瘴気の波
石造りの水路の中で、無機質な剣戟の音が響き渡る。
「……フリード、右からスパイダーが二体」
ミオの言葉を聞いて、フリードは目の前から襲い掛かるゲンゴロンの頭部を柄で叩き割ると、そのまま水路へと蹴り飛ばした。
どぷんと音を立ててゲンゴロンは、泡立つ汚水に一瞬だけ浮かび上がり、そして沈んでいった。
そんな様子をフリードは確認することもなく、右の水路から跳びかかってきらスパイダーに応戦。ミオの感知で事前に体勢を整えていたお陰か、危なげなくこちらも対処する。
「……ルミナリエ、前からアメンボウ二体とモルファス一体。モルファスは私が落とす」
「承知」
そして、すかさずミオはルーちゃんにも指示。
ルーちゃんは目の前にいるメガトンボを斬り伏せると、そのまま直進。
スイスイと水路を移動してくるアメンボウへと斬りかかる。
「『ホーリーアロー』」
その間にミオは聖なる矢を打ち出し、宙を浮遊するモルファスを貫いた。
胴体に風穴を開けて水路へと着水するモルファス。
こういった乱戦での指示も慣れているのかミオの判断はとても的確だ。
「こっちは片付いた」
「こちらもです」
それを見届ける頃にはフリードもルーちゃんもそれぞれの魔物を片付けたようだ。
「……周囲に魔物の反応はない」
「それじゃあ、浄化しちゃうね。『ホーリー』」
ミオの感知によってひとまずは安心だということがわかったので、私はこの辺りの空間を聖魔法で浄化する。
それに伴いフリードとルーちゃんが倒した瘴気持ちの魔物の遺骸も浄化しておいた。遺骸であっても瘴気を残しておけばどこから広がるかわからないからね。
地下水路ともなると、ネズミなどの他の生物が遺骸を食べて感染……なんてことが起こり得るからしっかり浄化しておかないと。
戦闘中、皆の動きを観察していたのはそういう理由もある。
「うん。これで浄化されたね」
「たった一回でこれほどの範囲を浄化できるとは。さすがは大聖女と言われるだけのことはある」
「……やっぱりソフィアの浄化はすごい。圧倒的」
周囲一帯の浄化を終えると、フリードとミオが驚きと賞賛の言葉をくれた。
「ありがとう。でも、ミオの感知もすごいよ」
「同感です。これほどの乱戦なのに全く苦になりませんでした」
現在の場所は四方を水路に囲まれており、それぞれの水路から絶え間なく魔物がやってくる地形だ。
しかし、ミオが全体を俯瞰して的確に指示を送ってくれるので、体勢を崩すことなく対処できるのだ。
こういう悪路においてこれほど頼りになる聖女はいない。
「……ありがとう。皆の役に立てて嬉しい」
私とルーちゃんが褒めると、ミオが頬を染めた。
表情はあまり動いていないけど、口元がかなり緩んでいるので嬉しいのがわかる。
そんな様子が皆もわかっているのか空気が和んだ。
「それにしても、地下水路に瘴気持ちの魔物がこれほど巣食っているとは……」
「この様子を見る限り、まだまだ魔物はいるだろう」
地下水路に瘴気や魔物が巣食っているのは予想していが、想像以上だ。
中心部分にいくにつれて瘴気は濃くなっているし、魔物の数も増えている。
今後も進むごとに戦いは厳しくなっていくに違いない。
「今のうちに発見できて良かったよ」
「もし、ミオ様が忠告して頂けなければ全く気付いてなく、手遅れになっていたでしょう」
そうなれば、突然地下水路から瘴気が吹き上がり、王都のあちこちで瘴気持ちの魔物が出現。
なんておぞましいことになっていただろう。ここで見つけることができて本当に良かったと思う。
「少し休憩しようか」
「そうですね。この先安全を確保できる場所もあるかわからないですし」
子供の命を考えると一刻も早く進むべきではあるが、こうも連戦が続くと私たちの身体が持たない。既に喉はカラカラだった。
フリードとミオも異論はないのか小さく頷いた。
「『クリーン』」
私は聖魔法で空気を浄化すると、空気が綺麗になった。
「助かる」
「悪臭のまま休憩をとるのも嫌だしね」
ひとまず腰を落ち着けると、水筒を開けて水分補給。
思っていたよりも喉が渇いていたようだ。
私だけでなく各々も水分補給をする。
ミオが小さな口でこくこくと水を飲む様が小動物みたいで可愛い。
「携帯食で悪いがどうだ?」
ミオを見て和んでいると、フリードが包みを開いた。
そこにはいくつかの乾パンが入っている。
「ありがとう。助かるよ」
少し小腹が空いていたので助かる。腹が減っては戦は出来ないと言うし、素直にいただいておく。
「もそもそする」
「携帯食だから文句を言うな」
保存を優先されているので味の方はあんまりだった。口の中がとてもパサつく。
隣で食べているミオも眉をしかめていた。
「では、こちらはどうでしょう?」
もそもそとフリードの携帯食を食べていると、ルーちゃんが包みを取り出した。
それを開くと、中にはナッツを棒状にしたものやクッキー、ドライフルーツなどと多種多様に出てくる。
「わお! さすがはルーちゃん!」
「……食べていい?」
「勿論ですよ」
これには私とミオも喜んで手を伸ばした。
「……甘くて美味しい」
「特にナッツをハチミツで固めた奴が最高だね!」
ナッツのポリポリとした感触と香ばしい風味。優しいハチミツの甘みと非常にマッチしている。
カロリーを考えると恐ろしいけど、今日は激しい戦闘をしているし、私の身体はまだ若いので新陳代謝に期待したい。やっぱり、カロリーは正義だ。
「何故、それほどまでに種類が豊富なんだ?」
「ソフィア様はよくお腹を空かせますので。常にこれくらいは常備しています」
「なるほど」
ルーちゃんの言葉にフリードが納得したように頷く。
なんだか私が小さな子供のような扱いを受けている気がする。でも、ここで文句を言ったら今後外で美味しいお菓子を食べられなくなるので黙っておくことにした。
「ひょわっ! 冷たっ!」
ポリポリとナッツバーを食べていると、背中に冷たい何かが当たった。
「なになに!?」
「……上から水が」
戸惑う私とは正反対の落ち着いたミオの声。
言われて見上げてみると、天井からぽつりぽつりと水滴が落ちてきていた。
それは勢いを増して水路の方にも滴り落ちていく。
「恐らく、上では雨が降っているのだろう」
「それが流れ込んできたというわけですね」
どうやら外では雨が降っており、排水口や運河から流れてきているらしい。
穏やかだった水路も徐々に勢いを増している。
大雨ともなれば水路の水が溢れてくる可能性もある。
足場が悪くなると、それだけ魔物が有利になるので、そうなってほしくはないな。
「……水の流れに乗って大量のなにかがくる!」
まったりと休憩しながらそんなことを考えていると、ミオがそんな声を上げた。
やや焦った感じの声からここに到達するまでに余裕はないようだ。先程のように魔物の名称も上がってはいない。
慌てて私たちは立ち上がり、ミオの言う水路に乗ってくる何かに備える。
そして、徐々に見えてきたのは激しい水流。恐らく雨で水が増水し、一気に押し寄せてきたのだろう。新調したばかりの聖女服が汚れてしまうのは気が滅入るけど仕方がない。
「うん?」
増幅した水の中に潜む魔物を見定めようとすると、水の中に大量のスライムが浮かんでいるのが見えた。勿論、瘴気に汚染されたスライムである。
「こ、これはマズいです!」
「ああ、ヤバい!」
「うわわああああああああっ!」
瘴気持ちのスライムウェーブに私は思わず悲鳴を上げる。
「『ホーリースラッシュ!』」
フリードとルーちゃんが揃って聖なる刃を飛ばすが、その中の一部を排除できただけで勢いは止め
らない。
瘴気に塗れたスライムに飲み込まれたくはない。
「私が浄化するからミオは水を止めて!」
「……わかった。『プロテクション』」
私がそのように言うと、ミオは即座に聖なる障壁を作り出す。
それにより瘴気持ちのスライムウェーブは一時的に止まった。
「『キュアオール』」
そこに私はめいっぱいの浄化を叩き込む。
すると、水流に乗ってきたスライムは見事に浄化されてボテリと水路に落ちた。
やがてスライムたちは何をするでもなく水路を流れていく。
スライムなら存在ごと消し飛ばす浄化をしなくても大丈夫だと思っていたけど、問題ないみたい
だ。
「おっかない、スライムたちだった」
「恐らく、水路を浄化していたスライムが瘴気に汚染されて流れてきたのでしょう。見事な対処でした」
スライムは可愛いけど、さすがに瘴気に汚染されたスライムは勘弁だった。
この騒ぎが終わったら、再び地下水路の浄化に尽力してほしい。




