行方不明の子供
「おう、ソフィア。いいところにいるじゃねえか。ちょっと治癒を手伝ってくれよ」
翌朝。なんの手がかりも見つけることができなかった私とルーちゃんは、南区画の方に足を伸ばして調査をしていた。
すると、なんらかの用事で外に出ていたのだろうイザベラに掴まった。
どうやら前回のエリアヒールで定時帰宅できたお陰で、味をしめてしまったらしい。イザベラの眼差しが明らかに獲物を見るような感じだ。
「えー? 私、今調査中なんだけど?」
「ああん? 調査? 王都でなにを調べてるっていうんだよ?」
私の肩に腕を回したイザベラが怪訝な表情をする。
イザベラは治癒院長であり、聖女だ。王都の異変について何かしらの情報を持っているかもしれない。
そう考えた私は、ミオが話してくれた違和感を話してみる。
「あたしには違和感とやらの正体はさっぱりわかんねえな。大体、王都にはこれだけの数の聖女が目を光らせているんだ。瘴気や瘴気持ちの魔物なんて一匹たりとも入ってこれねえだろう」
「だよねぇ」
「……だけど、スバ抜けた感知能力を持つミオがそう言ってんなら、あたしたちの見逃している何かがあるんだろう」
「それってなんだと思う?」
「知らん」
尋ねてみるときっぱりとそう言われる。
言葉を放つスピードから何も考えていないのが丸わかりだった。
「あはは、そんな顔すんなよ。瘴気とは関係ねえけど一つ気になる噂はあるぜ」
「差し支えなければ教えていただけますか?」
「いいぜ」
ルーちゃんがおずおずと尋ねると、イザベラは教えてくれる。
どうやらここのところ王都では行方不明になっている子供が多いらしい。
事件性のある誘拐の痕跡はなく、存在が消えてしまったかのようにいなくなるのだとか。
「それは何とも物騒だね」
昨日まで歩き回って平和な王都を見ていただけに、子供の行方不明事件とは驚きだった。
「治癒院にやってくる患者の中には被害遭った親たちがいるらしくてな。必死で探し回っているんだ」
「……騎士団は動いているのですか?」
「動いてもらってるみてえだけど、手がかりがまるで見つかってねえからな」
小さな子供が無意味に失踪する理由が想像できないので、何者かによる誘拐の可能性が高い。しかし、それを示す痕跡はまったく見つからないときた。
これでは親御さんも騎士もどうしようもない。
「あたしの知ってる異変ってのは、そんな感じだな」
「ありがとう。そのことも含めて色々と探ってみるよ」
お礼を言って、自然な素振りで別れようとするとイザベラに肩を掴まれた。
「おい、待て。情報を提供したんだ。ちょっとくらい仕事を手伝ってくれてもいいと思わねえか?」
「わ、わかったよ」
私たちの調べている事件と関係性があるかは不明だが、貴重な情報を提供してくれたんだ。
迫力のある笑みを浮かべたイザベラの言葉に頷いて、私は治癒院で治癒を手伝った。
●
「…………」
治癒院で治癒を手伝ってイザベラから解放されると、ルーちゃんが難しい顔をしていた。
「どうしたの、ルーちゃん? お腹が痛いの?」
「いえ、そうではありません」
「じゃあ、どうして難しい顔してるの?」
「先程のイザベラ様の話が気になっていまして……」
治癒院で治癒をしている間も、ルーちゃんはずっと難しい顔をしていた。
どうやら子供の行方不明事件について必死に考えていたらしい。
どういう関係があるかは不明だが、同時期くらいに発生しているとのことだ。
完全に関係がないとは言い切れない。
「念のために調べてみる? 冒険者ギルドとかの方でも、人探しの依頼が出てるかも」
「そういたしましょう」
現状、私とルーちゃんで王都の色々な場所に足を運んで探っているが、何も成果はないままだ。だったら、少しアプローチの仕方を変えて、探ってみる方がいい。
そういう考えもあって、私とルーちゃんは冒険者ギルドに向かうことにした。
中央区にある冒険者ギルド。
大通りの傍に面しているその建物は記憶にあるものよりもかなり大きくなっていた。
漆喰の壁とレンガを組み合わせて作った三階建てだ。昔は木製でできていたし、二階建てだったような気がする。
どうやら私がいない間に大きく改築したみたいだ。
「では、入りましょうか」
「う、うん」
物珍しく眺めているのも束の間、ルーちゃんが颯爽と二枚扉を開けて入る。
内装は想像していたよりもとても広く、たくさんのイスてテーブルが並んでおり、冒険者らしき武装した人たちがたむろしている。
「おお、ここが冒険者ギルド……」
「ソフィア様、ギルドに入られるのは初めてでしたか?」
「うん、私にはあんまり縁のない場所だったし」
実を言うと、冒険者ギルドにやってくるのは初めてだった。
基本的に教会育ちであり、生活は教会で完結することが多かった。
瘴気持ちの魔物と戦う時は教会の聖騎士と組むことが多かったし、魔王討伐の際にはアークやランダン、セルビスと組んでずっとそれが定着していた。
それ故に冒険者ギルドにこうやって足を運ぶのは初めてだった。
足を進めると一斉に視線が集まるのを感じた。
その視線の量に私は少し驚いたけど、ルーちゃんはまるで気にした様子がない。
注目されるのも慣れているみたいだ。
「逆にルーちゃんは結構出入りしているの?」
「ランダン様にギルドの演習場で剣を習うこともありましたので」
「なるほど」
「それに今では見習い聖女が修練を積むために冒険者と組んで、汚染区域を浄化することも奨励されています。昔と比べると、教会と冒険者ギルドの関係も密接になりましたよ」
ルーちゃんに指し示された場所を見てみると、テーブルでは冒険者と見習い聖女らしきパーティーが真剣な様子で話し合いをしていた。
冒険者の割合に比べると少ないが、他にもチラホラと見習い聖女を見かけた。
どうやらそういった変化があるらしい。
「いざという時に見習い聖女や冒険者が戦力になれないってのは辛いもんね」
二十年前、教会戦力と冒険者の連携不足が問題になっていたことがあった。そういったことにならないように連携して力を高めているのだろう。非常に良いことだと思う。
「こんにちは、ルミナリエ様。本日はどうされました?」
「ランダン様はこちらにいますか? 相談したいことがあるのですが」
「ランダン様であれば、二階にいらっしゃいますよ」
「ありがとうございます」
私がギルドの内装に見惚れている間に、ルーちゃんは慣れた様子で受付嬢から情報をゲットしてくる。どうやらランダンは二階にいるようだ。
ルーちゃんと共に階段を上がっていく。
「なんか一階と雰囲気が違うね?」
ギルドの二階は基本的な造りは同じであるが、明らかに雰囲気が違っていた。
設置されているテーブルやらイスやら、壁に設置されている調度品の数々まで明らかに質が違う。
「こちらはBランク以上の方が利用できるフロアになっていますから」
「なるほど」
こうやって上級と下級で分かりやすい設備の差をつけて、冒険者の向上心が奮い立たせようという狙いがあるのかもしれない。
なんて考えながら歩いていると、ランダンがテーブルの一画で書類を眺めていた。
魔神関係の調査をしているのかもしれない。
「ランダン!」
「おお、そっちから来るなんて珍しいじゃねえか」
私が声をかけると、ランダンが気付いて手を上げてくれた。
「ちょっと聞きたいことがあってね」
「ん? なんだ?」
「最近、王都で子供の行方不明事件が起きてるって本当?」
「ああ、その件なら本当だぜ。結構な数の捜索依頼がギルドにも貼り出されちゃいるが、誰も見つけることができてねえな」
どうやら冒険者ギルドの方にも依頼が既に出ているみたいだ。治癒院で噂になっていたことから思っていたよりも行方不明者は多いらしい。
「どうした? この事件が気になるのか」
「うん、ちょっとね……」
訝しんだ様子を見せるランダンに私は、ミオが王都で違和感を覚えていたことを伝える。
「感知を得意とする聖女が嫌な予感。それと同時期に起こった子供の行方不明事件……確かに気になるな」
「私やルーちゃんも原因を探っているんだけど、怪しいところは特になくてね」
そうやって互いに現状を報告し合うと、私たちは腕を組んで唸る。
「今ある情報だけで考え込んでも仕方がねえ。それについてはギルドでも問題なっているみたいだし調べて何かわかったら教えるぜ」
「うん、こっちも何かわかったら連絡するよ!」
違和感を解明する糸口にはならなかったが、行方不明事件の裏がとれただけで十分だ。
ついでに少しばかりの雑談をランダンとして、私とルーちゃんは調査に戻った。




