王都を調査
ミオとフリードが屋敷を去った後。私は意識を集中して王都の異変を探っていた。
「……ソフィア様、なにかわかりましたか?」
しばらく集中して意識を外に向けていると、ルーちゃんからおずおずと尋ねられる。
「ううん、全然わからないよ。ミオの言っていた違和感すら感じないや」
「そうですか」
「大体、ミオでもわからないんだったら、私にわかるはずがないよ。感知系は得意じゃないんだし」
「それでもソフィア様ならばと思わず期待してしまうのですよ」
私がいじけてそんなことを言うも、ルーちゃんは苦笑しながらそう言った。
そう言われてしまうと頼られた方は何とも情けない。得意不得意だなんだと言っているのがカッコ悪く思えてきた。
ミオとフリードの二人は原因を探ろうとして足を運んでいるのだろう。そんな中、相談を持ち掛けられた私だけが屋敷でのんびりしているのは憚られた。
「……私たちも外を調べてみようか」
「はい、お供いたします」
私の台詞を待っていたと言わんばかりの様子で頷くルーちゃん。
私はそんなに聖人君子でもないんだけどな。ともあれ、せっかく頼ってくれた可愛い後輩のためにも頑張りたい気持ちは多いにあった。
具体的には違和感の原因を見つけて、ミオにすごいと言ってもらいたかった。
そんな気持ちを抱きながらも私とルーちゃんは屋敷の外に出る。
特にどこに何があるとわかっているわけではない。というか、それを求めて探しているので宛もなく足を進めてしかない。
屋敷を出て大通りに沿って歩き、中央区画へと進んでいく。
夕方を前にして夕食の買い物に出かける子供連れの主婦、少し早めに仕事を終えて露店に顔を出している男性、依頼を終えた冒険者がギルドに入っていったりと実に平和な光景だ。
「特に街の方も異変はありませんね」
「うん、そうだね」
中央広場では相変わらず私の銅像がそびえ立っており、中央には噴水がある。
その周りにあるベンチに老人たちが座って和やかに談笑していた。
街には常に賑やかな声や営みの音で溢れかえっている。
「本当に平和な光景だね」
「はい。それもアーク様やソフィア様たちのお陰です」
二十年前に私が求めてやまなかった景色。
それが当たり前のように存在することが嬉しい。
今の若い世代からしたら二十年前が世界の危機だったなんて、あまり大きな実感はないだろうな。
若い世代に苦労をしてほしいなんて思わない。二十年前に頑張った身としては、そのことを知らないというのは複雑な気持ちでもあるけど、それを味わってほしいだなんて到底思えないからだ。
できれば今の若い人たちには、このまま健やかな世の中で生きていってほしいな。
「むむ!」
「ソフィア様、なにか気になるところでも?」
「うん、あの露店からすごく匂いがする!」
私が指さしたところでは屋台が出ており、大きな鉄板の上では様々な具材が香辛料と共に炒められていた。
その傍では丸い生地が焼かれており、焼けた傍から皿に盛り付けて包んでいるのでタコスのようなものだろう。すごく美味しそうだ。
「……ソフィア様?」
「ご、ごめん。いい匂いがしてるから、お腹が空いちゃって……」
ルーちゃんがジットリとした視線を向けてくる。
けど、しょうがないよ。さっきからずっといい匂いを飛ばしてくるんだもん。
私たちの会話を聞いてか恰幅のいい男性がニヤリと笑みを浮かべる。
絶対に確信犯だ。
ああやって夕食の買い物をしようと市場に繰り出した主婦や、仕事帰りの冒険者を釣っているんだ。屋台の前には私と同じく匂いに釣られた人たちが大勢並んでいる。
「はぁ、しょうがないですね。お腹が空いていては調査ができませんし、少し食べることにしましょう」
「さすがルーちゃん! わかってるー!」
実に理解のいい聖騎士を得ることができて私は幸運だ。
軽食を食べることになった私たちは早速と列に並んだ。
大きな寸胴鍋には生地を練ったものが入っており、おじさんが手で丸めてボールみたいにすると専用の道具でプレスされて綺麗な円になった。
「わっ、すごーい」
「このような調理道具があったのですね」
「鍛冶師に頼んで作ってもらったんだ。便利だろ?」
私とルーちゃんが感嘆の声を上げると、おじさんが自慢げに言う。
「家では頻繁に使わないだろうことはわかっているけど、こういう道具を見ると欲しくなっちゃうよね」
「わかります」
私の言葉に同意するように頷くルーちゃん。
こういう便利な調理道具って何故か惹かれるよね。
屋台では大きな鉄板が展開されており、左半分では平べったくされた生地が焼かれていく。
ぷくーっと膨らんできたのを手早く裏返し、しぼみながら裏面も焼かれていく。
見事に焼き上がると、生地が皿に乗せられていき、そこにこれでもかとばかりに具材が盛り付けられた。
屋台料理はこうやって料理が出来上がっていく様を見られるのも醍醐味だ。
洗練されたプロの技は見ているだけで楽しく、順番待ちも退屈にはならない。
しばらく待っていると私たちの番になったのでタコスを二人前注文。
受け取ったお皿にはタコスが四枚鎮座している。一人前、二枚仕様のようだ。
私はそのまま立ち食いでも良かったが、ルーちゃんが断固とした態度で反対したので、少し歩いて空いているベンチに腰をかけた。
とりあえず周囲の目があるので両手を合わせて簡易的な食前の祈りをする。
「それじゃあ、いただきます!」
それが終わると、私はすぐにタコスに手を伸ばした。
温かな生地から具材が零れ落ちないように折り曲げて持ち上げる。
下品にならないように口を開けて、私はタコスを頬張った。
牛豚合い挽き肉で作られたタコミートがとてもジューシーだ。甘辛いタレでしっかりと味付けされている。
そこに酸味の利いたトマトソースや瑞々しいレタスやパクチー、タマネギなどが広がり、シャキシャキとした楽しい食感にしてくれた。
そして、それらの味を受け止め、中和しているのがトウモロコシで作られた生地だ。これがまた優しい甘さをしており、具材とよく合う。
「美味しい!」
「生地と具材がとても合っていますね」
これにはルーちゃんもにっこりだ。中々に食べるペースが早いので、ルーちゃんも小腹が空いていたのかもしれない。
本人に言うと、拗ねちゃいそうだから言わないけどね。
なんて思いながらも二口、三口とパクパクと頬張っていく。
前世で知っていたメキシカンなタコスとは少し味付けが違うが、これはこれで悪くない。
というよりも、私としてはこっちの方が好きかもしれないや。
そうやって食べ進めていると、あっという間にタコスを平らげてしまった。
「んー、美味しかったね」
「ソフィア様、頬にソースがついてますよ」
「え、本当?」
反射的に袖で拭おうとするとルーちゃんにガッと腕を掴まれた。
「あー! 手で拭おうとしないでください! ハンカチはどうしたんですか?」
「忘れた」
「もう仕方がないですね」
私が素直に白状すると、ルーちゃんがしょうがないといった様子で懐からハンカチを取り出し、頬についたソースを拭ってくれた。
ちゃんとハンカチを持ち歩いているなんて母性が高い。
「えへへ、なんだか昔と逆だね」
「ソフィア様の方が本来は年上なのですから、もっとシャンとしてくださいませ」
ルーちゃんが困ったように笑いながらそんなこと言う。
でも、ルーちゃんにこうやって甲斐甲斐しくお世話されるのも悪くない。
年上としての威厳をとるか中々に迷うところだった。
「さて、小腹も膨れたところだし調査を再開しよっか」
「はい」
タコスのお皿を返却し、英気を十分に養った私たちは王都の調査を引き続き行った。
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「うーん、何もわからない」
タコスを食べて意気揚々と調査を再開した私とルーちゃんであるが、その後も何もそれらしい異変を見つけることはできなかった。
「私も拙いながらも聖魔法で探っていますが、異変らしいものは見つかりませんね」
どうやらルーちゃんから見ても怪しいものは発見できなかったらしい。
やはり王都はいつもの光景そのもの。瘴気だなんだといったものはとても感じられなかった。
「そろそろ日が暮れてしまいます。エステルに夕食の買い物も頼まれているので、今日のところは引き上げることにしましょうか」
ルーちゃんの言葉を聞いて、空を見上げるとすっかりと茜色に染まっていた。
王都の建物が真っ赤に染まり、私たちの影が長く伸びている。
王都といってもかなり広い。さすがに半日で全ての場所を回りきるのは不可能だ。
「うん、それもそうだね。また明日、探ってみよう」
後ろ髪を引かれる思いだったが、無理をしても見つかりそうもない。
私とルーちゃんは市場に寄って夕食の食材を買い、屋敷に戻るのであった。




