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魔王の眷属ザガン


 アークたちに切り開いてもらって中心部分に進んでいくと、やがて大きな広間にたどり着いた。


 入り組んでいた水路が交わった平地であり、ここだけは水路がなかった。


 しかし、そこには地下水路を瘴気で満たした元凶であり、子供たちを誘拐していた犯人がいた。


「……まさか、ここに私がいると気付くものがいるとは」


 漆黒に近い肌に鋭く尖った耳。暗闇の中でも血のような赤い眼がくっきりと見える。


 銀色の髪をオールバックにしているダークエルフの男だ。


 黒を基調とした装束に金の刺繍。いかにも怪しい魔法使いといって出で立ちの者が立っている。


「魔王の眷属、ザガン」


 私はコイツを知っていた。二十年前も暴れ回っていた、魔王の眷属の一人だ。


「この忌々しい聖魔力……まさかとは思っていたが生きていたのか聖女ソフィア!」


「そっちの親分の瘴気を浄化するのに、ちょっと手間取ったけどなんとかね」


 顔を知っているのはこちらだけでなく、当然相手も知っているみたいだ。


 全然、嬉しくない。


「ザガンといえば、二十年前の戦いで消息を見失ったとの報告を耳にしましたが、まさか王都の地下水路に潜伏していたとは……」


「フン、あの戦況では魔王が負ける可能性が高かった。だから、早めに姿をくらましたまでだ」


 ルーちゃんの言葉を聞いて、ザガンが鼻を鳴らして言う。


「それで新しく出てきた魔神って人に鞍替えして悪さしてるんだ?」


「そういうわけだな」


 あからさまな挑発の言葉を投げてみるが、ザガンはまるで激昂することもなく冷静に答えてみせた。


 ここまで堂々としているのはバックについている魔神がかなり強力な証なのだろう。


「……子供たちを誘拐してどうするつもり?」


 ザガンの後ろには繭に包まれた子供たちがいる。


 その数は十人近くおり、想像していたよりも多い。見たところここにいる子供たちは無事なようだけど、変なことをされていないか心配だ。


「それを素直に教えてやると思うか?」


 ミオが勇気を振り絞って問いかけるも、ザガンは口角をにいと釣り上げてバカにするように言った。


 聞いているだけの私でさえも、イラつきそうになる笑みだ。


「だったら、子供を取り返して吐かせるまでだ」


 思わず殴りたくなったけど、それよりも先にフリードが動き出した。


 素早い踏み込みと共に聖剣を薙ぎ払う。


 ザガンはそれに素早く反応し、腰の履いている黒剣で受け止めた。


 攻撃は当たらなかったけど、まず優先するべきは子供たちの安全だ。


 フリードに意図が足止めだと読んでいた私は、既に聖魔法を組み上げていた。


「『サンクチュアリ』ッ!」


 繭に包まれている子供たちを覆うように聖域を作り上げる。


 それに伴い繭を作っていたスパイダーが浄化されて消えた。


「子供たちを人質にはさせないからね!」


「……チッ、相変わらず面倒だ」


 ザガンが正面から戦うことを滅多にしない狡猾な眷属だ。


 魔王討伐の旅をしていた時も、彼の計略によって何度苦渋を舐められたことか。


 彼がやりそうなことはなんとなくわかる。


 ひとまず、これで捕らえられている子供は安全だろう。


 フリードだけでなく、ルーちゃんも加勢した。


 ザガンは不思議な足さばきをしながらも、鋭い刺突や剣撃を繰り出していく。


 真正面から戦うタイプではないので戦闘能力は低いと思っていたが、聖騎士二人を前にして斬り結ぶことができているので剣の腕前も中々のものだ。


 しかし、聖騎士二人を相手するには実力不足なのだろうか。徐々にザガンの手数が減っていく。


 このまま一気に押し込めるかと思いきや、ザガンの身体からぼきぼきとした異音が聞こえた。注視してみるとザガンの纏っているローブの後ろがなにやら膨らんでいる。


「ザガンの背中が膨らんでる! 注意して!」


 私が忠告を発すると共に、ザガンの背中から六つの脚が出てきた。


「ぐっ! 身体が痺れる!」


 フリードは咄嗟に身をよじったが脚が腕をかすったらしい。


 鮮血が流れ、傷口に瘴気が流れ込む。


 どうやらザガンの瘴気が及ぼす影響は麻痺のようだ。フリードの動きが瞬く間に精細さを欠いてしまう。激しい戦闘の中で身体が自由に動かないというのは致命的だ。


 通常であれば、フリードは戦線離脱を余儀なくされるが、後ろには私たちが控えている。


「『キュアオール』『ヒール』」


 ミオの聖魔法で瘴気はすぐに浄化され、続いて放たれた治癒によって傷口が瞬く間に塞がった。


「助かった! ミオ!」


「……ん」


 これによってフリードは戦線を離脱することなく、すぐさま攻撃に加わることができた。


 しかし、今のザガンの背中には六本もの脚が生えており、剣だけでなく、それらも振るってくる。


 フリードとルーちゃんの二人がかりで戦況は優勢かと思いきや、圧倒的な手数を前にして劣勢へと変わり始めた。


「ハハハハハ! 俺の相手をするには腕が足りないな!」


 苛烈な攻撃をしながら高笑いをするザガン。


 というか、あれ腕なんだ。どう見ても昆虫の脚のようにしか見えないんだけど。


 開けた場所である広間も、これだけの密度を持つザガンがいると随分と狭く感じられる。


 それでもフリードとルーちゃんは身体捌きで脚を躱し、ザガンが繰り出す剣撃を聖剣で弾いていた。


 ぎちぎちと音を立てて蠢く脚は、蜘蛛のようであり蟹のようでもある。とても不気味だ。


 激しい攻防が繰り広げられると、今度はルーちゃんの頬に一筋の傷ができた。


「こらぁ! うちの可愛いルーちゃんになにしてんの! 『キュアオール』『ハイヒール』」


 ザガンに罵声を浴びせながら、私は即座にルーちゃんを浄化、そして治癒させた。


 瘴気の影響が麻痺である以上、速やかに浄化してあげる必要がある。


「……ソフィア、やり過ぎ。ヒールでよかった」


「だって、可愛いルーちゃんの顔に傷をつけたんだよ!?」


 よりによって乙女の顔に傷をつけるなんてザガンは本当に悪い奴だ。


 私が憤慨を露わにすると、ミオは若干呆れたような顔をした。


 そんな風に私たちが支援を繰り返すと、ザガンの脚を組み合わせた不規則な動きに慣れてきたのかフリードとルーちゃんの立ち回りが安定してきた。


 そうなると私たち二人が支援をする必要はなくなり、戦いの幅が増える。


 支援はミオに任せて、私が援護をしたいところだけど、浄化の詠唱に入れば真っ先にザガンは襲い掛かってくる。そうなると戦況が崩れて面倒なことになりそうだ。


 だからといって『ホーリーアロー』を飛ばそうにも激しく動き回っている二人がいるので飛ばしづらい。


 どうするべきかと考えている時に思い浮かんだのは、セルビスが繰り出していた『魔弾』という魔法だった。あれは魔力の塊を打ち出して自在に制御していた。


 セルビスみたいな細かい追尾はできなくても、あれを真似すれば動き回る敵が相手でもコントロールして聖魔法を当てられるんじゃないだろうか?


 そう考えた私は、杖の先に聖魔力を集めて聖魔法を発動してみる。


 すると、私の杖の先に翡翠色の聖魔力の球が完成した。


 セルビスの魔法を再現し、アレンジできたことを喜びたいが、今はそれどころではない。


「できた! いっけー! 『聖魔弾』ッ!」


 私の杖から聖魔弾が勢いよく撃ち出される。


 聖魔力を察知したザガンは瞬時にそれに気付き、フリードやルーちゃんとの斬り合いを放棄して間合いをとる。


 しかし、私はザガンが逃げた方に杖を動かす。すると、聖魔弾もそれと同期するように、杖の方向へと進路を変えた。


「なにっ!? 追尾してくるだと!?」


 これにはザガンも面食らったようで大きく目を見開いた。


 なんとか身体を逸らすが、私の聖魔弾はザガンの背中から生えた脚を四本ほどへし折った。


 ザガンの不気味な脚が地面に落ちる。


 セルビスのように何もせず意のままに動かすってことはできないけど、それでも一発目にしては上出来だよね。


「はぁっ!」


「せああああっ!」


 ザガンの見せた隙を逃さずフリードとルーちゃんが突っ込み、聖剣による一撃を当てる。


 フリードの聖剣はザガンの残りの脚を斬り落とし、ルーちゃんの斬撃は腹を切り裂いた。


 二人の持つ剣は、教会の聖女が聖魔力を込め、鍛冶師が鍛え上げた聖なる力を宿した剣だ。


 それは瘴気を宿したザガンには弱点であり、かすり傷であろうと激しくその身を焼きつける。彼の腹部からはシュウシュウと白い煙が上がっていた。


「ぐああああああっ!」


 ザガンの口から漏れる苦悶の声。


 きっと、全身を蝕むような激痛が走っているに違いない。


「私が浄化する!」


「ぐうう、そうはさせるか!」


 聖魔法による浄化を組み上げようとすると、ザガンがそんな声を上げる。


 余裕がないはずなのに、その瞳は冷静のように見える。もしかして、なにか仕掛けてくる?


 浄化魔法の詠唱をしながら注意深く観察していると、ザガンは大きく後退して水路の傍に行った。


 まさか逃げるつもり? そんな思考がよぎったが、水路から子供を運んでくるスパイダーを目にして血の気が引いた。


 捕らえられていた子供はここにいるだけが全てじゃなかった。


「動くな! それ以上動くと、ここにいるガキが――」


「……『サンクチュアリ』」


 ザガンが繭に包まれた子供へと手を伸ばそうとするが、それはミオの作り出した聖域によって阻まれる。


 聖域の内部に囚われたスパイダーは浄化され、ザガンの手が拒まれて焼かれる。


「なっ!」


「さすがミオ!」


「……皆が安心して、安全に戦えるように周囲の状況を探るのが私の一番の強み。皆がそう教えてくれた」


 にっこりと微笑みながら言うミオ。


 どうやら屋敷での言葉が彼女の心に響いていたようだ。


 油断することなく、周囲の様子を探っていたミオには頭が上がらない。


 にしても、こんな状況でもまだ姑息な手を残していたなんて、やっぱりザガンは油断ならない。早く浄化する必要がある。


 私は浄化をザガンに向けて放つ。


「『ホーリー』ッ!」


「ぐおおおおおおおお! くそ、忌々しい力を持った聖女め!」


 私の聖魔法を受け、白い煙を上げて転げまわるザガン。


 身体のあちこちが聖魔力によって蝕まれ、焼け焦げている。


 あと一押しで完全に浄化できる。そう思って杖を構えて、もう一度聖魔法を組み上げる。


「こんなところで死んでたまるかッ!」


 ボロボロの身体になっていたザガンが、そんな言葉を吐いて懐からムカデを取り出す。


 それは以前戦った魔王の眷属が口にして、力を何倍にも跳ね上げさせた魔神の力。





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