乱戦
水流に乗ったスライムを撃退した私たちは、活動を再開して瘴気の中心部分へと進んでいく。
しかし、中心部分に至るにつれて瘴気は濃厚になり、魔物との遭遇も増えていた。
「はっ!」
ルーちゃんが迫りくるマンティスを一息で二体ほど斬り捨てる。
ビッグフロッグが飛び跳ねてくるが、ルーちゃんはサイドステップで軽々と躱して一刀両断。
奥からはニードルキャタピラーが身体を丸めて転がり、ルーちゃんを押しつぶそうとする。
「『プロテクション』」
私はルーちゃんの目の前に聖なる壁を作り出す。
すると、ニードルキャタピラーの転がり攻撃は聖壁に阻まれて、宙を跳ねて足をバタつかせる。それをルーちゃんが見逃すわけもなく、すぐさま駆け出して斬り裂いた。
「助かります!」
「気にしないで!」
お礼の言葉に頷くと、ルーちゃんは左側からやってくるスパイダーへと斬り込む。
「……フリード、右からゲンゴロンが三体とモルフォスが二体。その奥からハンターフライの群れがきている。モルファスは私がやる」
反対側ではフリードで水路から襲ってくるゲンゴロンに対処し、ミオがフォローに回っていた。
フリードだけでは捌き切れないと判断しての動きだろう。
「『ホーリーアロー』」
ミオが聖魔法を発動しようとするよりも前に、私が聖なる矢を放つ。
私の聖魔法は飛行するモルファスを撃ち落とした。
「……ソフィア」
「ミオは感知に集中して。漏れそうになった敵は私が倒すから」
「……わかった」
ミオには戦ってもらうよりもルーちゃんやフリードのサポートに専念してもらった方がいい。
私はさらに戦線を安定させるためにフリードとミオに付与をかけることにした。
「付与をかけるよ! 『剛力の願い』『瞬足の願い』」
「お、おおお! なんだこのバカげた付与は!? 硬い甲殻に覆われているゲンゴロンが真っ二つだぞ!?」
筋力の大幅なアップにフリードは戸惑いの声を上げる。
そんな一方で既に二種類の付与に慣れており、素早さまで上がっているルーちゃんは無双の活躍を見せる。迫りくる瘴気持ちの魔物を次々と切断だ。
「フリード、その程度ですか?」
「くそっ、『瞬足の願い』まで貰ってるからだろ!」
ルーちゃんに煽られても追加の付与を欲しいと言わないのは、今ここで付与されて身体の制御をとれる自信がないからであろう。
私の付与はどうも強過ぎるみたいでランダンやアークでもない限り、すぐに順応するのは難しいようだ。
「くそっ、こいつら斬っても斬っても湧いてきやがる」
「恐らく、奥にクイーンフライがいて、どんどんハンターフライを生み出しているのでしょう」
フリードやルーちゃんがハンターフライを倒していくが、すぐに大量のハンターフライが現れる。
昆虫系の魔物はとても繁殖力と生命力が高い。
恐らく、奥に見える大きな個体がクイーンフライで、ハンターフライを生み出しているのだろう。
しかし、そこにはもっとも多くのハンターフライが控えており、私たちを近付けさせまいとしている。
「これじゃキリがないよ」
「……中心に近づいているのに」
ここにたどり着いてずっと足止めを食らっている。
あと少しだというのに一手が足りない。
せめて、私が大きな聖魔法を放つだけの時間を稼ぐことができれば。あるいはこの状況を打開するだけの仲間がもう一人いれば。
「……後ろから誰かがくる」
などと考えていると、ミオがそんなことを呟いた。
「『魔弾』」
誰何の声を上げようすると、聞いたことのある声が響き、魔法が飛んできた。
ハンターフライは魔法を避けようと動き回るが、撃ち出された魔力の塊は追尾して一体、二体、三体と続けて打ち落としていく。
この魔法は見たことがある。
「ソフィア!」
「アーク、ランダン、セルビス!」
思わず振り返ると、そこにはかつてのパーティー仲間である三人がやってきていた。
ランダンやセルビスはいつも通りの姿であるが、アークが勇者装備を纏っている。
「救難信号がきたから助けにきたよ!」
「屋敷で鳴らしたものだから驚いたぞ」
「食い物でも喉に詰まらせて倒れてるかと思ったぜ」
「さすがに私でもそんな間抜けな救難信号は出さないからね!?」
振動させた場所が屋敷であっても、そんな推測をするのは酷い。
「この奥に瘴気の元凶がいるんだね?」
「うん、子供たちが攫われているから早く行きたいんだけど……」
元凶までもうすぐなのだが、それを前にして魔物の壁が厚い。
「それならここは僕たちに任せてくれ! 正面の敵を一掃するから、ソフィアたちは前に!」
「わかった!」
昆虫系の魔物で溢れている以上、アークたちが合流しても足止めされ続ける可能性は高い。だったら、子供たちの命を助けるために一点突破するのが一番だ。
増援となるアークたちを見てか、ハンターフライが数を増して襲い掛かってくる。
その数は十や二十を優に越えている。水路内でブーンとハンターフライの不快な羽根音が響き渡る。
「ランダン!」
アークが声をかけるより前にランダンは動き出していた。
背中に背負った大剣を抜くと同時に駆け出し、上段から勢いよくそれを振り下ろす。
「『ブレイクインパクト』ッ!」
ランダンの身体強化と魔力を込められた一撃は、ハンターフライの群れを粉々に破砕。
衝撃波で水路の水が割れて、クイーンフライが体勢を崩す。
そこに一直線に飛び込むアーク。携えた聖剣には魔力が込められており、刀身が淡く輝いている。
「『ブレイブスラッシュ』ッ!」
アークの聖なる一撃によりクイーンフライは真っ二つになり、やがて魔力の光に飲まれて崩れ落ちた。取り巻いていたハンターフライはその余波で同じ運命を辿る。
「ちょっ、アーク!? それ魔王に放った一撃だよね!?」
アークが放った一撃は、かつて魔王との戦いで致命傷を負わせた必殺の技だ。
これほどの一撃を食らえば、この間戦った魔王の眷属だって一撃だろう。
クイーンフライに使うなんて明らかにオーバーキルである。
「アーク! はしゃぎすぎだろ!」
「加減しろ馬鹿者。こっちにまで余波がくる」
「ごめんごめん。久しぶりに皆と戦えたのが嬉しくて」
ランダンとセルビスから苦情がくるも、ランダンは実に晴れやかな笑顔。
そういえば、前回はアークだけ仲間外れでかなり悔しがっていたもんね。
だからといって、魔王を倒した必殺技は初手でぶっ放すのはやり過ぎだけど。
「こ、これが魔王を倒したという勇者パーティーの力か。凄まじいな」
「……う、うん。さすがはソフィアの仲間」
フリードとミオもアークたちの暴れっぷりに呆然としているようだ。
「さあ、今の内だ! ここは僕たちに任せて先に行ってくれ!」
「アーク、取り消して! その言葉は死亡フラグだから!」
「ええ? それはどういうことだい!?」
「なにを言っているのか知りませんが、アーク様たちが切り開いてくれた今のうちに行きますよ」
アークがつい死亡フラグのような台詞を言うので、必死に取り消させようとするとルーちゃんが私を持ち上げて運んだ。
「……ルーちゃん、せめてお姫様抱っことかできない?」
「剣を手にしていますので無理です」
お姫様抱っこならキュンとしていたところであるが、現在はルーちゃんの小脇に抱えられている状態だ。まるで米俵を脇に担ぐような……いわゆるお米様抱っこである。
ロマンチックさの欠片もなかった。
「ソフィア―! 聖力の付与だけ頼む!」
後ろ向きに担がれていたので私はランダンたちの様子を見ながら、そのまま聖魔法を発動。杖を持ってえいやとすると、聖力が飛んでいきランダンたちの身体を覆った。
これで彼だけでも瘴気の中で安全に活動できるだろう。
にしても、後ろ向きに担がれてぶらーんとしたまま付与をするのはシュールだろうな。
隣を走っているフリードがなんともいえない顔をしていた。
「……ソフィアの仲間はいい人」
「でしょ?」
ミオのそんな言葉がとっても誇らしくて、私はルーちゃんに担がれたまま渾身のドヤ顔をした。




