地下水路の異変
「あー、疲れた~」
ひとしきり王都の調査を終えて屋敷の戻った私は、リビングにあるソファーに寝転んだ。
さすがに一日中歩き回っていれば、それなりに足が疲れる。
「結局、手がかりらしいものは見つかりませんでしたね」
しかし、ルーちゃんは私と違って疲れた表情を一切見せていない。
やはり、聖騎士だけあって普段から鍛えており、少し歩き回った程度じゃなんともないらしい。
「ここまで結果が伴わないと少し心が折れちゃいそう」
「そんな弱気なことを言うのはソフィア様らしくないですよ。エステルに紅茶とお茶菓子を貰って休憩しましょう。ここのところずっと外に出っぱなしでしたから」
「うん」
そんな風にルーちゃんに励ましてもらったことにより、私のメンタルは少し回復した。
後はエステルの紅茶とお菓子で回復するに違いない。
「エステルー?」
そう思って居住まいを正し、メイドであるエステルを呼ぶ。
「……きませんね?」
しかし、彼女がやってくることはない。いつもであれば、私たちが帰ってくれば一番に出迎え、甲斐甲斐しく世話をしてくれるのに変だ。
気になった私はエステルの気配を探ってみる。
「あ、スラリンと一緒に浴場にいるみたい」
私の聖力を宿しているスラリンは比較的探知がしやすい。エステルも以前のように気配を隠すことをしなければ、私でも簡単に気配を掴めるようになった。
だからこうして屋敷内であれば簡単に居場所がわかる。
「レイスでもお風呂に入るのでしょうか?」
「ちょっと気になるね」
好奇心のこもったルーちゃんの言葉に私も頷いた。
霊体である彼女がどんな風にお風呂に入っているのかちょっと気になる。しかも、スラリンと一緒に入浴だなんて。
好奇心につられた私たちはこっそりとリビングを移動。
気配を消してこっそりと脱衣所にやってくる。脱衣籠にはエステルのものと思しき、メイド服の類は一切ない。
そのまま入っているのか、霊体なのでメイド服を瞬時取っ払うことができるのか。
わからないがとにかく、私は浴場の扉を開いて覗いてみる。
すると、お湯の入っていない湯船の中で、ブラシを手にしたエステルがいた。
『ソフィア様? それにルミナリエさんまでどうしたのですか?』
私たちの気配に気付いたらしいエステルが振り返る。
「エステルがいないから気になってね」
本当はレイスであるエステルが、どんな風にお風呂に入ってるのかと好奇心を発揮させていたんだけど、正直にそこまで言う必要はない。
『申し訳ありません。少しスラリンの様子が気になっていまして』
近づいて湯船の中を覗き込むと、排水溝部分となる場所にスラリンが佇んでいた。
特にこれといって異常があるようには思えない。
「スラリンがどうかしたのです?」
『ソフィア様たちが出かけられてから、急に浴場に移動して居座りまして。なにやら排水溝に興味を示しているみたいなんです』
ルーちゃんが尋ねると、エステルが困ったように眉を寄せながら答えた。
「スラリンが排水溝に興味ですか?」
一般的なスライムの中には、家庭的なゴミだけじゃなく排泄物に興味を示して食べようとする個体もいるという。
そういった個体は王都の地下にある下水施設や浄化施設に高く売られ、そこで活躍することが多い。
「スラリンがそういった食べ物を好むとは思えないんだけどなぁ」
うちのスラリンもそういった方面に目覚めたという可能性もあるが、基本的にスラリンは私たちと同じ食べ物を好む美食家だ。それでいて私やルーちゃんの聖魔力を糧としている。
排水溝に先にある部分に興味を示すとは思えない。
飼い主として可愛がっている私としても、そっちには興味を示してほしくないな。
「スラリンが今までに興味を示したものといえば、怪我や瘴気くらいなものだけど――って、まさか!」
などと呟いたところで私はビビッときた。
ルーちゃんも気付いたのかハッとしたような顔になっている。
スラリンの詳しい生態を把握していないエステルだけが、不思議そうに首を傾げていた。
「……もしかして、王都の地下水路に瘴気が?」
「地下ともなるとミオでも意識して探らないとわからないかもしれないね」
もしかしたらミオの言っていた違和感の正体は地下に潜んでいるのかもしれない。
王都の下には広大な地下水路が広がっており、浄化施設やら様々なろ過施設もある。
地盤はかなり分厚く頑強で、私たちの感知もかなり鈍ってしまう可能性があった。
「エステル、ちょっと透過で地下水路を見てくれることってできる?」
『屋敷から離れた遠い場所までは無理ですが、少し様子を見るくらいであれば……』
さすがはレイス。分厚い地盤があっても透過能力でスイスイといけるらしい。
「それじゃあ、頼んでもいいかな?」
『かしこまりました』
「もしかしたら、瘴気があるかもしれないから危険を感じたらすぐに戻ってきてね?」
『しょ、瘴気ですか!? わ、わかりました! 危険を感じたらすぐに戻ってきます!』
懸念を伝えると、エステルは驚きながらも透過して地下に降りていった。
しばらく、そのままルーちゃんと待機していると屋敷のベルが鳴った。
「私が対応します」
ルーちゃんはそう言うと、速やかに浴場を出ていった。
それから程なくしてルーちゃんは浴場に戻ってくる。その傍らには前回と同じくミオとフリードがいた。
もしかしたら、ちょうど調査の進展なんかを報告しにきてくれたのかもしれない。
「ミオ、フリード、ちょうどいいところに!」
「違和感の正体が掴めるかもしれないというのは本当か?」
大まかなことはルーちゃんから聞いているのかフリードが尋ねてくる。
「うん、今エステルに地下水路を探ってもらっているんだ」
「……地下は盲点だった」
これにはミオも驚いている様子だった。普通に生活をしていれば、地下水路なんてそう意識することがないから仕方がないと思う。
そうやって事情説明をしながら待つことしばらく。エステルが浮かび上がってきた。
「どうだった?」
『び、ビックリしました。ソフィア様のおっしゃる通り、地下水路には瘴気が漂っていました』
「やっぱり」
私の懸念していた出来事が的中していた。
ミオの感じたモヤッとした違和感はこれに違いない。
「……うん、間違いなく瘴気。だけど、ここからじゃ、それ以上のことは探れない」
意識を向けることでようやくミオも感知できたらしい。
私には意識を向けても反応を感知できないので流石だ。
「他にも何か気になっていた点はありますか?」
私たちの中で地下水道に降りて、調査をすることは決定事項であるが、それをより安全にするために情報は集めたい。
『たくさんの瘴気持ちの魔物がいました! その中でも大きな蜘蛛が糸で子供を包んで運んでいる様子でした』
「もしや、王都で行方不明になっている子供か!」
衝撃の情報だった。まさかここで行方不明事件と繋がってくるとは。
「フリードもその事件を知っていたんだ」
「ああ、違和感を調べているうちに耳にしてな。なにか関連があるかもと思って、こうしてやってきたわけだが……」
どうやら私たちは同じような道を辿っていたらしい。
私たちだけでなく、ミオとフリードもそう考えての推測であれば可能性は高い。
「……もし、そうだとすれば子供たちの命が……」
「今から私たちで地下水路に潜ろう!」
ミオが不安そうな声を漏らす中、私は瞬時に決断をしていた。
「しかし、ソフィア様。地下水路は広大であり、瘴気持ちの魔物の巣窟になっております。私たちだけで潜るのはいくらなんでも危険が大きいです。それに相手は子供を攫うような狡猾さを持ち合わせています。上位個体、あるいは魔王の眷属のような大物が控えている可能性が高いです」
「それでも子供たちの命には替えられないよ」
ルーちゃんの懸念していることはもっともだ。しかし、だからといってゆっくり増援を呼んで準備していては子供たちの命が危ない。
「……私も子供たちを助けてあげたい」
私だけでなくミオも救出の想いを言葉にしてくれる。
「そういうわけだ。ルミナリエ」
「まあ、こうなることはわかっていました」
そんな私とミオの言葉を聞いて、フリードとルーちゃんはしょうがないといった感じで笑った。
あれ? もう少し反対されると思っていただけに意外だ。
「反対してもソフィア様は突き進みますからね」
「違いない。聖女の危険となるものを振り払うのが聖騎士である俺たち役目だ。聖女が行くと決めたらついていくさ」
「二人ともありがとう」
信頼してそんな頼もしい台詞を言ってくれるパートナーがいて、私たちは誇らしい思いだ。
「とはいえ、ルミナリエが懸念していたように俺たちだけで突入し、外部に情報を共有しないというのはマズいな」
王都の真下、地下水路に瘴気が漂っていたなど大問題だ。私たちだけで留めておくのはよろしくないだろう。
『す、すみません。私が屋敷の外に出ることができれば伝達することができたのですが……』
どうするべきか考え込んでいると、エステルが申し訳なさそうに謝る。
エステルが普通の人間であれば、私たちが突入している間にメアリーゼやらランダンたちに情報を送り、増援を送ってもらうなどのことができただろう。
しかし、エステルは屋敷に縛られているレイスだ。そもそも屋敷の敷地内から出ることはできないし、アンデットであるが故に堂々と外を歩くこともできない。
情報伝達を彼女に頼むのは不可能な話だった。
「地下水路の情報を安全に持ち帰ってくれたのは、エステルのお陰なんだから謝らなくてもいいよ」
『は、はい』
だけど、こうやって安全に情報を仕入れることができたのは、エステルがレイスだからだ。
既に十分に活躍しているので、あまり気に病まないでほしいところ。
だけど、エステルは優しいから気にしてしまうだろうな。
やはり、ルーちゃんかフリードの誰かを伝達に出した方がいいだろうか。
「ソフィア様、セルビス様からいただいた共鳴の魔道具を使うのはどうでしょう?」
などと悩んでいると、ルーちゃんからそのような提案が出た。
「あっ、そっか! これを使えば、セルビスたちがやってきてくれるよね!」
「そのような便利な魔道具があるのか」
以前、ランダンの危機を察知したことに一役買った共鳴の魔道具。
振動させると同じ魔道具を持っている者にも振動が伝わるのだとか。
ランダンの事件の後にセルビスから貰ったのを忘れていた。
これを鳴らす時は救援要請という合図なので、セルビスたちが駆けつけてくれるに違いない。ポケットにしまっていた魔道具を取り出すと魔力を込める。
すると、魔道具の針が強く振動し出す。
今頃、セルビス、ランダン、アークの魔道具も震えているに違いない。
「これでセルビスかランダンかアークがくるはずだから、やってきたらもろもろの説明をお願いね」
『わ、わかりました』
私がそう頼むと、やや俯きがちだったエステルが顔を上げて頷いた。
よしよし、これで情報伝達も問題ない。もし、私たちの身に何かがあったとしても、誰も地下水路の件が把握できていないことにはならないだろう。
「よし、それじゃあ突入と言いたいところだけど、どこから入ろうか?」
私たちはエステルのように透過できるわけではないので、湯船から直接に地下水道に行けるわけではない。
「近くの川が地下水路へと繋がっていたはずだ」
「じゃあ、そこから入ろう」
私たちはフリードの案内に従って、近くの川から地下水路へと入っていった。




