラシル"の幹部なら納得か」
「「「「「!!」」」」」
場にとてつもない衝撃が走る中、ガタッ!と白衣を着た紫髪少女が勢いよく立ち上がった。
第二番隊隊長アニー。
飽くなき探究心と好奇心を合わせ持つ里一の科学者(自称)だ。
どうやら今ので彼女の好奇心がくすぐられたらしい。
「その者達はいつ来るんだい!?ぜひ今の実験に付き合って欲しいんだ!」
アタシに詰め寄るアニの目は無邪気な子供のようにキラキラしている。
だけどこんな純粋無垢な見た目に騙されちゃダメだ、アニの実験は基本的に危ないものが多すぎる。
一度実験が失敗したせいで外れの里が消し飛んだ過去があるのだ。
今回のは危なくないことを祈るしかないか・・・・・・・。
最悪の場合、快く実験に参加してくれた協力者が消し炭になってしまうかもしれないが・・・・・その時は全力で止めよう、うん。
「協力者がここに着くにはもう少し時間がかかるそうだ。結界を超えて転移してくるには術式が必要だろう?あれの準備に時間がかかるらしい」
「むぅ、それは残念」
あからさまに落ち込んだアニがペタンっと倒れるように椅子に座った。
今日はよりいっそうテンションの起伏が激しいな。
ツクヨミが地球の研究者や科学者は癖の強い人が多い(偏見)と言っていたが、それは月でも変わらんのか?
「協力者と合流したら、アタシとその協力者達で敵の幹部と帝王を相手する。お前達は幹部の手下どもとその他の雑魚を頼む」
たしか各幹部の手下に五、六人ほど実力のある者が居たはずだ。
そいつらの相手は隊長達に丸投げして、アタシは幹部どもと楽しく──────────いやいや、真剣に戦おうじゃないか。
「一応あなたは族長っすから、行き過ぎた行動は控えてもらうっすよー」
「一応って酷くないか!?」
毎回思うが、心配してくれているのか馬鹿にしているのかどっちなんだ・・・・・・。
と言うか、アタシが前線に出れないなんて聞いてないぞ。
せっかく久しぶりに楽しめる・・・・・じゃなくて、皆を引っ張る者が一番前に出ないでどうする!
アタシが前で引っ張ってこそ士気が上がるというものだろう!?
「今明らかに本音が出たっすよね。そんなことだろうと思ったっすよ」
「ちっ。ルカよ、この強情なラビに何とか言ってやれ!」
「僕も賛成です」
「んなっ!?」
「私もだな」
「俺もだ!」
「もちろん私もです」
「右に同じく〜」
お、お前ら・・・・全会一致だと?
いつもは結束力の欠片も無いクセに、何故こんな時だけはそんなに一致団結しとるんだ!
そんなにアタシに戦わせたくないのか・・・・・・・。
イジけるぞ?
大の大人が子供のようにイジけるぞ?
仲間はずれは非常に良くないと思う。
「族長に羞恥心はないんすか・・・・・・」
「やかましい」
アタシだって恥ずかしいに決まっているだろう。
だが物事には必ず優先順位がある。
アタシの場合、イジけて恥をかくより戦う方が圧倒的に優先順位が高いだけの話だ。
よってこのままではアタシは大人気なく泣きわめくことになるぞ!
本当にそれでも良いのか?
お前達の族長だぞ?
種族の長が泣き喚くんだぞ?
「珍しい脅し方するっすね、この人」
「まぁ族長が戦闘狂なのは周知の事実ですけど、さすがに今回は様子見じゃないですかね」
「だろうな!」
・・・・・・・・聞いてくれ、皆が酷いんだ。
あぁ、このままではせっかく訪れた特大のチャンスが水の泡。
どうしたものか。
アタシを戦闘に参加させないことで合意させられそうになっている横で必死に考えを巡らせる。
何か・・・・何か良い案は・・・・・。
「あ」
「ふおっ!?きゅ、急に起きたな、びっくりするだろう」
またもやウトウト眠りかけていたリナが、突然カッ!と目を見開いて左斜め上を見上げた。
「・・・・・来る」
「来るって、一体何が────────」
ゴゴゴゴゴゴオォォォォォ・・・・・・・!!!
次の瞬間、星を丸ごと揺らすような巨大な揺れが発生した。
立つのが困難なほどの揺れが十秒ほど続き、設置されていた家具などが軒並み倒されたところで揺れは収まった。
「何事だ!」
「報告です!突如火星の方向に巨大な宇宙船が出没!先程の揺れはその宇宙船からの威嚇射撃です!」
「何っ!?」
小屋に駆け込んできた兵士が、片膝をついて息を切らしながらそう報告した。
もうここに着いたのか!?
ツクヨミの連絡からまだ一日弱しか経っていないんだぞ、いくらなんでも早すぎる!
壊れた机を飛び越えて小屋から出て、地球とは反対側の火星方向に目を移す。
なっ・・・・・・本当に来てやがったか・・・・・。
月と火星の間を横切るように、巨大な縦長の宇宙船が浮かんでいた。
「族長、どうしますか?・・・・・・・・族長?」
「どうやって短時間でここまで来たか知らんが、どうやらアタシ達は相当舐められているらしいな」
「どういう事っすか?」
「あれは・・・・・幹部の宇宙船だ」
後から追いかけてくる別の宇宙船は一隻もない。
こいつはツクヨミが地球で発見したと言っていた、機械の宇宙人を従える幹部の宇宙船だ。
単独行動が帝王の判断なのか、それともこいつの独断なのか気になるな。
もし独断だとしたら、それだけ自分の腕に自信があるということか・・・・・・。
『あー、テステス。聞こえていますか?月の民の皆さんこんにちは。早速ですが、我らが帝王のため滅んで頂きます』
「ふん、そういう単刀直入なのは嫌いじゃないよ。無駄な手間が省ける」
宇宙船から聞こえるスピーカーで拡大された声。
この声の主こそ件の幹部だろう。
簡素な発言を残してブチッ!と音声が切れると共に、宇宙船のハッチが開いて大量の戦型兵器や戦闘ロボットが溢れだしてくる。
ちっ、こちらには準備の時間も与えんつもりか。
「総員戦闘準備!やつに一人で来たことを後悔させてやれ!」
「「了解!」」
「任せろ!」
「さて、たまには実証実験でもしてみるか」
「え〜、面倒臭い〜」
声を上げそれぞれ自身の部隊が待機する場所に戻っていく。
リナは文句を垂れていたが、ルナに引きずられて強制的に連れて行かれた。
やれやれ、リナにはそんな事言わずに頑張って欲しいものだな。
「・・・・・しかしああは言ったものの、一人で来たからには何かしらアタシ達に勝てる根拠があっての事だろうね。慢心は命取りになりそうだ」
おそらくここ数百年会っていない内に、昔には無かった新しい奥の手でも身に付けたのかもしれない。
て言うか、アイツの宇宙船ってこんなにデカかったっけ・・・・・・・。




