聖剣の完成
「よし、そろそろやるか」
「そうだね、休憩も十分とったしいいよね?」
工房の外にある日陰で休んでいたデクラトスと私はそう言って立ち上がる。
ミリアとルーちゃんの監視の元、しっかりと昼食を食べ、水分や塩分も補給した。
小一時間ほどしっかりと休んだし、そろそろ作業を再開しても問題ないだろう。
「ん、いいよ」
「後で飲み物やタオルを持っていきますので、こまめに水分補給をしてくださいね。そうでないと、また作業を中断してもらうことになりますので」
「う、うん、わかったよ」
ルーちゃんの圧力のこもった笑みにしっかりと頷く。
「……じいじも返事は?」
「わかった」
デクラトスにはミリアがしっかりと釘を刺しており、きちんと返事をさせていた。
ミリアとルーちゃんが食事の後片付けをしてくれる中、デクラトスと私はそそくさと工房に向かう。
「完全にミリアに頭が上がらないみたいだね」
「うるさいわい」
からかうと、デクラトスが照れ臭さを誤魔化すように歩を進めた。
そんなデクラトスの様子が微笑ましく、私はニマニマとした笑みを浮かべながら後に続く。
工房に入ると、弛緩した表情と気持ちをしっかりと引き締める。
「作業の続きだ」
デクラトスが火床の温度を再び調整すると、作業の再開だ。
聖剣の全体ができたので後は切っ先や刃となる部分の精錬。
私がやるべきことはデクラトスの注文通りに、結晶を織込んでいくこと。
結晶に聖魔力を込めて繊維状にすると、聖剣へと織り込む。
すると、デクラトスが聖剣を炎で熱しながら、ハンマーで叩いていく。
ガラスを割ったような澄んだ音が、工房内に響き渡る。
それに伴い切っ先が鋭くなっていく。
「もうちょっと細くしろ」
「このくらい?」
「もっと細くだ」
「こう?」
「そうだ」
必死になって繊維を細くすると、デクラトスは満足したように頷いた。
聖女服を作る時には、繊維の間に結晶を織り込むなんてことをやった。
その時の苦労に比べると、今回の微調整はかなり楽だった。
あの時の苦労も無駄ではなかった。
それにしても暑い。
ただでさえ、空気が暑いというのに、ミスリルを溶かせるような温度の炎を扱っているんだ。工房内の空気は最早殺人的だ。
引いたはずの汗がダラダラと流れてきた。額から流れる玉のような汗が目にかかりそうになるが、それは柔らかい何かで脱ぎ去られた。
少し意識を向けると、ルーちゃんが持ってきたタオルで汗を拭ってくれていた。
それがとてもありがたい。
お礼を言いたい気持ちはあるが、会話をすると気が抜けてしまいそうなので、そのまま無言で結晶を織り込み続けた。
「もう十分だ」
そうやって結晶を調節しながら織り込み続けると、デクラトスがそう言った。
織り込むのを止めると、デクラトスはそのままハンマーで剣を打ち付ける。
気が付けば剣は、前の聖剣のような長さになっており、刃は美しいラインを描いていた。
織り込まれた私の結晶が随分と馴染んで、刀身の色も随分と淡い色合いになっている。
傍に置いてある水筒で水分補給をしながら見守ると、デクラトスはハンマーで打つのを止めて、砥石で研ぎ出した。
砥石が刀身を滑る度にシャラシャラと涼やかな音が響く。
慎重に砥石を動かすデクラトスの手つきは、まるで剣と対話しながら研ぎ澄ませているようだった。
砥石が滑るにつれて切っ先や刀身がさらに鋭くなる。
プロの職人による技に私とルーちゃんは見惚れるようにして眺めた。
「よし、これでいいだろう」
刀身を水で洗い、布で水気を拭うと、デクラトスは剣を眺めて満足そうに呟いた。
「……後はお前さんの仕事だ」
「うん」
デクラトスから渡された剣を受け取って、私はしっかりと頷く。
最後に聖力を付与されることによって、この剣は完成する。
綱渡りのような工程を何度も繰り返してきただけに、とても緊張する。
受け取った剣が実際の重さよりも、遥かに重いように思えた。
「ここで失敗したら全部おじゃんだ。また一からやり直しだな」
「もう! どうしてそういうこと言うかな! 人が緊張してるって言うのに!」
「ははは、その時はその時だ。失敗したらまた一からやり直せばいい。素材はまだまだあるんじゃからな」
思わず憤慨の声を上げると、デクラトスは笑った。
彼には似合わない明るい声音に、こちらの緊張をほぐすような意図が見えた。
そういうことは得意じゃないが、その優しさが嬉しかった。
「さすがにもう一回ここで作業するのは勘弁してほしいかな……」
真夏の鍛冶場の暑さは殺人的なのだ。
できれば、もう一度作業なんてやりたくない。
だから、一回で成功させてみせる。
受け取った剣をテーブルの上に載せると、私は両手を組んだ。
体内にある聖力を練り上げて、剣へと流し込む。
すると、聖剣と私の間にパスのようなものが繋がるのが感じられた。
私の結晶が織り込まれているお陰だろうか。剣がもっと聖力を寄越せとばかりに吸い上げてくる。
……希少な素材を使い、デクラトスが鍛え上げただけにすごく頑丈だ。
私が作ったことのある聖剣は、聖力を流し過ぎると刀身が耐え切れなくなり、手加減をする必要があった。
しかし、この剣ならば手加減はいらない。こうやって聖力を流し続けている今でも、貪欲にそれを吸収し続けている。
これなら本気で聖力を注ぎ込んでも問題ない気がする。
私は閉めていた弁を解放し、ありったけの聖力を解放。
その反動で私の髪が大きくたなびき、聖女服の裾がバサバサと揺れた。
淡い色合いの刀身が、聖力を流し込まれて輝きを放つ。
「ソフィア様!?」
「おい! そんなバカみたいな聖力を注いだら剣が壊れるじゃろ!?」
ルーちゃんとデクラトスが慌てたような声を上げた。
通常であれば、聖力を込め過ぎたことによって臨界点に到達しているように見える。
が、パスの繋がっている私には、そうじゃないことがわかっていた。
「大丈夫。この剣なら問題ないよ」
剣にそのまま聖力を流し続けると、やがて強い輝きを放った。
そこが限界だということを感じた私は、聖力を注ぎ続けるのを止め、定着させるために付与を施した。
すると、強い光が収束していき、テーブルの上には淡い青磁色の剣――いや、聖剣があった。
「やった。ルーちゃんの聖剣ができた……」
「ソフィア様!」
倒れると思ったが、ルーちゃんが素早く身体を抱きとめてくれた。
「ありがとう、ルーちゃん。ホッとしたら力が抜けちゃった」
「無理はしないでくださいと言ったじゃないですか」
「ごめんね」
朝からほぼぶっ通しで作業をした上に、かなりの聖力を注ぎ込んだせいで一気にきたようだ。
最後にこんな風になってしまうなんて格好つかないや。
「ソフィア様。私のためにありがとうございます」
「うん、ルーちゃんのために頑張ったよ」
怒られるのではなく、悲しまれるでもなく、こうやって礼を言ってくれたのが嬉しい。
大好きなルーちゃんのために頑張ったのだから。
タオルで汗を拭い、水分をしっかりと補給すると、私たちは工房を出て外の日陰へと移動。
外の気温も暑いが、工房内に比べれば天国のように涼しく感じられた。
「ルーちゃん、聖剣を振ってみて!」
「え? 今ですか?」
私が言うと、ルーちゃんが少し戸惑った顔になる。
「どうしたの? 素振りとかいつも中庭でしてるじゃん」
「まじまじと見られると、少し恥ずかしさが……」
「違和感があったら調整してやる。感触を確かめてみろ」
恥ずかしがっていたルーちゃんであるが、デクラトスに言われて必要なことだと思ったのか、芝生の上を歩いて少し離れた。
聖剣を上段に構え、スッと振り下ろした。
そして、そのまま横薙ぎ、切り上げ、突きと技を派生させていく。
聖剣が振るわれる度に、翡翠色の光が宙で軌跡を描いた。
それはさながら舞を舞っているかのようで、聖剣の感触を尋ねようとした私は見惚れるように眺め続けた。
やがて、ルーちゃんの動きが止まり、ゆっくりと息を吐く。
見事な技を見た私は感嘆の息を漏らして拍手した。
「おお! ルーちゃん、すごい!」
「まあ、大聖女の聖騎士なんだ。これくらいできねえとな」
そんな素直じゃない言葉を吐きながらも、デクラトスも拍手をした。
ツンデレさんめ。
「ルーちゃん、聖剣の調子はどう?」
「とても素晴らしいです。重さも丁度いいですし、前の聖剣のように手に馴染みます」
「そっか! それは良かった!」
ルーちゃんが晴れやかな表情で言うのを見て、私はホッと胸を撫で下ろした。
剣は騎士の命を預ける大切な道具だからね。
ちゃんとルーちゃんの身体に合うものができて良かった。
「しかし、お前もよく作業に付いてこれたな」
「ええ?」
デクラトスが私の肩を叩きながら言うが、意味がよくわからず小首を傾げてしまう。
「ただでさえ、鍛冶場は暑い。真夏ともなれば、工房内は殺人的な暑さになる。正直、俺はお前が音を上げると思っていたが、まさか最後まで付いてくるとはな……」
「聖女はどんな時でも聖魔法を発動しないといけない。そのために私たちは、あらゆる状況かで聖魔法を使えるように稽古を受けているからね。こういうのは慣れっこだよ」
「……そうか。王都で見かける聖女たちも、皆地獄のような稽古をこなしてあの場所に立っているんじゃな」
拷問のような熱気は稽古で慣れていた。
そうでなければ、一緒にぶっ通しで作業なんて無理だっただろうな。
まあ、ここまで精神と身体を追い込むのは久し振りで、最後にはクラッときちゃったんだけどね。
「ソフィア様、デクラトス様。私のためにこのような素晴らしい聖剣を作ってくださり、本当にありがとうございます」
「約束だったし気にしないで!」
「大聖女の作った世界でただ一つの聖剣だ。そんなものを使って、うっかり死ぬんじゃねえぞ」
「ええ、この剣に恥じないように突き進み、ソフィア様を守り抜いてみせます」
身体の前に聖剣を立てて誓いの言葉を立てるルーちゃん。
「うん、これからもよろしくね」
真っすぐな視線と想いをしっかりと受け取り、私は微笑んだ。
【作者からのお願い】
『面白い』『続きが気になる』と思われましたら、是非ブックマーク登録をお願いします。
また、↓に☆がありますのでこれをタップいただけると評価ポイントが入ります。
本作を評価していただけるととても励みになりますので、嬉しいです。




