それぞれの報告
『転生大聖女の目覚め』コミック2巻が2月9日に発売です。よろしくお願いします。
「地下水道の件については落ち着いたの?」
ミオが二杯目のコーン茶を味わっているところで、私は尋ねてみることにした。
ミオとフリードは地下水道の事後処理に率先して当たっていたので、二人が揃ってやって来たということは、ある程度落ち着いたとみていいのだろうか。
「……うん、落ち着いた」
「今回は事後処理について共有しておきたいと思ってな」
「ありがとう、気になっていたからお願い」
私がそのように言うと、フリードが中心となって事後について説明してくれた。
ひとまず、地下水道内にあった瘴気は全て浄化され、瘴気持ちの魔物も掃討されたようだ。
とはいえ、王都の地下に広がる水道は広く複雑で、今でも聖騎士や聖女のチームを探索させて、取りこぼしがないように確認中とのことだ。
今のところ瘴気や魔物の情報も入ってきていないので、ひとまず落ち着いたとみていいとのことだ。
今回の事件については地下水道で瘴気が発生していたと公表されただけで、ザガンの存在については市民には伏せられている。
王都の下で瘴気が発生しただけで、あの動揺ぶりだ。
まさか魔王の眷属が瘴気を広げ、子供を誘拐し、魔神を召喚しようとしていたなどと正直に言おうものなら、王都は大きな混乱に見舞われるだろう。
真実を伏せることに罪悪感を抱かないといえば嘘になるが、メアリーゼや王族の下した判断も間違いではないと思える。
大聖女と呼ばれているとは、政治の素人が口を出せる問題じゃないからね。
今回のことで少なからず動揺はあったようだが、誘拐された子供たちも全員無事で大きな被害が出る前に打って出たことによって動揺は最小限になったようだ。
私たちがザガンを倒してからの動きは、驚くほどに早かった。きっと、教会の信用を落とすことのないようにと、メアリーゼが最速で手配してくれたのだろう。
皆、さすがだ。
「一つ、気になる点があるのですが、ザガンは一体どこからやってきたのでしょう?」
呑気に感心しながら私が聞いている中、ルーちゃんが真面目な表情で問いかけた。
そうだ。ザガンは一体、いつから王都の潜伏していたのだろう。
「調査隊の推測だが、恐らく十年前に行われた外壁の補修工事の時だろう。補修した外壁の地下から不自然な小さな道ができていた。恐らく、工事のどさくさに紛れ込んだのだろう」
そういえば、王都にやってきた時に新しくなった外壁を見て、ルーちゃんが補修工事をしたと説明してくれたことがあったっけ。
そんなところを利用していたとは――って、感心している場合じゃない。
「ええっ!? ということは、ザガンは十年近くも潜伏していたってこと!?」
「そういうことになるな」
「そんなに昔からいたなんて」
「教会の目をかいくぐるためとはいえ、恐ろしい執念ですね」
これには私だけでなくルーちゃんも驚いている。
アブレシアの地下で眠っていた私と比べて、実際に気付かずに生活していたルーちゃんの方がショックは大きいだろう。
「……でも、厄介な眷属は討伐できて、未来の大きな不安の芽を摘むことができた。これは大きい」
「確かにそうだね」
子供を生贄にして、王都のど真ん中に魔神を呼び寄せようとしていた奴だ。
ミオの言う通り、早めに倒して、憂いを取り除けたことが一番の収穫かもしれない。
「後は水路から流出した可能性の高い瘴気について調査中といったところだ。こちらは見つけ次第、聖騎士や見習い聖女が派遣される予定だ。地下水道の事件についてはこんなものだ」
「なるほど、把握しました」
「二人とも教えに来てくれてありがとう」
顛末については気になっていたので、二人からそれが聞けてスッキリとした思いだ。
「これからミオとフリードはどうなるの?」
元々は魔神の調査や王都の戦力増強の意味もあっての招集だったが、これからどうなるのだろうか。
「……しばらくは王都の教会本部で活動し、王都を守護することになった」
「本当!?」
「元は魔神の存在調査として派遣される予定だったが、ザガンに王都の不備を突かれることになってな。ここに腰を落ち着けることになった」
「やった! ミオがいるなら王都も安心だもんね! これからいつでも会えるよ!」
「……うん、私も嬉しい」
思わず両腕を前に出すと、ミオも恥ずかしながらもはにかむような笑みを浮かべて合わせてくれた。
再会してすぐに離ればなれなんてことも考えたけど、そうならなくて一安心だ。
「ソフィア、入るぞ!」
ミオと手を合わせて喜び合っていると、突如としてリビングの扉が開いた。
「うえええ!? セルビス!? 返事する前に入って来てるし、というかベルくらい鳴らしてよ!」
「……なんだ客人か。どこかで見たことのある顔だな?」
私の突っ込みにまるで聞く耳を持たず、セルビスは鋭い眼差しをミオに送った。
「……せ……の、ミオ……です」
フリードの背中に隠れながらか細く名乗りを上げるミオ。
多分、聖女のミオですって言おうとしたんだと思う。
私でもギリギリ聞こえるか聞こえないかの声量だ。
当然、セルビスのところに届いているはずがない。
「以前にも屋敷で少し顔を合わせ、地下水道の戦いでも目にしたはずだが、改めて自己紹介をしておこう。聖騎士のフリードと聖女のミオだ」
人見知りモードを発動させたミオの代わりに、フリードが名乗りを上げる。
「そうか。俺はセルビスだ。別に覚えようが、覚えていなかろうが構わん。それよりも、そっちの用事はいつ終わる?」
が、セルビスは最低限の返事だけだった。
割り込んできた自覚というものがまるでない。
あくまで自分の用事をすぐに終わらせることだけを考えているようだった。
これにはフリードも困ったように眉をひそめた。
「ごめんね。フリード。セルビスはあんな感じの子だから」
「癖のある御仁とは聞いていたが予想以上だな」
「おい、そこ。なんかよくわからんが不愉快な会話はやめろ」
私とフリードの意思の疎通がお気に召さなかったのかセルビスが突っ込んだ。
「まあ、こちらの用事はほぼ終わった。そちらの用事があるなら優先してくれ」
「……ソフィア、まだここにいてもいい?」
「勿論だよ。ゆっくりして行ってね」
フリードの背中に隠れながら尋ねてくるミオの言葉に快く頷く。
すると、彼女は嬉しそうに笑った。
「それじゃあ、俺の用件を済ますとしよう」
私たちの話がついたと把握し、セルビスがイスに座る。
それと入れ違いになる形で、フリードとミオがリビングのソファーへと移動した。
「セルビス、気を遣ってくれたんだから二人に礼を言いなよ」
「そっちの用事が終わったから、次は俺の用事は済ませる。ただそれだけだ。そこにどうして礼を言う要素がある?」
自分にはまるで悪びれる要素がないとばかりに主張するセルビス。
そんな堂々たる態度を見て、私は注意するのが面倒になった。
「わかった。もういいよ。それよりも、セルビスの相談ってここでやっても大丈夫なの?」
フリードやミオのいる空間に腰を落ち着けたセルビスであるが、相談内容に機密事があるのであれば別室で相談する方がいいだろう。
「別にそこまで大袈裟なものではないし、すぐに終わるから問題ない」
どうやらフリードとミオに聞かれても問題のない内容らしい。
それならば構わない。
「わかった。それで、セルビスの用事はなんなの?」
「先日の地下水道でソフィアが浄化したスライムに結晶を与えたところ、十匹のスライムがここにいるスライムと同じ変化を獲得した」
「えっ、そうなんだ」
スライムを回収して実験すると言っていたが、もう着手していると思わなかった。
相変わらずこういう時の動きが早い。
「まだ詳しいことはわからないが、お前の聖魔力に影響を受けた個体がなれる可能性が高いと俺は推察している」
「ふむふむ、それで?」
「スライムの半分を俺とアークで研究し、もう半分を教会に預けてデータを取りながら研究しようと思うが、それでも構わないか?」
「……教会にもスラリンがくる」
端のソファーでスラリンを膝の上に載せて、愛でていたミオがポツリと呟いた。
彼女はうちのスラリンをすっかりと気に入っているからね。教会にもやってくると聞いて嬉しくなったのだろう。
「それについては構わないよ。うちにはスラリンがいるし任せる」
別に私は何匹ものスライムを飼うような趣味はない。
スラリンは普通のスライムの頃から私に懐いてくれたし、可愛がっているのでこれからもうちで飼っていきたいと思うが、それ以外の子に関しては好きに扱ってくれて構わないと思う。
人類の発展のため、聖女の負担の軽減のために良きパートナーとなってくれることを祈るばかりだ。
「わかった。それならば、こちらの好きにさせてもらおう」
「こういう細かいことを聞いてくるなんて珍しいね?」
言っちゃなんだけど、セルビスなら『全部まとめて研究対象だ。誰にも渡さん』みたいなことを言うと思っていた。
「まあ、通常ならそうだが、お前が全員飼いたいなどと言うのではないかと思ってな」
「さすがにたくさんのスライムを飼うような趣味はないよ」
世の中には何十、何百という数の幅広いペット愛好家がいるが、私にはそのような気質はない。
「どうだか。お前は昔からなんでも拾う習性があるからな」
「習性って、動物みたいな言い方はやめてよ」
ぐっ、そう言われると否定はできない。昔から妙な魔物や精霊を拾っちゃうことがあったから。
「そんなわけで、このスライムを研究するに当たって、正式な名称を決めたいと思う。いつまでも白いスライムなどと呼称するのは面倒だしな「
「あー、確かにそれはそうだね」
うちではスラリンで通っていると、新種なわけだし新しい個体名があった方がいいだろう。
とはいえ、私にセンスのいい名前なんて思いつかない。
「個体名もそっちでいい感じに決めてくれれば――」
「そうか? ちなみにアークからは、ソフィアスライムという個体名の候補が上がってきているが」
「ホーリースライムなんてどうかな!?」
丸投げしようとしたけど、不穏な空気を感じたので急遽提案する。
またアークが暴走して変な名前を付けかねないから。
「……ホーリースライムか。特性を現した名前だし、問題ないだろう。それで提案してみる」
新種のスライムの名称が決まると、セルビスは用は済んだとばかりに立ち去った。




