デクラトスへの注文
「話は大分脇道に逸れたが、ミリアを家まで届けてくれて礼を言う」
ミリアとルーちゃんの興奮が収まったところで、デクラトスがぺこりと頭を下げた。
「ううん、気にしないで。子供が困っていたら助けるのは当然だもん」
「相変わらずだな。その当然って行いをやるのは案外難しいもんだぜ」
デクラトスの言葉にルーちゃんが深く同意するように頷く。
小さな子供が困っていれば、手を差し伸べるのは当然だし、誰にでもできることだと思うんだけど、そういうものなのだろうか。
「それにして、デクラトスさんの見た目は、二十年前とあんまり変わらないね」
最初に見た時にも驚いたが、本当に見た目が変わっていない。
よく見ると、目元のシワが少し増えたかな? そんな程度。
「ドワーフは人間よりも長命じゃからな。たった二十年じゃ、それほど見た目は変わらんわい。おかしいのは人間の癖に全く変わっておらんお前じゃ」
「私は結晶の中で眠っていたから……」
デクラトスのもっともな指摘に私も苦笑するしかない。人間なのに、こうも見た目が変わっていない私の方が異端なのだろうな。
「でも、デクラトスさんにも大きく変わっているところがあるよ」
「んん? なんじゃ?」
「……性格。なんだか昔よりも随分と丸くなったね?」
私がからかうように言うと、デクラトスがバツの悪そうな顔をした。
どうやら自覚があるらしい。
こんな風にデクラトスと自然に会話しているなんて、二十年前の私に言っても信じないに違いない。それほど昔の彼はもっと口数が少なく、愛想も悪かった。
だからこそ、こうして柔らかい表情で自然と会話できている今が不思議でしょうがない。
「デクラトスさんは、誰に影響されて変わったのかなー?」
「…………」
隣に座っているミリアに視線をやりながら言うと、デクラトスは腕を組んで黙り込んだ。
多分、照れているに違いない。
「じいじ、昔は尖ってたの?」
「そんなことはない」
意味を理解できていないミリアが袖を引っ張り、デクラトスが誤魔化す。
あのデクラトスが、今やじいじと呼ばれているのだ。
微笑ましい光景だけど、ちょっと笑いそうな気持ちもある。
そんな私の心境を見透かしてか、デクラトスが鋭い視線を送ってきている。
ここで笑ったりすれば、今すぐに家を叩き出されそうだ。
「ところで、お前たち。いつまでもここで油を売っていていいのか? 地下水道の事件のせいで、教会関係者は忙しいんじゃろ?」
「私のことは公表されていないから、公の場に出るわけにはいかないから。メアリーゼが配慮してくれたお陰で、今は割と自由に動けるんだ」
「お前さんの状況を鑑みれば、それもそうか」
忙しくしているサレンやリリス、ミオやフリードにはちょっと悪いけどね。
でも、今さら私が目覚めたことを公表して、出張った方がもっと混乱することになりそうだしね。
さて、このまま四人で雑談というのもいいけど、そろそろ本題に入ろう。
本題を切り出そうとするが、ルーちゃんが手をかざしてそれを静止させる。
「ソフィア様、ここは私に言わせてください。それが筋というものです」
「わかった」
ルーちゃんが自分で頼みたいというのであれば、私に異論はない。
「デクラトス様、今日はお願いがあって参りました」
「……聞こう」
デクラトスは用件を察しているようであるが、それを突っぱねることなく聞き入れる態勢になった。
「つい、先日の戦闘で私の聖剣が壊されてしまいまして。デクラトス様に新しい聖剣を打っていただきたいのです」
「聖剣か……」
用件を聞いたデクラトスは考え込むようにして呟いた。
「デクラトスさん。鍛冶の仕事、辞めたって聞いたけど本当なの?」
「やめてはねえ。仕事を辞めちまったら、自分の飯やミリアの飯も用意できねえからな。ただ、聖剣を作るのをやめただけだ」
「それはどうして?」
「お前たちが魔王を討伐してから、ワシの噂も広まってな。あちこちから聖剣を作ってくれと頼まれるようになった。それが嫌になっただけじゃ」
世界の敵である魔王を倒した私たち。
浄化で眠りについた私は、その後にどんな影響をもたらしたかは知らないが、勇者であるアークの聖剣を打った、デクラトスの名声も高まったのだろう。
勇者が振るい、魔王すら打ち倒すような聖剣を作る鍛冶師。
魔王の眷属や、瘴気持ちの魔物といった不安が残る世の中で、人々がその聖剣を求めるのは仕方のなかったことなのかもしれない。
「ワシもそれなりに年だ。これからの人生は、自分の好きなものを作ってみたい」
「……そっか」
デクラトスの返答に私とルーちゃんは肩を落とす。
私は何かを生み出すことのできるクリエイターではないので、そういった気持ちを理解できない。
ただ、残っている時間を楽しく過ごしたいという気持ちは、今の私の状況とよく重なっていたのでそこはよく理解できた。
デクラトスさんに聖剣を作って欲しかったけど、無理強いはできない。
「で、お前たちの作りたい聖剣っていうのは、どういうものなんじゃ?」
「「え?」」
しょんぼりとしていると、デクラトスが尋ねてきた。
その言葉の意味が咄嗟に理解できず、私とルーちゃんは間抜けな声を漏らしてしまう。
「今言ったじゃろ。作りたいものを作ると。ルミナリエの聖剣にはお前が聖力を込めるんじゃろう?」
「う、うん! そのつもり!」
ルーちゃんが使う聖剣だ。どこの馬の骨かもわからない聖女にやらせるわけにはいかない。
「大聖女ソフィアの聖力のこもった聖剣……面白そうじゃねえか」
「ということは、作っていただけるのですか!?」
「いいの!?」
デクラトスの前向きな台詞にルーちゃんと私は思わず前のめりになって尋ねる。
すると、途端にデクラトスは渋い顔をして、そっぽを向いた。
「え? やっぱりダメなの? どっち?」
「作ってやる。ったく、いちいち言わせるな」
しっかりと尋ねると、デクラトスは顔を背けながらもそう言った。
「やったね、ルーちゃん!」
「はい! デクラトス様に打っていただけるとは光栄です」
聖剣作りを引き受けてもらうことができた私たちは思わず喜び合う。
鍛冶師を引退し、聖剣作りをやめたと聞いた時は不安になったが、どうにか引き受けてもらうことができた。
アークの聖剣を作ったデクラトスなら、きっとまた凄い聖剣を作ってくれるに違いない。
「私も嬉しい。じいじが聖剣を作るところも見たかったから」
「……そうか」
ミリアのそんな素直に言葉に、デクラトスはますますと照れた様子だ。
ここまで表情が緩んでいる姿は初めて見た。
私とルーちゃんがニマニマとした視線を送ると、デクラトスはハッと気づいたように我に返って咳払い。
「聖剣を作ってくれっていうんだ。それなりの素材は用意してるんじゃろうな?」
「勿論! アダマンタイト、聖石、聖水晶、ミスリルを持ってきたよ」
挑発するような視線を向けるデクラトスの前に、私はリュックから取り出した鉱石類の数々を出してみせる。そして、渾身のドヤ顔だ。
「わあ! 綺麗!」
「……どれもかなり質がいいな。こんな上質なものをポンと出しやがって。一体、どこから持ってきやがった」
テーブルの上にある鉱石類を前にして、ミリアは素直に感動し、デクラトスは顔を引きつらせながら確かめる。
「王城の宝物庫から」
「盗品か!」
「盗んでないからね!? 国王様から褒美として貰っただけだから!」
なんて人聞きの悪いことを言うおじさんだろうか。
ミリアの純粋な視線が「え? 盗んだものなの?」という疑念のものになっているじゃないか。
私はミリアの誤解を解くためにも、地下水道の詳細を省きつつも、国王様からの褒美をもらった件について説明した。
「……お前、護衛騎士のためとはいえ、やり過ぎじゃろ」
「私を救うために聖剣が壊れることになったからね。そんな素敵な聖騎士のために最高の聖剣を作ってあげたいと思うのは当然じゃない?」
「ほう、大聖女の命を救うとは、大人しい顔をしてる割りにやるじゃねえか」
「い、いえ、咄嗟のことでしたので……」
聖剣が壊れた経緯を聞いて、デクラトスが感心の視線を向ける。
そう、うちのルーちゃんは最高にかっこよくて可愛いのだ。
「あと、これらの他にも私の聖魔力がこもった結晶があってね。これも上手く使えないかなーって思ってる」
「こりゃまた面白い素材を持ってきやがって。わかった。なんとか織り込んでみよう。この結晶について知ってることがあったら教えろ」
「うん、いいよ!」
こうして、ルーちゃんの聖剣はデクラトスが作ってくれることになった。
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