大聖女グッズ
「デクラトス」
ミリアのお爺さんの名前を聞いた私とルーちゃんは驚く。
なにせ、その鍛冶師は私たちがこれから訪ねようとしている人のところだからだ。
とはいえ、同じ名前の鍛冶師がいるかもしれない。
「もしかして、ミリアちゃんのお爺さんってドワーフで片眼鏡をかけたりしてる?」
思い切って本人の特徴を尋ねてみると、ミリアは瞳を大きく見開いた。
「ソフィーは、じいじを知ってる?」
「うん、知ってるよ。昔、友人がとてもお世話になってね」
「そうだったんだ!」
やや堅苦しさはあったが、お爺さんの知り合いということミリアの警戒心が完全に解けたみたいだ。表情がとても柔らかい。
それにしても奇妙な縁があったものだ。
「昔と変わらない場所に住んでいるなら、ミリアちゃんの家に案内できるかも!」
「多分、引っ越してない。じいじはずっとここに住んでるって言ってた」
「それじゃあ、行ってみようか!」
家の場所が変わっていないのならば問題ない。
目的地は同じなので私はミリアと手を繋いで、デクラトスの家まで歩いていくことにした。
職人通りを南下していって、いくつかの細道を進んでいくと、二十年前と変わらない民家と石造りの工房が見えた。
民家の前にはドワーフがちょろちょろと歩き回っており、所在なさげにしている。
デクラトスだ。二十年という月日が経過しているが、あんまり老けた様子はない気がする。
おろおろとした動きが、道で迷子になっていたミリアと似ており、なんだか微笑ましい。
「じいじ!」
「ミリア! 心配したぞ!」
ミリアは一目散に走り出すと、そのままデクラトスに抱き着いた。
「ごめん、じいじ。道がわからなくなっちゃった」
「じゃから、まだ一人で買い物は早いと言ったろうに。今度はじいじと一緒に行こうな」
「……うん」
やっぱり、お爺ちゃんと一緒にいるのが一番安心するようだ。
デクラトスに抱き着いているミリアは安堵の表情を浮かべている。
「じいじ、迷子になった私を送ってくれた人がいるの」
ミリアの言葉にようやく気付いたとばかりに視線を向けるデクラトス。
「じいじの知り合いのソフィー」
「ソフィー? ワシにはそんな名前の知り合いはおらん――」
怪訝な表情を浮かべていたデクラトスだが、私の顔を見ると固まった。
「お前、ソフィアか……?」
「うん。久し振りだね、デクラトスさん」
頷いてみせると、デクラトスは驚きと戸惑いの混じった顔になる。
どうやらデクラトスも私のことを覚えていてくれたようだ。
「いや、待て。ソフィアはアブレシアの地下で眠っているはずだ。王都にいるわけがない。ソフィアの名を語る偽物かアンデッドじゃな?」
などとホッとしたのも束の間、デクラトスは鋭い視線を向けて剣呑な雰囲気を漂わせる。
「偽物じゃなくて本物だから! それにアンデッドでもない! 少し前に目覚めたんだよ!」
「冗談じゃ。二十年前と変わらぬ姿で出てきおって気付かぬはずがないじゃろ。こんなところで話すのもなんじゃ。ひとまず、家に上がってけ」
私が必死に弁明すると、デクラトスはフッと笑ってミリアと一緒に家に入っていった。
「噂では堅物と聞いていたのですが、意外とお茶目なところもあるんですね」
「私もビックリだよ。昔は冗談なんて言う人じゃなかったから」
驚いたのは初対面のルーちゃんだけでなく、かつて知り合いだった私もだ。
口数が少なく、頑固だったデクラトスにそんな一面があった。
狐に化かされたような思いをしながらも、私とルーちゃんに促されるままに家に入る。
デクラトスの家は二十年前とほぼ変わらない造りだ。
変わった点があるとすれば、二十年の間に開発された生活魔道具が並んでいることくらいだろう。
なんだか田舎の実家に帰ってきた感がすごい。
「すまんな、久しく客なんぞ来てなかったから白湯しかない」
「うん、気にしないで」
イスに座って待っていると、デクラトスが白湯を持ってきてくれた。
飲み物を頂けるだけで十分にありがたい。
「ソフィアのことは知ってるが、隣の聖騎士は初めましてだからな。自己紹介をしておこう。ワシはデクラトス。ミリアの家族でしがない鍛冶師じゃ」
「お初にお目にかかります。ソフィア様の護衛をしております、ルミナリエと申します。伝説の鍛冶師と謳われるデクラトス様にお会いできて光栄です」
「よしとくれい。そんな御大層なもんじゃない」
ルーちゃんが尊敬の眼差しを向けるも、デクラトスはむず痒そうな反応をする。
あまり過度に褒められるのが好きじゃないのは昔と変わっていないみたいだ。
「ねえ、ソフィーはソフィーじゃないの?」
なんて思っていると、ミリアが素朴な疑問を投げかけてきた。
瞳には「私に嘘の名前を教えたの?」と言っているかのよう。罪悪感が半端ない。
「ごめんね。私の名前を不用意に告げると大変なことになるから」
「どうして?」
大人であれば、そう言えば何となく察して引いてくれるが純粋な言葉はそうはいかない。
純粋な色をした眼差しから逃れることができない。
隣にいるデクラトスはこちらに視線を軽くやるだけで、どうするかは完全に私に委ねるようだ。
デクラトスとは知り合いだし、彼の家族であるならば今後も付き合っていく可能性もあるし言ってしまおう。
しかし、なんて切り出したものだろうか。
私、実は大聖女なんだよね。なんて自分から言い出すのは非常に恥ずかしい。
「えっと、ミリアちゃんは大聖女って知ってる?」
結果として私の口から出たのは何とも迂遠な尋ね方。
「知ってる! 魔王の瘴気を浄化するために、その身を犠牲にした世界の救世主! とても仲間想いで勇気があって、それで綺麗!」
おっと、ミリアの食いつきが想像以上に強い。
もっと軽い感じの反応を見ていたが、思っていたよりもリスペクトが強い気がする。
ミリアの言葉を聞いて、ルーちゃんが同意するように頷いていた。
この子、わかっているじゃないかみたいな反応だ。
「急にソフィア様の話なんてしてどうしたの?」
……どうしよう。回りくどい聞き方をし、賛美の言葉を聞いてしまったせいか、余計に真実を告げにくくなってしまった。
これじゃあ、まるでよいしょされたいがための聞き方をしたかのよう。
私が一人悶絶していると、腕を組んで見守っていたデクラトスが大きく息を吐いた。
「ミリア、目の前にいるこれが大聖女ソフィア様なんじゃ」
言ってくれたのは嬉しいけど、これっていうのは失礼じゃないかな?
「え? でも、ソフィア様はアブレシアで今も瘴気を浄化しているんじゃ……」
「ソフィア様は魔王の瘴気を完全に浄化し、つい最近目覚められたのです」
「え、ええええええっ!」
何故かルーちゃんが誇らしげに告げて、ミリアが驚愕の声を上げた。
「すごい! 髪の長さとか胸の大きさがちょっと違うけど、確かに銅像と顔がとっても似てる! 大聖女ソフィア様だ!」
「う、うん、そうだよ」
ちょっと引っ掛かる言葉があったけど、小さな子供の言ったことだ。
器の大きいレディである私は、その程度の言葉で大人気なく怒ったりはしない。
アークや国王、教会関係者が余計な気遣いをしなければ、こんな辱めを受けずに済んだのに。
「私が目覚めたってことは秘密にしているから、あの時は違う名前を教えたの。結果として嘘をつくようなことになってごめんね」
「ううん、いいの! ソフィア様が目覚めたなんてことになったら、大変に騒ぎになるもんね! 教えてくれてありがとう! 誰にも言わないでおくね!」
「うん、そうしてくれると助かるよ。あと、別に様づけなんてしなくていいからね?」
「わかった」
ふう、小さな子供だけあってさすがに素直だ。
「ねえ、ソフィア。お願いがあるんだけどいい?」
「うん? なにかな?」
ミリアは立ち上がると、後ろにある本棚から一冊の本を持ってきた。
タイトルは『大聖女ソフィア伝説』という絵本。
原作協力には、アーク=セルティネスタというとても見覚えのある名前が記されていた。
またしてもアークか。
本になっているのは知っていたけど、こうして本物を見たのは初めてだ。
しかも、アークがここまでがっつり関わっているなんて思わなかった。絶対悪ノリしてるよね!?
「この絵本にサインして!」
「わ、わかったよ」
事情があった故に名前を偽ってしまったこともあって、その詫びも兼ねてサインをすることにする。
「あとこっちのカードにも!」
「むっ、これはアブレシアの演劇で配られた限定カードではないですか」
「もしかして、ルミナリエも集めてるの?」
「当然です。私は全ての特典を集めていますから。今まで逃したものはありません」
「すごい! 今度見せて!」
「構いませんよ。特別に屋敷に招待しましょう」
「ちょっと待って! 私のグッズってそんなに幅広くあるの!?」
少しくらいなら見逃してあげるけど、そんなにたくさんあるとちょっと怖い。
今度、アークに会ったらどれほどのグッズがあるのか、きちんと問いただそう。




