肩慣らしの依頼
ルーちゃんのための聖剣を作った翌朝。
ルーちゃんがリビングで聖剣を布で拭いていた。
その表情はとてもご機嫌だ。磨き上げた聖剣を見て満足そうに頷いている。
「すごくご機嫌だね」
「はい、ソフィア様とデクラトス様に作っていただいた聖剣ですから」
にっこりと優しい笑みを浮かべるルーちゃん。
そのとびっきりの笑顔は淑女を虜にしてしまうような素晴らしい笑みだ。
それを引き出したのが、聖剣だと思うと私としては少し心配だけど、純粋に喜んでいるのがわかったので嬉しい。
『昨日帰ってからも素振りをしていましたし、今朝も早くから起きて素振りをしていました。ソフィア様に作っていただいたのが余程嬉しかったのでしょうね』
「大聖女であるソフィア様と伝説の鍛冶師デクラトス様の合作です。このような剣は他にありません。エステルもよく見るといいですよ」
『す、すみません、聖力が強すぎて私はあまり近づくことが……』
ルーちゃんが聖剣をぐいと突き出すが、エステルは顔を引きつらせながら後ろに下がった。
「エステルにはちょっと聖力が強過ぎるみたい。迂闊に触れさせないように注意してね」
「すみません。嬉しさのあまり浮かれていました。扱いには細心の注意を払います」
『申し訳ありませんが、そうして貰えると助かります』
かなり気合を入れたので、エステルなら触れただけで浄化ということもあり得る。
扱いには十分の注意が必要だ。
『ところで、その聖剣には名前があるのですか?』
微妙な空気になってしまったところで、エステルが話題転換する。
「まだ決めていませんが、いくつか案を考えています」
「へえ、どんな名前?」
「大聖女剣ソフィア。あるいは聖剣ソフィアにしようかと」
「ダメ」
「ダメですか? いい名前だと思うのですが……」
「絶対にダメ」
「そ、そんな……っ!」
却下すると、ルーちゃんがショックを受けたような顔になる。
どうやらその二択で決めようとしていたらしい。
「伝説の人物の名前を付けるのは、とても縁起が良く神聖なものなのですよ!?」
「ダメなものはダメ! 他のにして!」
それでも却下するとルーちゃんは残念そうな顔になった。
しょんぼりとしたルーちゃんが可愛らしくて、つい頷きそうになるがこればかりはダメだ。
自分の名前がついた聖剣を聖騎士に持たせるなんて恥ずかし過ぎるよ。
「むむむ、では一体どのような名前にすればいいのか……」
幸いにして時間はたくさんある。じっくりと良識のある名前をつけて欲しいものだ。
『今日はどうされますか?』
聖剣の銘を考えてうんうんと唸るルーちゃんを見つめていると、エステルが尋ねてくる。
「うーん、何しようか?」
ルーちゃんの聖剣は無事に完成した。
魔神についての情報収集については、アークたちに任せてある。
直近で私たちがするべきことは今のところ何もない。
どうしようかと悩んでいると、ルーちゃんがどこかソワソワとしていた。
「ルーちゃんは何かやりたいことがある?」
「いえ、特に私の用事など……。それよりもソフィア様のやりたいことを優先しましょう」
「もう、ルーちゃんってば硬いよ。昔は甘えん坊だったのに、どうしてこんなに素っ気なくなっちゃったのかなー」
「む、昔の話を持ち出すのはやめてください!」
嘆かわしいとばかりに悲しんでみせると、ルーちゃんが恥ずかしそうに顔を赤くした。
「たまには私に甘えてほしいな」
などと言いながらチラチラと視線を向けると、ルーちゃんは迷った末に口を開いた。
「あ、あの剣を新調したので、肩慣らしになるような依頼を受けてみたいなと……」
「もう少し目を潤ませながら上目遣いで」
「そんな甘え方はしません」
などとオーダーを出すと、ルーちゃんに白い目で見られてしまった。
くっ、昔のような可愛さを引き出したかった。
「わかった。サレンに何かいい依頼があるか聞いてみよう!」
「はい! ありがとうございます!」
そんなわけで私とルーちゃんは教会本部に向かった。
●
教会本部にやってくると、受付にはいつものようにサレンがいた。
「おはよう、サレン」
「おはよう、ソフィア、ルミナリエ」
声をかけると、にっこりとした笑みが帰ってくる。
「今日は元気そうだね」
「地下水道の事件がようやく落ち着いたからね。まだゴタついているところもあるけど、概ね全体の業務は平常通りよ」
「そっか。それは良かったね」
サレンの言う通り、教会本部の様子は落ち着いていた。
地下水道の事件から二週間以上が経過し、瘴気による被害が王都に直接出ていないこともあってか、市民の不安は最小限に抑えられたようだ。
迅速で丁寧な対応が良かったに違いない。
残業がなくなったからかサレンの肌艶も良く、今日は非常にご機嫌だ。
「今日はどうしたの?」
「ルーちゃんの聖剣を新しくしたから、何か肩慣らしに良さそうな困りごとはないかなって」
「相談してくれて嬉しいわ。ソフィアに任せると、肩慣らしとかいって汚染された街の一つを取り戻しかねないから」
「さ、さすがに前回のようなことはしないよ」
前回の出来事で色々と学んだ。二十年前のノリで汚染地域を奪還してはいけないのだと。
「うふふ、冗談よ。ちょうど二人が肩慣らしできそうないい仕事があるのよ」
「どんな仕事?」
「実は地下水道の瘴気が王都の近くにある大きな川に流れてしまってね」
「それは大丈夫なのですか?」
川に流れてしまえば、そこで水を使っている人々に大きな影響がある。
場合によっては村一つが瘴気に汚染されたなんてことも。
「安心して。幸いにもその近くには人は住んでなかったから大事には至らなかったわ。川の周りもすぐに封鎖して、誰も近寄れないようにしているから」
「なるほど。さすがだね」
「とはいえ、そこにある瘴気までが浄化されたわけじゃないの。他の聖女や見習いの子は他の場所に瘴気が流れていないか確認に向かっているせいで動けなくてね。ソフィアとルミナリエに動いてもらえると助かるわ」
私はルーちゃんに対して視線を送ると、彼女はこくりと頷いた。
ルーちゃんとしても異論はないようだ。
「わかった。その浄化依頼、受けるよ」
「ありがとう。それじゃあ、周辺の地形や棲息している魔物について教えるわね」
新連載を始めました。
『田んぼで拾った女騎士、田舎で俺の嫁だと思われている』
https://ncode.syosetu.com/n8343hm/
異世界からやってきた女騎士との農業同居生活です。
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