翌日の楽しみ
「はい、差し入れだよ!」
リリスの心が落ち着いたところで、私は布をといて包みを開けた。
「こ、これはべリベリータルト! 半年先まで予約が埋まっているはずなのに、一体どうやって手に入れたんですか!?」
「そうね。それは私も気になるわ」
甘味に目がないリリスとサレンは、日々王都の甘味屋の情報を仕入れている。
二人としてはタルトの出処が気になっているのだろう。
「今朝、王城に呼ばれてルードヴィッヒ様とお茶をしてね。その時に頂いてきたよ」
「待って。色々と突っ込みどころが多いわ。どうして王城になんて呼ばれるの?」
仕入れ先を明かすと、顔を強張らせたサレンが待ったをかけてきた。
経緯のわからない王族ルートでのタルトになると不安なのだろうか。
私はサレンとリリスに今朝呼び出された経緯と、話の内容について軽く説明する。
「国王様がソフィアを呼び出したのも納得だわ」
「ウルガリンの奪還、地下水道に潜んでいた魔王の眷属ザガンの討伐。これだけの功績を続けておきながら、目覚めを公表する気がないって言われたら首を傾げます」
「別に功績を上げようなんて思ったわけじゃないんだよ。ちょっとした流れと不運というか……」
どうやらサレンやリリスも国王や王太子と同じような気持ちらしい。
私は別に意図してやっているわけじゃないんだけどな。
これ以上、話を続けるとお説教タイムになりそうな予感。
「それよりもタルトを食べよう! 私が切り分けてあげるよ!」
「それもそうですね。食器を用意します」
話を切り上げると、リリスは苦笑いしながら乗ってくれた。
リリスが渡してくれたナイフを手にして、私は半ホールサイズのタルトを切り分けて、それぞれのお皿に乗せる。
「ソフィア様の分は私が切り分けます」
「うん、お願い」
最後に自分の分の切り分けようとすると、ルーちゃんが交代を買って出た。
別にそれほど手間じゃないけど、切り分けてもらえるというのは嬉しいので素直にナイフを渡した。
残りのタルトにルーちゃんがナイフを当てるが、その位置が酷く不自然だ。
「ちょっと待って、ルーちゃん。その角度で切ると、私のタルトだけ小さくならない?」
「これくらいが適量です。なにせソフィア様は先程、この半円ほどのタルトを平らげたばかりですから」
「えええっ!? ソフィアさん、ホールの半分を一人で食べたんですか!?」
「一人でじゃないよ! ルードヴィッヒ様も食べたもん!」
「ルードヴィッヒ様は一切れだけでしたけどね」
リリスの言葉に反論すると、ルーちゃんが余計なことを言った。
「……さすがにそれは食べ過ぎじゃないかしら?」
これには志を同じくするサレンからの言葉も辛辣だ。
言葉こそ控えめであるが、太るぞと言われているようである。
「ソフィア様にはこれ以上食べるのは控えて欲しいところですが……さすがに私もそこまで鬼ではないので、小さめのサイズで一緒に食べましょう」
「ルーちゃん!」
言葉の途中で血涙を流さんばかりの顔になったが、優しさに救われた。
ルーちゃんから差し出されたお皿を私は手にする。
「そして、一緒に運動も増やしましょう」
「…………」
返事することなくお皿を引っ張ろうとするも、ビクともしない。
「ソフィア様、返事は?」
「……はい」
観念して頷くと、お皿がスッと動いて私の手元へとやってきた。
運動の約束を取り付けられちゃったけど、悔いはない。
「じゃあ、食べようか!」
それぞれの食べる準備が整うと、私たちは一斉に手を合わせて食前の祈りを捧げる。
心なしかサレンとリリスの祈りが早口なのは、早くタルトを食べたいが故だろう。
祈りを終えると、皆がタルトを切り分けて口へ運んだ。
「んんっ! なんという苺の濃厚な甘み! それでいて酸味も絶妙!」
「ざくざくとした生地も最高ね!」
「「これが幻のべリベリータルトの味……!」」
実に幸せそうな顔で呟くリリスとサレン。
様々な甘味を口にしてきた二人をも唸らせる満足のいく味だったようだ。
ちなみにルーちゃんは美味しさを噛みしめるように食べている。
「ルーちゃん、美味しい?」
「はい、美味しいです。とても洗練された味ですね」
美味しそうに食べる三人を見ながら、私もタルトを食べる。
生地とクリームとカスタード、苺のハーモニーが見事に奏でられる。
悪魔的な美味しさだ。
既に王城で味わったけど、もう一度食べても美味しい。
というか、王城で食べたものよりも美味しい気がする。
皆と一緒に食べているからかな?
慣れない王城と王太子を前にしていたことで緊張していたというのも関係しているのかもしれない。
そうであるのだとすれば、王城で食べるのは程々にして、持ち帰り分を多くすれば良かったかも。ちょっと後悔。
「にしても、王太子殿下と二人でお茶なんて大丈夫なの?」
「へ、なにが?」
突然のサレンの言葉に私は戸惑う。
王太子であるルードヴィッヒと一緒にお茶をすることに危ないことなんてあるのだろうか?
「だって、二十年前は求婚されてたんでしょ?」
「確かにそうだけど、二十年も前だよ? ルードヴィッヒ様にはエリーゼ様や他の奥さんがいるし、年も離れているんだよ? 今さら私となんて結婚したいと思うはずがないよ」
きっとエリーゼ様のような綺麗でスラッとした大人の女性がいいに違いない。
それと比べて私は十五歳の姿のままだ。今のルードヴィッヒの好みとも合わないだろう。
「いや、むしろ逆じゃないですか? 想いを寄せていた女性が、初恋の時と同じ姿で現れたんですよ? 私としては王太子様の恋心が再燃していないか心配です」
「私もリリスの意見に一票ね」
「それはないってー。二人とも恋愛小説の読み過ぎだよ」
再会した女性と恋に落ちるなんてものは、創作の中だけの話だ。
今の私にそんなことが起きるはずがないだろう。
妙に食いつきのいいリリスやサレンの言葉を流しつつも、私はベリベリータルトを味わう。
情報交換や他愛もない日々の生活を語りながら、食べるとあっという間に皿が空になってしまった。
「そろそろ休憩も終わりだから、仕事に戻るわね」
「あっ、私も午後に指導の準備をしないと」
サレンが立ち上がると、リリスも思い出したようにビクリと反応する。
楽しい時間は本当にいつもあっという間だ。
「わかった。それじゃあ、私たちはお暇するね」
「ソフィアさん、差し入れありがとうございました!」
「ベリベリータルト、とっても美味しかったわ。これで午後の仕事も頑張れる」
「どういたしまして」
サレンは同僚の口止め料として一切れだけ包むと仕事に戻り、リリスは部屋で次の指導の準備を始めたので、私とルーちゃんは退室。
「タルトが少し余ってしまいましたね」
「うん」
包みの中には二切れほどのタルトが残っている。
普通なら迷うことなくお土産として持って帰り、エステルに食べさせてあげたいが、レイスである彼女は食事を必要としておらず、食べることができない。
「よし、メアリーゼに一つ渡して、もう一つは私とルーちゃんで半分こで明日のおやつなんてどうかな?」
「いいと思います」
食べ過ぎたので当分はおやつ抜きを覚悟していたが、半分こであれば問題ないようだ。
ルーちゃんもタルトの美味しさを知って食べたくなったのかもしれない。
どちらにせよ、残りの食べ方は決まった。
私とルーちゃんはそのまま階段を上って、メアリーゼのいる執務室へ。
「ソフィアです。珍しいお菓子が手に入ったので差し入れにきました」
扉をノックしながら用件を告げると、メアリーゼから入室を促す声が聞こえたので中に入る。
「こんにちは、ソフィア」
「差し入れをするために大司教の部屋に訪ねるとは、相変わらずですね」
そこにはにっこりとした笑みを浮かべるメアリーゼと、呆れたような顔をしたエクレールがいた。
「こ、こんにちは」
エクレールを目にして自然と背筋が伸びる。
「ソフィア、珍しいお菓子とは一体なんでしょう? 甘味には目がないので楽しみです」
執務室にはメアリーゼとエクレールの二人。
残ったタルトも二切れ。
メアリーゼだけでなく、エクレールにはとてもお世話になっている。
キューとロスカの相談にも乗ってくれているし、健康のチェックもしてくれいる。
ここでメアリーゼにだけタルトを渡すなんて真似はできるはずがない。
思わずルーちゃんに視線をやると、鎮痛な表情でこくりと頷いた。
「幻のタルトが手に入ったので、是非ともお二人に食べてもらいたいなと……」
私とルーちゃんは翌日の楽しみを失った。




