地下水路への突入
川から続く水路を降りていくことしばらく。私たちは地下水路へと降り立った。
ここまで降りてくると外の灯りは差し込んでくることはなく、真っ暗だった。
「『ホーリーライト』」
私とミオはすぐさま聖魔法を発動して、聖なる光を浮かべる。
すると、真っ暗だった水路は瞬く間に明るくなった。
自分のやるべきことを瞬時に判断できるとは、ミオもそれなりに実戦経験を積んできたようだ。
思わずえらいえらいと頭を撫でたくなったが、危険地帯なので自重する。
「これで進みやすくなったね」
「助かります」
視界の全てをくっきりと照らすことはできないが、光源が二つあれば広範囲をカバーできる。
私は皆の足元を照らすことを中心にし、それ以外の場所はミオに任せることにした。
「それにしても中々の匂いだね」
「……臭い」
わかってはいたが想像以上の悪臭だ。まあ、地下水路だと当然なんだけどね。
私とミオは思わず顔をしかめてしまうが、ルーちゃんやフリードは平気そうな顔をしている。
「二人は臭くないの?」
「臭いに決まってるだろ。それでもどうしようもないから強がっているだけだ」
思わず尋ねると、フリードがそのように答えた。
やっぱり、二人も臭いと思っていたらしい。そう思っていたのは私たちだけじゃなかったみたいだ。
なんとかならないかなぁと思っていると、脳裏にひとつの現象が思い起こされた。
そういえば、ラーシアとカイナの墓参りの時に祈りを捧げたら、無意識に聖魔法が発動した。あの時の具体的な効果はわからないが空気が綺麗になったように思えた。
ひょっとするとこれを使えば臭くなくなるかもしれない。
私はあの時のことを思い出して祈りを捧げてみる。
すると、墓参りの時と同じように私を中心に波動のようなものが広がった。
「これは墓参りの時と同じ聖魔法?」
ルーちゃんたちが驚きの反応を見せる中、私はしっかりと呼吸をしてみる。
「あっ、やっぱり! 臭くなくなった!」
どうやら私の聖魔法は悪臭をすっかりと取り除いてくれたらしい。
呼吸をしても先ほどのような悪臭はなく、地上と同じような感じだ。
「……本当だ。臭くない」
「聖魔法にこんな使い方があったのか」
これにはミオとフリードも驚いている様子。
「名付けて『クリーン』ってところかな」
私自身、こんな使い方があるなんて知らなかったけど、とても便利そうなので名前をつけることにした。
「これで思う存分に呼吸ができる――うえええ」
「ソフィア様!?」
乙女としてちょっとアレな反応にルーちゃんが心配の声を上げた。
「ふええ、思いっきり深呼吸したらまた悪臭が……」
「匂いの根源を絶たなければ意味がないのだろうな。ここでは一時的なしのぎにしかならないようだ」
私たちの周りの空気は綺麗になったが、それを押し流すかのように奥から悪臭がやってきたのだ。
フリードの言う通り、クリーンは一時的な効果しか生まないらしい。
「とはいえ、快適な状況で動けるのは素晴らしいことです。戦闘中や小休止などのここぞという時にお願いします」
「うん、わかった」
一時的なものであるが一応は有用であったようだ。そういったちょっとした時にだけ使っていこうと思う。
「ミオ、強い瘴気がどこにあるかわかる?」
オーガキングのように露骨に出していればわかるのであるが、今回の相手は瘴気を調節しているらしく今の段階ではわからない。
「……中心部分にいる」
しかし、ミオにはしっかりと感知できているらしく、そのように答えてくれた。
さすがは感知系を得意としているだけある。
「中心部分か。それだったら一度外に出て、違う入り口から入った方が早い?」
「いや、中心部分に直接通じる水路はほとんどなかったはずだ。入り口を変えても、それなりの距離は進むことになるだろう」
「下手な水路から降りれば、逃げ道も確保できないままに包囲される可能性もあります。このまま退路を確保しつつ、突き進むのがいいでしょう」
「わかった。じゃあ、ここから進むことにしよう」
私よりもフリードとルーちゃんの方が地下水路に詳しいみたいなので、異論を唱えることなく二人の意見を採用してこのまま突き進むことにした。
狭い水路の中をフリード、ルーちゃん、私、ミオといった順番で進んでいく。
通常であればフリードかルーちゃんのどちらかを後方に配置するべきだけど、感知を得意としているミオがいるのでこの編成だ。ミオがいる限り、不意打ちなんてことにはならないだろう。
水路では汚水の流れる音が絶えず響いている。
それに加え、私たちの足音やフリードやルーちゃんのガシャガシャと鎧同士が重なる音が。
普段がまったく気にならない音であるが、妙な静かさのある水路だと嫌に大きく聞こえてしまうものだ。
「……この辺りから瘴気に汚染されてる」
「そうみたいだね」
しばらく進んでいると、ほのかに瘴気が感じられた。
ここより先は汚染区域となっているのだろう。多くの人が平和に暮らしている真下が汚染区域になっていることにゾッとする。
ミオが違和感を抱かなければ、もっと手遅れになっていたかもしれない。
「とりあえず、聖魔法で浄化して――」
「……正面から敵!」
瘴気を浄化して進もうと思っていたが、ミオの発した鋭い声によって中断となる。
ミオの忠告から遅れて、私も相手の存在を感知することができた。
瘴気持ちの魔物だ。
「……数は六体。マンティス、ハンターフライ、キャタピラー、注意して」
数だけでなく具体的な魔物の名称まで言ってみせるミオ。
「マンティスを斬り伏せたら、飛行しているハンターフライを優先的に落とす」
「マンティスの処理が速い方が対応するということで」
事前に対峙する魔物の種類がわかっていれば、皆の動く方針が定まるというもの。
同じパーティーを組んでいる身からすれば心強いことこの上ない。
そのお陰かフリードとルーちゃんは随分と余裕のある会話をしていた。
やがて、正面の水路から瘴気持ちの魔物が近づいてくる。
ミオが光源を移動させて、相手の姿をくっきりと浮かび上がらせる。
やってきたのはマンティスが二体。飛行しているハンターフライが一体とキャタピラーが三体。見た目は完全に大きなカマキリと蝶々、芋虫だ。わかりやすい昆虫パーティー。
暗い水路から押し寄せてくる姿は中々にホラーだ。
「『聖なる願い』」
ひとまず、二人に瘴気を無効化する付与を与えておく。
身体が翡翠色の光に包まれると、二人は怯むことなく地面を蹴った。
フリードへと襲い掛かるマンティスの腕。鋭く発達してそれはまるで巨大な鎌のよう。
胴体を分断せんと薙ぎ払われたそれをフリードは身を低くすることで躱し、そのまま懐に飛び込んで一閃。皮肉にもマンティスの胴体の方が綺麗に分断された。
「おお、フリードも強い!」
「……当然」
思わず上げた驚きの声にミオが誇らしげに言う。
昔は生意気な悪ガキでしかなかった彼が、こんなにも戦えるようになっているとは。
なんて風にフリードを見ていると、ほぼ同時にルーちゃんが相手していたマンティスも地に沈んでいた。
先に倒した方が飛行しているハンターフライを倒すという作戦だったが、どうするのだろうか? 見たところほとんど同時のようだが。
「『『ホーリースラッシュ』』ッ!」
などと見ていると、同時に繰り出される聖なる剣撃。
二人の聖剣から放たれた聖なる刃はハンターフライを同時に切り刻んだ。
はらりと大きな羽根と鱗粉をまき散らしてハンターフライが地に落ちる。
明らかなオーバーキルだった。これ、どっちの攻撃が先に当たったんだろう?
なんて疑問を抱いていると、キャタピラーが糸を吐き出してきた。
それらは私やミオに向けて放たれたものであるが、フリードとルーちゃんに斬り落とされる。
続けてキャタピラーは糸を連続して吐き出すが、フリードとルーちゃんがそれに当たるわけもない。
瞬く間に接近されるが鈍足な彼らがロクな抵抗もできるわけもなく、三体のキャタピラーは胴体を輪切りされた。
「俺の攻撃が先に当たった」
「いいえ、私の方が先に当たりました」
全ての魔物を倒すなりフリードとルーちゃんがそのような声を上げた。
やっぱり、ハンターフライをどちらが先に倒したか気になっていたみたい。
フリードとルーちゃんが視線を合わせてバチバチと火花を散らす。
「私たちの意見は平行線のようなので第三者による判決を求めましょう。ソフィア様、ミオ様、どちらの攻撃が先に当たっていましたか?」
こういわれると非常に困るのが私たちである。
ミオも明確にわかったわけではないのか、どう答えるべきかあたふたしており、私に縋るような眼差しを向ける。
「んー、どっちもほぼ同時だったかな」
「……同時か」
「ならば、引き分けですね」
「くっ、もう少し最小の動きでマンティスを処理していれば……」
「久しぶりの悪路での戦闘のせいで、少し踏み込みが甘くなってしまいました」
引き分けという結果を聞いて悔しそうにしているフリードとルーちゃん。
「……なんだか二人とも楽しそう?」
「研鑽し合える仲間がいるのはきっといいことだよ」
二人は教会育ちであり、年齢もある程度近い。同じ聖騎士ということもあって、自然と対抗心が芽生えているのだろう。
過剰な対抗心は良くないが、健全な範囲であれば問題ないと思う。
そして、なによりいつもは凛としたルーちゃんがフリードと張り合う姿は、とても可愛らしかった。




