真夏のコーン茶
「で、聖剣はいつできるの!?」
「気が早すぎじゃ。結晶の特性を掴み、素材の配合具合を確かめてからじゃな。それが終われば、刀身を作る作業に入る。聖力を込める作業になれば声をかける」
どこか曖昧なのは、私の持ち込んだ結晶のせいだろう。
未知の素材を使えと言った上に、最速での完成を求めるのは酷な話だ。むしろ、こんな不確定要素の含んだ聖剣によくチャレンジしてくれたと思う。
「わかった! 他にも何か用があったらいつでも呼んでね!」
「私もできることがあれば、お手伝いいたしますので。何卒、よろしくお願いいたします」
私とルーちゃんがぺこりと頭を下げると、デクラトスはしっかりと頷いた。
それからデクラトスは思い出したとばかりの声を漏らすと、工房に引っ込んだ。
そして、すぐに鞘に納められた剣を持ってくる。
「聖剣ができるまでの間、予備として持っておけ」
無遠慮に渡されたものを受け取ったルーちゃんは、恐々とした様子で鞘から刀身を引き抜いた。
水色の輝きを放つ剣は、明らかに聖力を帯びている。間違いなく聖剣だ。
それにルーちゃんが前に使っていた聖剣よりも性能が上のような気がする。
予備でこれが出てきてしまうとは、さすがはアークの聖剣を打った鍛冶師だ。
「……このようなものをよろしいのですか?」
「聖女を守る聖騎士が、普通の剣を佩いていてどうする。ソフィアを守るために必要だろ?」
「……ありがたくお借りいたします」
前のものよりも性能のいい聖剣に戸惑っていたルーちゃんであるが、デクラトスの一言で遠慮は捨てた。聖剣を鞘に納めると、丁重に受け取り礼をする。
「ワシらがこれから作るのは、そんなもんが目じゃないくらいのモノじゃ。覚悟しとけ」
「……これはかなりの覚悟が必要になりそうです」
ニヤリと笑いながらのデクラトスの言葉に、ルーちゃんは少し引き攣った笑みを浮かべた。
アークが嫉妬しちゃうような伝説の聖剣を作っちゃうもんね。
●
デクラトスに聖剣作りを頼み終わってから、特にやるべきことのない日々が続いた。
注文をしてから一週間。
デクラトスは聖剣作りの素材を選定しているのか、私の結晶と向き合っているのか。
詳しい進捗は不明だが、私が呼び出されていないということはまだ刀身を作っていないということだろう。
少し焦れったい気持ちもあるが、無茶を言っているのはこちらなので気長に待つことにしよう。
呼び出しがかかったら、すぐに向かえるようにしているため遠くに出るような用事は受けず、屋敷でまったり過ごしていた。
「……ソフィア様」
リビングのソファで横になっていると、ルーちゃんが歯切れの悪い表情をしながら声をかけてきた。
「んん? なぁに~?」
「今日は外に出ませんか?」
「んんー、外は暑いからいいや」
「そうは仰いますが、デクラトス様の家に行ってから一週間、屋敷から一歩も外に出ていないではないですか。身体を休めるのは大事ですが、極度の引きこもりは身体に毒ですよ」
そう、デクラトスと会ってから一週間。私は一度も屋敷から出ていなかった。
しかし、それには深い、深ーい理由があるのだ。
「ルーちゃん、それは難しい話だよ」
「何故です?」
「だって、冷風機なんて便利な魔道具が出てるんだよ? 夏なのにこんなに快適に過ごせる魔道具があったら、外に出なくなるのは仕方のないことだよ!」
この魔道具のお陰で、夏であるのにかかわらず室内は冷たい空気で満ちている。
私の眠っている間に人類の魔法技術は進化していたのだ。前世のクーラーとなんら変わることのない魔道具が、うちの屋敷に設置されている。
屋敷が快適過ぎて、外に出たくない。この心地良さには誰も抗うことはできない。
「屋敷の中が快適であることは理解しますが、それでも一歩も外に出ていないというのは見過ごせません。少しだけでいいですから外に出ましょう」
無慈悲なことを言って近づいてくるルーちゃんに私は必殺技を行使する。
「お願い、ルーちゃん。今日だけは休ませて?」
「可愛らしく上目遣いで頼んでもダメです。さあ、私とお散歩です」
「ええー! 嫌だ!」
くっ、ダメだった。
私はソファーから離れまいと必死にしがみつくが、ルーちゃんの身体能力に敵うわけもなく、なすすべもなく引き剥がされる。
寸前に屋敷のベルが鳴った。
「ルーちゃん、非常に残念だけどお客様がきたよ」
お客人がきた以上、これから外に出てしまうわけにはいかない。
「……今回はソフィア様が応対してください」
ルーちゃんが渋い顔をしながら言ったのは、せめてもの抵抗だろう。
ここで嫌だなんて言ったら、無理矢理外につまみ出されそうだ。
私は素直に従ってリビングを出て、玄関の扉を開ける。
すると、外から激しい陽光と熱気が入ってくる。思わずくらりとしそうになるが、それを我慢して目を細めながら外に出る。
門の前に立っているのは小柄な黒髪の聖女と、銀色の髪に白銀の鎧を纏った聖騎士のフリードだ。
「……ソフィア!」
「ミオにフリード! とりあえず、中に入っておいで!」
屋敷にやって来たということは遊びにきてくれたのだろう。
詳しい話を聞くより前に、とりあえず二人を屋敷に招き入れた。
リビングに入るなり、ミオが気持ち良さそうな顔をする。
外を出歩いていたからか額や首筋には汗が流れていた。汗で額に張り付いた黒い髪が妙に色っぽく感じてしまうのは私だけだろうか?
「……涼しい」
「でしょう? うちの屋敷には冷風機があちこちに設置されているからね」
外を歩いてきた二人にとっては、さぞかし涼しいに違いない。
あまり散財することのない私であるが、便利な魔道具についてはお金にケチることなく買っていた。
これだけ広い屋敷に住むことができたんだもん。快適さは追求したいからね。
「しかし、これは少し涼し過ぎないか? あまり過度な涼しさは身体に悪いと思うが」
「そうでしょうか?」
「もしかして、この温度に慣れて気付いていないのか?」
フリードの指摘を受けて、ルーちゃんがハッとなって近くにある冷風機を弄り出す。
「ソフィア様、徐々に冷風機の温度を下げてましたね?」
「な、なんのことかな?」
「外との極端な温度差は身体に悪いので温度を上げます」
「ええ、そんなご無体な!?」
無情にも冷風機の温度が上げられ、風力が弱まってしまう。
くっ、フリードが余計なことを指摘したせいで私の楽園が……。
『冷たいお飲み物をお待ちしました』
思わず崩れ落ちると、エステルがやってきてテーブルに飲み物を置いてくれた。
「あっ、エステル。ありがとう」
冷風機の温度は上げられたが、代わりに冷たい飲み物がやってきたので良しとしよう。
私たちは揃って席につき、ひんやりと冷えたコップを手にとった。
口の中に香ばしくもほんのりと柔らかい甘さが広がった。
「……トウモロコシの味?」
『はい、コーン茶です』
別名ひげ茶とも呼ばれている。トウモロコシのひげを集め、天日干しに、乾燥させたものを煮出し、煮詰めたものだ。
『麦茶とは違ったトウモロコシ独特の風味と香ばしさが特徴で栄養満点。疲れやすい夏にもオススメなんです』
さすがはメイドをやっていただけに知識もあるようだ。
「……はじめて飲んだけど気に入った」
柔らかい表情をしながらこくこくとコーン茶を飲んでいるミオ。
すっかり空っぽになったコップの中に、エステルがそれとなくコーン茶を注ぐ。
「帰りに買ってみるか」
「……うん」
第三者から見ていると、まるで恋人や夫婦のようにしか見えない会話だ。
しかし、二人は超絶に初心なのでからかったり、老婆心を発揮したりするのはNGだ。
生暖かい目で見守ることにしよう。
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