差し入れ
『転生貴族の万能開拓』のコミック1巻が本日発売。
「教会に寄ってもいい? サレンとリリスに差し入れをしたくて」
「はい、問題ありません」
王城を脱出した私とルーちゃんは、そのまま教会本部へと足に運んだ。
このタルトを新鮮な内に食べてほしいからね。
そんなわけで教会本部にやってきた私たち。
すると、教会には大勢の市民が受付周りにいることに気が付いた。
「地下水道に瘴気があったなんて大丈夫なの?」
「瘴気に汚染された魔物がいたんだろ!? そいつらはどうなっているんだ!?」
「早期発見により、現在は浄化が完了しています。心配はございません。瘴気持ちの魔物につきましては、聖女や聖騎士を動員し討伐、浄化が完了しております。現在は残党がいないかの確認と瘴気の発生源を調査中です」
どうやら先日の地下水道事件が公表されて、市民たちが不安になっているらしい。
状況については教会本部から正式に発表されており、広場や大通りの掲示板などにも貼り出されているが、それでも不安に思う人も多いのだろう。
なにせ自分たちが生活している足元での事件だ。思わず教会に詰め寄りたくなる気持ちもわからなくもない。
それがよくわかっているのか、サレンをはじめとする受付嬢はとても親身に対応していた。
ひとりひとりの不安を和らげるように。
「皆様には大変ご心労をかけてしまいますが、どうか我ら教会を信じてください。女神セフィロト様と大聖女ソフィア様は、いつも私たちを見守り、守護してくださります」
「そうだな。なにせ世界を救ったソフィア様のいた教会だ。信じようじゃないか」
「ああ、また教会の人たちが俺たちを守ってくれる。せっかくだし、女神様とソフィア様にお祈りしようぜ」
サレンたちの親身な対応で不安が和らいだのか、市民たちは晴れやかな顔で去っていった。
深く礼をしてそれを見送るサレンたち。
「お疲れ様。ところでサレン。最後の言葉はなに?」
女神セフィロト様はわかるけど、大聖女ソフィア云々はいただけない。
「ああいう風に言うと、皆さんとても安心してくださるのよ」
「うーん、市民を安心させるための言葉なのはわかるけど、女神セフィロト様と肩を並べるような言い方は……」
私はあくまで人だ。女神セフィロト様と肩を並べるようなことはちょっと恐れ多いというか、恥ずかしいというか。
「あなたは実感がないかもしれないけど、それほど人々にとってソフィア様という存在は心の拠り所になっているのよね」
「なにせソフィア様は世界を救いましたしね!」
苦笑するサレンと誇らしげに頷くルーちゃん。
なんかその内、ソフィア教とか誕生しそうで怖い。
「ところで、今日はどうしたの?」
「サレンとリリスに差し入れがあってね。じゃーん! この間、三人で話していたベリベリータルトが――」
「早くそれを隠して!」
包んでもらった箱とタルトを見せると、サレンが真剣な顔で言った。
まるで危険物でも持ち込んだかのような反応に私は戸惑う。
「え? なんで?」
「そんなもの見せびらかされたら、ここにいる職員や聖女が暴徒と化して襲い掛かるわよ。ほら、布をかけて他人からロゴが見えないようにしなさい」
「う、うん。わかった」
サレンのあまりの真剣さに戸惑いながら、私は包んでくれた箱のロゴを隠すように包んだ。
「やけに視線を感じると思っていましたが、ロゴが見えていたからなのですね」
「ああ、道理で」
ここにやってくる前にもやたらと視線を集めていることには気が付いていた。
いつも通り、ルーちゃんに見惚れているのかと思ったが、ベリベリータルトを売っている店のロゴに注目していたようだ。
「そういうわけで、ヒルダ。このことは黙っておいてくれる?」
「……タルト一切れで手を打ってあげる」
「くっ。わ、わかったわ」
傍で話を聞いていた同僚との交渉は終わったらしい。
そこまでしなければ、危ないというのか。幻のタルト、恐るべし。
「じゃあ、行こっか」
「リリスちゃんは?」
「修練は入っていないから、きっと自室にいるはずよ」
おお、さすがは教会本部の受付嬢をしているだけあって、職員のスケジュールは把握しているらしい。
「いなかったらどうする?」
「私が食べる。ベリベリータルトはなかったことにするわ」
「わぉ」
「冗談だから真に受けないでよ。冷蔵庫に入れて保管しておくわ」
コロコロと笑っているけど、サレンならやるかもしれないな。
サレンってたまに腹黒いところがあるから。
「なにか変なこと考えてない?」
「な、なにも」
サレンから妙に迫力のある笑みを向けられて動揺する私。
そんなにわかりやすい顔をしていただろうか。気を付けよう。
サレンの後ろをついて階段を上っていく。
上層にある職員寮に入り、リリスが澄んでいる部屋の扉をサレンがノック。
しかし、返答はない。
「あら、いないのかしら?」
「室内から身じろぎの音と微かな声が聞こえますが……」
ルーちゃんの言う通り、耳を澄ますと室内からは確かに人の気配がする。
それに微かに話し声のようなものも。
「誰か客人がいるとか?」
もしかすると、誰か仲の良い職員とまったりお茶でもしているのかもしれない。
「ですが気配は一つしかありません。そうだとしてもノックを無視するでしょうか?」
確かにそれもそうだ。
大事な話し相手がいたとしても、ノックされれば返事くらいはする。
リリスはとても真面目な子なので居留守のような真似はしないだろう。
「リリスちゃーん! ソフィアだよ! 美味しいタルトを持ってきたんだけど!」
今度は私がノックをしながら用件を告げてみる。
またしても中から返事がない。
「気配がないのに扉を開ける素振りがない……」
「まさか、病気か何かで倒れているのでは!?」
「そうだとしたら大変だ! リリスちゃん!」
神妙な表情を浮かべながらのサレンとルーちゃんの言葉に、私は思わずドアノブを捻ってみせる。
幸いにも鍵はかかっていなかったのか扉はすんなりと開き、中にはベッドで寝転がるリリスがいた。
「はぁ、また今日も他の指導員に強く叱り過ぎって言われた。だけど、二十年前の稽古はもっと厳しかったんだけどな。甘やかしたら見習いの子たちが育たないし、不甲斐ない子を聖女になんて推薦したくない。実力が伴っていない子は死亡率が高くなるし、だからといって聖女を推薦しないわけにもいかない。はぁ、どうすればいいんだろ……」
彼女の視線の先にはクマのぬいぐるみがあり、それに向かって話しかけているようだ。
それ以外にもリリスの周りにはたくさんのぬいぐるみがあり、そこだけとてもメルヘンな雰囲気になっている。
「リリスちゃん?」
「ふえ?」
無事かどうか確かめるために声をかけるとリリスが振り返る。
「ええええっ!? ソフィアさんにサレンさん、それにルミナリエまで! ど、どどど、どうして私の部屋にいるんですか!? 来るならノックしてくださいよ!」
「ノックなら何回もしたし、声もかけたわよ」
「ええっ!」
呆れながらのサレンの声にリリスが驚愕する。
どうやらぬいぐるみに話しかけるのに夢中で本当に気付いてなかったらしい。
「中から声は聞こえていたんだけど反応がないから、倒れているんじゃないかって心配になって入っちゃった。ごめんね」
「あ、いえ。こちらこそ、心配をおかけしてすみません」
事情を説明して謝ると、状況を理解してくれたのかリリスも申し訳そうに謝った。
「すぐに片付けますので!」
「あら、別にいいじゃない。リリスのぬいぐるみ好きなんて、私たち皆が知ってることでしょ?」
「もしかして、サレンさんも昔から気付いて……?」
「必死にぬいぐるみを隠そうとするリリスが可愛らしかったわぁ」
サレンの言葉を聞いて、リリスが愕然とした表情を浮かべた。
やっぱり、サレンも知ってるよね。
「うう、恥ずかしい」
顔を真っ赤にして枕に顔を埋めるリリス。
穴があれば入りたいとは、きっとこの事だろうな。
『転生大聖女の目覚め』のコミックがおかげさまで重版いたしました。ありがとうございます。




