国王からの呼び出し
『転生大聖女の目覚め』書籍2巻が本日発売です。
そして、コミック1巻は10月7日に発売します。
「……今のが本当に魔神なのか?」
静まり返った広間の中でアークが呆然と呟く。
その濃密な瘴気の気配に誰もが顔色を青くしていた。
今でも何が起こったのかよくわかっていないくらいだ。
「ソフィア。さっきの魔神と名乗る者の瘴気は、二十年前の魔王と比べてどうだった?」
「間違いなく魔王よりも強かったよ。レベルが段違い」
神妙な表情で尋ねてくるセルビスに私はハッキリと答えた。
「……私は魔王と対峙したことはないけど、今までで一番危険な瘴気」
私だけでなく、ミオも一目でその危険性を理解できたようだ。
あれは間違いなく魔王よりも強い。
瘴気の濃密さは、比べるのもバカバカしく思えるほどだ。
「そうなると、やはり魔神だと考えるの打倒だろうな」
「あれでただの眷属だとか言われたら、そっちの方が信じられねえぜ」
腕だけでありながらの圧倒的な存在感だった。
あれで魔神でなく、魔王の眷属だとすれば、この世界は既に瘴気で満たされて滅んでいるだろう。人間に押されて隠れ潜む意味もない。
「それにしても、どうやってここに腕を飛ばしてきたんだ?」
「……ザガンが描いた魔法陣のせいだろう。恐らく、自らを触媒として、遠くにいる魔神を呼び寄せようとしたに違いない」
フリードの疑問の言葉に、地面に描かれている魔法陣を見ながらセルビスが答える。
魔法の造形に深い彼が言っているので、その可能性は非常に高いだろう。
「もしかして、子供たちを攫っていたのは……」
セルビスの言った魔法陣の触媒と、誘拐された子供たちが繋がる。
「この魔法陣を起動するための触媒にしようとしたのだろうな」
「なんて酷いことを考えるんだ」
セルビスの言葉を聞いて、アークが嫌悪感に満ちた声を漏らした。
幼い子供を生贄にして起動する魔法陣なんて外道も外道だ。
ザガンのやろうとしていた所業に、思わず私も顔をしかめてしまう。
どうしてそんな酷いこと考えるのだろう。
そんな言葉が口から出そうになるが、それに答える者は既に浄化され、その親玉の気配も既にここにはない。
意味のない言葉になるのはわかっていたため、私はその言葉を飲み込んだ。
「ひとまず、王都の危機を僕たちの手で事前に食い止めることができた。それだけでも良しとしよう」
重苦しい空気が漂う中、アークが明るい言葉で言ってくれる。
「そうだね。ザガンの野望も魔神の召喚も止めることができたし。今はそれを素直に喜ぼうか!」
魔神という強大な存在の一旦を感じさせられたが、なにも悲観することはない。
「……ん、攫われた子供も無事でよかった」
「ああ」
攫われた子供たちも無事だし、地下水路に潜伏していたザガンも倒すことができた。
未来に待ち受ける不安を無視することはできないが、今日の戦果だけを見れば大収穫である。今はそのことを素直に喜ぼう。
「それにしても、ルミナリエ! よくあそこでソフィアを守ったな。お手柄じゃねえか!」
「そうだよ! もし、あの手に掴まっていたら、私でもどうなっていたか……」
相手は魔王よりも格上であり、測り得ない実力の持ち主だ。
聖魔法で防御している時ならともかく、素の状態で掴まれていたらどうなっていたことか。
「いえ、ソフィア様の聖騎士として当然のことですから」
「本当にありがとうね、ルーちゃん。さすがは私の聖騎士だよ」
手を握りながら心からお礼を伝えると、ルーちゃんが一筋の涙を流した。
「ええっ! ルーちゃん、どうしたの? もしかして、どこか痛いところでもあるの!? すぐに治癒をしてあげるよ!」
「いえ、ソフィア様のお言葉が嬉しかっただけなので。ソフィア様のお役に立つことができて良かったです」
私が慌ててそう言うと、ルーちゃんはこぼれる涙を手で拭いながら答えた。
「もう、ルーちゃんは可愛いな!」
「そ、ソフィア様、まだ剣を仕舞っていないので抱き着かれては危ないですよ」
感極まって思わずルーちゃんに抱き着くと、パキパキと音が鳴った。
「んん? なんか変な音が……」
不審に思って思わず視線を下に向けると、ルーちゃん右手に握られていた聖剣に蜘蛛の巣状の亀裂が入って割れた。
「わっ! ルーちゃんの聖剣が割れた!」
「そんなにソフィアの抱擁は激しかったのかよ!?」
「そんなわけないじゃん!」
ランダンの的外れな言葉に憤慨しながら突っ込む。
私はそんなゴリゴリな女じゃない。
そもそも抱き着いたのはルーちゃんの身体であって、聖剣には接触すらしていなかった。
私の抱擁で砕けるなんてあり得ない。
「恐らく、魔神の瘴気に阻まれた影響でしょう。それなりに長い間、使っていたこともあってか限界を迎えたようです」
刀身がすっかりと粉々になってしまった聖剣を見つめ、寂しそうな顔をするルーちゃん。
長年使い込んでいた武具が、壊れてしまうのはそれなりに寂しいものだ。
「これだけ派手に砕けていると、恐らく作り直す方がいいだろうね」
「だな」
聖剣や破片を眺めるアークとランダンの判断はそのようなもの。
これだけ刀身が派手に砕け散ると、修繕なんてものが無理だというのは素人でもわかった。
「ルーちゃん、次の聖剣は私に作らせて!」
聖剣とは聖女が聖魔力を編み込むことによって完成する剣だ。
私を守ってくれたルーちゃんのためにも、私自身の手で作ってあげたい。
「よろしいのでしょうか?」
「うん、私の大切なパートナーの武器だもん」
「ありがとうございます。では、よろしくお願いします」
「任せて!」
私がそのように言うと、ルーちゃんは表情を一転させて嬉しそうな顔をした。
「さて、一度地上に戻ろうか。色々と皆に報告することもあるだろうし」
そんなアークの言葉に頷いて、私たちは地下水路から地上へと戻った。
●
地下水路から地上に戻るとアークとセルビスは事件を報告しに王城へ、私とミオは教会本部にいるメアリーゼへ報告した。
王都の真下に魔王の眷属が潜んでいたことはメアリーゼであっても驚きの出来事であり、急遽聖騎士や聖女が編成されて、残りの瘴気の浄化や、瘴気持ちの魔物の残党処理などが行われることになった。
ウルガリンを奪還し、その維持で非常に忙しいところ申し訳ないのだが、こればっかりは私のせいではなくザガンのせいなのでしょうがない。
メアリーゼも理解してくれてか、今回は一切の小言を言われることもなく、早期発見と悪事を阻止したお陰で褒められたので良かった。
そんなわけで後はお偉い方々の出る幕であって、表立って大きく活動することのできない私に出番はないので屋敷に戻って身体を休めることにした。
翌朝、私の屋敷で身体を休めたミオとフリードは早くも外に出る。
「もう行くの?」
「……うん。王都の真下だから一刻も早く瘴気を浄化しないと」
つい昨日激しい戦いをしたばかりなのでもう少し休んだ方がと心配する気持ちもあるが、王都の真下ともなれば多くの人々が危険を感じてしまうもの。しょうがないことではあるか。
ミオも疲れを見せている様子もないし、随分と前向きな様子。
いつの間にか立派な聖女になっていることが嬉しく、私は口元が緩む。
「わかった。頑張ってね!」
「……うん、また落ち着いたら遊びにくる」
「世話になった」
ルーちゃんと共に笑顔で見送ると、ミオとフリードが教会本部の方へと歩いていく。
「さて、屋敷に戻ろうか」
「お待ちください、ソフィア様。馬車がこちらにやってきます」
二人の姿が見えなくなり屋敷に戻ろうとしたが、不意に屋敷の前に一台の馬車が停まった。
訝しんでいると、扉が開いて文官の制服に身を包んだ女性が出てきた。
キリッとした表情に切り揃えられた赤髪。確か前に王城に行くときに案内してくれたセレナーデだ。
それに続く形で何故かアークも出てくる。
二人揃って一体何の用だろうか? ちょっと嫌な予感がする。
「おはようございます、ソフィア様」
「おはようございます、セレナーデさん」
「早朝から連絡もなく、屋敷に押しかける無礼をお許しください」
「う、うん。それはいいけど、どうかしたの?」
ぺこりと頭を下げるセレナーデの顔を上げさせて、私は二人がやってきた理由を尋ねる。
「国王様がソフィアに会いたいんだってさ」
すると、アークが気まずそうにしながらも話してくれた。
「え? なんで?」
国王ならば少し前に謁見して話をしたばかりのはずだが。
「ウルガリンの奪還、王都に巣食っていた魔王の眷属の退治の件だと思うよ」
「ええー」
「ソフィアは目立つことを望んでないからできるだけ断っていたんだけど、これだけ功績が重なるとね」
アークは頑張ってフォローしてくれたようであるが、さすがに無理だったらしい。
……なんかごめん。
「というわけで、申し訳ありませんが、王城までご足労をお願いできませんでしょうか?」
「わかりました」
さすがにこれだけ出来事を重ねて拒否なんてできるわけがない。
素直に頷いた私はルーちゃんを伴って、王城行きの馬車へとドナドナされるのであった。
これにて2章は終了です。
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