聖剣作り
『転生大聖女の目覚め』のコミック2巻が本日発売です! よろしくお願いします。
「できたぞ」
ミオとフリードが屋敷にやってきて七日後。
デクラトスが私たちの屋敷にやってきて端的に言った。
「それってルーちゃんの聖剣!?」
「それ以外に何があるって言うんじゃ」
「やった! 遂にできたんだ!」
「まだ素体ができただけで完成はしとらん。今のままじゃ、ただ素材を加工して成形しただけじゃ」
「そ、そうだね」
素体が出来上がるまでもが、長く感じたからまるで完成のような気持ちになってしまった。
「これからソフィアが聖力を付与し、ワシが最後に仕上げる。そういうわけで今から工房に向かうぞ」
デクラトスは最低限の説明を終えると、踵を返して歩き出した。
「うん!」
「私も参ります」
その後ろを私とルーちゃんが慌てて付いていく。
でも、デクラトスはドワーフだ。
足が短く、歩幅が短いのですぐに追いついてしまった。
やはり歩幅というのは歩くスピードに大きく影響するらしい。
追い越すのは何だか気が引けたので、いつもより少しゆっくりとした歩幅で歩く。
ルーちゃんもそれに気付いて歩くスピードを緩めたが、どうにもスピードが上がっている。
無理もない。新しい聖剣の完成が近づいているんだ。気が逸ってしまうのは仕方ないだろう。
そんなルーちゃんの可愛らしい姿をニマニマと眺めながら歩くと、デクラトスの家にたどり着いた。
しかし、今日用事があるのは家の方ではない。家の隣にある石造りの工房だ。
デクラトスが入ると、私たちもそれに続く。
外観に比べると工房の中は広かった。
壁には鍛冶道具や、使う素材などが並んでいた。
二十年前に少し入らせてもらったことがあったが、その時とあまり変わらない様子だ。
「これが聖剣の素体になるものじゃ」
デクラトスが中央にあるテーブルの上にあるものを指さす。そこには淡い水色の刀身をした剣があった。
とても美しい色合いをしながらも、刀身はとても鋭い。
美術品ではなく、実用性のあるしっかりとした一振りの剣がそこにあった。
「触っても?」
ルーちゃんがおずおずと尋ねると、デクラトスは頷いた。
ルーちゃんはテーブルに近づくと、神聖なものを触るような手つきで持ち上げ、眺めた。
「とても美しいです」
「そんな言葉はいらん。感触はどうじゃ? 少しでも違和感があれば、調整する」
デクラトスにそう言われて、ルーちゃんは剣を握り直したり、何度も持ち替えたりした。
「握りは問題ありませんが、少し重さと長さが足りないような」
「それに関しては問題なら。これから成形するつもりだ」
「なるほど。それなら現状のところ問題ありません」
ルーちゃんの言葉にデクラトスは満足そうに頷いた。
「まったく、滅多に手に入らん希少鉱石だけじゃなく、意味のわからん素材を持ち込みよって、お陰でかなり時間がかかったわ」
「あはは、ごめんね」
デクラトスは無理なお願いをしてしまったので、こちらとしては謝るしかない。
一応、セルビスがまとめていた資料や私なりの説明をしたけど、それでも未知の素材を使用するのに手間取ったようだ。
「それでも聖剣の素体を作るのに二週間というのは、かなり早いですが……」
ルーちゃん曰く、これでもかなり早いらしいが、私は一般の聖剣を作る過程を知らないのであまりしっくりこなかった。
でも、とにかくデクラトスがすごいっていうのはわかる。
「ここからがソフィアの仕事だ。この聖剣が化けるかどうかはお前の技量にかかっている」
「うん、任せて! それで私はどうすればいいの?」
「まずはこの結晶を加工して、剣に編み込め。それをワシが叩いて成形していく」
「うん? なんだかそれってかなり大変なような?」
自分の聖女服を作る時もかなり大変だった。それと同じか、それ以上の技量が必要な気がする。
「大事なパートナーのために頑張るんじゃろ?」
「う、うん。頑張るよ!」
想像以上の苦難に逃げ出したくなったが、ルーちゃんのための聖剣を作ると決めたんだ。今さら逃げたりはしない。
私が返事をすると、デクラトスが火床の温度を上げていく。
みるみるうちに炎が大きくなり、工房内の空気が熱くなった。
それでもデクラトスは止まることなく、ドンドンと火の勢いを強めていく。
「デクラトス? なんだか空気が熱いんだけど……」
熱気を孕んだ空気は暑いを越えて、熱いという感じだ。
「ミスリルとアダマンタイトは通常の温度が溶かすことができん。こうなるのは当然じゃ。ほら、早くこっちに来い」
離れている今の場所でも熱いのに、さらに近づくというのか。
私は心の中で泣き言を漏らしながらも近づく。
ただただ熱い。季節が夏ということもあって、工房内の温度は殺人的だった。
何もしていないのに身体中から汗が噴き出してくる。
でも、こんな環境にも関わらずデクラトスは、必死に作業を続けてくれたんだよね。
そのことに気付くと、頼んでおきながら泣き言を漏らす自分が酷く恥ずかしく思えた。
「まずはこの素体の剣の形を覚えろ」
頬を叩いて気持ちを切り替えると、デクラトスから渡された剣を手にした。
必死に視線を巡らせ、手や指でなぞりながら剣の感触を確かめる。
「そこに結晶をムラなく織り込め。それをワシがハンマーで均一にしていく」
「うん、わかった」
剣の形を把握すると、私は結晶を手に取る。
聖魔力を込めると、結晶の形が崩れ、一筋の繊維となっていく。
その繊維をムラなく剣へと流し込んでいく。
すると、水色の刀身が翡翠色に輝いた。
「よしよし、良い感じだ。そのままソフィアは織り続けろ」
デクラトスは淡い光を輝く剣を金床に置いてハンマーで打つ。
普通の鉄や鋼とはまったく違う音。
まるでガラスを割ったかのような澄んだ音が響き渡る。
デクラトスのハンマーがリズム良く打たれるので、まるで綺麗な音色の楽器が演奏を始めているかのようだ。
傍で聞いているだけで耳が気持ちいい。
「おい、集中しろ! 聖魔力が乱れてるぞ!」
「ひえええ」
デクラトスに怒鳴られて私は慌てて気を引き締める。
剣を加工するために振るわれるハンマーの衝撃。
そのタイミングや衝撃を把握しながら適宜調節しなければいけない。それがとても難しい。
ぐらぐらと動く地面の上で大荷物を持っているような感じだ。
「しっかりと俺の呼吸に合わせろ」
デクラトスのそんな言葉を聞いて、ハッと我に返る。
そうだ。デクラトスだって適当にハンマーを振っているわけではない。
彼をじっくりと観察しながら結晶を織り込んでいく。
それを何度か続けていく内にデクラトスのハンマーを振るうタイミング、呼吸のようなものがわかってきた。
私の聖魔力が安定してきたからだろう。デクラトスの意識が剣に集中していく。
ハンマーを振るう勢いや速度が上がっていく。その頃にはデクラトスが大体どうしたいのかがわかってきており、私はそれに合わせて聖魔力を流し込んだ。
素体の私の結晶、濃密な聖魔力が込められる。それをデクラトスがハンマーで叩き、均一に結合させていく。
その結果、淡い水色をしていた刀身がドンドンと透き通っていき、ほのかに翡翠色が混ざり出した。
私たちが加工していくにつれて、ドンドンと洗練されていくかのよう。それがとても楽しい。
こういう作る過程というものが鍛冶師は大好きなのかもしれない。
やがて、デクラトスがハンマーで打つのを止めた。それを察知して、私も結晶を織り込むのを止めた。
デクラトスは剣を持ち上げて視線を巡らせる。
「よし、これで全体の形はできた。後は切っ先や刃の調整だ。気を抜くな」
「うん」
「待ってください。お二人とも、少し休憩をとってください。尋常ではないほどの汗をかいていますよ」
「うるさい! 引っ込んでろ!」
「ごめん、ルーちゃん! いい感じに集中できてるから!」
いくらルーちゃんの注意でもこればかりは聞けない。
今の私とデクラトスは最高に集中できている。この緊張の糸を切らしたくはない。
私がそのように言うと、ルーちゃんは諦めたように息を吐いて工房を出て行った。
良かった。私たちの意見を尊重してくれたみたいだ。
私はホッとしながら汗を拭うと、そのまま次の作業に移る。
しかし、そのタイミングで工房の扉が勢いよく開いた。
入ってきたのはルーちゃんとミリアだ。
「……じいじ、ダメ。そうやってこの間も倒れた」
「これ、ミリア。勝手に工房に入るな。ここは危険じゃと――」
「……じいじ!」
「うぬう、すまん。ワシが悪かった」
ミリアに睨まれて、デクラトスは項垂れるようにして謝った。
じいじ、弱い。
さっきまでの覇気はどこにいってしまったのやら。
私が呆れていると、ルーちゃんがつかつかとやってきてタオルを首に巻いてきた。
「冷たっ!」
「ソフィア様もダメですよ。このままでは本当に倒れられてしまいます。夏の暑さを甘く見ると、大変なことになります。私はそういった者は何度も見てきましたから。ソフィア様にそうなって欲しくありません」
ひんやりとしたタオルによって火照った身体が冷やされて、思考がクリアになっていく。
それと共に、ルーちゃんが心から私の身を案じているというのが今さらながら理解できた。
「あはは、ちょっとのめり込み過ぎちゃった」
「ソフィア様は昔から頑張り過ぎるところがありますからね。もう少し肩の力を抜いてください」
「うん、ありがとう」
ミリアとルーちゃんに説得されて、デクラトスと私は少し休憩を挟むことにした。




