幸せの鐘の音
知ってます?実はこれ、100話目らしいですよ?
:( ; ´꒳` ;):ガタガタガタガタ
「咲夜くん、こっちこっち!」
「ほら、早くー!」
急かす花恋と桃花に手を引かれ、俺は江ノ島の中でも有名なとある祠のような場所に連れてこられた。
江島神社から続く道の脇にあるこの小さな祠に二人は用があるらしい。
左右に配置された狛犬の奥にある祠の上には龍の上体の石像が鎮座しており、その堂々とした雰囲気は思わず息を飲んでしまうほどだ。
すごっ、これ動き出しても違和感がないレベルなんだけど。
ヒゲの風になびいてる様子とか、ちょうどその瞬間に時が止まったようにしか見えない。
「ふぅ、結構人並んでるねー」
「普段も凄いらしいけど、きっと今日はお祭りだからもっと人が多いんだよ」
息を切らしながら列の最後尾に並ぶ。
本当は少し下で皆と集合するつもりだったのだが、その前に二人がここに行きたいと言い出したため、先にここに来た。
初めは集合してから行けば?って言ったんだけど、なんか二人はなるべく早く行きたいらしく、こうして早足で急いで登ってきたのだ。
時間が微妙だったので、一応朱華にはここに居ると連絡しておいた。
にしても浴衣であの傾斜を登るの結構キツかったな・・・・・・・・・・。
帰りも同じような所があると思うと憂鬱でしかない。
が、それも含めて夏祭りの醍醐味だとしておこう。
「龍・・・・宮?」
「読み方は龍宮らしいよー」
「・・・・・・・・そんなの読めなくない?」
ただでさえ漢字苦手なのに。
祠に近づくとのぼりがあるのに気づき、そこにはこの祠の名前と思われるものが書いてあった。
横の看板によると、江ノ島には古来より龍が住んでいたとかいなかったとかで、この地に縁のある北条氏の家紋にも龍が描かれているそうだ。
ちなみに俺はリンゴ飴を食べてる最中に、ほとんど問答無用で連れてこられたため、ここがどういう場所なのか未だに分かっていない。
さっきちらっと中が見えてお賽銭を入れるやつがあったから、たぶん神社でやるお参りと同じような感じだと思うんだけど・・・・・・・・・。
ただ、今俺たちの前に並んでたカップルが出てきた時に、こっちを見て目を丸くしてたのがすごく気になる。
そりゃあもうものすごく。
「ここのご利益って何があるの?」
入る前に聞いておこうと首を傾げると、二人は顔を見合わせて微笑み合い、「まぁまぁ」と言いながら俺の背中を押して祠の前に立った。
あれ、なんか急に不安になってきた!?
何その反応めっちゃ気になるんですけど!
しかし確認する前に順番が回ってきてしまったので、二人に習ってお辞儀をして中に入る。
中には明かりがほとんどなく、奥に何かが祀られていて、その手前に賽銭箱があるのが見えた。
神社と同じ流れでお賽銭を入れて二礼していると、ふと左隣の花恋が口を開いた。
「そろそろ良いかな・・・・・。咲夜、ここのご利益ね、安産と子宝らしいよ?」
「へー、そうなん・・・・・・・・・・・・・・は!?」
隣の俺に聞こえるか聞こえないかの小さな声によって、過去最大級に衝撃的な真実が暴露された。
危うく二拍手目に大きな音を立ててしまうところだった。
んなっ、花恋サン何を言って────────────ってもう目をつぶってらっしゃる!?
まさか。
急いで反対側を向く。
予想通りだけど桃花も!?
くっ、俺もここまでやったらさすがにやめられないか・・・・・・・。
真剣にお参りしてる二人に話しかける訳にもいかないので、俺も大人しく目をつぶる事にした。
・・・・・・・・・・・・・あれ、さっき花恋、ここのご利益は安産と子宝って言ってたよね。
なんかこれだと、俺が花恋と桃花との間に子供が欲しいと思っているようでは?
そして俺とは違って意図的にここに来た二人は─────────────。
ポク、ポク、ポク、チーン!
リズムに合わせて徐々に顔が赤くなり、ちょうど"チーン"の部分でカッ!と目を見開く。
くっそぅ集中出来ん!
一気に恥ずかしくなってきたぁ!
やっと分かった、なんであのカップルがこっち見て目を丸くしてたのか。
そりゃあ安産と子宝がご利益の所に女子二人侍らせて来てたらそうなるわな。
いやまぁ嫌な訳じゃないんだけどさ。
嬉し恥ずかしさで口元がムニムニ変な動きをしてしまう。
「それじゃあ行こっか!」
「だね。そろそろ皆も来てると思うしねー」
そう言って息ピッタリに両腕に抱きつく花恋と桃花。
二人の柔らかなものが押し付けられて、余計に頭の中がグチャグチャに掻き乱される。
今、絶対に湯気が出るくらい赤くなってるのが自分でも分かる。
て言うか実際に湯気出てる気がする!
は、早く皆に合流して落ち着かなければ・・・・・・・・。
駄菓子菓子、そんな俺の思惑とは裏腹に、すすっと顔を寄せてきた花恋が俺にしか聞こえない声でトドメの一撃を繰り出した。
「神様にお祈りしたけど、私達自身も"分野"は違えど同じ神様だからねー。期待してるよー!何とは言わないけど」
「・・・・・・・・・・・・・あふぅ」
花恋のオーバーキル過ぎる一撃に、俺はもっと顔を赤くして湯気を立ち上らせながら、目を回し倒れてしまった。
◇◆◇◆◇◆
何やら遠くから話し声が聞こえてくる。
いや、意識がぼんやり戻ってくると、その声が案外近くのものだと分かった。
誰かがこっちに歩いてくる。
あれ、俺何してたんだっけ。
・・・・・・・・・・・・まぁいいや、なんか今枕にしてるやつがふわふわして気持ち良いし、このまま寝ちゃおう・・・・・・・・。
「もしもーし、咲夜くん先輩?まだ起きないなら食べちゃいますよ〜?」
「はいすみません今すぐ起きます!!」
あっという間に意識が覚醒してカッ!と目を見開く。
くっ、因幡め人が気持ちよく寝ようとしていたと言うのに!
ふと下を向くと俺の浴衣を脱がそうと帯に手をかけていた因幡と目が合った。
「もう、先輩そこは空気を読んで起きないでくださいよぉ!」
「お前には言われたくないわ、この年中発情うさぎがぁ!ここ一応公共の場!T・P・O!」
空気を読まなきゃいけないのは一体どっちだよ。
緑に囲まれた森の中っぽいけど一応人いるし。
因幡のことだから、一瞬本当に山奥に連れ去られたのかと思ったぞ・・・・・・・・。
どうやら俺は龍宮で倒れたあと、その真横の森に繋がる道を進んだ所にあるベンチで休ませてもらっていたらしい。
そしてなんと、あのふわふわした感触の正体が分かったぞ諸君!
よく考えてみたらこういうシーンの王道と言えばやっぱりこれだよね!
「あ、咲夜くん起きた?」
「・・・・・・ごちそうさまです・・・・・」
答えは桃花さんの膝枕でした。
さらにこの上から覗き込む姿勢に桃花の顔を隠す二つの立派な果実・・・・・・・・・・ありがとうございます!
「咲夜くん大丈夫?急に倒れたからびっくりしたよ〜」
「びっくりしたに関してはこっちのセリフだけどね。でも心配かけてごめんね」
名残惜しいが、周りの視線が恥ずかしいので起き上がって桃花の横に座る。
すでに残りの皆も合流していたようで、俺が起きるのを待ってくれていたようだ。
「咲夜先輩、何も無いところで躓いて頭を打ったて聞いたよ。大丈夫?」
「え?あ、うん、もう歳なのかもね」
杏奈が心配したように屈んで俺の顔を覗き込む。
どうやら三人で龍宮に行ったことは皆には内緒らしい。
朱華にもちょっと先に行ってるとしか伝えてないし、気づかれることはないだろう。
「そう言えば、次行くのってここの先なんだっけ」
よく周りを見てみるとどことなく見覚えがあり、そこが皆で一緒に行こうと言っていた場所なのを思い出した。
たしかこの先に江ノ島屈指の恋愛スポットがあるのだとか。
一番最初に行きたいって言ったのがバカップルだった。
「そうだよー。じゃあ咲夜も起きたことだし行こっか」
「咲夜くん動ける?」
「ん、大丈夫」
いつまでもベンチを占拠している訳にもいかないしね。
そろって緑に囲まれた森を歩いていると、少し経って二手の分かれ道が現れた。
俺たちが行くのは右側。
ちなみに左側に行く人達は"江ノ島ト〇ジャー"と呼ばれる、謎解きゲームに参加しているのがほとんどだ。
「いやー、本当はね?私も膝枕したかったんだぁ」
「というか"膝枕したい人〜?"って聞いたら全員手を挙げてたしね。あ、もちろん私も挙げたよ、お兄ちゃん」
「結局話し合いじゃ決まりそうになかったので、ジャンケンすることにしたんです」
へぇ、でもそれが一番平和な解決方法だよなぁ。
それで勝ったのが桃花だったってわけか。
・・・・・・・・・・・と思っていたんだけど、どうやら少し違う部分があったらしい。
あ、桃花がジャンケンに勝ったって言うのは違くないそうです。
「でもねぇ!?なんでか私だけジャンケンに参加させてもらえなかったんだよ!?酷いよね!」
ここにとある理由でジャンケンに参加させてもらえなかった大人のお姉さんが一人。
言わずもがな美雨である。
本人は理由が分かっていないようだが、こちらからすれば一目瞭然だ。
「起きた途端あんなモノみたら、また咲夜さんが気絶しちゃいます・・・・・・・」
「ごもっとも」
後頭部のムッチリした感触に、本人の顔を完全に隠すほどの大きさの二つの果実が目の前にあったら、そりゃあもう平気で居られるわけが無い。
これは男性の性というものよ。
かと言ってそれを直接美雨さんに伝えるのもどうかと思うし・・・・・・・・。
まぁ、しょうがないって事で。
ムスッとする美雨さんをなだめながら右側の道をさらに進むと、一部だけ視界が開けている場所にたどり着いた。
右側からは綺麗な海が見え、左側にあった小さな階段を登るとお目当ての恋愛スポットとご対面だ。
そこにあったのは一つの銀色の鐘。
そう、この"龍恋の鐘"こそが江ノ島屈指の恋愛スポットなのだ。
なんでもこの鐘を二人で鳴らすと未来永劫幸せになれるのだとか。
まず鐘を鳴らすのは颯馬と楓。
正面のちょうど良い位置にスマホを立てる場所があるので、そこにタイマーを設定したスマホを設置して、鐘から伸びるヒモを二人で掴む。
数秒後にピピッと音がして、カシャッと写真が撮られた。
と同時に二人が鐘を鳴らす。
澄んだ鐘の音が辺りに響き渡った。
おぉ、なんか良いねこういうの。
この二人のバカップル度合いがさらにレベルアップするのは悩ましい所だが、一人の友達としては幸せになって欲しいので、まぁ良しとしよう。
さーて、そんじゃあ引き続き花火が上がるまでに最奥を目指しますか。
「あれ、咲夜どこ行くの?」
「え?颯馬と楓が終わったから戻ろうと・・・・・・・・・」
「咲夜もやるんだよ?」
・・・・・・・・・・なんですと?
「はいはい、咲夜はこっちね」
「あ、はい」
戻ろうとしていた俺は手早く移動させられてヒモの右側に立った。
まぁ鳴らすこと自体は別に良いんだけど、これ誰とやるの?
「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」
あれ、何この沈黙。
俺何か不味いこと言った・・・・・?
ちょ、皆何か喋ってよ!
夜の森の中の雰囲気と合わさって、無言の圧力がめっちゃ怖いじゃん!
皆の予想外の反応に戸惑っていると。
「「「「「「・・・・・っ!!」」」」」」
次の瞬間、一斉に俺の隣に行かんと押し合い圧し合いが始まってしまった。
「咲夜の隣で鐘を鳴らすのは私だから!」
「違うもん、幼馴染の私が隣に並ぶんだもん!」
「これだけは誰にも譲りません!普段から咲夜さんをサポートしてる私が適任です!」
「皆自重してよ!そこは兄妹の私が行くべき場所なんだよ!」
「させないよ、今度こそお姉さんの番なんだからぁ!」
「咲夜くん先輩と愛を誓うのは私ですぅ!他の皆さんは羨ましそうに見ているがいいですぅ!」
うおおおりゃあああぁぁぁぁっっ!!×6
・・・・・・・・・・醜い。
五人が一歩も譲らずぶつかり合い、俺の隣というたった一席をもぎ取るために争っている。
年頃の女の子が出しちゃいけないような掛け声も出ちゃってるし、女子に儚い幻想を持ってる男子には見せちゃいけない光景だな。
ほら、颯馬も楓もドン引きしてるじゃん・・・・・・・。
無駄にハイスペックな人が多いせいか、バトル漫画みたいな動きをしている女性陣の皆さん。
「・・・・・・・隙あり」
皆が争っている間にできた一瞬の隙をついて、一人傍観していた杏奈が滑り込むように俺の隣に並んだ。
「「「「「「あっ!?」」」」」」
「「あ」」
今まで激しく争っていたのが嘘のようにピタリと動きを止めた皆が、杏奈からその座を奪おうと一斉に動いたせいで、グラリと体勢を崩してしまう。
倒れたのはもちろん俺と杏奈の居る鐘の向き。
いくら女子とはいえ六人もの人数が倒れてきては俺では支えきれず、一緒に倒れそうになる。
反射的に手を伸ばした先には鐘から垂れ下がるヒモがあり、ちょうど皆もそこに掴まっていた。
地面に倒れると共に"龍恋の鐘"が、ゴーン、ゴーン、とその透き通った音色を辺りに響かせる。
設置したスマホには、倒れる間際の全員の慌てた様子が映されていた。




